「まさか被るとはな……」
友希那とのデート当日、待ち合わせ場所として指定された場所はショッピングモール。それは三日前に燐子さんに俺が指定したものと同じで。
何をするかというのは知らされていない。アイツは全部決めてきているのか、それともこの前の俺のようになんとなくしか決めていないのか。
十分前になっても姿を見せない彼女を壁に寄りかかって待ちながらそんな事を考える。
「時間にはまだ早いと思うのだけど」
「遅れるよりはいいだろ」
「それもそうね」
友希那がやってきて俺と同じように壁に寄りかかる。時間丁度くらいに来ると思っていたから予想外、早く起きたとかそんなだろうか。
隣り合ってさて何処に行くのかと内心身構えていたのに、友希那は一向にそれを教えてこない。それどころか話すこともなくただこちらを見つめていて。
「……なんだよ」
「どうかしたのかしら?」
「お前が……いや、なんでもない」
言い争ったところで何も起こらない、もしこんなくだらないことで険悪な雰囲気になってしまったら最悪だし黙っておこう。
ふと時計を見ればそろそろ本来の待ち合わせの時間、このまま何もしないで過ごしたいわけではないし彼女に訊ねることにした。
「何をするのか決めてんのか?」
「まずは映画を見ようと思ったのだけれど……」
何ともベタで、しかしデートと言って浮かんでくるものとしてそれはかなり上位に入ってくるもの。ちゃんと考えてきてたんだなと思うも意外ではあった。
言ってしまえば全部丸投げなんてことすらありえると思っていた。こいつは音楽と猫以外に興味がなさそうなやつだし。
しかし、さて、映画ときたか。映画を最後に見たのはいつだったか、テレビであればいざ知らず、映画館でとなれば……パッと思い出せる中にそれはなかった。
今やっている映画というのはなんなのだろうか、最近はテレビもあまり見ていないのでそこら辺は全くわからない。
「何を見るとかは決まってるのか?」
「それは……えっと……」
少し赤くした顔を背け言い淀まれる、もしかして決めていないのだろうか。
俺の興味のなさそうなものにしないために選ばなかった、というならば嬉しかったのだが友希那の反応を見るにそうではないらしい。
その反応は見覚えがある。それは友希那ではなくてもう一人、燐子さんがいつもしているもの。恥ずかしい、そう表すかのような。
でも友希那のこの姿、見たことがないわけではない。それは決まって猫関連、もしやと思って今日上映予定の映画を見てみると予想通り、そこには猫が主人公の映画の名が。
好きだと言う時ですら欠片も見せないその姿は新鮮で、なんだか弱々しく見えるからなのか、いつも以上に彼女の事が可愛く見えた。
「……調べてみたら猫が主人公の映画やるみたいだし、それにしないか?」
「……! そ、そうね。それにしましょう」
早く行きましょう、と彼女は歩き出す。何処か楽しそう、ホントにアイツは猫好きだ。ああ、でも……
アイツの楽しいに、俺はいるのだろうか? 燐子さんと繋いだ手を見て、そして既に遠くに行ってしまった友希那の方を見て一つ、ため息をついた。
「映画、よかったわね」
「……そうだな」
映画を一人以外で見たというなら鉄板とも言うべき感想の伝え合い。友希那は止まることなく猫の魅力を語っている一方、俺は彼女の話を聞くだけの案山子のようなものになってしまっている。
正直言ってしまえば、映画には全く集中出来なかった。つまらなかっただとか腹を壊したとかではない、その原因は目の前のコイツのせい。
猫が出るたびにゃーんちゃんだの可愛いだの、つい呟いてしまったのだろうが隣にいるもんだから気になってしょうがなかった。友希那の俺でない方の隣が空席だったのは唯一の救いと言ったところか。
ただ、うるさいと思わされる程ではない、怒っているわけでもない。もしそれが俺の隣に座っていた男がやっていたとしても何ともなかっただろう。
集中させられなかった理由、それはそれをしたのが友希那だったから、それだけだ。
「……あげないわよ?」
「……俺だってまだ残ってるからいらねぇよ」
今いるのはこの前燐子さんとアイスを食べた場所。黙って見続けていたせいだろう、欲しがっていると思われてしまったのでそれを否定する。
「そういえばお前、今日音楽の話全くしないな」
「嫌かしら?」
「気になっただけだ。しなかったことなかっただろ、多分」
友希那と顔を合わせ会話をして音楽関連の話を全くしない時、なんてのは一度もなかったはずだ。
どれだけ小さくても音楽の事、Roseliaの事は話していた。勿論、俺が指摘していなければこの後話していたかもしれないが。
「……そうね、音楽の話をしなかったことはなかったわ」
別になんでもない、流してしまうような話題。そうなる筈で、でも友希那は少し暗い顔をした。
何かおかしなことを言ったか、先程の自分の言葉を思い返し、しかしそんなものはなかった。であれば何故、と思考していると彼女は口を開いた。
「私、あなたの事を全然知らないわ」
「……なんだよ、急に」
「そのままよ。音楽以外で私は、あなたとまともに話したことがない」
それは些か話を盛っているような気もするが……彼女の中ではそうなのだろうか。どうであれ、それは心からのものだとわかる、わからされる。
「あなた一昨日、燐子と出かけたのよね?」
「……あぁ」
「それで、何をしたのかしら?」
「本を探したくらいだな、話すようなことは」
他にもあるがあの日一番とするならそれだろう。互いに本を買いあった、その程度だけど、あの本は何だか読むのに変な緊張さえした。
それを聞いてどうするのか、彼女はそうと呟き立ち上がり食べきったアイスのカップを捨て、俺に向けて当然かのように言ってきた。
「行くわよ」
「どこにだよ」
「本屋よ。嫌、とは言わせないわ」
あまりに唐突すぎる。嫌、ではないが……友希那は本を読むのだろうか。音楽雑誌ならわかるが小説とか、悪いが好んで読んでいるようなイメージはない。俺もゴミを片付け、友希那と隣り合って歩く。
何故急にあんな事を言ったのか、元から本屋に予定があったというわけではないだろうし、行くところがなかったし名前が出たから行こう、という風でもない。
嫌とは言わせないと言った。つまり、明確な理由があるはずで。
それは何だろう。俺の事を全く知らないと言っていたし、俺の趣味に触れようとでも思ったのか。それとも、燐子さんと俺が行ったからなのだろうか。
「……何か付いているかしら?」
「……気のせいだった、何でもねぇよ」
もし、もしそうだとするならば……この手を繋いだという事実、コイツは知っているのだろうか。知ったらしましょうと言ってくるのだろうか。
俺から手を伸ばす事は、やっぱり出来なかった。
「……本って色々あるのね」
「そりゃそうだろ」
「あなたのおすすめの本とかってあるかしら?」
一緒に本を探して数分、自分で探すのを諦めたのかそんな事を聞いてくる。
おすすめの本、となればいくらでもある。だが俺が持っているものであれば貸してやればいいし、出来ればそうではない方がいいだろう。
友希那が好きそうなもの、音楽関連と猫はともかくとして後は……なんだろう。
先程の彼女の言葉を思い出す。俺の事を全く知らないと言ったあの言葉、それは俺からしても同じだと気づいてしまった。
コイツの好きな物は、趣味は、そんなもの俺は知らない。好きな相手のことなのに、氷山の一角程度でしか知れていない。
「……お前、好きな物ってなんだ?」
「はちみつティーとかかしら。後は……そうね、リサのクッキーとかかしら」
「じゃあ趣味は?」
「趣味と言えるものはないわね、そんなものにかける時間があるなら練習をするわ」
それはどこまでも俺の知っている湊友希那で、でもそれはより深くで知れたもの。まだ俺は彼女の事を全く知らない、でも、聞いてわかることなんてほんの少ししかなくて。
「なんで急にそんな事を聞いてくるのかしら?」
「……お前の興味なさそうな本選ばねぇためだよ」
口ではなんとだって言える。勿論嘘ではない、でもその比率なんて微々たるもので。
どれにしようかと探し回って、でもそう簡単に見つからない。いつまでもそうして連れまわすのはよくないだろう。
仕方ない、俺も持っているが猫が主役の本にしよう。そう思いその本を探し、友希那にこれだと教えることにした。
「……これ、あなたも持っているのかしら?」
「嫌なら別のを探すが……」
「いえ、これでいいわ」
そう言って彼女はレジに向かって行った。時間的にはそこそこだが、季節のせいもあってか外はまだ明るい。
この後どうするか、アイツはどうしたいのか。友希那が返ってくるまでのちょっとの間、レジの方を眺めながらその事を考えていた。