鳥籠の中   作:DEKKAマン

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……お久し振りです


帳が落ちて

 演奏が聴こえてくる、誰のものかわからないけれど、上手であることはわかるそれ。普段の私と比べたならば……多分、私の方が上手だろうが、練習と本番は全くの別物である。

 今日の私はどうだろうか。いつも通り、練習通り、それ以上の物を引き出すことは出来るのだろうか。

 

「蒼音さんは……緊張、してるんですか?」

 

 そんな問いを彼にぶつけたのは、はたしてどういう意味があったのだろう。口に出せねば爆発してしまいそうだったからか、私がそうなっているから彼にもそうあって欲しかったからなのか。

 演奏が終わり、次の人がステージに向かっていくのが見えて。いつものように焦ったりすらできず、自分が自分じゃないかのように冷静で。

 出番まで後どれくらいだろう。一分経って、三分が過ぎて、また別の人がステージに上がって。少しずつ、でも確実に本番が近付いてきている。

 

 楽しみなのか怖いのか。何時もの壊れてしまったかのような心音は今日に限っては聴こえてこず、寧ろゆっくりと、止まってしまいそうな程のペースで鳴る心臓を掴むかのように胸に手を起き、大きく息を吐く。

 身体に不調は何一つとしてない、むしろ不自然な程の絶好調。翼を授けられたかのようだ。身体は軽くて、今ならば空へだって飛び出せそう。どこまでも、止まれず、翼が溶けるまで。

 

「手を、出してください」

 

 突然言われたその言葉に従い、彼に向けて手を伸ばそうとしたが動かなかった。一体どうしたのか、自らの腕を見てみれば小刻みに震えていた。

 やはり緊張しているのか、そう感じるとだんだんと身体中に痺れが回ってくる。手から身体を、足までいって最後には舌の上に酸っぱい何かすら浮かんできたかのような。

 

 だけれども、震えはすぐに止まった。彼が私の手を取って、彼の手が私の手を支えるようにしてくれて、それだけだ。だけれども実際には、引っ張られもしないのだから何の支えにもなっていない。

 一瞬にして冷えていた身体が熱くなって、変な声が出そうになって、しかし、彼の手の違和感に気づいてそれら全ては押し沈められた。

 

「してますよ、緊張」

「ご、ごめんなさい。そんな風に見えなくて……」

「……騙すのが得意なだけですよ、色々と」

 

 すぐにメッキは外れますけれど、というのはどういうことか。こうして触るまで、彼の手も震えていることに、冷たくなっていることに気がつかなかったのに。

 聞き逃したことにして目を瞑り、大きく息を吸う。緊張しているのが私だけじゃないという事実に酷く安心させられ、そして、何故だかあの時の事を思い出していた。

 でも、あの時のようにはならない、しない、させてやるものか。目を開いて、映るあなたに声をかける

 

「……蒼音さん」

「なんですか?」

 

 このまま彼の手を握ってしまおうと力を込めたが実らず、ただ空気を掴んだだけに終わってしまった。ああ、どうやら緊張も抜けきっていないらしいが、だがこの程度何ともない。これならば普段あなたといる方が何倍も緊張する。

 演奏が終わる。次は私の番、そして私の後に蒼音さん。順番もあの時と同じ、だけれどあの時と違うことは確かにあって。

 

「……見ていてくださいね」

 

 私の震えは収まった、彼の震えは収まってはいなかった。確かに、バレてしまえば一瞬でメッキは剥がれ落ち、残るはただの男の子。

 私はあなたの後ろを追い続けていた。遠い背中を、見えない背中を延々と。そして今日、ついに私は彼と並び立っている、だから、だから、今だけはあなたの先に行きます。

 

 見ていてください、私の事を。それに言葉はいらない。だからこそ、私の名を呼ぶ声に振り返った。

 

「頑張ってください」

 

 ……返事はしない、恥ずかしがらない喜ばない。ステージへと向かい目を閉じ、開き、映る世界が、住む世界が切り換える。

 ここには私一人、他には誰も存在しない。無音のその世界に、音を落とした。

 

 

 

 きっと、人生においてこの時間というのは、ほんの刹那的なものでしかないのだろう。

 だが、だが、その刹那は色鮮やかに、鮮明に刻みつけられる。子供をやめて、大人になって、そして死ぬまで、抜け落ちる事の無いものに。

 やっと忘れ物を取りに来ることができた。これでようやく、私は本当の意味で未来に向かうことができるようになれたんだ……

 

 

 

 私の演奏が終わり蒼音さんの演奏も終わり、私達は二人向かい合う。

 お互い、このコンクールにかけた時間は計り知れないというのに終わってみれば一瞬で、だけれども熱された体は中々冷えてはくれなくて。

 

「お疲れ様、です」

「……お疲れ様でした」

 

 夢を叶えてしまった。演奏したというのもあり、彼の演奏を聴くというのもあって疲れがあり、心地の良い倦怠感に包まれている。

 夢を、願いを、望みを叶えて想いがなくなってしまうのではないかと不安に思っていた。だけれどこんなにも疲れているというのに、欠片も想いは薄れていない。

 

 稀に感じていた、私の想いと夢、それらは同じなのではないかと。

 

「手を、出して貰っていいですか?」

 

 そうして出された手に自分の手を重ねる。温かくて震えはなくて、彼の顔を見上げると何故だか安心して。

 突然ドロリと、溶けるかのように視界が歪んだ。

 

 疲れか安堵からか、どちらにせよそうなって倒れそうになったというだけ。歪んで、不思議とゆっくりと流れていく中倒れることなくいられたのは手を引かれたから。

 強く、だけれど優しく。重ねていた手はいつの間にか握られていて。

 

「……蒼音さん」

「……どうかしましたか?」

 

 まだ、一つ残している。

 生きてきた意味、というには大袈裟ではあるが、今まで一瞬たりとも忘れたことのない夢がある。

 

「りんり~ん!」

 

 声の方を向いてみれば、あこちゃんがこちらに向かってきていて、その後ろにはRoseliaのメンバーが見えた。

 この後は、どうだろう、蒼音さんを含めみんなでご飯でも食べに行くのだろうか。先んじて二人きりでと彼に言えば、彼はそれを受け入れてくれるのか。

 

 ……まぁ、そこまで盲目ではないのだけれど。

 

 それでも、だ。後でも先でも、いずれやらねばいけないことがある。それはけじめでも、区切りでもない。ただ私が、望んでいるだけ。

 

 彼の手を引き、耳打ちをして手を離す。名残惜しさに数秒、視線さえ動かすことが出来なかったが、彼から送られる視線がなんだか面白くて、こちらに来るあこちゃんを迎える事ができた。

 

 どうしたんですか、その顔は。あなただって私に対して似たような事を言ったことがあるくせに。

 やり返してやったという風な優越感なのか、どうにせよ普段であれば絶対に言いもしないことではあったのだが、コンクールで麻痺してしまったか、全くもって気にならない。

 

「りんりん凄かったよ~!」

「ありがとう、あこちゃん」

 

 飛び込んでくるあこちゃんを受け止めたが、どうにも力が入らずふらついてしまう。

 身体が軽くなったかのようだ。肩の荷が降りたというべきか、穴が空いたとでもいうべきか。どうにせよ、終わってしまった事の話。

 

 影が伸びていく。冷たい風は変わらないまま、空は紅く変わっていく、そしていずれは黒く、暗く、闇夜のそれに。

 帳が落ちる。それは夜の訪れか、それとも、何かの終わりの証だろうか。

 

 

 

 辺りは空色を残すことなく、だけれど星の光は家から漏れでた光や電灯など、人工物によって遮られている。

 人気のなさが少しの寂しさを感じさせてきて、それからくるものもあり、季節もあり、身体を縮こませて抗ってみせるも大した効果はないようで。

 

 足を止めて、一つ深呼吸をした。指を伸ばせばピンポンと、インターホンの音がした。

 自分でしたくせにその音に驚かされて、白い息が零れたのが目に入る。待つこと数秒、扉が開かれた。

 

「ご、ごめんなさい。思ったより早く……来れたので」

「大丈夫ですよ、待ってたので」

 

 招き上げられたのは彼の家、そう望んだのは私から。

 外に比べれば遥かに暖かくて、まるで夢の中に迷い混んだかのようにほっとする。もしや夢ではと自らの頬を触ってみようとすれば、あまりの手の冷たさに変な声が出てしまう。

 

「座っててください、飲み物持ってくるので」

 

 そんなに長くいるつもりはない。それは彼にもコンクール後に伝えたし、今日はお父さんもお母さんも家にいる。

 だから寛げないのだが、いかんせん現状は寛いでいるとは言い難い。何せ、初めてではないにしてもあれやこれやと、気にならないはずもないのだ。

 

「……それで、何の用なんでしょうか?」

 

 ホットミルクを差し出されて、私の好みを覚えててくれたかと嬉しくなる。

 少し熱いくらいでまだ飲めそうになく、息を吹き掛けてみればゆらゆらと、水面が微かに揺れた。

 

「お願いが、あるんです」

 

 緊張はしていない、不安もない。なら興奮でもしているのか、違う、そうでもない。

 落ち着いている。全くの無感情というわけでもなく、揺れる蝋燭の火のような、石を投げ込まれた水のような。

 

 ホットミルクにもう一度息を吹き掛けて、揺れた水面ごとを口にすると、身体の芯から暖かさが広がっていく。

 これは夢でもなく望みでもなく、約束だ。あなたはそれを覚えていないかもしれない。私が覚えているだけでいい、私がそれを果たしたいだけだから。そしてそれは今日に果たしたかったのだ。

 

「一緒に、演奏してくれませんか?」

 

 そう言えば、驚いたかのような彼の表情が目に入った。恐ろしい提案をしたつもりもないけれど、彼からしてみれば予想外であったものらしい。

 一体、彼は何を予想していたのだろうか? 

 

「……それだけ、ですか?」

「それだけ、です」

 

 だけとは言えど、それが大したことでないのが事実。まぁ、そう思っているのは私だけかもしれないが。

 暫く私の顔を見つめた後、彼は問いかけてくる。

 

「俺なんかで、いいんですか?」

「蒼音さんだからいいんです」

「……そうですか」

 

 この問答の意味は何なのか。トクリ、トクリと、静かな空間に私の心音だけが響いている。だから彼の了承も、煩いくらいに私の中で響いていた。

 




書きたいなぁって思ってたけど気が乗らないでいたら感想もらってしまって世の中ありがたいものだなと思いました。
時間はかかるかもしれないですけど完結はさせたいと思っていますので
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