鳥籠の中   作:DEKKAマン

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自分にしか

『あ、蒼音さんそっちじゃないですよ~』

『マッピングを済ませてないと……迷いやすいですから』

 

 あこちゃんたちとNFO、何やら素材が必要ということでその手伝い。こんなことしてていいのだろうかとは聞けることは出来なくて。それに俺も素材を集めようかなと思っていたのでちょうどよかった。

 ゲームをしているからといってRoseliaの事を何も考えていないというわけではないだろう。事実Roseliaの為にどうしたらいいか、始めるなりあこちゃんからそれについて聞かれたのだし。

 

『そういえばりんりん、りんりんって蒼音さんの事下の名前で呼んでるよね?』

『そ、それがどうかしたの?』

『なんか理由とかあるのかなぁって』

 

 上ずったような声を漏らしながら、しかし理由を話すこともごまかすこともできないようだったので助け舟を出そうとしたがパッとは浮かばない。それに、俺自身聞きたいことでもあって。

 

『そ、それは蒼音さんだけじゃなくて友希那さんの事も……』

 

 苦し紛れにか燐子さんがそう言うとピタリと急に静かになる。声がしないのは勿論キーボードを叩く音もしない。

 これはやってしまったか、Roseliaのことはともかく湊の事は二人にはまだ決まづいことのようで。

 

『り、りんりん、蒼音さん! モンスターだよ!』

 

 そう言われハッとなりそのモンスターと戦闘する。Roseliaのことは好き、勿論湊の事も好き、二人はそう思っている筈。これで嫌いだったなら……いや、Roseliaのことを考えるということはそうではないだろう。

 明らかに先程より雰囲気が悪い。くだらないことでも言って和ませられれば良いのだけれど人付き合いの少なさ故かそうすることは出来なくて。

 

『友希那さんって蒼音さんのこと……どう思ってるのかな?』

「……さぁ、嫌いなんじゃない?」

『う~ん、それはないと思うんだけど……』

 

 あこちゃんから突然そう言われる。わからない、それはそうとしか思えないということを否定されたことに対してではなく、俺が嫌いなんじゃないと疑問の形で返したこと。

 ああ、わかりきっていることなのにまだ期待してるのか、してしまうのか、俺は。

 

『じゃあ蒼音さんは友希那さんのこと嫌いなんですか?』

『あ、あこちゃん……』

「好きじゃないよ」

 

 そうきっぱりと言い切るとまた静寂が。これは紛れもなく自分のせいだけどそれをどうこう思う事も出来ず、そろそろ終わりますと言う。

 しかしその場で中断ということができるゲームではないのでセーブポイントまで行ってゲームを切り、通話から逃げ出した。

 一体どうしてあんなことを言ってきたのか、なんて考えはするが嫌な空気を作るだけ作って勝手に消えたのは俺。ああほんと、我ながら最低なやつだ。

 

 ──好きなんかじゃない

 

 確認するかのようにそう呟く。そう、俺はあいつの事なんか、俺が好きなのは燐子さんだから。

 好きだと言われたから言ったから、決めたから。その筈なのに壊れてしまったはずの鎖を意地汚く引きずっていて。

 

 俺の事が嫌いなやつなんか、趣味が合ってるわけでもないやつなんかどうでもいいと思うことが当然であるわけで。

 

 さっきはすいませんでした、二人に対しそうメッセージを送り燐子さんに思いを馳せる。

 好きだ、間違いない。例え、もし、万が一湊が俺の事をそう思っていたとしても揺らぐものではない。

 

 そう思うと頭痛がしてきてため息を吐く。期待するなと、するだけ無駄だと何度思ったらわかるのか。

 大きくため息をつくと近くに寄ってきた猫をなでることにした。

 

 

「やっほー、久しぶりだね」

「別に、そうでもないだろ」

「そう? アタシ的には久しぶりな気がするんだけどなぁ~」

 

 学校終わりのバイト中、入ってくるや否やそんなことを聞いてくるやつがいた。しかし二週間も経っていないのだし久し振りというのは少し違和感を覚えてしまう。

 笑顔を絶やさず、そんな様子だったけれどリサは急に真剣な目をして俺に、話があるんだけどと言ってきた。

 

「残念ながら終わるのは先だから今日は諦めろ」

「ん~、待つのは駄目?」

「だいぶ先だぞ。というかお前、こんなとこで油を売ってる暇なんかあるのか?」

 

 俺なんかに構ってるくらいならRoseliaの方に時間をかけた方がいいだろうに。時計を見ればバイトが終わるまで後40分もある、結局どんな用事であれここで話せることはない。

 

「もう知ってるんだ。それなら……」

「今日は駄目だ」

「さっきは駄目って言わなかったじゃん」

「大丈夫とも言ってないだろ」

「それなら明日ならいいの?」

「……そういうわけじゃねぇよ」

 

 俺ができることなどなにもない。できたとして話を聞くとかその程度、それならやらんこともないが……いや、駄目だ。多分こいつは湊の事について話してくる。

 それは聞きたくない、アイツに対しては何も思いたくない。好きとか、嫌いとか、どうしようもないことだから全てを忘れ去れるまでは。

 

「因みに友希那の事なんだけど……」

 

 ほらやっぱり、口を開けば友希那友希那と言うようなやつだ、確信はなかったが予想なら簡単についた。そしてその答えというのも簡単なもので。

 

「余計やだね」

「どうして? 蒼音は友希那の事……」

「これ以上は後の客の邪魔になるからもう帰れ」

 

 お客さんなんていないじゃん、そんな声が聞こえ続けるが無視し続ける。

 どうせこんなの一時しのぎに過ぎないなんてのはわかってる、どうせバイト終わりにはリサからメッセージが送られてきていることだろう。でもそれなら無視すればいいだけの話。

 

 気にしないようにと決めて、でもどうしても考えてしまうから遠ざけて。ああ、どうしてこうなってしまったのか。

 元を辿ればその原因は俺だというのにまるで他人事のように、そう思いたくて思考を巡らせていた。

 

 

 考えに耽っていたせいかバイトは体感すぐに終わった。スマホを手に取り、いつもならすぐさま弄りながら帰路につくのだが先程の通りで見たくない。

 まだ空は暗くなり始めたばかりだから星でも見ながらというわけにはいかなくて、退屈になりそうだなとため息をこぼしながら店の外に出ると声をかけられる。

 

「……なんでまだいるんだよ」

「もうお客さんの邪魔になるからとかの言い訳はなしだよ?」

 

 なんでまだ、幾ら寒くないとはいえ退屈だろうし、それに座るところもないというのに。そんなに聞きたい、または聞かせたいものなのか。

 

「蒼音はさ……アタシがRoseliaにお節介焼きすぎって思う?」

「知るか、常に見てるわけじゃないんだから。まぁ湊にはだいぶ焼いてんなとは思うけどな」

「やっぱりか~……はぁ」

 

 大きなため息、それから先何も言われることはなくて。じゃあなと言って帰ってしまってもいいのにそれが出来ない、体がさせてくれなかった。別に悪いことじゃないだろと励ますことも。

 

「アタシ達今どうなってるのか……知ってるんだよね?」

「……まぁ、大体はな」

「それならさ……蒼音が友希那と話してくれないかな?」

 

 意味が分からない、こいつは何を言っているんだ。メンバーでもない、嫌われている俺が一体何を話すというんだ。

 

「なんで俺なんだよ」

「……蒼音から言われたら友希那も考え直してくれそう、って思ったからさ」

「……自分で聞けよ」

 

 俺がそう言うとリサの雰囲気が変わったような気がした。蓋が開いたというか、地雷を踏んだ、そんな感じ。

 つい一歩下がってしまって、それを見てか手を掴まれる。ちょっと力を入れて振るえばその手は振り払えそうだった。だけど、そうすることは出来なくて。

 

「アタシだって、ホントは頼みたくなんかないよ」

 

 別に大きくなければ迫力もない。なのに俺はその言葉に圧倒された。それならとか話を挟むこともまた出来ないでいると更に言葉を投げかけてくる。

 

「アタシの方が蒼音より何倍、何十倍も一緒にいるのに、蒼音はRoseliaじゃないのに」

 

 その顔はまるで怒っているように見えた。でもその矛先は俺でない気がした。

 

「ずっと……ずっと友希那の事思ってる自信があるのに……」

 

 声が弱まっていく、なのにその声はより確かに聞こえてきて。

 

「友希那は蒼音の音楽を認めてる、アタシは……一回やめちゃったから」

 

 リサの瞳には、涙が浮かんでいた。

 

「Roseliaじゃないから、蒼音だったら……多分友希那は聞いてくれると思うから……」

 

 そこまで言って泣いていることに気づいたのか俺の手を離し袖でそれを拭う。俺じゃなきゃアイツには、馬鹿な事をと頭で思って、でもそれを否定しきりたくなくて。

 ここまで言われてそんなこと知るかと思うことなんかできる筈がない。でも一つ、俺には問題があって……

 

「……俺は湊に話しかけるなって言われたから無理だ」

「それって……SMSの後?」

「当日夜だな」

 

 だから俺の話なんて聞いてもらえない、そう思ったのだけれどリサは俺の胸を人差し指で軽く押して言った。

 

「友希那の事、好きなんでしょ?」

「…………」

 

 見透かされるような、真っ直ぐと見られると目をそらしたくなるがそうさせない力があって。別にと返せばいいのにそうできない、まるでそれが噓であるかのようで。

 

「それに、友希那は蒼音の事、嫌いじゃないと思うからさ」

「……は?」

「怒らせたりすること言ったわけじゃないでしょ?」

 

 当たり前だと頷けばなら大丈夫と言い、それじゃまた連絡するねとその場を去ろうとするリサを呼び止めた。

 

「俺は話したいことを話すだけだ。大事なことは全部、お前達でどうにかしろ」

 

 そう言うと彼女は驚いたかのように目を丸くして、その後笑って力強く頷いてその場を去って行った。

 その後ろ姿を目で追い続けながら彼女の言葉を頭の中で繰り返す。

 

 湊が俺の事を嫌いじゃない、一体何だっていうんだ。でもそれなら……

 

 ずきりと胸が痛む。それは何度か感じたことのあるものだけど今回は今までで一番強いもので。

 湊の事が好きなんでしょという問い、俺はそれに対してはいともいいえとも答えることが出来なかった。

 

 俺がアイツに話したいことってなんだろう。俺の事を嫌いなのかと訊ねるのか、Roseliaはどうするのかと聞いてみるのか。言ったはいいもなにもかもがわからない。

 俺はアイツの事を好きじゃない、今まで本心かどうか自分ではわからないけどそう思うことは出来ていたというのに、急にそう思うことが出来なくなっていた。


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