鳥籠の中   作:DEKKAマン

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あいつと俺は

 昔から運動が苦手だ。嫌いではないけれど、得意じゃないと言うのすら戸惑うくらいには苦手だ。

 走ったりサッカーだったりの腕、特に指を使わない運動であれば中の下程度にはできる。しかし野球やバスケといったものはどうしようもなく苦手で。

 

「やったらこうだもんなぁ……」

 

 今日の体育ではバスケをやったのだがパスを取り損ねて怪我をしてしまった。幸いと言うべきか酷くないし痛みが続いているわけでもないのが救いだろう。

 ただこんなになってしまったので今日は料理をする気も起きない。帰り道に夕飯を買うためにコンビニに向かうことにした。

 

「昔からやってたら違ったんだろうか」

 

 指を怪我するといけない。母親からそう言われて手を怪我する可能性のある運動はさせてもらえなかった。

 無論子供同士の遊びならそれでいいとしても体育ならそうもいかない、と本来ならなっていたのだろう。

 

 教師としてもそんなの関係ないと言いたかったのだろうが有名なコンクールで結果を出し続け、全国に行ってしまったりしたせいか教師側もそれを承諾した。

 だから俺は野球もバスケも、休み時間のドッチボールすらやってこなかった。だから、というのは言い訳になるかも知れないが運動は苦手だ。

 

「……まぁ別によかったんだがな」

 

 あの時の俺は仕方ないと割りきれていた、それでいいと思えていた。

 確かに休み時間、外でドッチボールをしているクラスメイトを教室の窓から見るのは少し寂しかったし羨ましくなかったのかと言われれば否である。それでも俺にとってはそれよりもピアノの方が大事だったからよかったのだ。

 

 ……まぁ、今となってはなんであんなに好きだったのかと問いてしまうほどなのだが。

 その経験のせいか本を読むことが多かったし、必然的に本が好きになってどんどんとインドアな人間に。

 更に他人と遊んでも来なかったので友人関係も少ない、どうしようもない人間になってしまったものだ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 そんな声を聞き流しながら雑誌コーナーへ。立ち読みできることに感謝しながら週刊誌を読み、あらかた読み終えたところでカップ麺と飲み物を買ってレジに向かう。

 

「カップ麺は健康に悪いぞ~」

「……なんでこんなとこでバイトしてんだ?」

「何それ、アタシがバイトしてるのがそんなにおかしい?」

「まぁ、似合わないよな」

「あはは、まさか正面から言われるとは……」

 

 馴れ馴れしい店員だなと思ったがその声は聞き覚えがあり、視線を向ければすぐに誰かわかった。

 似合わないとは言ったものの見た目ではなく雰囲気の話だ。とてもじゃないがコンビニでバイトをしているようには思えなかったから。

 

「いやぁ、自分でも似合わないかなぁとは思ってるんだけども、Roseliaの活動のためにもお金が必要かなって」

「ああ、そういう」

 

 ライブハウスだってタダじゃないし弦の張り替えもある。確かリサはベースだったし、ベース弦はギター弦よりも割高だからそういうのもあってだろう。

 レジに商品を出すと指の怪我について触れられ、その後自分の手と見比べるかのように俺の手を見てきた

 

「蒼音の指って長いよね」

「そうか?」

「ちょっと羨ましいなぁ~。燐子も長かったし、ピアノやってるとそうなのかな?」

「……さぁな、俺はそういうのあんまり詳しくないから」

 

 ピアノと指の長さに関係があるのかは知らないが、届くようにと毎日指を広げていたのだからそうなってもおかしくないのかもしれない。

 

「明日って時間ある?」

「5時くらいまでバイトあるからそれ以降なら」

「アタシ逹も丁度それくらいまで練習だし丁度いいじゃん。少し話がしたいんだけど……いいかな?」

「暇だしいいよ。そっちはどこで練習を……」

「いや、アタシがそっち行くからいいよ」

「はいよ」

 

 商品を受け取って店を出ようとしたら呼び止められて、そんな会話をしてからコンビニを出る。話ってなんだろうか、考えてみるが思い付く気配もない。

 まぁ明日になればわかるか、そう思って帰り道鞄からスマホを取り出した。

 

 

「で、話って?」

 

 バイトが終わるとリサが店に来たが、ここだとなんだからと言われカフェに向かうことになった。

 最近ここによく来るななんて思いながらいつもと同じく珈琲だけ頼む。リサは紅茶にお菓子と頼んでいたが。

 

「今回のも話っていうよりもお願いになっちゃうんだけど……」

「また湊の話か?」

「違う違う、今回はアタシ自身のやつ」

 

 飲み物が俺とリサの前に運ばれてくる。リサは一口それを飲むがホットで頼んだので当然熱い。あちちと漏らしながらリサはそれを置く。

 

「えーっとね、今回のお願いっていうのは……アタシに音楽を教えて欲しいの」

「……俺はベースやったことないし、音楽はもうやってないって言っただろ」

「もう、でしょ?」

 

 その目は真剣で、欠片の冗談も含まれていないのが嫌にでもわからされた。

 

「勿論技術面は自分でどうにかするけどさ、ここはもう少し強く弾いた方がいいとか、そういうのを教えて欲しいの」

「それこそ俺じゃなくてメンバーとやった方がいいだろ」

「それはそう、なんだけどさ」

 

 まるで聞きづらいことを聞くかのように視線をあちらこちらに向けながら、いつの間にか運ばれていたお菓子を一つ食べ、自分に指を指しながら聞いてきた。

 

「……Roseliaで一番下手なのって、アタシじゃん?」

「……まぁ、そうだな」

「相変わらずはっきり言うなー……」

 

 でもやめてた時期もあったんだししょうがないだろ、そう言いかけたところで真っ直ぐとこちらを見るリサを見てその言葉を飲み込んだ。

 多分、リサが音楽を教えて欲しいと言ってきた理由は……

 

「アタシも上手くなっていってるって自覚はあるんだけどさ、どうにもみんなが凄すぎて、本当にアタシがここにいていいのかって偶に思っちゃうんだよね」

「他のメンバーから出てけって言われなきゃそれでいいだろ」

「そうじゃなくて、アタシはみんなにいて欲しいって思ってもらえるようになりたいんだよね」

 

 自分の実力が足りていないのを自覚しているから音楽を教えて欲しいと、メンバーと一緒にいることに胸を張れるようになりたい、要はそういうことだろう。

 

「……でもそれ、別に俺じゃなくてメンバーとやればよくないか?」

「うーん……やっぱりさ、隠れて上手くなって驚かせたいって思っちゃわない?」

 

 ──お母さんが公演に行ってる間にたくさん練習してびっくりさせたいんだ! 

 

 リサが笑いながら言ったその言葉に、ふと昔父親に言ったその言葉を思い出す。

 ああ、あの時は本当に母親が、ピアノのことが好きだった。それこそまるで、今の自分とは違う人物だと思ってしまうくらいには。

 

「……どうかしたの?」

「……なんでもねぇよ。わかった、手伝ってやるよ」

「ありがとう! 報酬は……アタシの手作りクッキーでどうだ」

「期待しとくわ」

「友希那にも好評だからね~、期待しといていいよ」

 

 その言葉でつい顔をしかめてしまう。自分から提案するということは少なくとも不味くはないのだろうが、あの湊に好評となるとどれほど甘いのか、想像がまるでつかない。

 ただ一度期待すると言った手前やっぱりやめると言うことも出来ない。俺のしかめた顔を見てかリサは不思議そうに訊ねてくる。

 

「どうしたの? 友希那の名前が出たら急に嫌そうな顔したけど」

「いや、あいつが好きってなるとどれだけ甘いんだろうなって」

「そこは大丈夫だから安心しなって」

 

 それもそうか、もしあの珈琲と同程度に甘い菓子を渡されても処理に困るだけだ。

 もしリサも湊と一緒で極度の甘党だからこう言っているのならば……隠れて湊に渡すしかないな、菓子を食べているリサを見ながらそう思う。

 

「それにしても友希那が甘いの好きってなんで知ってるの?」

「……ここで珈琲頼む時、あいつ滅茶苦茶砂糖入れるからそりゃわかるさ」

「ふーん、一緒にここに来た時があるんだ」

「言っても二回だけだぞ」

「二回もかぁ~。友希那がそんなに仲良くしてる人久しぶりに見たかも」

「二回でそれって……あいつ、友達いるのか?」

 

 二回程度でそんなに言うのなら、あいつの交友関係はどうなっているのだろうか。それこそRoseliaしかないのではないか。

 まぁ、それこそ俺が言えた話ではないのだけれど。

 

「クラスが違うからなんとも言えないけど、多分一緒に出かけたりとかはしてないと思うな」

「……つまりぼっちか」

「そこまでじゃないと思うけどね。まぁそういうわけだし、蒼音も引き続き仲良くしてあげて?」

 

 思い出される嫌な記憶。親が出ていったと知れ渡った時のクラスメイトからの哀れみと興味、その二つが入り交じった視線は今でも思い出せる。

 まるで檻に入れられたパンダ。あの時のあれは今でも鮮明に思い出せるし、出来れば思い出したくない。俺は、なにも悪くない筈なのに。

 

 そこまで酷くないにしろ音楽に身を委ね、交友関係も少ない。

 また少し知れた湊のこと。あいつに対して少しだけ、自分が重ねてしまって。

 

「そうだ、連絡先交換しようよ」

「急だな、別にいいけど」

「教えて貰うときもあった方がなにかと便利だしね~……ってアイコン猫なんだ」

「何か悪いのか?」

「いや~、なんか意外だなって」

 

 猫といえば友希那も実は、と話を始められた。それはどんどんと派生していき、話が終わる頃にはリサの紅茶は冷めきっていた。


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