「はぁ……」
ため息がこぼれる。意味もなく天井を見上げるとまた一つため息がこぼれて今度は視線が落ちていく。
嫌なことがあったわけじゃない、困ったことと言うのは違うだろう。迷っている、ただそれだけだ。
どうすればいいんでしょうなんて聞ける相手はいない。恥ずかしいとか知られたくないだとか、それ程に付き合いの深い知り合いがいないから。
全部本当のこと、だけど全部違う。この悩みは、俺が一人でどうにかしないといけないものだから。
誰かに聞いてそれで曲げるのは駄目だ。俺の問題、俺に託された選択、であれば誰かに少しでも委ねることは許されない。誰でもない、俺自身がそう思っている。
好きと言われて好きと言って、それはいつまでも慣れないし恥ずかしい、そしてなにより嬉しくてたまらない。
いい加減決めないとなと思っていても決めれない、いい加減には決めたくない。
選択をしてしまえばそれで終わり、どうなるかはわからないがあっさりと。それが怖くて恐ろしくて、目をそむけたくなってしまう。
バイト行かなきゃなとイヤホンを付けながら外に出るが、雨が降ってるせいかなんだか憂鬱な気分になる。
最近雨ばかり、いつになったら晴れるのだろうかと思いながら歩を進める。
ああ、そういえば今日は気になっていた本の発売日だ。バイトまではまだまだ余裕もあるし、帰りは雨が強くなってしまうかもしれないし先に買ってしまうか。
本屋の方に足を向け、やっぱりやめた。イヤホンを外して再び歩き出す。
優柔不断だな、なんて思いながら歩いていると、またため息がこぼれた。
「蒼音さん、こんにちは!」
「お久しぶりです」
「……お久しぶりです」
こんな日に客なんてこないだろう。その予想は当たり退屈な時間を過ごし、バイトを終えて外を見ると雨は止んでいた。
雲は消えず太陽は見えていないが雨よりまし。この天気なら来る時に寄らなかった本屋に行ってもいいが、バイト終わりというのもあるのだろう、あまり行く気にはならなかった。
明日もバイトだし明日でいいか、なんて考えながら水溜りを避け歩いているとあこちゃんとひまりちゃん、蘭ちゃんに出会った。
「どうかしたんですか?」
「……なんでもないよ」
あこちゃんを見る、その隣を見る。そこにいるのは蘭ちゃんとひまりちゃん。見間違えるなんてことはない、わかってはいるけど、やっぱり少しだけ期待してしまう。
「蒼音さんってこの後用事ってありますか?」
「……ないかな」
「それならあこたち一緒に来てくれませんか!?」
どうやら三人はカフェに寄った後雑貨屋に寄るとのこと。別に俺は構わないが他の二人はどうなのかと聞いてみると別に構わないと言われる。
それじゃあ行きましょうとあこちゃん、そして何故か張り切っているひまりちゃんは元気に歩き出す。
「……すみません、突然こんなことになって」
「いいよ、寧ろ俺が混ざって迷惑ならないかなってくらいさ」
「あの二人はそういうの思わないですから」
「蘭ちゃんは?」
「そうだったら嫌だって言いますよ」
正直だな、と思いつつも嫌じゃないと言われてるようなものだから悪い気はしない。
ゆっくり歩いていると置いて行かれてしまいそう、ちょっとだけ歩幅を広げると蘭ちゃんも合わせてくる。
目的のカフェは遠いのだろうか、なんて前の二人を見ながら考えていたらそういえば、と隣から話しかけられた。
「湊さんとはどうなんですか?」
足が止まる、釣られてか蘭ちゃんも。
どうなのか、答える言葉は何一つとして浮かんでこない。悪くはなってないし進展といえるようなものもない、でも別にと答えるほど何もないわけではない。
好きになるだけでは駄目、それはもう一人にも起こってしまう事だから。
好かれるというのはわからない、数字があるわけでもないし読み取れるものでもないから。
「わかんない……かな」
「……そうですか」
今の友希那との関係、表すとしたら何になるのだろう。
恋人ではないけれど、知り合い程度ではないはずで。
友人では足りないが、親友とするには付き合いが短すぎる。
両想いというのは合っている、でもそれはあいつだけじゃなくて。
大きくため息をついてから歩き出す。こんな関係あいつと燐子さんだけ、名前をつけられないその関係は心地いい、抜け出したくないくらい。
でもこの関係はそれと一緒なくらい罪悪感が襲ってくる。好きだって気持ちに正しく答えられない、思い上がりだとしてもそれがとても辛い。
いつ出せと決められたら俺は答えられるのか、それはいつになるのだろうか。なんて考えてしまってまたため息が。
そうじゃない、決められたらと言われたのだからそんないつかを待つのは違う。
イライラする。蒸し暑い中空を見上げ、それだけを思っていた。
「蒼音さん、一口だけ、一口だけ食べさせてもらうことはできませんでしょうか!?」
「……まぁ、ひまりちゃんがいいなら」
「ありがとうございます~!」
俺の前に運ばれてきたスイーツを見ながらそんなことを聞かれる。その様子は迫真ともいえるもので断れず了承する。
お腹が空いていたわけでもないしなんとなく甘い物が欲しかっただけ、食べなれていないそれを頼んだ理由はそれだけだ。少量であるが美味しそうに頬張る彼女を見てそんな事を考える。
それを見て自分のスイーツを口にするとひまりちゃんがお返しにか自分のも分けますと言ってきたので断った。
好意を断るのはあれだが一口食べて満足だ、それに彼女もそうですかと言って幸せそうに食べ進めているし、作った人もあんな風に食べられる方が嬉しいだろう。見ているかは知らないが。
「蒼音さんって甘い物食べるんですね」
「食べるさ、蘭ちゃんも食べれないってわけじゃないでしょ?」
「そうですけど、なんかイメージと違うっていうか……」
「蘭~、決めつけるのはよくないよ~?」
甘い物は嫌いではないし苦手じゃない、ふと欲しくなる時もあるがそれだけだ。
角砂糖が大量に入った入れ物を眺めながら珈琲を飲むと甘い物を食べたせいか、ちょっとだけ甘く感じた。
「そういえば聞いてなかったけど、雑貨屋に行って何するの?」
「我が闇の力を封印し……え~っと……そんな感じの物を探しに!」
全員が食べ終え少しして、その質問にあこちゃんはそう答えた。その答えに蘭ちゃんは困ったような表情を浮かべ聞き返す。
「……それ、あたしが行く必要あったの?」
「カッコいい蘭ちゃんがいたらカッコいい物なんてすぐ見つかるかなって」
「そ、そう……」
その返答に照れたように顔を背ける彼女、俺も二人に対してはこんな姿をしているのだろうか。
そろそろ行こという提案を受け店を出ると、何かを見つけたかのようにあこちゃんが走り始めた。
「りんり~ん、偶然だね!」
「あ、あこちゃん……それに……」
目が合って、軽く頭を下げるとそのまま返される。その後彼女は二人に対して視線を向けたが、あこちゃんがそうだと発したせいかそちらに視線が行く。
「りんりんも一緒に雑貨屋行かない?」
「……えっと……」
「白金さんはこの後予定とかってあるんですか?」
「本を……買おうと思って、ましたけど……急ぎでは、ないので」
もしかして燐子さんが買おうとしている本は俺の買おうとしているものと一緒なのか、なんて考えていると彼女と再び目が合う。
本を買おうと思っていた、だけど別の事に誘われてそれを承諾しようとしている。それは本を買うのはいつでもできるからか、それとも……
「蒼音さん確か買いたい本があるって言ってましたよね」
「えっ、そんな事言ってたっけ?」
「も~、蘭はちゃんと聞いてたよね?」
ひまりちゃんが蘭ちゃんをつついてるのが見える、その理由は……知っているからだろう、でなければこんな噓はついてくれない。
誰から何処から、なんてのは今気にしてもしょうがない。蘭ちゃんがこちらを見てくる、じっと、察するように。
「……うん、言ってたよ」
「じゃあ折角ですし、蒼音さんは燐子さんと本を見に行ったらどうですか?」
「でもそれじゃあ……」
「大丈夫ですよ、私達にはカッコいい蘭がいますから」
蘭ちゃんの背中を軽く叩きながらそんな事を言って、あこちゃんが悩みながらもわかったと言うと彼女の手を引いてひまりちゃんは歩き始め、蘭ちゃんはその隣について行った。
見られていることに気づいたのかあこちゃんはこちらに手を振っている、よく見えないがひまりちゃんは頑張ってくださいという意図なのか親指を立てているのだろう。
手は繋がない、まだ彼女達に見られているから、なんて今は言い訳はできるがそれがなくなった時どうだろう。
「行きましょうか」
「……はい」
三人の姿が見えなくなって歩き出す。右手には何もない、彼女は逆で左手にだけ何もない。決めたわけじゃないのにそうなるように荷物を持ち替えた。
無理矢理は繋げない、繋ぎませんかなんて切り出せない。
空いた手同士がたまたま当たってしまい、ごめんなさいと言って引っ込めたその手を見て彼女を見て、目が会った。
そらされて、俺も遠くを見て。手を降ろして少しだけ近づく、今度は当たることなくそのままだった。
本を買った。燐子さんと俺の求めていたものは一緒で、二人してそれを手にした時にはお揃いですね、なんて言われてしまった。
その後外に出て、だけど互いに帰らない。会話はない、何もしていない、それでも足は動かない。
解決法なんて何処か寄りましょうと言うだけ、でも何処に行く? それがわからないからこうなってしまっている。
「暑い……ですね」
「そうですね」
見上げると空は変わらず雲で覆い隠されている。また雨が降ってもくるかもしれない、彼女の傘は見えない。
雨は降るだろうか。降るのを期待しているわけではない、だが降るなというと嘘になる。
そんなもの調べればすぐに出るだろう。でもそうせず彼女を見て、また空を見上げる。
わからない、わかるはずもない。この後の天気、明日の事に未来の事。
荷物を持ち替えると開いた手にまた手が当たる、今度はその手を繋ぐように。
それはどちらからなのか、そんなことさえわからなかった。