鳥籠の中   作:DEKKAマン

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互いを知ること

「私と……」

「断る」

「まだ何も言ってないでしょう?」

「お前が言うことなんて一つしかないだろ?」

 

 バイトも終わり、今日は珍しくも忙しかったので疲れてしまった。さっさと帰ろうと店を出たところ、運悪くやって来たいつものやつにまた声をかけられる。

 ため息。後数分早く店を出ていたら鉢合わせなかったのかと思えば嫌な気分になってしまう。

 

「今日は違うわ」

「自覚があるならやめろ」

「それはできないわね」

 

 ため息をしたからか、そんなことを言ってくるが信じられるものか。会話をしながらも少しだけ歩く速度を速くする。どうせあれだこれだと言って誘ってくるのは目に見えている。

 交差点のど真ん中というわけではないけれど、店の前という事もあってそれなりに目立つ。ましてや自分のバイト先の前だ、こんなところを見せたくはない。

 というより、せめて声をかけるなら店の中にしてほしい。こいつは自分の容姿を理解しているのだろうか。

 

「……話を聞いて欲しいのだけど」

 

 痺れを切らしてか突然手を引っ張られる。しかしそれは弱々しくて、振り払うのはとても容易い。

 だけれどももしかしたらそれだけで折れてしまうんじゃないか、そんなことも思わされてしまい振り払うことが出来なかった。

 

「何あれ」

「痴話喧嘩?」

「こんな道の真ん中なのに……」

 

 まるでわざと聞こえるようにしているのではないかと思わされる声が聞こえてくる。本人たちは気づかれていないと思っているのかもしれないが、自分の話というのはやけに聞こえてくるものだ。

 誰かの視線を受けることには慣れてはいるが、このような視線は慣れていない。頭を軽く掻いて再びため息を溢す。

 

「わかったよ。取り敢えず移動するぞ」

「別にここでもいいと思うのだけど……」

 

 現状がわかっていないかのようにそう言うので、彼女のてを取ったまま歩き出す。

 ちょっとですまないくらいには恥ずかしいが、この原因は向こうなのだし文句を言わせるつもりはない。今はとりあえずこの場から早く立ち去りたい気分でいっぱいいっぱいだ。

 

「ちょ、ちょっと。もう少しゆっくり……」

「あ、悪い」

 

 歩幅の違いというのはなんとも厄介で、ちょっと速く歩こうとすることすら出来なくなる。別にできなくはないが、意識してからそうするほど人間終わってはいない。

 

 数分そうして歩いているとカフェが目に入った。周りから人が消えたというわけではないが、先程のような視線を向けてくる者は減ってきたので手を離す。

 別にここで話し始めてもいいのだが、折角カフェを見つけたのでその中に入る。どれだけ長く話すかわからないけれど、立ち話もあれだ。彼女と顔を合わせないようにして入店する。

 

「で、話ってなんだよ」

「今日は素直なのね」

 

 店にまで入ってしまったのだから今更断ることなんてできない、理由なんてそれしかない。

 最も入店したのは俺の意思だから悪いのは俺。ああいや、元を辿ればこいつも悪いのだし両成敗か。

 

 向かい合うようにして座るがあらぬ方を向く。パキリと、指を鳴らした。

 

「いつまでも今日みたいなことされると困るからな」

「困らせてしまったのなら謝るわ」

 

 謝罪なんてものはいくらでもできる。本当に申し訳なさそうにしていれば少しくらい、と思ってみたものの別に俺は怒ってるわけではない。ただ今後の面倒になるのが嫌なだけ。

 話始める前に珈琲がやってくる。歌を歌うくせに珈琲飲んでいいのか? なんてことを思っているのもつかの間、こいつは砂糖を7個も入れていた。

 

「……なにかしら?」

「それ、甘くないのか?」

「そうかしら? ちょうどいいと思うのだけど」

 

 なんでもないかのようにそう言うが信じようもないことだ。自分の珈琲を飲む気も失せてしまい、そんな俺を全く気にせず珈琲を口にした。

 こうしてみると随分と絵になると言うべきか。写真とか絵とか、そういう物の造詣はないが老若男女問わずにそうだと答えるだろう。

 

 話がそれ続けるが家に帰っても特に予定もない。強いて言えば猫と戯れるくらいか。ああでも家に帰って猫と戯れたいので早く帰りたいというのもまた事実である。

 彼女はカップを置き、少しだけ目を細めてこんなことを言ってきた。

 

「あなたのこと、もっと知りたいの」

 

 一瞬思考が真っ白になって、頭の中で先の言葉が繰り返される。ああくそ、少し見た目がいいからといって騙されるな、こいつは俺をピアノに誘うやつだ。

 

「……その心は?」

「リサにあなたに誘いを受けてもらう方法を聞いたら、まずお互いの事を知るべきと言われたから」

「言葉足らずにも程があるだろ……」

 

 俺はこいつの事を何も知らない。通う学校は勿論のこと何故俺の事を誘うのか、その理由すらも詳しくは知らない。先程言ったリサという人も、こいつの名前も。

 唯一知っているとすればその歌声、ただそれだけ。いや、随分な甘党だということは先程知ったか。

 当然逆も然りで、こいつも俺の事を殆ど知らない筈で。

 

「そうね……まずは名前から聞こうかしら?」

「……新庄蒼音(しんじょうあおと)

「私は湊友希那よ」

 

 それだけ言われて会話が止まる。ただただ無言のまま互いに珈琲を飲み進める。ああ、ちょっと甘く感じる。そうして数分の間の後、再び口を開いてきた。

 

「……そっちは何か聞きたいことはないかしら?」

「もうネタ切れなのかよ」

「仕方ないでしょう、他に何を聞けばいいのかわからないもの」

 

 絶対こいつ友達少ないだろ。失礼ながらもそんなことを思わされてしまう。まぁ、俺も人に言えたものではないのだが。

 会話というのは火種と同じで、一度途切れてしまえば盛り返すというのは難しい。が、こちらとしても聞きたいことが一つあったので丁度いい。

 

「なんでお前は俺の事をあんなに誘うんだ?」

「それはあなたの腕が……」

「時代はガールズバンドだぞ? バンドやりたいなら女を誘った方がいいと思うけどな」

「……私には目標があるの」

 

 改まったようにそう言われる。目標、こいつはそう言った。夢と言わないということは手が届くレベルのことということか。

 いや、違う。しなければいけない、そんな意志がその目からはっきりと感じ取れた。

 

「で、その目標ってのは?」

「FUTURE WORLD FES.に出場することよ」

「……本気か?」

「勿論、本気よ」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめられながらそう言われる。この分野における最高の舞台。それこそ出場するだけで有名になれるが、有名なバンドだろうと出場することが難しいというFUTURE WORLD FES.

 

 それに出ようと言うのだ、それも学生のこいつが。バンドに関して多少の知識があるものが聞けば10人中10人が笑わずにはいられないだろう。

 だがこいつは冗談を言っているという風には全く見えなくて。

 

「……理由はあるのか?」

「ええ、勿論」

「聞かせて貰ってもいいか? 勿論嫌ならいいが」

 

 何がこいつをそんなに駆り立てるのか、それが気になった。こいつの歌ならバンドに拘らなくても事務所にでも入って歌手にでもなれるだろう。

 だがフェスにここまで拘る理由。いつもならどうでもいいと聞き流しているようなそういったものが、不思議なくらいに気になってしまって。

 

「私の父の音楽を認めさせるためよ」

「……なるほどな」

 

 湊、そんな名字をしたバンドマンを一人だけ知っている。メジャーデビューまでした有名だった(・・・)ところのギターボーカル、そう記憶している。

 だった、そう、そのグループはすでに解散していて、その理由は詳しくは知らない。こいつがその人の娘なのかどうかはわからないが、話を聞く限りでは恐らくそうなのだろう。

 

「そういうことよ、だから私はあなたと組みたいの」

「俺はピアノが嫌いだ」

「……そう、気が変わったらいつでも言ってほしいわ」

 

 母親のことが嫌いだ。勝手に家を出ていくのだから。

 だからピアノも嫌いだし、やりたくもない。決めたんだ、もう二度とピアノは弾かないと。

 あの出来事は気の迷いだ、体が言うことを聞かなかったのが悪い。ピアノを弾きたいなんて、もう思うはずがないのだから。

 

「で、質問は終わりか?」

「そうね、特に話すこともないわ」

「じゃあ終わりでいいか、金は……」

「自分の分は払うわよ」

「それはどうも」

 

 もしかしたら奢らされるかもしれない、そう思っていた身としてはありがたい。

 特別高くもないしバイトもしているのだから金銭的に辛いというわけではなかったのだが、やはり奢るという行為には少しばかり抵抗がある。

 そういえば今何時なのだろうか、そう思い机の上に置いておいたスマホを開くと湊はその画面を凝視していた。

 

「猫、好きなのかしら?」

「まぁ人並みにはな」

「その待ち受けの猫は……」

「家で飼ってる……」

 

 それより先の言葉を遮って湊は俺の手を両手で包むように掴んでくる。心なしかその瞳は先ほどと同じく意思に溢れ、しかしどこか輝いているかのように見えた。

 

「あなたの家、今度お邪魔してもいいかしら?」

「は? 駄目に決まって……」

 

 駄目と言った瞬間、湊の周りの空気が物凄くどんよりとしたかのような気がした。俯かれため息すらつかれる。

 目に見えたとしたらこいつの周りの空気は青黒く染まっていたのは間違いないだろう。

 

「……駄目なのかしら?」

「はぁ……わかったよ」

 

 本当に駄目かと聞いてきた時のこいつは、まるで捨て猫かのように思わされた。なんだか物凄く悪いことをしてしまったかのような気がしてつい許可を出してしまう。

 だが許可を出せばその空気は一転、凄い勢いで顔を上げこちらに視線を向けてくる。表情には全く出さない癖にわかりやすいやつだ。

 

「そうね、春休みの五日目でいいかしら?」

「はぁ……じゃあそれで。それにしてもお前が猫好きなんてちょっと意外……」

「ね、猫好きじゃないわ! これは……そう! あなたのことをもっと知るために……」

「あー、わかったわかった」

「そう、わかったならいいのよ」

 

 もっともらしい、だけどバレバレの言い訳をし続けてきた。湊は一つ安堵したかのように息をつく。もしかしてこれでだまし通せたとでも思っているのだろうか。

 これを指摘しても面白いだろうが、流石にこれ以上話が長引くのはあれなので今度の機会にでもしよう。

 

「それじゃあ」

「ん、じゃあな」

 

 会計を済ませそれぞれ別の道を進む、どうやらあいつは俺とは反対方向らしい。

 

 俺はあいつのことはどう思っているんだろう。可愛いけど鬱陶しい、だけど歌声だけは物凄いやつ。それが今までの評価で、言ってしまえばそれだけだった。

 だが今回はそれに加えて甘党で猫好きで嘘が下手、ただそれだけのものが追加された。もしかしたら俺は今あいつのことは……そこまで嫌いではないかもしれない。

 それだけの三つのことなのに。まぁ猫が好きやつに悪い奴はいない、それは当然なのだが……

 

「……帰って先に風呂入るか」

 

 何を思っているんだ。俺の事を鬱陶しく誘ってくる、それもピアノに。嫌いじゃなければおかしいはず。

 

 今日の風呂はちょっとだけいつもよりも熱くした。




主人公236236Pが早そうな名前してる
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