鳥籠の中   作:DEKKAマン

49 / 53
UA75000ありがとうございますv^^v


背に抱えるもの

 いつもと違う、という言葉には何の意味もない。それが言い訳になるわけじゃないし、他人からすればそんなの興味がない、そもそれがほんとかどうかすらわからない。

 原因は探せば簡単に見つかるかもしれないし、どれだけ時間が経っても見つからないかもしれない。もしかしたら、それ自体が勘違いなんてことすら起こり得る。

 

「中学生かよ」

 

 意味もない問答、何を求めているのだろう。確認、責任、自己満足、かっこいいとでも思っているのだろうか。

 コンクールまでもう片手で足りるようになってしまい、今更になって焦ってみるが対して成果も出はしない。

 

 楽しく、効率的に、ああだこうだと考えてはみれど結局はどれも満ちることなくそれなり程度、真剣にはなれるけど没頭はできなくて。

 

「子供の頃は……」

 

 別に今でも子供だが、昔よりはそう感じる事が多いのはきっと、あの頃は純粋な気持ちでいられたからだろう。

 過ぎて初めて気づくということは最近増えだして。

 

「…………」

 

 気づいた、憧れた。燐子さんと一緒に練習したあの日、彼女に。

 内容、確かにそうかもしれない。触れれば割れてしまうかのように繊細なもの、自らができないそれに思うものはあった。

 でも、そうじゃない。一番は、憧れたのは、どこまでも深く集中した彼女のこと。

 

 話しかけようとは思わなかったが、そうしても気づかなかっただろう。例え触れてみようとも気づいてくれなかったかもしれない。

 音楽と自分だけの世界を作り、入るという昔はできていたものを彼女から感じ憧れ、そして僅かに嫉妬した。

 

 今でも鮮明に思い出せる。あの瞬間彼女は硝子のように、シャボン玉のように綺麗で、儚げで……

 

 俺はなんだ? 音楽という、曲という世界の中で一体どの立場なのだろう。

 主役か語り手か、それとも観客か。それが正しいわけではないとわかっている、だが主役であるかのように振る舞えるということは意識をすればするほどできなくなって。

 

 学び方を知り、技術を得て反省をする。何も間違えてない、正しきことだ。

 でもそれは、確かに純粋さとは遠退いていて。

 ともすれば、主役である事において何より大切なものは、そう意識しないこと。であれば俺にはもう無理で、燐子さんならありえることで。

 

 なんて、それだけであったのならなんの問題もなかったのだけれども。

 

「はぁ……」

 

 5分だけ休憩しよう、なんて実行して5分きっかりで済ませられる人間は果たしてこの世にいるのだろうか。

 こんな風に下らないことでも考えてしまえば10分やそこらなど優に過ぎてしまう。

 純粋さは過ぎ去ってしまえば二度と手に入らない、だけれど自覚をした瞬間から過ぎ去っていく。

 音楽に、ピアノにどこまでも、透明な程の純粋さを持てる彼女の事を考えつつ窓から空を眺めていた。

 

 

 

 晴れか雨、どちらが好きかと聞かれてもどちらともいえないと答えるだろう。

 晴れだから気分がいいだとか、雨だとリラックスできるとか感じたことも考えたこともない。強いて言うならば雨の時は外出が面倒くさいくらいだが、そもそも外出自体そこまで頻繁にするわけではないからどうでもいい。

 ザーザーと、開けたドアから雨の音が家の中にまで聞こえてくる。

 

「……で、何しに来たんだ?」

「雨、強かったから」

 

 なるほど、傘を持っている癖に濡れてるということはそれだけ雨が強いということか。確かに、彼女の後ろに見える外は時間にしては黒く塗りつぶされていて。

 

「取り敢えず体拭いとけ」

「ありがとう」

 

 風呂場からタオルを探して渡す。見る限りびしょ濡れという程ではなさそうだが風邪を引かれても困るので、体を拭かせて風呂場まで案内する。

 

「着替えはねぇぞ」

「そこまで濡れてないわよ」

 

 どうだか、心配しすぎと言われればそうかもしれないが、こんなもんだと思う俺もいる。

 勿論、友希那か燐子さんでなければこんなにはならないが。

 

「雨、止むと思う?」

「暫くは止まないだろうな」

 

 飲み物を取ってこようかと聞いたがいらないという返答。

 俺は背を向けたまま、言い表せないような居心地の悪さを感じながらその場に座り込む。

 

 髪が濡れていた、寒そうだと思った。だから風邪を引いてしまわないようにと心配をして……

 

 友希那は白い服を着ていた。ああ、いらない、こんなものは必要ない。

 何故だか無性に恥ずかしくなって、膝を抱え俯き顔を隠す。熱は感じてはいないがむず痒さは襲いかかってくる。

 

 暑い、暖房をつけたせいだ。あれだこれどと意味のない、関連性のないことばかり考えて思考を何処かに飛ばそうとしてみるがまるで効果がない。

 俺は、何を求めているのだろう。

 

「ねぇ」

「なんだよ」

「こっちを向いて」

「嫌だね」

 

 意地でしかない、期待はない。一度あったのだからもう一度もあるかも、なんて烏滸がましいことは思わない、思ってはいけない。

 謙遜、傲慢、どっちもだ。唇を強く噛み、埋めるかのように顔を下に落とす。

 やましい気持ちはない、邪な感情は彼女には似合わない。罪悪感に似た何かが埋め尽くした。

 

 しかし細く冷たいものが首筋に当たったのを感じ顔を上げ、振り返ってしまった。

 

「何かあったの?」

「……何もねぇよ」

 

 言えない、言ったら……どうなるのだろう。少なくとも嫉妬くらいはしてくれるのか? 

 ああだから、それが傲慢だ。相手を知ったつもりで、どう思ってくれるかを期待するなと、押し付けるなとわかっているはずなのに。

 

 それでも尚そうしてしまうのはきっと、好きだという事実に押されてなのだろう。

 逃げ出したい気持ちはありつつ、期待か恐れか、よくわからないまま会話もなく時間が過ぎていった。

 

「で、どうなのかしら」

「……どっちのことだ」

「どっちも何も、コンクール以外に何かあるの?」

 

 笑えてくる、コンクールに向けて集中できてないことがモロバレだ。こんなんじゃ情けない姿を晒してしまう。

 ……いや、情けない姿ならもう、晒してしまっているか。

 

「聴かせて、あなたのピアノ」

「理由は?」

「あなたは正直だけど、私達みたいな人間は演奏を聴いた方がよくわかるでしょ?」

 

 目を合わせる。どうやらある程度は乾いたようで、見る限りでは濡れているところはない。

 目と目が線で繋がれたように、張った糸で引っ張られるかのように離せない。それだけではない、顔、体、果ては指一本動かすことはできなかった。

 

 そんな中でも唯一と言っていい程動いていたのは心臓のみ。どくりと、体全体が揺れていると錯覚するような鼓動が止まらない。

 

 凍ってしまったかのように動かない全身は、しかし沸騰したかのように熱を持つ。

 あ、という小さな声が自らの口から零れていた。

 

「……わかった」

 

 なんだ、なんと表せばいいのだろう。

 戸惑い、緊張、それらは違う。歓喜、不安、それでもない。

 その場を立ち上がってドアを開けなんとなく、一度振り返った。

 

 

 

「大丈夫なの?」

 

 酷いとは思ってたけどここまでか、乾いた笑いが口から漏れた。

 友希那はさっきの演奏を聴いてどう思っただろうか。怒る、心配、そんなもの通り越して呆れているに決まってる。

 

 思考が染まっていく。不純物はよく目立つから小さなものでも過度に感じてしまい、感じてしまえばどんどんと拡がっていく。

 今まで積み重ねてきたピアノへの思いがたった一日、この前の出来事に食い散らかされてしまっている。

 

「顔色悪いわよ」

「……元からこんなもんだよ」

「嘘ね」

 

 彼女は俺の顔に手を添えた。

 暖かい、さっきまで冷えていた癖に。何処かほっとして、感じていた焦燥感は収まり新たに思考に混じったそれは、とても優しかった。

 

「どうしたらいいのかしら?」

「……わかったら苦労しねぇよ」

「確かに、それはそうね」

 

 過ぎたことはどうにもならないからこの感情だってどうにもならない。もしどうにかなったとして、どうにしたらいいのだろう。

 歯車が外れたのではなく、狂ってしまったのだ。奥、はるか奥、目で見えず手で触れられない、そんなところでおかしくなってしまった。

 

「悩み事なら聞くわよ」

「遠慮しとく」

「……そう」

 

 話せる内容じゃない、話したらどうなるか想像はつかないがそれだけは確か。

 そんなことと切り捨てられるかもしれない、真っ正面から考えてくれるかもしれない。もし話したのなら……

 

 ……もしかしたら、彼女も。

 

「雨、だいぶマシになってしまったらしいわ」

「そうか、気を付けろよ」

 

 一瞬、思考が全て塗り潰された。その招待は嫌悪で、期待。あぁ、本当に気持ちが悪い、いっそ、どうにかなってしまった方がいいんじゃないか。

 

「私は何かを捨てる事は悪い事じゃないと思うわ」

「…………」

「背負うことによって頑張れるかもしれないけど、そうでなければ重いだけだし何より、楽だもの」

 

 わかってる、わかってるさそんなこと。だけれども落とせばもう拾う資格がない、捨てるということは傷つけることだと、わかっていないはずがない。

 

「だからわかった上で一つ、あなたに提案よ」

 

 ──コンクールの演奏は、私の為にして。

 

「……なんだよ、それ」

「別に聞かなかったことにして貰ってもいいわ」

「無理だろ、今更」

 

 何故だか偶然その瞬間だけ雷が鳴ったとか、そんな事は起こらずその言葉はもう聞こえてしまった、そしてそれは無視できないことで。

 

「嫌でしょう、そんなこと」

 

 嫌だと、強く否定できなかった。飲み込んでしまいそうだった、呑まれてしまいそうだった。今ならば、なんでも受け入れてしまうほどに思考は鈍くて。

 嘘だか本音だか、何を意図してなのか。わからない、わからない、それをどうするのかすら決められない。

 思考にぽつりと、新たな不純物が染み込んだ。

 

「……風邪、引くなよ」

「そっちこそ、万全の状態でコンクールを迎えなさい」

 

 そう言って彼女はいつの間にか足元にいた猫に構い、満足したのか出ていった。

 万全の状態、簡単に言ってくれる。だけれども、ああ仕方がない、あいつが求めているのだ、俺のそれを。

 

 スマホを開いて明日の天気を確認すると、どうやら明日は雨らしい。

 猫が飛びかかってくる。心配かけてしまったか、その日は一日中そいつのことを構ってやっていた。




最近トレーナー業にハマりちらかしてしまってます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。