夢を見た。
それは夢だから現実味がなくて、夢の癖にはっきりと覚えていて。
夢なのに、痛かった。
「…………」
ボーっとする、昼寝をしすぎた後みたいに頭が回らない、やっぱりあれは夢なのかと疑ってしまう程に。
そんなわけがない、あれが夢だと? 寝言は寝て言うものだ、冗談で済むものではないことぐらいわかっているはずだ。
目を背けてはいけないもの、誤魔化してはいけないもの。身体から力が抜け仰向けに倒れ混んだ。
眩しく感じさせる天井が煩わしくて手で目を覆う。このまま寝れてしまえばいいのに、だけれども当然そんなことはできず、静かな部屋にため息の音が寂しく響いた。
「俺のせい、か」
どうやら事態は俺の思っていたよりもずっと酷いらしい、とはいっても自業自得であることに違いはなく、悲観するには俺の罪は大きすぎて。
肩が痛いし首も重い、更に頭の中は今日のことでいっぱいいっぱいだ。
罪悪感、いや、感覚なんてものではないか。犯した罪が罰として俺にのしかかっている。
「はぁ……」
どうしてこんな風になってしまったのだろう、俺が悪いのはわかっている、ならどうすればよかったのだ。過ぎ去った過去に答えを求め、意味のない問答を何度も何度も繰り返す。
「馬鹿馬鹿し」
あざ笑うかのように声が漏れた。本当はわかっている癖に何を言っているのだ、彼女だって言っていただろう?
独り言が多くなってしまうけれど仕方がない、誰かに聞かせるわけじゃないけれど少しでも口に出さないと体の中で破裂してしまいそうなのだ。
どこで間違えた? そんなの最初からだ、どうすればよかった? わかっている癖にわかっていないふりをするなよ。
手を下ろし天井を見つめ今日、彼女に言われた言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
『何度も、何時もずっと、ずっと待っていたのに、貴方は……』
思い出すだけでずきりと頭痛が、締め付けられるかのように胸が痛い。
ああ、そうだ、その通りだ、自分でもわかっていたけれど本人に言われるとやっぱり、くるものがあった。
彼女が言ったから、それも確かにあったのだろう。でもその中に彼女だからということはなかったか、本当に燐子さんだからというものはなかったのか。
……改めて考え直してみると自信が持てない、本当は微塵もなかったのかもしれないがあったのかもしれないと一度でも考えてしまえばもう、なかったと答えることなんてできなくて。
返す言葉はない、そんな俺に対して彼女は続けた。
『一つだけ……約束、してください』
断る権利は俺にはない、受け入れる義務が俺にはあった。だから聞く前に首を縦に振ったことに後悔はないし、反省もしていない。
『ごめんなさい』
よく覚えてる、彼女は本気だったのかもしれないがそれなり程度の力で握れらた右手には今でも感覚が残っている。
「確か、こんな風……」
手が勝手に動き、あるところに触れた。やはり現実味はない、今はそれほど恥ずかしいとは思わないけれど、明日には死んでしまう程の恥ずかしく思うのかもしれない。
初めてだった、今まで彼女がいたことなんてないのだから当然。
指は唇を滑り落ち、首をつたって胸を過ぎ、腹にまで行きベッドの上へ。
『……答えは、友希那さんより先に私にしてください』
喉が乾いた、だけれど立ち上がる力は沸いてこなかった。
翌日、学校は終わったけれどもバイトはない、だけれども家にはどうにも帰りたくないからふらふらとそこら辺を散歩感覚で歩き回る。
女々しいな、と自分を笑ったところで何か解決するわけじゃない。なんて、何度思ったかわからないことを考える。
やっぱり昨日の今日では解決してくれないようだ。
ピタリと足が止まった。意識をしたわけではない、勝手に足を止めていた。
いや、足だけじゃない。全身が、そして一瞬ではあるが思考までもが確かに止まり、数瞬後には一気に血が回りだし身体中熱くなり始め。
バクバクと心臓が鳴り響くのを抑え振り返りその場を離れる。今は、あいつとは顔を合わせたくないから。
「あ、蒼音さん!」
だけれども、どうやらそれを許してくれる程世界は優しくないみたいだ。
呼ばれる声に振り向けば、張本人であるひまりちゃんがこちらに手を振っている。その隣にいる蘭ちゃんが、そして……あいつもこちらを見ていて。
「なんでそんな遠くにいるの?」
こちらの気を知らないでそんなことを、重たい足を引きずるような感覚で動かして彼女達の元へ。
何か用事があるわけではないようで、別に何かをしていたわけではないらしく、寄ったところで行われたのは世間話のようなもの。
「蒼音さん、蒼音さん」
「どうしたの?」
突然ひそひそとひまりちゃんに話しかけられた。二人には聞かれたくないことなのか、今はその二人で話しているのだしわざわざ小さな声で話す方が疑われてしまいそうなものだが。
「蘭と友希那さんってあんなに仲よかったでしたっけ?」
「元から悪くはなかった気がするけど」
「それはそうですけど、今までは二人の間に火花が散っているのが見えるような感じだったのに……」
言われてみれば確かに、だけれど比喩のようなものだから表面上だけならどうなろうと不思議じゃない。今話している二人が腹の中に何を隠しているかなんてわからないのだから。
……まぁ、その火花というのは殆どが蘭ちゃんから発されているものだったし、友希那が感情を隠すなんて想像もつかないが。
「ひまり、何話してるの?」
「な、なんでもない!」
「大したことじゃないよ」
大したことではい、だけれど聞かれたら面倒なことになるだろうから隠すに越したことはない。蘭ちゃんがひまりちゃんに詰め寄っているが答えることはないだろう。
二人が話すということは当然、俺と友希那は暇というのに分類されることになり。ああ、気まずい。顔を見ることができなくて特に意味もなく近くの赤信号を眺めて。
「ねぇ」
「……なんだよ」
だけれどもそんな些細な抵抗も話しかけられてしまえば終わりだ、返答もぶっきらぼうなものになってしまうが、話しかけられたままで会話は続かない。
流石に態度が悪かったかと思っていると手を引っ張られ姿勢を崩され、彼女の顔が随分と近くに映し出された。
女性の顔が近くに、たったそれだけのことで昨日の事が、こいつじゃないとわかってはいるのに強く蘇ってくる。
「私、何かしたかしら?」
射貫かれたかのように錯覚する視線、それが真っ直ぐ俺に刺さっていた。
「……なんでもねぇよ」
やめてくれ、お願いだ。そんな真っ直ぐに、綺麗な瞳で俺の事を見ないでくれ。
ずしりと、風邪をひいてしまった時のように体が重くなる。
「湊さん、あたし達は帰りますね」
「ええ、わかったわ」
何があったのかわからないといった様子でひまりちゃんは慌てているが、そんなの知らないと蘭ちゃんは彼女を連れていく。
その場凌ぎのようなものだとわかっている、わかってはいるけれど一瞬でも友希那の目が俺から背けられた事に心の底から安堵した。
「それで……」
あまりに短い安堵、寧ろそれがあった分より強いものとして焦りが襲ってくる。背筋に冷たいものが流れて気持ちが悪い。
「……やっぱりやめておくわ」
「……どうしたんだよ」
「なら、聞いて欲しいのかしら?」
そうではない、どうも釈然としないまま時間だけが過ぎていく。
どうしたい、俺は一体何をしたい。昨日の事を彼女に知られたいのか、知られたくないのか、そんなことすらわからない。
「誰にでも聞いて欲しくないことの一つや二つくらいはあるものね」
「…………」
「それにあなたのことだから」
きっと、深い理由があるのでしょう? それだけ言って彼女はその場を去ろうとする
この理由が深いのか浅いのかなんてわからない、酷いことなのか優しいことなのかもそうだ。誰のために隠すのかすらも定かではない。
ただ、俺は帰ろうとしている彼女の手を掴んでいて。
「この後時間、あるか?」
なんて口にしていたのだった。
友希那に昨日の事、答えを出すなら私からと言われた事、それに対し何も返せなかった事を話した。その前の事は話すことはできなかったけど。
「そういうことね」
「……」
「他にも何かありそうだけれど、聞かないでおくわ」
こんなことになった比率としてはむしろその隠している事の方が多いし、彼女もそれは感じ取っているのだろう。
それを聞かないでくれるのは、少しだけ複雑だ。
「何もないのか?」
「なんのこと?」
「さっきの聞いてだよ」
場所を移すという程長くする気はなかったので道で立ったまま、一応邪魔にならないように端に寄ってはいるが。
手は既に離れていて、どうにも落ち着かないから後ろで組んでいる。
「別に、先でも後でも結果は変わらないでしょう?」
当たり前だ、その場で決めるのではなく決めてから行くのだから変わりなどするはずもないし、これを聞いて彼女に何かあるわけじゃない。
「それにしても、燐子がそんなことを言うなんてね」
それは彼女にしてみても予想外の事だったようで。リサやあこちゃんに聞いてみても同じ反応が返ってくるのだろうか。
「……なんだよ」
「いいえ、別に」
こちらをじっと見ていたから聞いてみたけれど返答はないに等しい。
ふぅ、と彼女は一息つき、誰に向けてか呟いた。
「意外……ね」
彼女が溢したその言葉は上手く聞き取れなかったが、恐らくはそう言ったのだろう。
何の事だ、何に向けてだ誰の事だ、くらくらとしてしまうほどに思考は回り。
「練習があるからそろそろ失礼するわ」
「悪いな、それなのに呼び止めちまって」
「時間には間に合うから大丈夫よ」
軽く手を振って彼女を見送りながら先程の言葉の意味について考える。
意外、流れからすればそれは燐子さんの言葉に思うことがあったということなのか。だけれどもそれならその前に言っていて。
確認なのか、それとも口から零れてしまったものなのか。もしかしたらなんの意味も持っていないものなのかもしれない。
「意外、か」
その言葉は空に消え、誰に拾われることもない。意外と取れるなら、思いも寄らぬのなら、そんな行動をされたのなら信頼されていると捉えてみるのもよいかもしれない。
口に手を当てる。
やっぱり昨日の感覚が深く根付いていて、今更になって酷く恥ずかしくなり、冷たい風が吹き付けてくる。
いつもならば身体が燃えるように熱くなっていた筈なのに、今日に限っては冷えてゆくばかりだった。