好き、たった二文字な癖に複雑なもの。好きとは一体何なのか、ここ最近何度考えたかわからないそれ。
わかった気になって、でも実際には全然わかれてなくて。一度決めたのに歪めてしまう程度には脆くて、それだというのに自分の中では大きな存在で。
燐子さんに好きと言った、だけど湊の事も好きなまま。どちらが上なのか強いのか、それがわかっていたら苦労しない。答えなんてわからない、そもあるのかすらもわからない。
告白されて、名前で呼ばれ意識させられて。そんな程度、いや、俺にとって……多分、彼女にとってもそれは大きなもので。
「……わかんねぇよ」
選びますと俺は言った。なんて傲慢、俺に待たせるような権利はない。
あなたを迎える準備が出来ていないからというわけでなく、わからないから迷っている、だから待っていてくださいと。ほんと、我ながら最低だ。
わかってる、待たせれば待たせるだけこの胸の中の罪悪感は膨れていく。わからない、いつになったら、どのようなことがあったら選べるのか。
本を読めど、調べてみてもヒントもなにも乗っていない。もう解決策なんて見つからないからいつも通りに過ごしてみて、なんてこと出きるわけがない。
いつも通りに過ごそうと今まで通り何とも考えないなんて事はあり得ないだろうし、二人に会って何も変化ない、なんてこともあり得ない。
でも、そんな風に思わされていても時間というのは止まらない、早くもならずに遅くもならない。
これからどうしたらいいのだろう、なんて自分の事なのに、自分だけの事ではないから、何もかもがわからない。
「おや~? こんなところで奇遇ですね~」
「……別に、なんもおかしな事ないだろ」
「いや~、蒼音さんなら向こうの方が似合ってそうだったので~」
「ちょっとモカ、いきなり失礼だってば~」
バイト終わりに立ち寄った本屋、気分転換というよりかはちょっとした現実逃避として漫画コーナーを見ていたらモカに声をかけられた。
そしてそれを咎めるかの様に言う人はAfterglowのライブに出演していた子。覚えてますか? なんて言われてしまったので勿論と返しておく。
「あ、自己紹介してなかった。上原ひまりです、よろしくお願いします!」
「新庄蒼音です、よろしく」
それにしても……ふむ、燐子さんといい勝負かもしれない。なんて考えてしまい視線を本に向けて誤魔化す。
「蒼音さんは~、どんな漫画が好きなんですか?」
「なんでも、面白ければな」
「ほっほ~、それなら今度アタシのお気に入りを貸しますから、蒼音さんのお気に入りのやつ貸してくださいよ~」
わかったと流すとこちらにやってくる人が一人。先程モカが向こうの方がと指差した所からやって来たのは蘭ちゃん。
その手には一冊の本。何を持っているのかは知らないが向こう、音楽雑誌コーナーから来たのだから恐らくそれで。
「あ……どうも」
軽く頭を下げるだけで特に話す事もなく……と予想していたのだがそうはならなかった。
「この前の演奏……凄くよかったです」
「うん! 私なんか感激しすぎて、あの後ず~っと頭の中ふわふわしてたもん!」
「それはひーちゃんの頭が空っぽなだけなんじゃないの~?」
「ちょっと~、失礼な事言わないでよね」
よかったと言われ褒められて嫌な筈がない。恥ずかしさは確かにあるがそんなものは気にしたところでなくならないし、それ自体嫌と思うわけではない。
自分の演奏を聴いてそんな風に思ったのだと言われ嬉しいと思えている。あれは俺のものだと、母親は関係ないと思え始めていて。
「……そんなに褒められて嬉しかったんですか?」
「……顔に出てた?」
「ええ、まぁ」
「にっこにこですね~。いや~、眩しいくらいですよ~」
その言葉を聞いて更に恥ずかしくなり、ほんとにそうなのかと口元を指でなぞるが特に口角が上がっているとかはわからなかった。
となれば誇張なのか、どうであれ蘭ちゃんにも気付かれたのだからわかりやすかったのは確実。
嬉しい、それは事実だ。ずっと母親に、勝手に考えていただけだが縛られてきた。それを感じられずに音楽を出来るとなれば嬉しいと思えないというのこそ不可能というもので。
「そういえば新庄さんはどうしてここに?」
「……暇潰しだよ、なんかいいのあれば買おうかなってくらいで」
「蘭~、聞いて驚かないでね。なんと蒼音さんは、漫画が好きらしいんだよ!」
「いや、何も驚く要素ないけど」
「うっそ~、モカちゃん的にはビッグニュースだったんだけどな~」
「あ、蒼音さん、ごめんなさい。モカは元からあんな感じでして……」
別に気にしてないから大丈夫、そう言ってやることもなく帰ろうとしたのだが、折角だし途中まで一緒に帰りましょうよなんてモカに言われてしまった。
流石にそれはと思ったのに蘭ちゃんもひまりちゃんも駄目と言わないので断りにくく、本を買うのを待ってから四人で帰路につくことになった。
「あれ、珍しい組み合わせだね~」
帰宅途中そんな声をかけられて、ひまりちゃんもモカもその声の主であるリサに返事を返している。
折角思考から少し抜け落ちていたのに、やはりそうすることはいけないことだと示すかのようにその隣にはいつもの人物が。
胸が締め付けられるかのようで、まるで埃を吸い込んでしまったかのように息をするだけでも違和感が感じ取れる。
言葉を発せず目もそらせず。先程の違和感は膨らんで形を変えて、少し目を細められ見られているのが気になってしまう。
「湊さん、こんな時間まで練習してたんですか?」
「そうだけど……それが何か?」
バチバチと火花散りそうな程に鋭い視線を蘭ちゃんは湊に向けていて、それに対して湊は涼しい顔をしていて。
目線が俺からそれて蘭ちゃんに向かったこと、少しの安堵をしたがどこか残念に思う自分がいる。
やはり意識しているのか蘭ちゃんは湊と口論を、といってもほぼ一方的なもので、それも喧嘩というよりかはただの自慢をしているかのような。
少し苦笑いしているひまりちゃんを見ながらも終わる気配がないので少し離れリサもついてくるかのようにこちらにくる。
「蒼音、モテモテだね~」
「……アホ言うな」
「こんな美少女達に囲まれて蒼音さん、羨ましいですな~」
急なリサの発言にドキリと心臓が鳴った。男女比を今さら思い知らされたというものではなく、もしかして知られてしまっているのではないかと。
なんでもないかのようにその後も二人と話しているのだし……気にしすぎか、それにもし知っていたとしても話すとしたら二人きりの時かメッセージでだろうし。
「それにしても蘭、友希那さんの事になると本当に熱くなるよね」
「蘭は負けず嫌いですからな~」
一向に終わりそうにない二人の口論を見ながら会話をする。見えるのは二人、視線が向かっているのは一人。だけれど思っているのは二人、そしてその片方は蘭ちゃんじゃなくて……
「そういえば蒼音、メッセージ送ったんだからちゃんと見てよね」
「どうせあれだろ? 帰ったら見る予定だから安心しろ」
「モカちゃんその内容が気になっちゃいますな~」
「大したことじゃないって、ただ演奏したの送って色々と教えて貰ってるだけだから」
昨日の夜送られて来て、どうにも見る気にもならなかったので今日の夜に確認しようと思っていた。
もしかしてと思い聞いてみたが一人での演奏ということで安堵から一つ息をつく。もし二人のどちらかでも音が入っていたら聴くことに集中なんて出来なかったろうし。
「え、蒼音さんってベースもできるんですか?」
「違う違う、テンポとか音の強弱とかそういうのをね」
「成る程……わ、私にも教えてもらえませんか?」
突然の提案、受けてあげなければいけない必要はなくて、だけど断る理由もない。あるとするならば時間を取られるくらいではあるが、それこそ暇な時にやればいいので了承する。
それに記憶が正しければひまりちゃんもベースだろうからリサと比べて、というのでやりやすくもなるだろう。
暇な時間は出来れば作りたくない、だって燐子さんと湊の事を嫌にでも考えてしまうから。
そうするべきだ、それはわかってる。でもどうせ答えは出ないし、それが苦しくて甘えてしまいそうで。
待ってくださいと言ってしまったのだ、何よりしてはいけないのは一つだけ、甘えて答えを出すこと。それは自分でもいずれか後悔してしまうだろうし、きっと何よりも最低なものだから。
「蒼音の指導は厳しいよ、覚悟しといた方がいいかもね」
「ひえっ……が、頑張ります!」
「面と向かってじゃねぇんだから覚悟も何もねぇだろ」
それでもだよ、と言ってくるリサを無視してひまりちゃんと連絡先を交換する。
折角だからとモカとも交換させられて、そろそろかと思い湊の方を見たがまだ終わらないようで。
「モカはお願いしなくていいの?」
「モカちゃんは天才だから一人でできるのだ~」
そんな会話を聞き流しながら最近増えてきた連絡先の一覧を眺め、その後湊の方を見て何故か一つため息をついた。