鳥籠の中   作:DEKKAマン

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雨の日に

 練習中、何故だか部屋に飾ってある写真が気になった。

 集中しなければ、そう思って気にしないように、なんて上手くいくはずもなく、考えれば考える程それは頭の中で強くなっていく。

 昨日も、一昨日も、その前の日も、毎日見ているはずなのにどうして。心当たりは……ないわけではない。

 

 忘れたいこと、忘れたくないこと、忘れてはいけないこと忘れられないこと。ここの写真はその全て、でもこれに関与しているのは俺と母親だけの筈で。

 だから、写真を見ていると燐子さんが浮かんでくる理由がどうしてもわからない。

 

 彼女が何か関係あるのか、それともただただ彼女の事が……

 

 ああ、でも、どうだっていい。別に不満も不安もないのだから。

 嫌ではないし、嬉しいかと言われてもそういうものじゃない。

 

「……冷えてきたな」

 

 ついこの前まで夏だったというのに、滝のように汗が出ていたというのに。蒸されるような、焦がされるような、そんな風だったのに。

 窓を閉める。冷たい風に心地よさを覚えながら記憶に新しい暑さとの差に気温以上の寒さを感じていた。

 

 

 

「あー……」

 

 やらかした。バイト中もしかしてと思い見ないようにしていたが、やはり雨が降っている。

 いつもはなんとなしに天気予報を見ているのにこんな日に限って見なかった。運がないとでも言うべきか、なんて考えながら空を見上げる。

 

 止んでくれればいいのだが、ザーザーと聴こえてくるそれから逃避するように思考すれど変化はない。

 秋になって暫く、そろそろ長袖にしようかと悩んでいたのだが、まだいいかと思っていたのを咎められた気分だ。

 

 このまま雨に打たれながら帰ったら風邪を引いてしまうかも、寒さに身震いを起こしながらそう考えて、壁に寄りかかってため息を漏らした。

 

「あなた、何しているのかしら?」

 

 どうしたものかと迷っているとそんな声が。そこにはビニール傘を指してコートを着て、俺と正反対な格好をした友希那がそこにいた。

 

「見てわからないか?」

「もう夏も終わったというのにあなたはまだ半袖なのね」

「別に秋になったら長袖じゃなきゃいけないなんて決まりはないだろ?」

「そんなことを言うわりには随分と寒そうだけれど」

 

 それとこれは別。決まりがないからサボっただけだし、サボったから痛い目を見ているだけ。

 何を思ったか友希那は隣にやってきて傘を閉じて水を払う。話すことでもあるのか、そう思ったけれど彼女は黙ったままで。

 

「何か用でもあるのか?」

「別に、あなたが暇そうにしてるから」

「雨が止むのを待ってるだけだぞ」

「明日の朝まで止まないらしいわよ」

 

 一時間程度ならば覚悟していたがそこまでなのか、仕方がないし風邪引く覚悟で帰ろう。なんて風に考え一歩歩くと友希那から傘を差し出される。

 

「傘、ないんでしょう?」

「準備がいいんだな」

 

 折り畳み傘でも持っているのか、なんて思いながら彼女が先程まで指していた傘を受け取ると、彼女は首を横に振りながら言う。

 

「まさか、これ一本よ」

 

 何を言っているんだと思ったけれど、こちらを見上げるその視線に冗談はなさそうだ。

 つまりこれは……そういう提案か。

 

「……ちょっとくらい濡れたとしても文句言うなよ?」

「そうならないようにしてほしいのだけど」

「もしもの話だよ」

 

 傘を開くとさっきと同じく友希那が隣に、違いと言えるのはその距離か。

 自分で傘を持つのがめんどくさいから頼られた、憐れみから傘を渡された。俺だから、渡された。

 

 雨を弾く音が聴こえている。少しばかり手が冷えるが、ほんの少しだし風邪を引く可能性に比べたら遥かにマシ。

 こんな雨の日に外出している人間は少なく、友希那に歩幅を合わせると遅いなと感じるが、比べる対象がいないから比べようがない。

 

 水溜まりを跳ねる車の音が、やけに大きく聴こえていた。

 

 

 

「明日空いてるか?」

「何か用かしら?」

「これ返さないとだろ」

 

 友希那の家に着いて、貸してあげるわよと言われたから今日は傘を借りることにする。

 いくらビニール傘とはいえ借りた物は返さないといけないし、なるべく早い方が当然良い。

 

「明日は……練習終わりでなら取りに行けるわ」

「いや、俺から返しに行くさ」

「律儀なのね」

「基本だろこんなの」

 

 借りて、パクる気でいるわけじゃない。結局は信頼の話、疑われたくない。誰であってもそうだけれど、こいつには特に。

 どこで練習するのかというのと何時くらいになりそうか、それだけ聞いて別れようとしたら待って、と呼び止められた。

 

「…………」

「どうしたんだ?」

 

 真っ暗、というわけではないが明かりと言えるものは家から零れる程度のもの。

 雨はバイト先を出た時よりも強くなっている。それもあるけれど、格好があれなため流石に寒い。

 これ以上外にいると少ししか雨を浴びていないとはいえ風邪を引きかねない、そのため早く帰りたいのだが彼女はその口を紡いだまま。

 

 ザーザーと、その音に世界が塗り潰されている。

 

 ──少し……上がっていかないかしら? 

 

 それなのに、いや、それだからなのか。はたまたその内容のせいなのか、なんにせよその声は妙によく聞こえてきた。

 顔をそらした友希那が今どんな風な表情をしているか、見えない、わからない。

 

 ドクリと心臓が一つ大きく鳴り、鼓動が速くなり、感じていた寒さは何処かに消えて。

 世界を塗り潰していた雨の音も、気が付いたらどこか遠くのものになっていた。

 

「……親はいないのか?」

「今日は遅いって言われてるから……」

 

 多分、帰ってくるのは30分後くらい。それを聞いてどう答えるのが正解なのか。

 30分というのは決して短いものじゃない、でも長いかと言われたら言葉に困る。

 でもそんなのは関係なくて、問題はそれが確定じゃないということで。

 

 30分より遅いかもしれない、それならいい、なんの問題もない。だけどそれより早く帰ってきたら? 友希那の親と鉢合わせたら? 

 なんて説明すればいいのか。恋人ですと言うわけにはいかないし、友達ですと言って通せるようなものじゃないだろう。

 

「駄目、かしら?」

 

 目的がわからない、もしかしてそんなものないのかもしれない。

 でも、少なくとも俺は、どこか怯えを含んだようにそう聞かれて断れるわけがなかったのだ。

 

 

 

「飲み物は紅茶でもいいかしら?」

「……入れられるんだな」

「それくらいできるわよ」

 

 呆れたような怒っているかのような言い方。彼女の部屋ではないのだけれど、それでも目のやり場に困ってしまう。

 

「寒くないかしら?」

 

 心配しすぎだ、そう言いたいけれど心配してくれるのがこう……嬉しくて、なにも答えられない。

 出された紅茶は温かい、というよりは熱い。湯気が出てるそれを口にする勇気はなく手でカップを触るだけに留めておく。

 

 会話はない、窓は閉めているというのに雨の音が聞こえてくるかのようなほど静寂が広がっている。

 

「……こういう時、どんな会話をするのが正解なのかしら」

「……俺に聞くな」

 

 そういうことがわかるほど経験豊富じゃないし、そういうことを知っている程知識もない。

 ああだこうだと思い浮かんだことを片っ端から言ってみてもいいのだが、正解を探すのではなく、失敗をしたくない様な状況でそのようなことを行える筈もない。

 

 気が付けば紅茶の入ったカップからは熱を感じなくなって、口にしてみれば嘘のように熱くてほんの少量しか飲むことができなかった。

 両手の手のひらで腕を触ってみると、その部分は暖まる代わりに手のひらから熱が吸われていくかのような感じがする。

 

「雨はだいぶ強いみたいね」

「弱まる気配もないな」

「本当に明日には止んでるのかしら」

 

 さぁ、でも台風が上陸するとかは最近のニュースで目にしていないし多分止むのではなかろうか。

 段々と紅茶は飲めるくらいには冷めていき、手で熱さを感じながらも飲み進める。

 

「……蒼音は早く帰りたいのかしら?」

「まぁ……友希那の両親が帰ってくるより早くにはな」

 

 覚悟が足りない、そうじゃない。

 胸が締め付けられるかのような感覚、誰がそうしているのかなんてわかりきっていることだ。

 そうされて、当然なのだから。そうしている相手(自分)はきっと、誰よりもそれを知っている。

 

 彼女のスマホが鳴る。それを確認して彼女はなんでもないかのように聞いてきた。

 

「ねぇ、もしお父さんもお母さんも帰ってこないとしたら……どう?」

「……は?」

 

 先程言っていたことはなんだったのか、どうとはなんなのか、彼女はなんて答えてほしいのか。

 言葉にすらならないものが喉まで昇ってきて、それを飲み込みながら思考をなんとかまとめようとする。

 

「……冗談よ、そろそろ帰ってくるよりらしいわ」

「……お前もそういうこと言えるんだな」

「例え話で言ったのにそう真剣に考えられるとは思わなかったから」

 

 今俺はなんて思っているのだろう。安心してるのか、残念がっているのか。

 既にぬるくなっていた紅茶と共に流し込もうとしたけれど、へばりついているかのように消えてくれなくて。

 

 飲み干して、感謝の言葉を告げて帰ろうかと思ったら呼び止められる。その手には友希那が着ていたコートがあって。

 

「これ、着ていきなさい。風邪を引かれたら困るもの」

「……何を言ってるかわかってんのか?」

「おかしな事は言っていないと思うのだけれど」

「普通は男にコートなんか貸さねぇだろ……」

 

 やっぱりこいつはズレている。どうやって断ろうか考えていると、無理矢理コートを持たせながら彼女は言った。

 

「あなた以外にはしないわよ」

「……心配するのは結構だけど、父親のを貸すとかはないのかよ」

「勝手にお父さんのを貸すわけにはいかないでしょう?」

 

 それはそう、でもそうじゃない。俺だから、そう言われて嫌な筈がない。だけどそう易々と受け入れられるかと言われたら別。

 受け入れることは簡単じゃない、でも断るのは嫌だから。

 

「……ああもう、汚しても知らねぇぞ」

「あなたならそうはしないってわかってるわ」

「絶対なんてことはないんだよ」

 

 言い争っていたら友希那の親が帰ってくる。そろそろと言っていたしあまり時間はないだろうし、こちらが折れる以外に選択肢はない。

 もしコートが女性ぽかったら迷っていたが、彼女がそういうのに興味がないだけか、どちらでもなかったからそれを着る。

 サイズに関しては……まぁ、着れないことはない。

 

 雨の具合はわからないが止んでることはないだろう。ビニール傘を借りようとして、再度呼び止められた。

 

「それじゃあ、気を付けて」

「また明日な」

 

 雨は少し弱くなっているようで、貸されたコートのお陰もあってか寒さはだいぶ防げている。

 いや、これは防げているというよりは……

 

 額に手を当てる。手か、額か、それとも勘違いなのか。

 原因は様々考えられるけれど……

 

「これで風邪だったら笑えないんだけどな……」

 

 どうであれ、暖かいと、確かにそう感じていた。

 

 

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