鳥籠の中   作:DEKKAマン

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無人島で借金を返す生活


距離を縮め

 約束の日の当日というのはどうにも落ち着かない。

 朝起きて今日の天気を確かめる。雨だと言われ少し悲しくなって、星座占いなんて普段は気にならないものですらその結果に喜んだ。

 ラッキーアイテムだという青のハンカチを部屋から探し当て、気になるあの人との距離が縮まるかもなんてものを変に意識してしまって。

 

「燐子、今日の夜でしょ?」

「は、はい」

「頑張ってね、応援してるよ」

 

 練習も終わり後は時間が過ぎるのを待つのみ。今井さんからの励まし言葉を受け取りスタジオを出ようとしたところで友希那さんの方に目が行った。

 同じ人が好き、それを知って、でもどうすることもなく何かが起きるわけでもなかった。

 いつも通り、前と何も変わらない。互いに好きで、だからどうしたというかのように関わりが増えもせず、避けもしていない。

 

「友希那~、今日のお祭り一緒に行かない?」

「お祭り……そういえばそんなものもあったわね」

「折角だし行こうよ。因みにもう一人いるんだけどいいよね?」

「もう一人……蒼音かしら?」

 

 友希那さんの口から出た名は聞き間違えるはずもない彼のもので、そしてその名を出すということは……やはり蒼音さんの事が好きだということ。わかっていても心臓がドキリと鳴ってしまう。

 

 でも彼は今日私と祭りに行くからそれはありえない、でももしかしたら、なんて思うと怖くなってきてしまう。

 私なんかより二人の方に、そう考えたくないことばかり考えて。

 

「残念だけど蒼音は……別の人と行くらしくてさ、アタシ達のとこには日菜がいるよ」

「そう、今日は予定もないし行ってもいいかもしれないわね」

「お、じゃあ帰ったらまた連絡するね」

 

 言葉を濁すかのように今井さんがこっちを見て言うと、それに気づいてか友希那さんもこちらを見てくる。

 まるで射貫かれるような視線は今井さんがスタジオを出ると更に強くなり、彼女はこちらに近づいてきた。

 

「……なん……でしょうか?」

「今日蒼音とお祭りに行くのは……あなたなのかしら?」

 

 何だというのだ、ズルいとか羨ましいとかそういうことを思っているのだろうか。そう思ってくれているのなら……ちょっとだけ嬉しい。

 それはただの嫉妬。私が彼女に抱いている物を彼女もまた抱いているならばちょっとだけ。頷いてと返せば考え込むかのような間の後、彼女は更に問いかけてきた。

 

「……もしかして燐子、あなたも彼の事が好きなのかしら?」

「……だったら……どうなんですか?」

 

 静寂が私たちの間に漂う。氷川さんは既に行ってしまった、あこちゃんも今井さんについて外に出た。二人きり、会話は全くないけど離れることも出来ない。

 

「……蒼音が告白に答えてくれないのもそういうことなのかしら?」

 

 それにも何も返せない、でも目をそらさないで見つめ合う。ああ、強い人だ、相変わらず。私が何と返そうと、なんと思おうと彼女は何も変えないだろう、好きだということ、その表し方、私に対して思うことも。

 いつまでもこうしているわけにはいかないのでスタジオを出れば雨の音が小さく聞こえ始める。

 

「友希那さんは……恥ずかしくないんですか?」

「何のこと?」

「誰かを好きって……他人に知られたり、本人に言うこと……です」

「別に恥ずかしいことじゃないと思ってるから」

 

 この前蒼音さんから聞いた話によれば、友希那さんは上原さんと美竹さんのいる前で告白の答えを聞こうとしたらしい。

 そのせいで二人にはバレてしまったというのに友希那さんは少しの恥じらいもなかったようで。

 

 隠しているのか、それとも本当に何とも思っていないのか。私だったら信じられない、一度はしたが半場自暴自棄のようなものだ。

 もし彼女のように恥ずかしがらずにいられるならきっと彼との距離も縮められる。そう思うからどんな風なのかは知りたかった。

 

 聞いてみた結果としては価値観が違った、それなら仕方がない。猫が好きな人もいれば犬が好きな人もいる。勿論逆にどちらか嫌いな人も。

 それと一緒、絶対に変えられないところだからこうして恥ずかしがり屋でいるのも仕方がない。

 降り注ぐ雨の音を聞きながらそう思ってしまったところを友希那さんはでも、と付け足してきた。

 

「もし恥ずかしかったとしても、関係ないわね」

「……え?」

「恥ずかしいからといって言わなかったり表さなかったら、伝わらないでしょ?」

 

 ああ、これは仕方ないことだ。価値観の問題なのだから、考え方の根っこである話なのだから。

 そもそも、私だって恥ずかしくても何度かそれを乗り越えた、小さく小さく進んできた。

 

 なんて、どれだけ都合のいい言い訳をしても何が正しいのか、そうではいけないとはっきりとわかる。

 友希那さんは、きっと私より一歩を大きく進めてしまう。当然だ、かけ声で始まったわけでも、仲良く一緒にゆっくりというものではないのだから。だから私は彼女より大きく進まななければならない。

 わかっている、そう、わかっているのに……

 

「りんりん、友希那さんと何話してたの?」

「ううん、別に……なんでもないよ」

 

 ……遠慮をしているわけじゃない。足を引っ張るこの感情を無視できるならば私だって。

 雨の音が少し、強くなった。

 

 

 

 人混みは苦手だ。祭りだって、ゲームのイベントなら違うけれど正直好きではない。つまらないわけでもない、ただ人が多すぎるという一点に尽きる。

 雨が降っている。昼と比べれば弱々しくてあってないようなそれだけど、そんな程度でも少し気分を下げさせるには充分で。

 

「待たせて……しまいましたか?」

「いえ、そんなです」

 

 音のしない傘を指しながら約束の場所に向かえば既に蒼音さんが待っていて、この程度ならとでも思っているのか彼は傘を指していない。

 彼だけではない。傘を指しているのは寧ろ少数派、周りを見てみれば指しているのは私を含めて数人ほどしか見当たらない。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「……はい」

 

 どこに、そんなもの決まってない。存在しないから悩まさられるのではなく、たくさんあるから悩まされる。どこにも寄らず、ただ隣を歩き続ける。

 

 すれ違う男女の二人組は皆手を繋いでいた。ああ羨ましいとは思うけど、どうにもそうすることは出来なくて。

 傘が邪魔だから、突然するのは失礼になるんじゃないか。言い訳はいくつもあるのだけれど、結局はただ、恥ずかしいだけ。

 

「そこのお二人さん、一つどうだい?」

 

 そんな中突然声をかけられたので、蒼音さんと顔を見合わせた後一つ買う。これで両手も塞がった、食べているから話も出来なくなった。

 祭りというからにはこういうこともあるし、楽しむというのだから仕方がない。別に楽しくないわけじゃない、嬉しくないわけじゃない。でも、少しだけ寂しくて……

 

「そういえば友希那から聞きましたけど、来週ライブやるんですよね?」

「え……あ、はい」

「行けるかわかんないですけど行けたら行くんで、頑張ってください」

「…………」

 

 そんな雰囲気を感じてくれてか、私が食べ終えたのを確認してからそう話しかけられる。いつの間にか雨も止んでいたので傘を閉じ、そうしたからか少しだけ距離が寄っちゃって。

 ああ、それは嬉しい。ほんのちょびっとでも近づいたこと、気遣いをされたのも偽りなく嬉しいのだけれど……でもやっぱり、引っかかるものがないわけではない。

 

 変わってる、友希那さんの呼び方が。それだけの事が重く、深く私に突き刺さる。

 呼び方がなんだ、名前呼びなら私だってされている。そう単純に思えたのならよかったのだけれど、めんどくさいことにそう思うことは出来ないでいた。

 何故、どうして、なんて考えてもどうしようもないのに考えてしまう。

 

 名字呼びから名前呼びに、本当にそんな些細なことが頭の中を埋め尽くす。

 仲が良くなった、明確に距離は縮まっているはず。じゃあ、私は? 

 

「……どうかしましたか?」

 

 ずっと変わらない、変えれていない。好きと言われるほどではあるのだから完全にそうとは言わないけど、本当に小さなもので誤差ばかり。

 その一方で友希那さんは直線的に近寄って行ってる。恥ずかしいとか怖いとか一切なしに止まらないまま進んでいる。それは、私には簡単に出来ないこと。

 彼との関わりの回数は私の方がずっと多い、なのにその進み方は私と並んで、もしかしたらその先を行っているかもしれない。

 

 今日言われた言葉が蘇る。想いを言わなければ表さなければ伝えられない。そんなの当然で、わかっていても出来なくて。

 今日もそうだ、ほんの少しでも好きだと言ってないし、そう察させるような事はしていない。そんなでは距離を縮めるなんてできるはずもない。

 恥ずかしいという感情が邪魔をしてくる。自分から提案出来ない、手を繋ぎませんか、たったそれだけの事を。

 

「あっ……」

 

 ハンカチが落ちた、ポケットから落ちたそれは今日のラッキーアイテムのはずで。雨が降っていた後出し地面はびちょぬれ、ああもう散々だ。

 それを拾おうと服が地面につかないようにしゃがんで手を伸ばすと何かに当たった。パッと手を引く、それは……蒼音さんの手だったから。

 

「ご、ごめんなさい……」

「い、いえ、こちらこそ……」

 

 彼が拾ったそれを渡されて、私はそれを強く握った。想いでなら絶対に負けてない、その自負がある。

 手が当たった時私はなんと思った、嬉しかった、後から恥ずかしさに襲われたけれどそれがどうでもよくなるほどに。

 

「あ、あの……」

「なんですか?」

 

 距離を縮めるとは何なのか? 名前呼びならそうなのか敬語を捨てればそうなのか、隣を歩けば、一緒にお祭りにいけばそうなのか。

 そんな複雑なことではない。それらも決して間違っていないが、もっと単純なものがある。それは……

 

「手を……繋いでもらっても……いいです……か?」

 

 そう小さく言って手を動かすが蒼音さんからは何も返ってこない、言葉も、行動も。もしかして私の声は聞こえない程に小さなものだったか、それとも嫌なのか。

 今なら顔から火が出てしまいそう、熱くてまともに考えられない。俯いたまま顔は上げられないが、彼の足がそこにあることから隣から移動はしていないのだとわかる。

 どれだけ恥ずかしくても手は下げない、もうとは言わない、今だけは下がらない。

 

 心臓が鳴り続ける。周りの音全て飲み込む程鼓動を刻み、一体何秒立ったのかすらわからない程の時間間隔の中で、指に何かが優しく触れた。

 

「……ごめんなさい、今は、これで」

 

 指と指、掌には及ばない浅さでだけど、確かに手が繋がれた。

 先程とは比べ物にならない勢いで心臓が鳴る、なんだかクラクラさえしてきてしまった。ああでも、恥ずかしいとかそういうもの全部飛び越して、どこか遠くに行ってしまって。

 

「友希那さんとは……こういう事、したこと……あるんですか?」

「……一回だけ」

 

 でもあれはこんな風じゃなくて、と付け加えられる。噓を言われるとは思っていない、それでも心の奥底に、小さく黒いものができるのは確か。

 恥ずかしいと感じるよりも強いそれは、指でだけ繋いでいたものを、確かに手で繋がせてくれた。

 

 真っ赤に染まった顔が見える。ああ、彼もこんな顔をするんだ、私はどれくらいだろう。恥ずかしさによる最後の抵抗か、顔を逸らした。

 友希那さんは彼のこんな姿を知っているのだろうか。私達は手を繋いだまま、道を歩き続けた。

 

 

 射的、金魚すくい、型抜き。色々遊んでみたけれどどれもいまいち覚えていない。

 家に帰りベッドに寝転ぶと今更になってため込まれていた恥ずかしさが爆発して寝転がり回る。

 

 ああなんてことを、そう思うも遅くただただ自分のしたことが自分に降りかかってくる。

 死んでしまいたいくらいの恥ずかしさに襲われながらも、出来るかどうかとは別で、もう絶対にしないとは思わされない。

 楽しい、ではなく面白いでもない。気持ちいいというわけでもない言い表しようのない何か、それは……とても心地よいもので。

 

「蒼音さんは……」

 

 迷惑じゃなかったか、彼は楽しめたのか。今日繋いだ手を翳しているとそんな事ばかり考えてしまう。手を洗うの勿体ないな、なんて思ってしまうくらいには今回の事は私には大きなこと。

 それもそう、次もそうなるとは、できるとは限らない。だから一回一回を大切にしていきたい。次も、その次も、今日みたいになるとは限らない。

 

 今日だけで一体どれだけの距離を縮められただろうか。彼からしたらほんのちょっとかもしれなくても、私からすればそれこそ星の距離程のもの。

 二番目でもいい、思われているのならそれでいい、なんて思えるほどこの想いは小さくない。

 彼からあなたが一番好きだと言われたくて、そうなりたくて。

 

 未来を願って今を求めて。あなたが好き、言ったその言葉をそのまま返される日を、私はいつまでも待ち続ける。

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