鳥籠の中   作:DEKKAマン

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関係ない

 春休み、それは休みという素晴らしい響きはあるものの特段やれること、やりたいということが溢れるようではないもの。

 学校における友人と言える仲の者がいないわけではないが、学校外で遊んぶ程のものではないし連絡先を交換しているわけでもない。

 

 学校によっては課題が出ないところもあるらしいが、わが校ではそんなことはなく山、とまではいかなくてもそこそこの量が出た。

 春休みというものは決まってそう長くない。気づけば既に4日も経ってしまったので帰ったら課題を終わらせるとするか、そんな事を考えながら客を待つ。

 

 長期休暇ともなれば普段暇を潰すようなバイト先も客足は何倍ともなる。それもあって多少の忙しさは感じるが、元の数が少なければ倍にしたところでそれほどでもない。

 なんてことを考えてればまた一人店に入ってくる。そいつは見知った顔で、迷わずこちらに向かってきた。

 

「あなた、後どれくらいで終わるのかしら」

「……あぁ、そういえばそんな話だったな」

「もしかして忘れていた、とは言わないわよね?」

「忘れてたよ、すっかりな」

「そう、それならまた今度……」

「いや、別に今日でいい」

 

 忘れてたと言った瞬間のこいつの気分の下がり方はとてもじゃないが見てられなかった。悪いことをしたわけではないが、やはり少しだけそう思わされてしまう。

 

 俺の家に来るという約束、忘れていたというのは真っ赤な嘘。湊は冗談で言ってるのかと思っていたというのが本音。

 異性、それもそこまで深い関係でもない奴の家に行くなんて本気と思えという方が難しいだろう。

 それに……別にどうだとしても不都合がつくわけでないのだから。

 

「両親の許可は必要ないのかしら?」

「どうせいないから気にするな」

「それって……」

「あー、後十分で終わるから待つなり帰るなりしてくれ」

 

 言い方を間違えてしまったか、まぁ仕事で忙しいとかだと思ってくれるだろう。

 知られて特に困ることではないがやはり知られたくはないものだ。哀れむかのような目を向けられるが気持ち悪くて、やはり失言だったと認識する。

 

 湊は近くの椅子に座る。本当に待つのか、今ですら冗談ではないのかと思いながらも時間はゆっくりと進んでいった。

 そして、バイトが終わった時にもまだその姿はあった。

 

「それじゃあ行きましょ」

「はぁ……本気か?」

「でなければわざわざ練習時間を削ったりしないわ」

「猫好きもここまでくれば勲章物だな……」

「こ、これはあなたのことを知るためよ!」

「あー、はいはい、わかったわかった」

 

 自分のことはそこそこの猫好きだとは思っていたが、流石にこいつと比べてしまえば大したことないなと思わされてしまう。

 猫好きというよりかは猫バカだな、などと考えながら道を歩いていた。

 

 

 我が家にたどり着くまでの間に会話、それは今までなかったような話題を振られていた。バンドに誘われるといういつも通りのものがなく、猫の話で盛り上がっていた。

 やっぱり家に入れないと突っぱねてもよかったのだが一度決めたことを流すのはいい気はしないし、何より他人の沈んでる様子を見るのは昔から嫌いなので出来なかった。

 ……それに、猫の話で盛り上がってしまったのも原因。

 

「勝手に部屋に入るなよ?」

「あなたは私を何だと思っているのかしら?」

 

 湊が玄関からすぐ近くのあの部屋の扉を見つめていたのでそう釘を刺す。流石に大丈夫だろうが念のためだ。

 見られたくない。それはこの部屋だから、こいつだから。

 

 もやっとしたその考えも、飛び付いてきた猫によって吹き飛ばされた。アロマだとかそういうのに興味もないし知識もない、がこんなものなのだろうか。

 

「……相当懐かれてるのね」

「そりゃ飼い主だからな」

 

 出ていった母親、面談等以外では殆ど帰ってこない父親、兄妹はいないのだから今一番一緒にいるのはこの猫だ。

 元はといえば一年前捨て猫だったのを拾ったのが始まりで、少し時間はかかったが懐かれた。母親が猫嫌いだったのもあって憧れていたというのもあったのだと思う。

 

 父親にはまだ見つかっていないが、隠れるように逃げていたのを覚えているのであんまり人には懐かないやつなのだと思っていた。

 だが湊が近寄るのを拒否することなく、気持ち良さそうに頭を撫でられていた。

 

 湊は心ここにあらずといった風に撫で続けている。現に目の前にいた俺が立ち上がっても気づいていない程には。

 話すこともないし掃除でもするか、そう思って俺は二階に上がっていった。

 

 

 掃除と課題の準備をして下に降りる。ところで湊はいつまでいる気なのだろうか、恐らく満足するまでではあるだろうが……あの様子ではいつになることやら。

 

 いつ頃帰るつもりなのか聞こうとリビングに向かうがあいつの姿が見つからない。どうしたのだろうか、外には流石に行ってないと思うが……どこにいったのだろう。

 もしかしてと思いあの部屋の扉を見てみたら、ほんの少しだけ開いていた。その事実に思わずカッとなって、その扉を開けてしまった。

 

「おい、勝手に入るなって……」

 

 その扉を開けてまず最初に目に飛び込んできたのは彼女ではなく、猫でもなく、ピアノだった。

 自らの半身と言っても過言ではないほどの時を過ごしたそれ。部屋の中心にでかでかと置いてあるそれを中心にだんだんと周りが見えてきた。

 ああ、そういえばこの部屋はこんな感じだった。見回せばトロフィーや賞が置いてある。そして……その時に撮った母親との写真も。

 

 頭が痛い。

 手が震える。

 喉に埃が入ったかのように気持ちが悪い。

 

 一年ぶりに入ったその部屋は、記憶にうっすらあったそれと、何にも変わっていなかった。

 

「……ごめんなさい、この子が入っちゃって連れ出そうと思ったら」

 

 その声で始めて湊の存在を認識する。その手に抱えられていて、鳴き声をあげている猫の存在にも。

 この部屋に入ってから何か耳鳴りのようなものがする。それは何度も耳にしたもので、奏でたもの。床に、壁に、天井に、あのピアノに、音が染み付いている。

 

「……あなた、やっぱり凄いのね」

「……お前には関係ないだろ」

「関係あるわ、同じバンドのメンバーになる人の事は知っておいた方がいいでしょう?」

「ならないって言ってるだろ」

 

 早くこの部屋から出てしまいたいのに足がそれを許さない。縛り付けるかのように動かせない、扉はやっぱり重くて冷たくて開けることができない。

 

「あなた、本当にピアノが嫌いなの?」

「……何回もそう言ってるだろ」

「これを見る限りはそうは思えないけれど……」

「……昔とは違うんだよ」

 

 湊が見ているあの写真は何時のだったか、身長的には恐らく小学生の時のものだろうが……コンクールなんて出るのが普通だったからいちいち覚えていない。

 

 どうしようもないくらいの笑顔をこちらに向けているその自分の顔、映っているピアノに母親の顔。

 そのすべてにどんな感情を抱いたか……自分ですらわからなかった。

 

 

「……今日はごめんなさい」

「……目を離した俺も悪かったからいいよ」

 

 夜風を求めて外に出た。湊も帰ると言っていたので少しだけ一緒に外を歩く。

 あの部屋に入ってから体が妙に熱い、何かが沸き上がってくる、そんな風に感じさせられている。

 

 今回の件に関しても誰が悪いというのはない。猫が部屋に入ってしまったのが悪いと言えばそれまでだし、湊が取り押さえ無かったのが悪いと言えばそれもそれだ。

 だから俺が掃除に行ったのが悪いと言われれば、それもそういうことだ。

 

 わかっていて、納得できるかどうかは別である。

 

「あなたがピアノをやめた理由って……いえ、なんでもないわ」

 

 あんな楽しそうな表情をしていて、あんなに結果も残せていてどうしてピアノをやめたのか。湊はそれが気になって仕方がないのだろう。

 だが聞いてこない。今日は悪いことをしたからと思ってか、この前聞くなと言ったからか。どうにせよ、それは俺にとって嬉しいことの筈で。

 それじゃあまた。そう言って去っていく湊に対し、俺は後ろから声をかけていた。

 

「……母親がピアニストで、家を出てった」

 

 これでわかるだろ? そう言うと湊は振り返ってくる。俺自身、どうしてこいつに言おうと思ったのかわからない。

 見られてしまったから特に隠しておく必要がなくなった。そんな程度のものなのかもしれないし、これを言えばもう誘われなくなるかもしれないから、そう期待してのことかもしれない。

 

 子供か、俺は。

 

 俺は来た道を戻ろうと背を向けたところで湊に、待ってと呼び止められる。

 

「……ごめんなさい」

「別に謝罪の言葉が欲しかったわけじゃ……」

「でも」

 

 風が吹いた。冷たくて、ザザッと木の葉が揺れて音を出した。

 

 ──あなたのそれ、ピアノとは関係ないと思うわ。

 

 割り込まれるかのようにして発せられたその言葉は、風よりも冷たく感じさせられた。離れていて、木の葉の揺れる音で聞き取れなくてもおかしくないのに、嫌なくらいはっきりと聞こえてきた。

 何も言うことが出来ない、否定をすることも、肯定をすることも。それだけ言って去っていく湊の後ろ姿をただ見ること以外、何も出来なかった。

 

 

「……簡単に言ってくれやがって」

 

 そんなのわかってる。でもどうしてもそれを切り離すことが出来なくて、どうしてもそれは一緒のものだった。

 

 俺は母親のことが嫌いだ、だからピアノのことは……

 

 どうなのだろう、それが疑問に変わる前に思考をやめる。嫌いだ、大嫌いだ、そうでいい、そうあればいい。

 

「お前は何も悪くないよ」

 

 膝の上に乗っかってきた猫の頭を撫でながらそう呟く。なんだか申し訳なさそうにしているように見えたのは、ついに俺の頭が可笑しくなってしまったからなのだろうか。

 

 日が昇り、また沈んでもまだあの言葉が頭の中で反響し、結局その日は眠ることが出来なかった。




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