鳥籠の中   作:DEKKAマン

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お願いがあるんだけど

「気持ちわりぃ……」

 

 あれから二週間、それほど経ったというのにあいつの言葉はいつまでも楔のように俺の中で刺さっている。錆びれ、崩れることなく深々と。

 だからこうして夜になるとそれを考えさせられて寝れなくなる。忘れようと顔を洗い、昔やっていたゲームを引っ張り出してみたものの効果はない。

 

 考えなければいい、忘れればいい。そんなことは何度も思った、わかってる。でもそれは叶わない。

 自分の意思ではないかのように勝手に浮かんできて、ヘドロみたいに思考の隅にへばりついて、どうにせよ眠りにつくことは出来なかった。

 

「……明日はバイトか」

 

 あの日からあいつとは一度も会っていない。他のライブハウスの方がいいと思ったからなのか、それともキーボードのメンバーが見つかったからなのか。もしかしたら俺の話を聞いて誘うのをやめようと思ってくれたのか。

 まぁどれにせよ来たなら来た、来ないなら来ない、それだけだ。どうであれ、誘いは断る一択なのだから俺には関係ないことで。

 

 関係ない、そう、関係ない筈なんだ。うざったるくてしつこくて、やりたくないのに何度も誘ってくる。それから解放されたのだから少しくらい嬉しいと思う筈だ。

 ならなんなのだろう。どうしてあいつのことを考えてしまうのだろう、どうして少しも嬉しくないのだろう。

 

 目を瞑り思考をやめようと思うものの、やはりと言うべきか尚更強まるばかりで薄れることはない。そんなだから眠ることは出来ないまま時間が過ぎていった。

 

 

 バイト中だというのに欠伸が漏れてしまう。結局あのまま寝ることが出来ず気が付いたら日が昇っていた。

 徹夜は苦手ではないがやはり眠いものは眠い。幸いというべきなのは今日が平日ではなかったこと。授業中に寝ることはいいにしても、その行くまでの間がめんどくさくてありやしない。

 

 入り口の扉が開く。記念すべき今日初めての客、その客は見覚えがあり、そして相変わらず一人だった。

 いつも通り、だというのに少し緊張してしまうのはあの言葉のせいなのか。

 

「で、今日もいつも通りの用件か?」

「私はバンドを組んだわ」

 

 不思議と渇いた喉から発したその言葉への返答。いつも通り開口一番に誘われるのだと思っていた俺はその言葉に驚きと喜び、そして不思議な安心感を抱いた。

 

 喜びはわかる、わざわざ嫌いなものに誘われなくなるのだから。だがこれはなんだ、なぜ安心したのだろうか。

 こいつがバンドを組めたことに対する安心? それは違う、こいつなら妥協なりすればいつか組めるというのはわかっていた。

 寧ろ組めたとしてもこいつについていけなくてすぐに解散してしまわないかと不安なくらいである。

 

 ではなぜ? それは…………

 

 違う、それは違う、違わなければならない。

 よもや決め込んだものを疑うなど愚か者のすることだ。ピアノのことは嫌い、どれだけ誘われようとこれだけは変わるはずはない。だから、そうであるはずがない。

 そうだ、徹夜のせいだ。睡眠が足りないからこんなことを考えさせられてしまう。きっと寝て思考が回復すれば迷いなく嫌いと言い切れる筈で……

 

「どうかしたのかしら?」

「……いや、俺もやっと誘われなくなるなと思ってな」

「いえ、キーボードだけが見つかってないの」

 

 ギリ、と奥歯が擦れた。なんとも運の悪い話、更に聞けば来月の初めの方にライブの予定が既に入っているらしい。それもこの地方ではまぁまぁ有名なところのものが。

 

「それで今キーボードを探しているの。あなたが入ってくれればそれは解決なのだけど……」

「やる気がないやつが入ったってしょうがないだろ。やる気のあるやつを探して誘え」

「ああやって指を動かしてるのだからやる気はあると思ったのだけど……」

「……それとは別だろ」

「それにやる気があったとしても実力がなければ意味がないわ」

 

 だからあなたが私の知ってる中で最適なのと言われる。言われて悪い気はしない、褒められて嫌な人間など相当な嫌味を込められていなければそうなのだろう。その褒めてくる相手が素人ではないというのも相まってではあるのだろうが。

 

 本当に気に入らない。

 

 できればこいつとは話したくない、さっさと別の誰かを見つけてほしい。湊に誘われると、この気持ちが揺らいでしまいそうだから。

 

「……俺はピアノは嫌いだ」

「そう。でも気が変わったらいつでも言ってちょうだい」

 

 そう言って湊はライブハウスから出ていった。話すためだけに来るなんて、俺がいなかったらどうするつもりだったんだ。

 いつでも言えと言われても俺はあいつの住んでる場所なんて知らないし、よく行く場所だって当然知らない。

 ましてや連絡先も知らないのだ、万が一、億が一気が変わろうとそれを知らせられるのはあいつがここに来たときだけで、それがいつになるのかはわからない。

 

 でもその心配をする必要はない、だってこの気持ちは変わることはないのだから。

 あいつの言葉が頭の中に残っている。わかってる、あいつの言ったことは正しい、それでも切り離すことはできない。

 俺は母親のことが、ピアノのことが嫌いだ。それは絶対に変わらないし、変えるつもりもない。

 変えたく、ないのだ。

 

 

 

 あれから更に一週間後、湊はまたライブハウスにやってきた。だけど今回はいつもと違い一人ではなく後ろに見たことのない4人を引き連れて。

 

「後ろの人達は?」

「バンドメンバーよ」

 

 湊を含め5人、そしてこの前は連れてきていなかったということは恐らくキーボードが決まったのだろう。無意識のうちにほっと息をついていた。

 ツインギターでまだキーボードは決まってないなんてことがあるかもしれないが……まぁそうだろうと俺には関係のないことだ。

 

「湊さん、その人は?」

「新庄蒼音、私の言っていた人よ」

 

 俺の名前が出た瞬間、黒いロングヘアーで胸のでかい子がびくりとした後俺の方を見た。反応を見るにあの人がキーボード担当なのだろうか。

 それにしても湊はなんと言ったのだろうか。後ろの人達で驚いているのはその黒い髪の人しか見えなかったし、そう変なことを言われたわけではないだろう。しかし自分のことなのでやはり少しばかり気になってしまう。

 

「で、今日は練習してくのか?」

「もちろんよ、ライブまで時間がないもの」

 

 そう言われたので受付を済ませると湊達は扉の中に消えていった。ただ一人を除いて。

 

「うーん、まさか男の子とは……」

「行かなくていいんですか?」

「少し話したいことがあってさ。あ、アタシは今井リサ、リサでいいよ」

 

 ……正直湊はこの人みたいな感じの人とは馬が合わないと思っていたのだが、バンドを組んだということはそうでもないのだろうか。

 それにしても話したいこととはなんだろう。何かやらかしたかと思ったがそんな記憶はない。

 

「友希那とはどんな関係なの?」

「別に、なんでもないですよ」

「あの友希那が何度も誘ってたらしいからそうは思えないけどな~」

 

 あと敬語じゃなくていいよ、そう付け加えられる。俺はなにも返さない、返せない。

 あいつと俺とは別になんでもないのは事実である。赤の他人ではないにしろ、知り合いかと言われたら首をかしげる程度。どんな関係と言い表すには関係が薄すぎる。

 

 そういえばリサという名前には聞き覚えがある。湊がその名前を出していたはずだ。ということはバンドを組む前からの関係、友達とかそういったものなのだろうか。

 ふと気になって関係を訊ねてみれば幼なじみと返ってきた。なるほど、となればあいつとは長い付き合い。ならばしっかりと手綱を握って欲しいものだ。

 

「で、話は終わりか?」

「あー、これは話っていうかお願いになっちゃうんだけど……」

「お願い?」

 

 俺とリサが会ったのはこれが初めて、関係といえるようなものは名前を一度聞いただけ。リサが湊になんて言われたのかはわからないが、お願いなんてされるようなことは思い付かない。

 ライブハウスの代金をツケてくれとかならば突っぱねようと思ったが、彼女が発した言葉は不思議なものだった。

 

「友希那と仲良くしてあげてほしいんだよね」

「……俺がそうする必要はないだろ。そっちの方が付き合い長いんだし」

「それはそうだけど……アタシって音楽やめてた事があってさ。だから音楽の事は蒼音の方がわかってあげられると思って」

「俺は現在進行形で音楽をやめてるが」

 

 リサは相当な世話焼きなのだろう、それはこの短い会話だけでもわかる。まぁ、幼なじみという補正込みであって誰にでもというわけでもないかもしれないが。

 俺だってピアノはやめている。だったら俺よりも今音楽をやっているリサの方がまだいいだろう。

 そもあのメンバー全員が音楽をやめていたわけではないだろうからそういったことはメンバーに相談すればいい。であるから、彼女のお願いを叶えてやる必要はなくて

 

「あれ、そうなの? 友希那は凄い腕前だって褒めてたけど……」

「もうやらないって決めたんだよ」

「え~、アタシも聴いてみたいんだけどな~」

「……そろそろ行かなくていいのか?」

「だね、あんまり長く話してると紗夜に怒られちゃうし」

 

 メンバーだからこそ相談できないことはあるかもしれないから、そういう時にはよろしくね。そう言ってリサは扉の中に消えていった。

 相談できないメンバーって、それは本当にメンバーと言えるのか? そんなことを思いながら次の客を待つことにする。

 とんとんと、カウンターを指で叩く音だけが聞こえてきた。

 

 

 そろそろバイトも終わりの時間、湊達が部屋から出てきた。他の客が来て、それが帰ってもまだ残っていたのだからそのやる気が伺える。

 

「あ、あのっ……」

「りんり~ん、早く帰ろ」

「え……あ、うん」

 

 そんな彼女達の内の一人、りんりんと呼ばれたその人は俺に話しかけようとした素振りをしたが、紫色っぽい髪色をした背の小さい子に呼ばれ、その子の方に向かっていった。

 何か用でもあったのだろうか。気にしたところでわかるはずがない。それにしても胸でかいな、そんなことを思いながら彼女の顔を見ているとふと目が合うがすぐにそらされる。

 

 気づかれたか、この視線に。

 女は視線に気づきやすいとどこかで聞いたことはあるがそれなのだろうか。少し申し訳ない気持ちになって、鼻の下を触れてみるが何の変化もない。

 下心的なものは抱えていない。まぁ説得力は自分でも笑えるくらいにはないのだけれど、本当だ。

 

 湊達が出ていって数十分後、俺もバイトが終わり外に出る。曇りの空はなんとも不安で、雨が降りだしてきてしまいそうな雰囲気がある。

 雨は嫌いだ、理由は山のようにあるし、その全てはくだらないこと。降らなきゃいいなと思いながら道を歩く。

 

「来月のあの日は……バイトはなかったっけか」

 

 湊達のライブの日、多分その日はバイトもないし予定もない。行ってみるかと思わされた、それはあいつらの音楽に興味があるから。

 湊の歌声は素晴らしい、それだけは否定しないし出来ない。それだけでなくあいつがこれでいいと思って集めたメンバーでのライブ、それが気になった。

 

「そういえばあいつらのバンドの名前聞いてねぇや」

 

 まぁ行けばわかるか、そんなことを考えながら空を見上げる。

 当然空は灰色一色。ため息がまた一つ零れてしまった。

 

 


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