私は一体、何をしているのだろうか。ふとそんな事を考える。
為さねば成らぬことがあるからそれを成すために、動機はわかる、でもそれ以外がわからない。
何をすればいいのか、何でこんなやり方しかできないのか。何もかも全て。
「どうして……私は……」
何で私はこうも向こう見ずなのだろう。今更立ち止まることなんか出来ない、どうしたらと相談できる相手もいない。
メンバーにはあんな事を言ってしまったから、それ以外には……関係のないことだから、関与されることではないから。
自分でもわかっている、関係ない、関与されることではないと。そうわかっているというのに、関係のない人のことを考えさせられてしまうのはどうしてだろう。
「……燐子?」
すれ違ったその人を見間違うはずもない。向こうもそうなのか、お互い振り返って見つめ合う。久しぶりと声をかけることすら出来ず、だけどその状態のまま動けない。
燐子はあこと一緒であの時から練習に来ていない。なにか思うことがあるのか、それとももう来ないつもりなのだろうか……私のせいで。
声をかけられない、向こうからもそう、だけどお互いその場を離れようとしない。距離を詰めることも、視線もそらすことも。
「っ……」
ずきりと痛みが、ああ、これはいったい何なのだろう。突然やってきて蝕んできて、なんだか言い表せないような感情を抱かせてくる。
苦いもの、嫌いだから避けているそれだけどそれが私の中で作られるような気持ちの悪さ。吐き出せるならそうしたいけれど形はないものだからそれに苦しめられる。
これは罪悪感というものなのか、ならば謝れば消えるのか。でも、それを実行するわけにはいかない。強がっているわけではない、私はこうするしかないのだから。
振り返ったら自分がしてきたこと全部見えてしまって、先に進む道が消え足を取られ、何にもできなくなってしまいそうだから。
「やっと見つけた……って燐子じゃん、久しぶり~」
「お、お久しぶり……です」
「やっぱり久しぶりってなるよね。よかった~」
「どうか……したんですか?」
「ん? ああ、こっちの話だから気にしないで」
後ろからやってきたのはリサで、私達の近くに来るなり大きく息を吐く。少し急いでいたのか、それとも緊張からなのか。やっと見つけたというからには何か用があるのだろうが……多分Roseliaの事だろう。
そう思うとつい逃げ出したくなる。自信がない、問われたらきっとまともなこと、正しいことを返せない。それでも、これだけは絶対に逃げることは許されない。
「……何か用かしら?」
「まぁね。ただ……」
リサからの視線は私を通り抜けてその後ろの燐子に向けられる。燐子に話があるのか、それとも燐子には聞かれたくない話なのか。
少し悩むようにして、でも決めたのか強い目で私の事を見てリサは言った。
「友希那……蒼音と話、してくれない?」
その言葉は私の予想を裏切るものだった。てっきりRoseliaの事だと思っていたから身構えていたけれど、それでもその内容は私にとって拍子抜け、と思えるようなものではなくて。
むしろ逆だ、息が詰まって心臓が鳴る。何故? 彼に頼まれたのだろうか、彼に何か伝えたのだろうか。それともただ単に知り合い同士がギスギスしているのが嫌なだけなのか。
「……必要があるのかしら?」
「ある……って言ったら話してくれるの?」
「そんなことをする暇があるなら練習をするわ」
「そんなことって……」
燐子が声を漏らすがその通りでしかない。必要がない、話せば音楽が上達するのか、問題もわかるのか。必要がないから関係をどうこうする必要がなくて。
「そもそも、彼から聞いてないの?」
「話しかけないでって言ったんでしょ?」
「それを知ってるなら……」
知っているなら何故聞いてくるのか、彼と私のいざこざを解消しようという目的なら余計なお世話だし無駄なことだ。だって、元から問題なんてなくて私が一方的に言っただけなのだから。
そう言ってしまえばリサも納得するだろうか、きっとしてくれないだろうがそれは曲げられないもの、どうしようもないもので……
「どうしてそんなこと、言ったんですか?」
「彼はRoseliaじゃない……それだけよ」
「それなら……言う必要だって、ないじゃないですか!」
割って入ってきたそれは普段の彼女からは想像もつかないもの。気圧される、反論も出来ないまま一歩足を下げさせられる。彼女は一体何に怒っているのだろうか。
向けられる対象は私であるのは間違いない。燐子と新庄君は仲がいいから、そんな程度ではないだろう。
「……友希那さんにとって蒼音さんは……どんな人なんですか?」
「別に……」
どうでもない、そう答えようとしたが二人の視線にその言葉を飲み込まさせられる。私に何を言わせたいのか思わせたいのか、それもわからないまま仕方ないと思考を巡らせる。
新庄君は……音楽の話が出来る人だ、私と一緒で猫が好きな人だ。何故だか気になってしまう人だ、話しているといろんな事に気が向いて、だけどどこか落ち着くような人。後は……
おかしい、わからない。ふと抱いた違和感は膨れて頭の中がそれいっぱいになって……
──どうでもない人ならどうして、こんなにも考えられるのだろうか。
「どうしたの? 友希那」
「……いえ、何でもないわ」
答えられぬまま時間が過ぎていく。新庄君は私にとって何なのか、ただそれだけのものがわからない。
既にどうでもいいという答えは二人の視線もあれど、ここまで考えさせられたのにそう答えることは出来なくて。
「蒼音さんは……友希那さんの事が嫌い……なんですか?」
わからない、なにもかも全て。彼のこと、燐子が何故こんな事を聞くのか。嫌いということも、その意味も。
そんな私に対し、燐子は更に質問を投げかけてくる。
「それなら……蒼音さんの事が好きなんじゃ……ないですか?」
「ちょ、ちょっと燐子」
「……どうしたらそういう考えになるのかしら?」
私の言動からとれるものはそれとは正反対であろうもの、だけど心の奥底で納得させられてしまう。
「蒼音さんにだけそういう事を言うなんて……おかしいじゃないですか」
「……答えになってないわ」
口ではそういうものの頭の中ではそうもいかない。新庄君に言われたらその言葉に甘えてしまい、Roseliaを昔の様にできなくなりそうだと思ったから。
そんな言い訳ばかりが頭の中で浮かび続けて、でもよくよく考えたらそれは言い訳にならないもので。
思い返せば、彼にだけというのは今回だけのものではない。名字で呼ばれていること、連絡先を知らないことなどを気にかけさせられるなど全部、彼にしか抱かされたことのないもので。
「……心当たりはないん……ですか?」
「…………」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。それで、友希那は蒼音と話してくれる気になった?」
話す必要がないと言って、その明確な答えは一つも返ってきていない。彼と話せば練習にくるとか、これ以上余計な事をしないとか、そういうものが。
でも、嫌だと答えられない。それは私の中で抑え込んでいた新庄蒼音という存在が表に出てきたから、彼と話したいと思ってしまったから。
「……考えておくわ」
そう言って私はその場から逃げるように去る。二人は何やら話しているが離れたせいもあってか聞こえない。
新庄君と話したい、そうは思ったものの何を話したいのかはわからない。何から話せば、何のために話せばいいのかもわからない。
Roseliaのこと、音を取り戻すためにはどうしたらいいのか。それをわかることができるのなら、それを求めているのは間違いないけれど……本当にそれだけなのか。
目の前で猫が通り、周りに誰もいないことを確認してその子の近くに行く。そういえば彼も猫を飼っていたわね、なんてことを考えながらその子に手を伸ばす。
「やっぱり……」
猫は好き、それは隠しようのない事実だ。その前例があるからこそ好きというものがまったくわからないというわけではない。
猫と新庄君に対しての気持ちは同じでない。それははっきりとわかるというのに、彼を好きじゃないと思うと、そうと言い切ることは出来ないままだった。
新庄君と話したい。そう思った翌日になっても私は未だにそれを実行することを出来ないでいた。あんな事を言ってしまったからだとか、やっぱり必要ないからと思い直したからではない。
ただ話したいだけならば今日すぐにでなければ彼のバイト先に行ってみればいつかは会えるだろう。でもそうじゃなくて今日すぐにでも、そんな風にせかされている。
だけど彼の連絡先は知らない。燐子に連絡してもらうというのは……してほしくない。それが一番だとわかっていて、それでも嫌で。
気持ちを抑えきれない、だけどそれを確かにする方法はしたくない。それだから私は……
「……留守なのかしら」
インターホンを鳴らしてみたが誰も出て来る様子はない。私が今いる場所は彼の家の前。一度だけ来たことがあって、道もなんでか覚えていた。
ここなら間違いなく彼と会うことが出来る、そう思っていたのだが留守であるなら仕方がない。
空は暗くなり始めているというのに留守だなんて、こうしようと決めたからバイト先を覗かなかったのが裏目になってしまったか。
もしかしたら……居留守でも使われてしまっているのかもしれない。そうであるというのはあまり考えたくないものではあるのだけどありえないものではない。もう一度だけ鳴らしてみて、やはり反応はない。
明日ならいるかしら、そう考え、でもできるだけ早くがいいと思わされて。彼がいつ帰ってくるかなんてわからない、それにもし居留守でも使われていたら私は帰れない。
ため息一つ。今日はこれで最後と、インターホンを鳴らそうとした。
「……お前、何やってんだ?」
「リサから、あなたと話してって言われたから、その……」
後ろから声をかけられて振り返れば当然かのように新庄君が立っていた。素直になれない、リサの事を言い訳に使ってしまう。ただ私がそうしたいだけなのにそう言うことは出来なかった。
言葉が淀んでいる私の横を通り過ぎて彼は鍵を開ける。ああ、やっぱり私がどう思っていようと、彼は私の事を……
「……外だとあれだろ」
「……いいのかしら?」
「……うちの猫にまた会いたいって言ってただろ」
それだけ言って新庄君は私を置いて家の中に入っていった……鍵をかけずに。ふと笑みが漏れる、少しだけ嬉しいと思わさせられる。
彼が居留守を使っていなかったことか、彼に拒絶されなかったことか。私ですら言われるまで忘れていた約束を覚えていてくれたからか、彼もまた、何かを言い訳にしていたことか。
どうであれ、彼が嫌だと言わないのであれば有難くそうさせてもらおう。私も上がらせて貰って鍵を閉めて、リビングへと向かわせてもらった。
座らせてもらうと猫が寄ってきたので、彼の許可を取って膝の上に乗せる。彼も私の前に座り、だけど話しかける事なくそっぽを向いたまま。そっちを見てみてもなにもない、ただ壁が広がっているだけで。
互いに言葉にを発しないまま時間だけがすぎる。膝の上の猫がたまに鳴いて、それ以外には少しも音がしない。
あんな事を言ってしまったのだから私から切り出すべき、そうは思っていても何から、何を話せばいいのかわからない。
そんな私を見てか彼から話を切り出してきた。
「お前、Roseliaについてどう思ってるんだ?」
それを聞くということは……やはり全部知っているのだろう。それはリサによるものなのか、そんなのどうでのいい。隠す必要もない、だけどこれを話して何になる。音を取り戻すための道、それを私は知りたいのに。
でも新庄君はきっと無駄になることは聞いてこない、それは今までの付き合いで分かっているつもりだ。私ですら分からないそれを知るため、そうであると思い答える
「一緒にバンドをする場所よ」
「……それだけか?」
「他に何があるというの?」
「じゃあ、お前はなんだ?」
私は何者か、多分そのような問い。私は私、それ以上でもそれ以下でもない。そう答えればいいものの何故か詰まったかの様に口から出ない。
そうじゃないと、求められている答えが何なのか、それを奥底だけではわかっているかのような。
私は何者なのか。お父さんの夢を叶える為の、高校生の、猫が好きな。私は私、何度考えても出てくるのはそれだけで、何度出てきてもそうじゃないと思わされる。
湊友希那、それが私を表すもの。他でもない、Roseliaのボーカルの湊友希那、ただそれだけで……
……私は今、なんて思った? 余りに違和感がなくまた別のものかと思い思考を巡らせたが、それだけはこれは違うと思わず、極々自然なものであると思うことができた。
ふと彼の顔を見ると、ようやくわかったかとでも言いたげにこちらの事を見ていて……
「もう一回聞くぞ。お前にとってRoseliaは、なんだ?」
「私にとって……歌を歌える唯一の場所」
「お前は、誰だ?」
「私は、Roseliaの湊友希那よ」
「それを俺じゃなくて、あいつらに言ってこい」
手を私の事を追い払うかのように動かす。なんでこんな事がわからなかったのか、音を取り戻して誇りを取り戻す、そうするために、わかるまで顔向け出来ないなんて思っていた。
だけど私は、Roseliaのことが好きだから。わからなくても、そうしたいと思わされて。
「新庄君……ありがとう」
「……用が済んだなら帰れ」
彼はまたそっぽを向く。少しだけ顔が赤くなっていたような気もするが……部屋も熱くないし気のせいだろうか。
それよりもRoseliaのこと、少しわかったせいか思わされる事が沢山ある。みんなはRoseliaのことをそう思っているのか、みんなは演奏の時に何を思っているのか。
気になるそれは一人ではどうしようもない、だから今度みんなに許しが出れば聞きたくて。でもそれにはまずみんなが、私の事を許してくれなければいけなくて。
悩んでも仕方ない。駄目だと言われて、それで諦められるものではない。許しが出るまで頼み続けるだけ。
「そういえばもう一つだけ、言わなければいけない事があったわ」
「……なんだよ」
「この前はごめんなさい」
「……別に気にしてねぇよ」
だからこれからよろしく、そう言ってスマホを差し出すが彼はわかっていない様なので連絡先を交換したいと言えば渋るかのように、だけど交換してくれた。
あんな風だったのに見送りには来てくれるようで、ドアに手をかけ、ああそういえばこれを言い忘れていたと振り返る。
「忘れ物か?」
「いえ、言い忘れてたことがあって」
「まだあんのかよ」
「ええ」
わからなかった、正直なところ今でもよくわかっていない。でもこの気持ちを表すにはこの言葉しかない。知っているそれとはまた別のもの。この気持ちのこと全く分からないけど、そうであるということだけはわかってしまう。
「どうやら私、あなたの事が好きらしいわ」
「……は?」
「それだけよ。それじゃあまた今度……」
「待て、意味が全くわからないんだが」
「言葉の通りよ」
「そうじゃなくてだな……」
好きになった理由が気になるのだろうか、それは必要なものなのか。正直言ってしまえば私自身どうしてこんな風に思わされたのかわからない。
ただ燐子に好きなんじゃないかと言われ、そうであると思わされただけ。何故もどうしても知らないし、気になるものでもない。
そう言っても彼は納得していなさそう、だけど彼はそれ以上聞いてくることはなかった。
「そろそろ帰らないと。それじゃあまたライブに来てちょうだい……蒼音」
「……ああ、気が向いたらな」
その後彼が何か呟いたが聞き取ることは出来なかった。帰り道、少しだけ冷たい風が吹くがそれが気にならない程には身体が熱い。
これはなんだろうか、わからない。わからないけれど……なんだか気持ちがいいもので。
好きとは何だろう、それはわからない。好きならばどうなるのか、どうするべきなのか、調べようとすると妙に恥ずかしい。好きとはこういうものなのだろうか、本当に何もかもわからない。
好意というのを向けられるのはあまり好きではなかった、音楽に集中したいから、それの妨げになるものだったから。
そんな私が誰かの事を好きになっている、まるで笑い話だ。彼が私を好きだと言ったら……その時私は、なんて思うのだろうか。
「今度リサか燐子に頼んでみようかしら」
知ってしまったせいか、気になってしまったせいか。今まで欠片の興味も、少しの理解も出来なかったそういう本を読んでみたいと思うようになっていた。
求)感想
出)感謝