鳥籠の中   作:DEKKAマン

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一と多と

 あ、と間の抜けた声が目の前から聞こえてきた。名指しされたわけではないが相手が見知った顔だから誰に向けたものかはわかりやすくて。

 だけど呼び止められたわけではないしその隣を通り抜けようとすると今度は名前を呼ばれる。

 

「何か用?」

「別に、何もないですけど」

 

 それだけで会話は終わり、だがそれじゃあと言って帰るのは忍びない。

 向こうも同じような事を思っているのか、道の端に立っていた彼女は壁に寄りかかってこちらの事を見てくる。

 

「…………」

 

 気まずい、というわけではない、ただ話すことがないだけだ。

 壁に寄りかかる彼女の前を通ってというわけにもいかないだろうし、さてどうしたものか。

 これで何かしらの予定があればそれを出して帰ってもよいのだが、コンクールに向けての練習しかすることはない。

 であればだ。俺は彼女の隣で壁に背を預けた。

 

「蘭ちゃんはこの後何か予定は?」

「ないですけど、何か用ですか?」

「いや、特に」

 

 ふぅ、と息をついて空を見上げる、何か話せる物でもあればよいがそんな話題は持ち合わせていない。

 数秒、数分、それだけ経てば別れてもいいだろう。今日の夕飯はなんにしようか、なんて流れる雲をボーッと見ながら考えていた。

 

「新庄さんは最近、どうなんですか?」

「なんのこと?」

「えっと、ピアノの調子です」

「うーん……まぁまぁかな」

 

 沈黙に耐えられなかったのか、彼女はそんな事を聞いてきた。

 やればやるほど上手くなる、なんて時期は過ぎてしまって成長は緩やか。コンクールが近いことに焦りはあるがそれでも、楽しい。

 

 子供の頃の自分に手を引かれ、今まで通った道をまた通って、そしてやがてまだ見ぬところへ。

 コンクールという本番に向けどこまで出来るか、不安ではあるけど何よりも。

 

「そういう蘭ちゃんはバンド、どうなの?」

「アタシ、は……」

 

 言い淀まれ、冷えた空気がよりいっそう冷たくなった気がした。

 返ってこない答え、それは予想とはあまりに違うもの。なんとも居づらく感じてしまうが、無遠慮な俺の問いかけが原因なのだからそう考えてはいけなくて。

 

「あの、新庄さん」

「……何?」

「一つだけお願いしても、いいですか?」

 

 断れる筈もない。頷くと、彼女は俺の手を掴み、どうにも真剣な表情で言ってきた。

 

「アタシと一緒に、カラオケ行ってくれませんか!」

「……は?」

 

 気の抜けた声が漏れてしまったが仕方がない。もしかして俺は疲れているのだろうか、そんな事を考えながら、頷いてしまったが為にそのお願いを受け入れた。

 

 

 

 カラオケとは名は聞けど、実のところ来るのはこれが初めてだ。

 好きとか嫌いとか、行ったことがないのだから決めつけようはないのだが、行く理由がないから来たことがないだけ。

 

 歌うことは得意じゃない、が嫌いでもない。それでもどれくらい上手なのだろうと確かめる程の情熱はないし……誘い誘われる知り合いなんてものもいなかった。

 

 別に、始めてだからといって緊張するわけじゃない、ただその始めてでの付き添いが異性という事実が気になるだけ。

 いや、これは緊張と言えるのか。燐子さんや友希那といる時といる時に抱くものと似てはいれど、それとは確かに別物で。

 

「……蘭ちゃんはこういうとこよく来るの?」

「アタシはあんまり……新庄さんは?」

「俺も全然、なんなら始めてだし」

 

 彼女はバンドをしているのだから歌うのは飽きるくらいにしているだろうし確かに来ることは少ないか。なんて自己完結気味に考えを纏めている彼女は少し驚いたような表情を向けていて。

 

「新庄さん、カラオケ来たことないんですか?」

「そんな意外なものじゃないでしょ」

「それは湊さんとも、ですか?」

「そうだけど……それが何か?」

 

 友希那こそカラオケなんて、と言っていそうなものだけど、蘭ちゃんの中でのあいつはそうではないのだろうか。

 

「それで、今日はどんな用なの?」

「あ、えっと……アタシの歌を評価、してほしくて」

「……それは俺である必要あったの?」

 

 別に迷惑なわけじゃないと先に告げておく。だが別に俺じゃなくてもバンドの子やリサ、なんなら同じボーカルとして友希那とか、他の選択肢はいくらでもある。

 なのに何故俺なのか、偶々出会ったからと言われてしまえばそれまでではあるのだが、でも多分、偶々ではないのだろうというのはあの感じから考えさせられて。

 

「みんな……甘すぎるから」

 

 正当な評価をされていない、そういう風に彼女は感じているのだろう。とは言ってもバンドのボーカルをしているのだし下手な筈はないし、寧ろ上手いとまで行っている筈。

 それに俺はあくまでピアノだけで歌に関してはどうこう言える知識も持っていない。だがまぁ、頼まれた事を断るほどではないからよいのだが。

 

「俺なんかでいいなら。でもまともな評価はできないかもよ」

「いや……湊さんと比べてどうかっていうのをお願いしたいんです」

「友希那と?」

 

 頷かれたその真意、季節外れに燃えるかのようなその瞳。

 きっと、そういうことなのだろう。

 

 俺だって友希那の歌を聞いたことはそう多くない。ライブの時と、その他に数回程度。それを知っているかはともかくとして、求められているなら答えるのが筋というものだ。

 負けたくない、彼女はそんな感情を友希那に対して抱いている。対抗心として、不安として。

 

「それじゃあ……どれがいいですか?」

「どれでも。歌いやすいやつでいいよ」

「それなら、これで」

 

 知ってる曲、確か友希那に勧められた曲の中に合った気がする。

 趣味は似てるのか。歌われるそれを聴きながら、そういえばどうやって友希那と比べるかなんて考える。

 

 上手、言い表すならそうだろう。歌に関しては専門外、というほどではないけれどそうであることに違いない。

 これが友希那だったらどうなるのか、なんて考えてはみたけれど結局は予想で、それは本物ではなくて。

 

 一生懸命だ。それはそう、俺みたいに絡みの薄い人間に頼むのだから。彼女は俺がいることを覚えているのか、その燃え盛る瞳に映っているのは誰なのか。

 相変わらず動いていた指を止め彼女の事を見る。どこか、遠くを見ているような彼女を。

 

「ふぅ……」

 

 たった一曲、されど一曲。長さは、数はさほど関係ない。それに乗せた思いは明確にその曲の価値を表す。

 一息ついて俺の方を見て、彼女はその感想を訊ねてきた。

 

「どう、でしたか?」

「よかったと思うよ」

「どこを直した方がいいとかはないんですか?」

「うーん……」

 

 音楽というのは難しい。それもそうだ、だって答えなんて存在しないから。

 どれだ、どこだ、なんだ、もしこれが友希那だったら、ふとそう考えて、モニターに数字が浮かんでいることに気がついた。

 

「凄い高得点だね」

「別に、点数なんていくつでも変わらないですよ」

 

 本心か謙遜か、90点越えのそれを見た瞬間に顔を一瞬そらしたのは何故なのか。

 学校のテストであれば勉強したってこんな点数取れるとも限らないし、凄いことではあると思うのだが。

 

「それで、どうなんですか?」

 

 話を剃らすなと、そんな風な視線を向けられる。ここでありきたりであったり、その場しのぎの答えは許されるものではないだろう。

 誘いを断らなかったのだ、きっとそうするべきで……

 

「蘭ちゃんはさ、歌ってる時何を考えてるの?」

「歌っている時、ですか?」

「そう、さっきのもそうだけど、ライブの時とかさ」

 

 違和感という程のものじゃない、それこそそういうものだと思ってしまえばそうなってしまうほど。

 音楽の価値とは乗せた思い、ではそれに乗せるものはなんなのか、何処に向かっているのか。

 

「……わから、ないです」

 

 でも、と恥ずかしそうに頬を軽く掻きながら、目を剃らしながら答えた。

 

「みんなと演奏してる時は……楽しいって感じてます」

 

 音楽における一と多は全くの別物、見た目ではなくそのあり方が。

 だから、と結局はつまらない答えを出してしまう。

 

「比べること事態、間違ってるとは言わないけど気にしすぎるものじゃないと思うよ」

「そんなの……わかってるんですけれど」

 

 ギュッ、と彼女の手が強く握られる瞬間を見た。

 適当には答えたくない、でもどう言えばいいかはわからない。確かに求められているものは何一つとして答えられていないし、俺が言ってることだって所詮、ただの持論だ。

 

「じゃあ蘭ちゃんはさ、Roseliaで友希那の代わりに歌って友希那より上手く歌える自信はある?」

「……いきなりなんですか?」

「逆に友希那が蘭ちゃんの代わりに歌って、自分より上手く歌わられる感じ、する?」

「それはないです」

「つまり、そういうこと」

 

 ソロではなく、バンドとしてあるから、周りとの関係、信頼、上手さとはそれら全部組み合わせたものになるから。

 蘭ちゃんの歌から感じたものはそれらを求めているようなもの。決して足りないものを補おうというものじゃなく、押し上げるために欲しているような。

 

「でも、歌単体で見たら……」

「あー、それなんだけど」

 

 ここまで引っ張っておいてなんだけど、蘭ちゃんの歌を聴いていて、友希那ならと頭に浮かべて思ったことがある。

 酷いものだ、ああでも、仕方がないものだからしょうがない。

 

「俺、友希那の事を贔屓しないで見れる気がしなくてさ」

「…………」

「する気はないし、してる気もない。でも自信もないんだ」

 

 だって、俺は友希那の事が好きだから。

 ちゃんと見えているつもりになっているだけで盲目かもしれない。そうしたくないと思っているけれど、こればかりは源泉から歪んでしまうものだから。

 カラオケの部屋にしてはおかしな静かな空間、だから、彼女が小さく笑う声がよく聞こえてきた。

 

「なんですか、それ」

「ごめんね」

「いいですよ。それに、いい話も聞けましたから」

 

 仕方がないと思ったのか、彼女はそれで納得してくれて、誤魔化すようだから少し申し訳ないけれど、ああでも事実なのだからしょうがない。

 それこそ公平性を保つというのなら二人の事を一切知らない何処かの誰かに頼むしかないが、それでは相手の事を信頼ができない。

 であれば決めることなど機械くらいしか……

 

「どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 

 画面に映ったあの数字、機械が判別しているのだし公平性は一番だろう。

 まぁただ点数が高いから上手いかと言われればそうではないだろうし、それを頼りにするのはよくないだろう。

 なんて考えていると、蘭ちゃんにマイクを差し出されていて。

 

「新庄さんは歌わないんですか?」

「俺?」

「せっかく来たんですから」

 

 確かに付いてきただけとはいえ金はかかる、でも歌か……歌える曲など思いつかないが。

 どの曲がと探し続け、結局選んだものは……友希那が歌っていた曲で。

 

 その点数はお世辞にもいいものだとは言えなかったけど、まぁ、楽しかった。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「いや、俺も楽しかったから」

 

 あの後数十分、三回程度互いにやってカラオケ店を出た。

 楽しくはあったが……まぁ、誘われて暇であれば程度。一人でこようとは思わないが、まぁ、歌える曲がいろいろあればそうなのだろう。

 

「それじゃあ、また」

「うん、また今度」

 

 連絡先を交換し、そんなことを言って別れる。

 友希那と……燐子さんは難しいか。でも今度誘ってみてもいいか、そんなことを思いながら振り返った。

 

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