鳥籠の中   作:DEKKAマン

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遅筆になってしまったのは許して頂きたく


浅ましく、欲深く

 何時ぶりだろうか、この感覚は。

 大失敗を起こした時か、ちょっとした悪戯が大問題になった時か。はたまた母が消えた時、それを父のせいにした時だろうか。

 

 愉快、痛快、笑えてしまうくらいには愚かしい。まだ理由を知らなかったとはいえ、あれは人生をやり直したなら必ずやり直したいと思っている。

 当然そうなることなどないのだから、後になって悔やんでいるのだ。

 

 あの時と同じ、久しぶりに消えてしまいたくなった。

 己自身の浅ましさが、あれもこれも全部イラつかせてくる。

 

「吐きそ……」

 

 恋と、愛と、欲と。何時から俺はこんなにも欲深くなったのか、溺れてしまったのか。

 無理もない、お前は悪くないと訴えかけてくるのが本能で、お前が悪いのだと責め立ててくるのが理性。まるで獣のような、後先考えず、自分勝手な思考回路。

 

 唇に触れてみれば、ああ本当に、削ぎ落としてしまった方がいいんじゃないか。

 愛する気持ちは純粋であるならばそれがいい、恋する心はそれがいい。理性を上回り、本能で好きだと想えるのなら、それにこしたことなどあるはずなく。

 

「自分勝手なやつ」

 

 自虐をすれど、返ってくる言葉などあるはずもない。顔を覆い、締め付けられるような頭痛とは逆、破裂してしまいそうな痛みが襲ってくる。

 

 恋して、愛して、そこまではいい、それだけでよかった。だが俺は欲した、そうなれば自分本意だ。

 純粋であればあるだけいい、事実そうあれた。だけれど純粋でありすぎて濁ってしまって。

 

 家に行きますねなんて言われてしまって、受け入れて、俺はその時なんと思っていたか。

 薄汚い、欲にまみれた思考が、期待が、確かにあった。

 

 後悔が役に立ったのか、今回は何も起こしていないし口に出してもいない。

 だけれどもそう考えたという事を自らが許せない。やって後悔する程度のことなど、所詮はその程度なのだから。

 

 ゴン、と大きな音がした気がする。何か落ちたのか、俺が堕ちたのか。どうだろう、確かめるのも面倒だ。

 寝て起きたら全部夢でしたなんて事があったらいいのに。出来事も、感情も、全部泡のように消えてしまえば。

 でも、そうしたら今日のコンクールは全て幻だったということになってしまう、あの心の揺さぶりが全て嘘だったということになってしまう。

 

「……それはやだなぁ」

 

 そんなことあるはずもなかろうに、それでもそんなことを考える。

 だがあれが幻なら、現実ではもっと上手くできるのだろうか。

 ああ本当に、どこまでも強欲なやつだ。

 無欲であれるということは幸せだと、薄れ行く意識は黒く塗りつぶされていった。

 

 

 

「いてて……」

 

 身体中が痛い、床で眠ってしまっていたせいだろうか。

 朝日は喧しい程に眩しくて、特に予定もなく付けたアラームが煩わしい。手を伸ばし、だけれど届かなくてため息がこぼれた。

 

 普段から散らかしている気はないが、それでも普段よりも幾段と綺麗になってる部屋を見て嫌気が差す。

 アラームを止めるためにスマホを覗くとメッセージが一つ、アラームを止めることをせず、瞬きさえせず、ただそれを眺めていた。

 

『今日会えるかしら?』

 

 それだけのメッセージにあらゆる思考も、行動も止められる。縫い付けられたかのような視線は渇きによってか途切れ、思考もようやく動きだす。

 何の用か、何処でなのか。今日とは書いてあるが、今日のいつなのか。動き出せば暴れ馬のように止まることなど知らなくて。

 

「…………」

 

 会って、俺はどうしたいと思った? 

 向こうの用など決まっている。昨日のことを話して、それ以外のこともするだろうが主題はそれだ。ただそれだけなのだ。

 会いたいと思った、理由はない。いいじゃないか、素晴らしいじゃないか、では俺は彼女に何を望んだのか。

 

 称賛? 違う。

 罵倒? 違う。

 批評? それも違う。

 俺が期待したことは……

 

「はぁ……」

 

 別に、友希那にも望んだ訳じゃない。事実まだそれには早くて、いや、そも彼女がそうするようなとこ等想像もつかない。

 三大欲求とはよく言うが、全く、そんなもの言い訳にしかすぎないのに。

 

 恋と愛、そして欲。一体どれが最初にくるものなのか。

 欲がなければ恋もなく、恋がなければ愛もなく、愛がなければ欲もない。なんて、どうでもいいことを考えるのは現実逃避をしているだけなのだろう。

 

 でも、でも、なんて未練がましく思うのは全部、今日は予定があると返した自らの選択への後悔から。

 取り消そうとして、既に既読が付いているからそうもいかない、付けたそうとして思い付かない。結局どうしたいんだなんて考えは頭の端に放り投げて。

 

「そういえば、飯無かったな」

 

 リビングへ向かいながらそんなことを思い出し、まだお休み中の猫を起こさないようにそろりそろりと歩を進める。

 何も考えないでいられればと座り込んでみるが、そんなことを考えている時点で結果はお察しだ。数分後、俺は家を出ることにした。

 

 食材を買って、帰って料理して、そのあとどうするか。ピアノは……あまり気分じゃない。

 頭は変に冴えてしまっているから眠れそうにはないし、課題やなんだが余っているわけでもない。

 久しぶりにゲームでもしてみるのもいいかもなと考えていれば、ふと目の前に人影が見えた。

 

「今日は忙しいんじゃなかったのかしら?」

 

 因果応報という言葉があるように、嘘などつくべきものではないのだろうと再認識させられる。例えそれが誰かに対してであろうと、自分自身にであろうとも。

 

「……これからバイトがあってな」

 

 先ほど学んだばかりであろうに、またこうやって嘘をつく。これで後悔をすれば過去の自分を恨むのに、今の自分は未来のことなど二の次。

 勉強にせよ、金銭にせよ、それらの計画性は比較的にあるというのに一体どうしてなのか。

 出した言葉を飲み込むことなど出来るはずなく、白く色付く息の音すら確かに聞こえてくる。

 

「急いでるところ引き止めて悪かったわね」

「別に急いではないさ」

「なら、少しくらいは時間があるのかしら?」

「少しくらいなら……」

 

 自らの口から漏れ出たその言葉。言って、それが耳に入って初めて理解する。

 他人には嘘をつけるくせに、自分には嘘をつくことが出来ない。嫌になる、一体どうして悪い気の一つや二つしないのか。

 

「早く行きましょう」

 

 悪いことじゃない、そんなことはわかっている。寧ろ断る方が悪いことであるのだろうが、そんな理屈的なものではない。

 ああ、だけれども、先程より少し上機嫌な風に感じさせる友希那を見て、そんなことを思うことなど不可能なのかもしれない。

 

 

 

 話すことはコンクールのこと。良いや悪い、今までの事からこれからどうするのかなど、そんなことばかり。

 他人事ではないし、大したことがないというわけではないけれど、どうにも真剣に考えることは出来ていない。

 相変わらず甘ったるい、舌の上に固形物でも浮かんできそうだ

 

「あなた、本当は今日バイトなんてないんじゃないのかしら?」

「……何でそう思うんだ?」

「全く時間気にする様子がないから」

 

 言われてみれば、そう思って確認してみれば30分も経っていた。

 急に気恥ずかしくなって顔を背ける。結局、嘘など簡単にバレてしまうものなのだ。

 

「それで、今日は何の用があるの?」

「……なにもねぇよ」

「隠し事?」

「隠してねぇよ」

 

 とは言っても、先程まで嘘をついていた人間が何を言っても信用ならないだろうが。

 黙り込んで、じっとこちらを見つめてくる。天敵に見つかった生き物というのはこんな気持ちなのか、鼓動がゆっくりになっていくのを感じていく。

 

「……嘘はついてないのね」

「なにもねぇって言っただろ」

「なにも、というのは嘘でしょう?」

 

 言い当てられてしまって身体が硬直し、あなたは嘘が下手ねなんて言われるが否定はしない。上手いやつはここで少しの罪悪感も抱かないのだろうから。

 

「言いたくないこと?」

「言えないことだ」

 

 こんなこと言わない方がいいだろうに、隠せないこと嘘をつけないこと、悪くはないが良くもない。

 嘘が口から出れば虚しい事、なんてよく言ったものだ。

 

「……それは、燐子のことかしら」

 

 違うと言えないのは言い当てられているから、そうだと言えないのは恐ろしいから。

 一体どうしてなのか、人間破滅的なものを夢想してしまう。

 もしここで本心全て晒け出してしまえばどうなってしまうのか、なんて絶対にしないことを考えて、小指の先が冷たくなる。

 

 引かれる、軽蔑される罵倒される。どれであれ、その他であれ恐ろしいものだ。

 言い返せず押し黙っていればため息が聞こえてきて、その主は憂鬱そうな顔をして窓の外を眺めていた。

 

「時間、大丈夫なの?」

「なにもないって言っただろ」

「嘘なんでしょう、それ」

 

 きっと何かが食い違っている。勘違いでもされているのか、こちらを見ようともしない彼女は、何処か不機嫌そうにすら感じられて。

 ……ああ、いや、確かにそうか。これから燐子さんと会う予定があるなんて彼女に言える筈もない。当然逆もしかり、でもそれなら、それくらいならば言いたくない程度のものであって。

 

「本当に今日は何の予定もないんだ」

「……嘘、ではないのね」

「俺は嘘をつくのが下手らしいからな」

 

 やっとこちらを見たと思えば、今度は珈琲を飲んで顔を隠してしまう。

 俺も珈琲を飲もうとしたが、どうやらもう飲み干してしまっていたらしい。少し黒くなった底を見つめ、友希那の事を眼に入れた。

 

「お前は、俺に言えないこととかあるのか?」

「ないわ……まぁ、言いたくないことならあるけれど」

 

 即答、それは隠すものなどないという信頼の表れか、それとも隠すほどのものなどないという事実からか。

 あまりにきっぱりと言うから拍子抜け、だけれど友希那らしくもあり、俺は目を背けていた。

 

 

 

 店を出れば風が身体を縮めさせてくる。いい加減手袋くらい用意するか、なんて考えながら空を見上げる。

 曇り空、青空一つ見えていない。まるで閉じ込められてしまったみたいで。

 

「あなたは悩み事が多そうね」

「……突然なんだよ」

「別に、大したことじゃないわよ」

 

 否定はしない、それは事実だから。悩み事の解決法など動くか、聞くか、無視するか程度しかありはしない、なら俺は何をしているかといえば……最後のものが大半であって。

 

「そういうお前は少なさそうだよな」

「そうね。なくはないけれど、大抵すぐ解決するから」

 

 こちらを見てくるのはどうしてか。明白だ、でも、そうすることはできなくて。

 

「昨日のあなたは、楽しそうだったわよ」

 

 突然の言葉に驚けば、何処か不機嫌そうな、そんな風な友希那の顔が目に入った。

 どうすればいいのかなど俺にしかわかるわけがない。でも、俺にはどうするべきかはわからなかった。

 

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