鳥籠の中   作:DEKKAマン

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引きずられて

 ピアノは好きですか? 何気ないその問いが頭の中に残っている。

 はいと答えた。偽りない、心からの答え。今でもそれは正しいと思ってる、それでも思うところがなにもないというわけではなかった。

 

 嫌いじゃなく好き、好きで好きで大好きでたまらない。それはわかっている、思っている。

 ピアノの事を考える度に母親と父親が頭によぎってくる、お前はそれでいいのかとこちらを覗いてきて、その度縮こまってしまう。

 関係ない、なんて切り捨てられる程大人じゃない、わかりましたと押し通されてしまうほど子供でもない。失ったものは大きすぎて、だからまだどこかで決めきれないだけ。

 

「えっと……なにかあった?」

「……別に、なんにもないさ」

 

 これは俺の迷いであって、自分の答えは既に出ている。だからリサの心配の声も関係なくて、寧ろそうされるとなんだか辛さすら沸き上がってくる。

 本当にめんどくさいやつだ。何度答えを出してもすぐに引っ込め、また出しては引っ込めて。決めてしまえばいい、後悔なんて飲み干してしまう度量を持てばいい。だが、そんな馬鹿のようにはなりきれない。

 

 今日は買い物途中のリサと、それに付き合っていたひまりちゃんに出会い、お互い暇だと確認が取れたので音楽教えてと頼まれた。

 なくなるものではないから教えたっていいのだが、教えるとなればリサはRoseliaの演奏を聴かせてくるだろう。

 

 どうやら俺は、次のこいつらのライブを相当楽しみにしているらしい。聴くならとっておきたいから今は聴きたくない、なんて子供的な思考、だから断った。

 ひまりちゃんのバンドの方なら、と思ったけれど自分達だけじゃ悪いからと言われてしまう。でもそのかわり、私達のライブも来てくださいねとも言われたが。

 

「それにしても今年はいつにも増して暑いね~」

「毎年そう言ってそうだな」

「正解。でも実際そうだからさ~……」

 

 手で自らを扇ぐ、そんな程度で変わる筈もなく汗が流れてきた。日向で焼き焦げるのはよろしくないと日陰に避難しているのだが、やはりその程度で変わる筈もない。

 

「カフェかコンビニ、どっちか行きませんか?」

「賛成。蒼音はどっちがいい?」

「あー……カフェで」

「それじゃあ早く行こ、これ以上外にいると溶けちゃいそうだし……」

 

 この二人は買い物帰りだし少し休憩したいだろう、そんな考えがなかったわけではないが、やはりこの暑さはコンビニのアイス程度で消せるものではない。

 暑いと嘆くひまりちゃんの声を聞きながら、あまりの暑さからか陽炎の立つ道を歩いて向かうカフェは、実際よりずっと遠くに感じた。

 

 

 

 カフェに着いて扉を開けると、世界が変わったかのように冷たい風が吹いてきた。寒すぎるなんて思ったのも一瞬で、すぐに気持ちいい程度に収まった。

 席について冷たい飲み物を頼んで、見回してみればどの客もだらっとこの涼しさを満喫していた。

 

「夏休みももう終わっちゃうね」

「ほんと夏休みってすぐ終わっちゃいますよね」

 

 リサが溢した一言に、ひまりちゃんがため息を付け足し同意した。後一週間程度、たったそれだけで今年の夏休みは終わってしまう。本当に日が経つのが早い、毎年そうだけど今年は特にそうだった。なんて、これも毎年言っている気もする。

 今年が色々あったからか、物足りなかったからか、それとも去年の夏休みが何も無さすぎたせいか。どうにせよ夏休みが終わった後の事を考えると憂鬱で。

 

「ひまりは夏休みの宿題終わってる?」

「流石に終わってますよ!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 その話題を聞いてふと頭に浮かんだのは友希那の事。勉強があまり得意そうな風ではなくて、音楽と猫以外に興味を持たなそうなあいつのこと。

 

「なぁ、リサ」

「ん、どうかした?」

「友希那って課題終わらせてるのか?」

 

 なぜあいつのことを考えた。気になったから、心配したから、それともあいつだからなのか。

 

「今週ライブあるし、流石に終わってるとは思うけど……」

「だよなぁ……」

 

 なんだろう、その返答はどこか気にくわなかった。別に言い方とかそうじゃない。予想が外れたというだけなのか、よくわからないまま窓の外を眺める。

 

「どうしたの、なんか残念そうじゃん」

 

 残念そうとはどういうことか。疑問を抱き、ため息が自分から聞こえてきてやっとそういう気分な事に気づく。

 こういう風に期待するのはよくないことなのだろう、ああでも、そうあって欲しいと願わずにはいられない。

 

 珈琲を口にする。甘くない、砂糖もミルクも入れてないからそれはそうだ。それの何処が好きなのかと言われたらわからないがいつも口にしている苦さ。

 その筈なのに今日はやけに舌に残る、喉に引っ掛かるみたい。ぐっと、全部溶かして流し込むようにして飲み込んだ。

 

「でも昨日あこちゃんに会った時はまだ課題終わらせてないって言ってましたよ」

「あはは、この間その話したら紗夜に怒られてたよ」

 

 あこちゃんといえば昨日NFOにログインした時彼女がオンラインと表示されていた、てっきり彼女も終わらせていたのかと思っていたがそうでもないらしい。

 とはいっても彼女には燐子さんがついているし、全く進んでいないということはないだろう。だがどうか、燐子さんは優しすぎる面もあるから心配ではあるが……まぁ、真面目でもあるから大丈夫か。

 

「そういえば蒼音、明日あこが燐子と課題するって言ってたから行ってみれば?」

「俺はもう終わらせてるが」

「そうじゃなくて、嫌なの?」

 

 そんなの俺に利点がない、だからといって断れるかどうかは別。頭でわかって、冷静に判断して、そうして答えは出せなくて。

 嫌ではない、だけどしたいわけでもない。こうして悩まされる理由はたった一つ、燐子さんだけ。

 

 悩む俺を見てか二人は顔を合わせる。何か企んでいるのか、口には出さず、頷くだけでこちらに視線を戻してきた。

 

「蒼音さんって教えるの上手そうですし、燐子さんも助かると思います」

「そうそう、燐子も感謝してくれると思うな~」

 

 ……断りにくい。罪悪感を感じるからじゃない、正当性を告げられたからじゃない。ただ煽られたから、俺の迷いの火を。

 

「……俺が行ったって邪魔、あこちゃんだってそう思うだろ」

「あこはそこら辺大丈夫だって、蒼音の事よく思ってるだろうし」

「この前蒼音さんのことかっこいいって言ってましたよ」

 

 この二人、徹底的に断らせない気だ。まぁどうしても断りたいわけじゃない、邪魔になるかもしれないから、そう思っただけだ。

 そうなりそうなら帰ればいい、とまで言われてしまえば逃げ道はない。わかったよと伝えると二人は顔を合わせ、上手くいったと言わんばかりに笑ってる。

 

「それじゃ、あこと燐子に知らせとくね」

 

 そう口にしながらスマホでメッセージを打ち込んでる、行動力の塊みたいなやつだ。

 

 どんな感情なんだろう、今の俺は。面倒とは思っていない、嬉しいというには語弊がある。

 言い表せないような感情を抱きながら外を眺めていると、日陰に隠れている黒猫を見つけたのでその子の事を暫く見つめていた。

 

 

 

 曇り空、しかも予報によればこの後雨も降ってしまうらしい。憂鬱さを抱え、足は重くなく、だけれどため息は漏れてしまう。

 決められた時間はまだ先、とはいってもわざわざ時間を潰すほどのものじゃない。そろそろ出とくかと家の扉を開けた。

 

「えっと……」

 

 見間違い、ではないだろう。上から下まで見回して、遡るかのように見直しても視界は変わらない。扉を開けると友希那がいて、鞄を抱え待っていたかのように俺の事を見ている。

 言いにくいことなのか、一体いつからか、待てど待てども彼女の口からは何も発されない。目を剃らされてしまって、時間も有限なため、どうせこいつの事だからと、予想できることで話しかけた。

 

「……猫に会いたいなら悪いが今日は予定ありだ」

「いえ、そうじゃなくて……」

 

 どうやら違うらしい。ならばなんだと、そうなれば予想はつかない。

 友希那の視線はあちらこちらと泳ぎ、やっと俺の方を見たかと思えばまた目をそらす。そうして鞄を顔を隠す程にまで上げ、顔を見せないまま声を出した。

 

「燐子とあこと勉強するって聞いたから、その……」

 

 友希那もくる、なんて誰からも聞いてない。そも今日勉強をするだなんて誰から、と考えても仕方がない。

 勉強するなら自分も一緒にしたい、という理由であればそれはいいことだ。だけどあのなんとも言えない間、先程の視線の動き、もしかしたらと俺は聞いた。

 

「お前……さては課題終わってないな?」

 

 ビクリと彼女が跳ねたように見えたのは気のせいか、でも関係ない。すぐさま否定の言葉が飛んで来ないというのはつまりそういうことで。

 

「そりゃ駄目だろ……」

「嫌……かしら?」

 

 ライブが近いのだからそんなの駄目に決まってる、であればRoseliaのファンとして曇りない演奏を聴くためならばできることはしたい。

 だからこの問いに対しての答えは一つしかなくて、それが嫌だと感じるかと聞かれたら……ありがたいとは思わない、でも嫌だとも。

 

「……それ、二人に許可は取ってんのか?」

「いえ、まだよ」

「そういうの先に向こうに伝えとけよ」

「あなたがいいって言うかわからなかったから」

 

 友希那も勉強したいって言ってるんだけど大丈夫か、あこちゃんとのメッセージ欄にそのように打ち込んでいた手が止まる。

 その言葉に隠れた意味、こいつ自身は気づいているのだろうか。そういうとここそ恥ずかしがれよ、なんて文句は心の内にしまっておく。

 

「あこちゃんは大丈夫だって」

「それなら行きましょう。

 ところで勉強ってどこでするべきなのかしら」

「普段なら家でいいだろ」

 

 家の扉を開けて数歩、移動距離としてはそれだけではあるのだが時間だけはだいぶ経っている。

 

「ちょっと早めに歩くぞ」

 

 これでは昨日浮かんだ心配と全く一緒で、そんな風に感じさせてくれる彼女にちょっとだけを安心して。

 空を見上げる。相変わらず空は曇っていて何も見えないから、よくわからなかった。

 

 

 

「りんり~ん、ここ教えて~」

「えっと、ここはね……」

 

 燐子さんがこちらを見てきていて、でもそれはすぐにあこちゃんの方に戻る。教えている途中でもチラリと、それに気づかないふりをしてやり過ごす。

 

「蒼音、ここなんだけど……」

 

 その言葉で俺も友希那に視線を戻す。カフェのテラス席にて俺が友希那に、燐子さんがあこちゃんに教えてる。

 ここにやってきて二時間ほど、それだけ経ったにも関わらず会話の量は相変わらず少ない。

 

 燐子さんと話せない。互いが教えているから忙しいというのもあるけれど、そんな中でも話そうとしたら丁度よく友希那から教えろと言われるから。

 友希那ともそう多くは話せない。なんと話しかけられるかが見当たらないというのがあるけれど、単純に話していると集中できないというのを思うから。

 唯一あこちゃんとは多少話せるのが救いか、でも彼女も燐子さんに教わっているのだからずっと話すというのはできなくて。

 

「やっと終わった~!」

「お疲れ様、あこちゃん」

「友希那さんもできましたか?」

「……ええ、それなりにね」

 

 あこちゃんが大きく伸びをしてそう言うなり張り詰められたような空気が消えていく。

 その空気を読んでか、それとも流されてか、友希那がまだ途中の課題ごと鞄にしまう。そうして俺の事をじっと見てきているということはつまり、そういうことなのだろう。

 

「これでライブに向けて集中できるし頑張るぞ~!」

「いい心がけね」

 

 どの口が言うんだかと思いながらも、こいつは終わらなくても練習第一か、という事を考えるとなんでかため息がこぼれた。

 燐子さんと目が合った、でも話さない、なのに視線は離さない。微妙な雰囲気なそれは、そういえばと言うあこちゃんの声で消え去った。

 

「蒼音さんはピアノのコンクールに興味ないんですか?」

「コンクール?」

「うん、りんりんがこの前コンクールに出たいって言ってたから、蒼音さんはどうなのかなって」

「あ、あこちゃん……」

 

 どうなのだろう、正直よくわからない。嫌……かもしれない、でも出たいという気持ちがあるかもしれない。

 自分でもよくわからなくて、頭がぐちゃぐちゃに塗り潰されるような感覚。

 関係ないと考えても、全部引きずってやると覚悟しても、それでもまだ、俺の足は縛られている。

 

「……よく、わかんないかな」

「……別に嫌なら出る必要はないでしょう?」

「嫌じゃないさ、音楽は好きだからな」

 

 女々しいな、なんて思ったところで変えられない、だから摩りきれるまで引きずり回せばいいのにそれすらしていない。わかってる、わかっていても、それだけだ。

 

「……みんなはこの後、どうするんだ?」

「あこは帰ってゲームしたいなぁって」

「私も帰って練習をするわ」

「えっと……私は……」

 

 今日の予報は雨、であればこの問いの答えは一つ。それじゃあとあこちゃんについていくように燐子さんはついて行くように別れた。

 二人の姿が見えなくなって、友希那と二人で帰り道を歩くがこれといった会話はないまま時間だけが過ぎていく。そうしてため息を一つ溢してから一つ問いかけた。

 

「……お前、明日とか時間あるか?」

「練習が終わった後なら、何か用でも?」

「何かってお前、課題終わらせられてねぇだろ」

「……いいのかしら?」

 

 いいも何も放っておくわけにもいかないだろう、一人じゃやらないだろうし。

 ありがとう、という言葉が返ってきて、こいつとも別れる場所になって向かい合う。

 

「……結局、どうなのかしら?」

「なんのことだよ」

 

 わかっているけれどそう返す、でも彼女に答える気配はなくて。

 

「……後でまた考えとくさ」

「……そう」

 

 明日とか明後日とか、一週間後には決められるかもしれない。今日だから、今だから整理がつかないだけ、後でなら、多分大丈夫。

 

「それじゃあ……また明日」

「ああ、また明日な」

 

 そうして別れて空を見上げるが相変わらず太陽は見えそうにない。

 足が重くて前に進まなくて、やっと家に着いたかと思うとタイミングよく雨が降ってきた。

 

 鍵を開け、手をかける。そこまでして尚、家の扉を開けるのを酷く億劫に感じていた。




一年って早くて遅いですね
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