燐子の事をどう思っているのか。感謝していると返したその質問が未だに頭の中に残っている。
間違っていると思うわけではない。足りない、何かが。それだけでないとわかって、でもそれが何かわからない。
「どうした?」
「……なんでもないわ」
一体なんだ、何だというのだ。どうでもいいと割り切れない、思考がどんどん染まらされていく。
今度のライブの事を色々話したいと思っていたのにそれを切り出せず、蒼音と会話をしているのに少し聞き流してしまっている。
ふと近くにあった鏡に映った自分の姿を見る。ああ、わからない、なんて思っているのかわからない。
自分のこと、だけど自分じゃわからない、断片的にわかってきても本体が見えてこない。
「あそこ、見てみろよ」
そう指さされた窓の外を見てみてば子猫が数匹、彼は私の事を忘れてしまったかのようにそちらを見続ける。
いつもなら私もそうなのだろう、でも今はそうならない。窓の外を見続ける彼の横顔をじっと見続けていると、不思議な感情を抱かされる。
不思議なもの、でもそれは好きだという時ほどの暖かさはなくて、だからといって冷たいものではない。
きっとこれは何度も感じたことがある、日常的でないとしても珍しいものではない。でも、どうしてそう思うのかわからない。
──羨ましい、なんて
何故そう思ったのか、そしてその感情は、何故だか燐子に対して抱いたものに似ている気がした。
羨ましいと猫に対し抱いた、そしてそれは燐子にも似た者を。それらの共通点とはなんなのか、考えたところで出てこない。
ただ蒼音の横顔を見ていると、胸が締め付けられるかのような気がして……
「……なにか付いてるのか?」
「……いえ、気のせいだったみたい」
軽く顔を触りながら言ってきたのでそう返す。その後は子猫の方を二人で見ることにして、それはその子達が何処かに行くまで続いた。
その途中、何度か彼の方を見てしまった。何も変わらないのに、どうしてそうするのかわからないままその日は別れて。
「……やっぱり、なんでもないわね」
一人で猫のところに向かい頭を撫でるが、この子達が可愛いと思う以外に何もない。
羨ましいなんてやっぱり勘違いだったのか、でもあれはそれ以外に何と表すのか私にはわからない。
もしかして好きとはこういうもの、だとするならば燐子に対してこう思うことはおかしくて。
燐子も私に対して似たような物を抱いているのだろうか、それとも私だけなのか。明日燐子に聞こうかしらと考えながら猫の頭を撫で続け、昨日より暑いなと夏を感じていた。
「あれ~、湊さんじゃないですか~」
「お、ちゃんと働いてるね~」
「もちのろんですよ、なんてったってモカちゃんですから~」
練習帰り、リサが飲み物を買いたいと言うので一緒にコンビニに寄るとそこには青葉さんが。
他のお客さんも見当たらないということでリサは話し込んでいるので、折角だし私も飲み物を買うことにする。
私の好きな甘い珈琲は見当たらない、お茶でも買おうと思ったけれど私はいつもなら買わないようなブラックの珈琲を手に取っていた。
こんなもの苦くて飲めたものじゃない。でもそれは私のもので、例えば蒼音なんかはいつもこれで飲んでいる。
彼は一体どんな風にこれを口にしているのだろう。美味しいと持っているのか、それとも大人ぶっているだけなのか。
「あれ、どうしたのそれ」
「何を買うのかなんて私の自由でしょう?」
「そうだけどさ~……飲めるの?」
いつの間にか隣にいてそんな事を言ってくるリサを無視してレジに向かう。
会計を済ませ、しかし外は暑くて出たくない。リサが戻ってくるまで待とうと思ったところで青葉さんから話しかけられる。
「ひーちゃんから聞いたんですけど~、蒼音さんの事が好きってホントなんですか~?」
「ええ、そうよ」
「へぇ~、最近お二人はどんな感じなんですか~?」
「どんな?」
「ここが気になってるとか~、デートしたとか」
気になっている、とするならばやはりそう。気になって、でもそれだけ。どんな風にもない、連絡先がふと目に入れば目が行ってしまうし、彼は今何をしてるのかとか、そんなもの。
デート、というのは一緒にカフェに行くとかもそれに含まれるのだろうか。それともそんな程度じゃ駄目で、燐子みたいに祭りとかに行かないと……
ぞわりと背中を何かが駆け巡ったかのような気がした。ああ、これだ、この感情だ。羨ましいというものにとても似てる、でも圧倒的に冷たい。黒く、底冷えしてしまいそうな。
なんだろう、これは。私は
青葉さんを見るとこちらの言葉を待っているようで何も発してこない。質問の途中なのだから当たり前か、それならいっそ、聞き返してみるのもいいかもしれない。
「一つ聞きたいのだけれど、誰かと誰かの関係に羨ましいと思うのって、おかしいかしら?」
「つまり~、今そういう感じってことですか~?」
「まぁ、そういうことね」
青葉さんは数秒考えるようにして、ニヤニヤと笑みを浮かべながら答えた。
「おかしくないと思いますよ~、それだけ好きってことですし~」
「……青葉さんもそういう経験が?」
「さぁ、それは内緒ですね~」
そんな会話をしているとリサが戻ってくる。リサの会計を待ち、青葉さんのありがとうございましたというのを背に受けながら外に出た。
外は暑い、特に冷房の効いた店内から出たのもあり余計にだ。買った物を飲もうと袋から取り出したものは当然ブラック珈琲で。
「……苦い」
「も~、だから言ったのに」
蒼音の事を考えていたらつい買ってしまったそれ、手元にはこれしかないし仕方ないと一口だけ口にするがやはり私には合わない。
ほら、とお茶を渡されるが特段喉が渇いているわけではないので別にいいと断る。珈琲の蓋を閉じ、スマホで一つ連絡を送り、それが返ってきたので歩き始める。
「友希那~、そっちは家と反対だよ?」
「私は用があるの」
「そんなの言ってなっかったじゃん」
別に帰ってもいいと言ったがアタシも暇だからと答えられる。まぁリサがいるからどうこうというものではないし放っておくことにした。
目的の場所、蒼音の家の前で足を止め、インターホンを鳴らし彼が出てくるのを待つ。
これは……二回目か。あの時と一緒で彼が家にいるかはわからない、でもあの時と違って彼の連絡先を知っている。だから今何処にいるかと聞き、その答えがここだった。
「二人してなんの用だ?」
「聞きたいことがあったから」
「アタシは友希那についてきただけだから気にしないで」
そう答えると彼は私の事をジッと見てくる。それだけか? と聞いてきたのでそうだと返すとため息をつかれる。
「……お前は聞きっぱなしにするな、てかそれだけならわざわざ来ることもなかっただろ」
「駄目だったかしら?」
「……そういうわけじゃねぇ」
スマホを見てみれば確かに蒼音から何か用かと返信が来ていた。確かに連絡だけで済むと言われてみればそうだが、別に彼も駄目だと言っていないし問題ない。
それに……それでは少し、物足りない。後一つ、飲めなかった珈琲を渡そうと思ったというのもあるが。
「貴方、明日って暇かしら?」
「明日は予定ありだ」
「なら明後日は?」
「ちょっと友希那~、明後日は一日Roseliaの練習でしょ?」
リサから言われそういえばそうだとなり、それならば明々後日はどうかと聞けば了承が返ってくる。
その日はRoseliaの練習もない、予定も決められたし帰ろうかと思ったところ蒼音から一つ質問をされた。
「その日何するんだ?」
「何を?」
「そんな聞き方してくるんだからしたい事は決まってるだろ?」
明々後日、何をするか。そんなもの何も決めていない、でも二人の目がそうは答えさせてくれない。特にリサの興味津々と嫌でも感じさせるそれが。
さて何をするか、蒼音と何か出来ればとは思っていたが……なんと言ったものか。暫く考えて、そうだこれだと私は口を開いた。
「デート、しましょう」
「……は?」
ピタリと二人が固まったのがよくわかる。何かおかしなことを言ってしまっただろうか? そんな事を思っている私に対し、言葉の雨が降り注いできた。
「それにしても、友希那があんなこと言うなんて驚いたよ」
「リサには関係ないでしょ」
「まぁ、そうだけどさ。何か思うことでもあったの?」
「…………」
きっと青葉さんからその言葉を聞いてしまったから出てしまった、なんて単純なものではない。
羨ましいと思った、彼から何かと思われる何かに対して。そしてもう一歩踏み込んで、ズルいと、多分そう思ってしまった。
何に、燐子に。彼とそういうようなものをしたことがあり、なのに私はしたことがない。抱いている感情は同じなのに、そんなの不平等で。
なんで彼女だけ、そう思い始めると止まらなくて、だからこうして実行した。きっと私は彼女に対し妬ましい、なんて思ってしまったのだと思う。
こんな感情、子どもの頃玩具の取り合いで負けてしまった時以来だろうか。子どもっぽいでも構わない、これは紛れもない、私の感情だから。
「……リサ」
「ん、どうしたの?」
「デートって、何をしたらいいのかしら?」
リサが何もないところで躓いた。何かおかしな事を聞いてしまったのだろうか?