鳥籠の中   作:DEKKAマン

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捨てきれないもの

 ピアノの音がする。それは俺の指先からで、目的もなくただ弾き続ける。

 これから話しかけないでなんて湊に言われて一週間も経って、それでも未だによくわからない、実感がない。長い夢だと、そう言われてしまえば信じたくなってしまうほど。

 一体どうしてかなんてわからない。もしかして何か悪いことでもしたのか、言ったのか。それとも元からそういうものが積もっていて遂に限界を迎えたからなのか。

 

「はぁ……」

 

 大きなため息をつきながら立ち上がり部屋を後にする。もし先程の通りのものがないならば何かあったということでしかない。

 あの時のあいつは、少しだけ怖かった。鬼のような形相とかそうではなく、切羽詰まったかのような何かを感じさせた。それこそ今すぐにでも崩れてしまいそうな。

 そしてそれはRoseliaが何か変わったか言われ答えてから、であるならばそれはそういうことで。

 

「……聞けるわけねぇだろ」

 

 連絡先を開いてリサとのメッセージ欄の所に行って、それで何もすることが出来ず眺めるだけ。

 Roseliaが何かあったとするならばそれはあいつにも関係のあるもので、そんなものを気軽に聞けるほどの心は持っていない。

 

 猫を撫でながら、しかしそれにたいし癒されるとか思うことは出来なくて。ああまで言われたのだ、待ち続ける方がいいと決めつけて、でも蹴飛ばされたかのように心は焦らされる。

 湊とは仲はいいと言い切れないが悪い訳ではない、そう思っていた。でもああ言われたということはそれは、俺が勝手に思っていただけで……

 

 スマホが電話を知らせてきたので相手を確認せずに出る。一体誰だと、悪戯だとしても今はあれこれ文句を思えることすらできなさそうだ。

 

『あ、あの……もしもし』

 

 聞こえてきたのは女性の声、それは燐子さんのもの。ドキリと胸が鳴る、こんな時でもそれは変わらない。

 

「……何か用ですか?」

『明日会うことって……出来ますか?』

「明日ですか?」

『駄目……でしょうか?』

 

 俺が湊に話しかけないでと言われた事を燐子さんは知ってるのだろうか。もし知っているなら明日会おうと言ってきた理由は一つしかなくて。

 湊にああ言われ、であればもう悩む理由なんてない筈で。なのに俺はここで大丈夫ですと言うことが出来ない。つまり、俺は湊の事を諦めきれてないということで。

 

「くそが……」

『蒼音さん?』

「いえ、なんでもないです。ごめんなさい」

 

 ついそんな言葉を漏らしてしまう。ふと燐子さんなら湊があんなことを言った理由を知っているかもしれない、なんて事を考えてしまった。

 

「……明日、どうしますか?」

『えっと……駅前に……1時くらいとか……どうでしょうか?』

 

 知っているからなんだ、それを聞き出して何になる、俺は一体何を待っていたんだ。

 俺はRoseliaじゃない、誘いを断り続けたのだから。であれば俺が関与出来るものではないはず。待ち続けた、でも自分からは何も出来なくて。

 

 湊との縁が切れた、それはとても残念に思うし考えるだけで苦しい。でもその代わり、悩みといえるものがひとつ消えたと考えれば……

 

「それじゃあ明日それでよろしくお願いします」

『はい……ありがとうございます』

 

 一体何に対しての感謝なのか、そう思いながらも電話を切る。もし俺が関与出来るとするならば……どうだろう、することは出来るのか。俺があいつらだったら、俺はどうしてたのだろうか。

 

「…………」

 

 明日、どうなるのだろう。期待と不安が入り混じりぐちゃぐちゃになって気持ち悪い。

 何に期待しているのか何が不安なのか、どちらも一つではなく、そしてそのすべてはわからない。

 

 手が滑って開いたのはギャラリーで、そこに映るはいつか湊と撮った写真。縁は切れた、連絡先も知らない、であればアイツを示すものはこれと勧められた音楽のみ。

 全部消してしまえと思い立って、でもそうすることは出来なかった。

 

 

 人通りが多い。それは場所もあり時間の関係もあってのもので、燐子さんがいたとしても見つからないのではと思ってしまう。一応待ち合わせの時間にはまだ早いのだが、それでも十分前だ、彼女の事だからいるかもしれない。

 どこにいますかと聞いてしまえれば楽なのだが、予定より早いのだし聞いていなかったら恥ずかしい。

 

 とはいうものの探しに行って入れ違いになったとなっては馬鹿馬鹿しい。待っているとしたら申し訳ないが十分くらいは我慢してもらおう。俺もそうなのだからお相子のようなものだ。

 そう考え、しかし周りの人を見れば男ばかり。それを見てどう思ったのだろう、自分ではわからないがスマホを取り出してメッセージを送った。

 今どこにいますか? そう聞いて答えられた場所は隣の店の前。そんなまさかと思い見て見れば柱の陰になるような場所に燐子さんの姿が。灯台下暗しとはよく言ったものだ。

 

「ごめんなさい、気づけなくて」

「い、いえ……私も……気づけませんでしたから」

 

 取り敢えずと近くのカフェに入る。何か話そうと思って、でもそれは飲み物が届くまで行われなかった。それは彼女がずっと俯いていて、とてもじゃないが話しかけられなかったから。

 

「蒼音さんは……湊さんに何があったか……知ってますか?」

「……いえ、俺も知らないです」

「……そう、ですか……急にごめんなさい」

「何かあったんですか?」

「実は……」

 

 頼んだホットミルクを一口飲んで、次に深呼吸を一つすると燐子さんは切り出し始めた。

 SMSの後から湊が厳しくなった、簡単に言えばそれで、だけどそれはその程度ではないらしい。どうやらSMSはうまくいかなかったようで、スタッフからも以前と何か違ったようななんて言われてしまったそう。

 そのスタッフに言われたという言葉が引っかかって覚えがある。それは湊から聞かれたものと言葉違えど内容は同じ。であるならば……

 

「あれか……」

 

 仲良くなったんじゃないか、何でもないかのように言ってしまったそれをあいつはそうだと捉えてしまった。

 そんな馬鹿なと思えど否定しようがないくらい一致していて。じゃあなんだ、俺が原因だっていうのか? 認めたくない、しかし認めざるをえない。

 だけどもう一つ、なぜあいつは俺に話しかけないでと言ったのか。Roseliaに何かあって、それをどうにかするには俺が邪魔だからああ言ったのだと俺は思っていた。いや、思っていたかったという方が正しいか。

 俺はRoseliaじゃない、その問題に俺は一切の関係がない。なのにあんなことを言われたということは……

 

「……燐子さん、この後って予定ありますか?」

「予定ですか? ない……ですけれど」

「それならどっか行きませんか? 本屋とか」

 

 そう聞けば燐子さんは驚いたかのように目を見開き、顔を赤くしながらも了承される。

 ああ、そういうことか。なんの関連性もありゃしない。単純にあいつは、俺の事なんかどうでもいいんだ。寧ろ嫌い側によっているのかもしれない。でなければあんなこと言われる道理がない。

 

 それならもう迷うことはない、壊れかけていた鎖もやっと壊れてしまった。燐子さんの方を見れば少しだけ鼓動が早くなっていく。決めれたからか、迷わなくなったからか、どうであれ好きという事実が俺の中で強まって。

 

 この誘いは本心だ、湊の事を忘れようだとかそういうものは一切ない。ただそうしたいがための誘い。

 後燐子さんも相当まいってる、問題が起こったのだから当然ではあるのだが少し疲れているように見えたからというのもあるのだけれど。

 

 燐子さんが好き、それは偽りのないもので惑わされるものがなくて。でも湊に対して好きじゃないというのは、まだ思うことは出来ないでいた。

 

 

 

「何があったんだろう……」

 

 一人こぼしたそれは湊さんのことではなく蒼音さんに向けられたもの。あの後本屋に行って一緒に色んな本を見てお話して、だけどそれだけだった。

 その間にRoseliaの話は一つもなかった。蒼音さんのこぼした言葉から察するに友希那さんと何かあったのだと思う、でも友希那さんの名前を出す度顔をちょっとだけ歪める彼に聞けるはずもなくて。

 彼ならもしかして知っているかもしれない、どうにかできるかもしれない。そう思ってのことだったのに、なんだかズキリと胸が痛んだ気さえしてしまった。

 

 喧嘩でもしてしまったのだろうか、もしかして……告白でもされてしまって、彼はそれに答えてしまった。だから私から友希那さんの名前を出してほしくなかったのか。

 いや、もしそれであるとするならば友希那さんに何があったか知っているかと訊ねた時にあんな辛そうな表情を、聞くのを躊躇わさせるほどのものをするはずもなくて。

 それならなぜ、その謎は一つじゃない。一体何があったのか、それは当然として、どうして私に何も言ってくれないのか……

 

「はぁ……」

 

 最低だ、考えてしまった自分が本当に。自意識過剰にも程がある。友希那さんと何かあった、それも良くない方向性のもの。

 相談してくれたらよかったのに、そう思ったのは本当だけどその裏でどうして私に告白の答えを言ってくれないのか、なんてものさえ考えてしまった。

 それだけならいい、こんな時でもというのはあるけれどまだその程度なら。自分で嫌になってしまうのはこの気持ち。残念、不安、疑念、それならいい。あんまり思いたくないけれど、自分が嫌に思わされる程のものじゃない。

 

「なんで……嬉しいなんて……」

 

 自分でもわからない、わかりたくない。考えたくなくて壁に寄りかかりベッドに座る。でも感じてしまったそれは強まっていく一方で、なんだか怖くなって目を瞑る。

 もう何も考えないと考えることで精一杯。真っ暗な中ギュッと枕を抱きしめていると電話の音が聞こえてきた。いったい誰だろうと思って見てみれば相手はあこちゃんで。

 

「もしもし……どうしたの?」

『えっとね、Roseliaの為に何かできることないかなって』

 

 例えば、そう言ってあこちゃんは幾つもの案を出してくる。意味のなさそうなもの、もしかしたらと思わされるもの、それこそ皆でクッキーを持っていくとか、また全員でNFOをやるとか。

 最初は沈み込んでいるかのような声だったのに、気がつけばあこちゃんの声がある少しだけ楽しそうな声に変わっていってる事に気づく。

 多分それは後半になるにつれてRoseliaのみんなでなにかをして解決しようという意見が多くなっていったからというのもあるのだろうけども。

 

「あこちゃんは……Roseliaの事、本当に大好きなんだね」

『うん! だってRoseliaは超々カッコいいバンドだもん!』

 

 なら私は? Roseliaのことは、友希那さんのことは? 

 ……私も、Roseliaの事が好き、友希那さんのことだってそう。だから今のままじゃ駄目、Roseliaの為に出来ることを考えないと。

 聞こえてくる楽しそうな声、それを聞けば聞くほど先程の感情なんて気にならなくなっていって、どうするべきなのかと考えて私からも提案していく。

 

 蒼音さんにも手伝って貰って、そう考えた瞬間、なんだか黒いものが奥から沸き上ってきた。突然黙ってしまったものだからあこちゃんはどうしたのと聞いてきて、大丈夫とそれに返す。

 

 蒼音さんに手伝って貰ったとして、それで上手くいったとしよう。でももしそれで二人の中が前より良くなってしまったとしたら? そう考えたら段々怖くなって。

 だけど友希那さんと蒼音さんの事、それを思うとなんだか黒く重くて、焦げたかのような癖にへばりつくようなそれが溜まっていくかのような感じがする。

 だから話題を変えた、もうこれについては考えないようにしよう。

 

 でもそう簡単にいくはずもなく彼の事を考えてしまう。それでいいのか、自分に聞いて、自分では答えられなくて。あこちゃんに聞けるはずもないからそれについて一人で悩み続けていた。

 

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