「やっほ~、元気してる?」
「……それなりにな」
「全くそうじゃなさそうだけど」
目についたコンビニで珈琲を買い、それを飲みながら帰ろうと思っていたところに声がかかる。
そいつの言うことは俺としては別にそんなことはないけれど、外から見ればそう見えるのだろうか。まぁ気にするようなものではない。
ため息一つ、ついさっき買った珈琲を飲みながらコンビニの壁に背を預ける。
リサの手には飲み物が入った容器と、その反対の手にはレジ袋が。透けて見える中身からスイーツが幾つか、容器の中身は期間限定と唱われているやつだろう。
彼女はそれらを口にすることなく立っている。視線はどこかに向いていて、特に話しかけられるわけでもない。
「何か用事でも?」
「ん、特にないよ」
そうか、とだけ返して誤魔化すように珈琲を再び飲む。相も変わらず会話の引き出しが少ないもので、頑張って引っ張り出したものは別のもの。
勝手に恥ずかしさを感じさせられて、そんな自分がより恥ずかしくて。
用事はない、となれば誰かを待っているのか。であればさっさと帰るのがよいのだろうが、話しかけてしまった手前そうすることは少しひける。
手に持つカップを揺らし、これは帰りの分は持たないだろうなと思い、勿体ぶるかのように少しだけ飲む。
「そういえばどうなの? コンクール」
「……まぁまぁ、だな」
駄目駄目かと言われればそんなことはない、完璧かと言われればそれもそう。だけど焦る気持ちはない、それに理由はないのだけれど。
昔は練習練習、暇さえあれば練習、なんて風だったのに変わってしまったものだ。
「練習、しなくていいの?」
「やるに決まってるだろ」
「そうじゃなくて。燐子はRoseliaの練習の後に自主練してるからさ」
Roseliaの練習、内容は見たことはないが密度は凄い筈だ。
恥ずかしがり屋な彼女の事だ、失敗したくないという思いはあるのだろう。立派な彼女なことだ、中途半端では嫌なのだろう。
だが家でやるならまだしも、練習のすぐ後にやっているのだ、俺の知らない何かしらの思いがあるのだろう。
「なら俺も練習量増やすか」
「不純だね」
「元から純粋じゃねぇよ」
人につられて何が悪い。燐子さんが頑張っているというのだ、恥ずかしいものを聴かせるわけにはいかないし。
思い立ったが吉日、理由もできたわけだし帰るとするか、そう思って背中を離すとカップから音がして。
……残りは半分もない、折角だし飲み干して捨ててから帰るとしよう。
「蒼音はさ、不安になったりしないの?」
「何がだ?」
「紗夜や友希那、燐子もだけどず~っと練習しててさ」
どの意味で、聞こうにも空を眺める彼女に声をかけることができない。
不安、仲間の体調か。ああそれは違うだろう、であれば部外者である俺には関係……なくはないけれど、聞くことではない。
「自分ももっと練習しないとって、思うんだけど……」
別に気にすることじゃない、なんて無責任なことは言えない。気になるのだからしょうがない、それが当然。
特に高校生なんて忙しいものだ、しかもリサはバイトだってしているし……知り合いも俺なんかよりもずっと多いだろう。
更には彼女の心配性というか、お節介とまで行きかねないものからすればそうなるのは当然で。
「別に悪いことじゃないだろ」
「でも……」
「思えるだけましさ、全くやらないってわけじゃないんだろ?」
「それは……そうだけど」
思えていればよい、ほんの少しでもやれてれば尚よし。それができていればいつか勝手にやるだろう。量より質という言葉もあるように、やりようなんてものはいくらでもある。
それに俺やそこらの人とは違うものをリサは持っているのだから。
「お前はどう思う?」
「リサ、言ってくれれば私は幾らでも付き合うわよ」
「……友希那、いつからいたの?」
「ついさっきよ」
「お前が下向いてるうちにな」
誰かを待っているのかと思ったし、であるとするならば相手は友希那だろうと思っていたがその通り。
そっか、とリサは空気に溶けてしまうかのような小さな声で呟いて、ゆっくりと視線を上げて空を見上げる。
「ん~! ありがとね、二人とも」
「私は何もしてないわ」
「こういうのは素直に受け取っとくもんだよ」
大きく伸びをしながらそう答える彼女。空元気、ではないだろうが吹っ切れたという程でもないだろう。
とはいえ友希那が来たのだし邪魔者の俺はさっさと帰るとしよう。そう思い歩きだそうとして呼び止められる。
「どこに行くの?」
「帰って練習だな」
「……そう」
それだけ、たったそれだけで後は続かない。それなのに俺の足は縫い付けられたかのように動かなくて。
「素直じゃないね、友希那も」
「……なんのことかしら?」
「蒼音と何処か行きたいって言えばいいのに」
「…………」
足を縫い付けるは自らの影、返答への期待が足を重くして、身体が影の中に吸い込められるかのようだ。
こちらとリサの事を交互に見て、俺に聞こえないような大きさで彼女はリサと話している。
その間は苦さが。珈琲とはまた違う気持ち悪くなってしまうような不思議なものが何処からともなく浮かんできていて。
「蒼音はどうなの?」
突然名を呼ばれ、目線をあちらこちらと動かしながら小さく、また意味もなく声を漏らすことしかできなかった。
──どう、なのだろうか?
期待をしているのか、練習しなければと思っているのか。冷たい風が吹いて、目を閉じた。
「ほら友希那、行ってきなって」
「でも……」
「でもじゃないよ、ほら」
友希那の背中をリサが軽叩き、倒れ混むようにしながら数歩前へ。彼女は振り向き、それに対しリサが手を振ったので彼女はこちらを見る。
ふっと、身体が軽くなったかのような気がした。
原因なんてわからない。ただ、そう感じたのは事実であって。
細く、途切れてしまいそうな声で呼びかけられる。手に持つカップが揺れ、そういえば中身はほぼ空だったな、なんて事を考えてしまう程には上の空で。
「……あなたはどう……なの?」
「俺は別に……」
ガシガシと頭を掻く。何が別にだ、しすぎとも言える程気にしているというのに嘘ばかり。今更恥ずかしがっているのか、それとも予定を破らせるのが嫌だと思ったのか。
「……リサと予定があるんじゃないのか?」
「そうだったけれど」
あんな風だから、そう呟いて彼女はリサを指差した。
声の大きさ的にリサには聞こえてないだろうに俺達が振り向いた事に気づいた彼女は手を振ってくる、となればなんと言おうと無駄なのだろう。
「何処か行きたいとこあるか?」
「えっと、大丈夫……なのかしら?」
その問いに肯定の意思を見せると、ならば行きたいところがあると言われる。
珍しい、普段ならばどこでもと答えられいつも通りカフェに行くのだけれど一体どこなのか。
どこに行くとかは聞かない。何処であろうと行くのだし、こいつに限ってそういう場所には行かないだろうから。
手を伸ばすと不器用そうにそれを取られ、何度しても慣れない感覚に身を委ねていた。
「あなたに聴いて欲しいものがあるの」
行きたいところがあるというのだからどこなのだろうと思っていたがやって来たのは喫茶店。これでは普段通りと思ったが、わざわざ言われる程なのだし相当なものなのだろう。
渡されたイヤホンを片耳にだけつけて、頼んだ珈琲を飲みながら曲が流れるのを待つ。
喫茶店とコンビニとでは味は違う、わかってはいるし飽きもない。ではあるけれど気紛れで砂糖スティックを手に取った。
「あなたが砂糖を使うなんて珍しいわね」
「たまにはな」
まぁ、一本丸々使いきるというわけではないけれど。半分ほど入れたところで友希那に渡してみれば、彼女はなんの迷いもなくそれを珈琲に入れる。
新しく気に入ったロックでも流すのか、それともRoseliaの曲でも流すのか、そう考えていた中で流れてきたものは思いもよらぬもので。
間違えてないか、そう指摘しようとして、やめた。真剣そうにこちらを見てる彼女にそんな事を聞けるはずもなく、何よりも彼女がもう片方のイヤホンを耳にしているから。
意味がわからず理解ができず、歌詞もメロディーもきちんと聴けそうになかった。だけれどもわざわざ聴いて欲しいものがあるとまで言われたのだし曲に意識を向ける。
曲が終わり、こちらを上目で見てくる彼女にゆっくりと問われる。
「どうだったかしら」
「どうもなにも……」
何を聞きたいのか。
聴かされたのはラブソング。その声は女性のものだったが聴いたことのない声で参考にするためなのか、歌詞への反応か自分が気に入ったから感想を聞きたいのか。
迷って、悩んで、答えられずにいるうちに声をかけ直される。
「なら、この曲を私が歌うとしたら?」
ラブソングは聴いたことはあるにしろ好んで聴くものではないから良しも悪しも対してわからないが、もしこの曲を友希那が歌うとするならば……
「似合わねぇ、かな」
この曲を友希那が歌うとするならば、そう聞いてまず最初に浮かんだことがこれだった。
それに対しての彼女の返答はそう、という簡素なものだった。何が、どうして、そんな風に聞かれると思っていたのに全く気にしていない様子で。
「なら逆にどんなものならいいと思うのかしら?」
ラブソングは誰が作ったか、というのが一番の問題。なら友希那らしい、自分の言葉で作られたものがいいだろう。
俺の意見なんて……
「……なぁ、友希那」
「何かしら?」
「これって練習の為か?」
「違うわ」
「ならRoseliaで歌う為のか?」
「それも違うわ」
「なら……」
ごくり、と喉が鳴っていた。
もしかして、もしかしてと思考が染まっていき……
「あなたに向けてのものよ」
珈琲を飲む。甘い、甘い、ここまで砂糖を入れた気はしなかったけれど、ああそうだかき混ぜ忘れてしまっていた、であれば甘くもある筈で。
なんだかくらくらさえしてきた、まともな思考ができていないのだけは自分でもわかる。ぐるぐると、ぐるぐると珈琲をかき混ぜて渦を作り出す。
「……それはまた、どうしてだ?」
「私には歌しかないから」
だから、その
「本当はあなたに言おうか迷っていたのだけれど私って、そういうのが苦手だから」
ようやく視線が外れたので背もたれに強く寄りかかる。暑い、熱い、火がついて燃え尽きてしまいそうな程。
沈黙。数秒、数分と時間が過ぎ、珈琲はいつの間にか飲み干していて、底に溶けきっていない砂糖があるのが確認できた
「その……お前が書くのか、それ」
「ええ、そのつもりよ」
「いつ、できる予定なんだ?」
俺の声は多分、震えていたと思う。自作のラブソング、自分にはこれしかないと言うほどの物を俺に。
望むように、祈るように、言葉を待った。
「出来上がり次第伝えるわ。でも、そうね……」
来月中には完成させるわ。
なんでもないかのように、確信もないのだろうがそんな風に言ってきた。
「……そうか、楽しみにしとく」
「えぇ、最高の物にしてあなたに届けて見せるわ」
先程飲んだ珈琲が逆流したかのような甘さ、苦さが俺を襲ってくる。沸き上がる熱さが、どこからか冷たさが。
期限はない、だけれども俺はある問いに答える義務がある。
来月中、その言葉は何よりも強く、深く、頭に刻み込まれた。