鳥籠の中   作:DEKKAマン

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赤色ありがとうございますv^^v


私の気持ちは

 私には目標がある。

 大きな、とても遠くて届かないまま終わるかもしれない目標が。だけど絶対に、何をしてでもたどり着かないといけない。

 だからそれのためには、全てを捨てる覚悟もある。

 

 だというのに私は一体何を迷っているのだろうか。

 事務所からの誘い。今まで断ってきたそれに二つ返事をする、首を縦に振る。たったそれだけ、その手をとるだけで私は長年の目標を達成することができる。

 

 そうわかっていたというのにあの場では答えを出せなかった、出すことが出来なかった。以前の私であれば即答であったろうに、私は時間をくださいと言ってしまった。

 その答えを曇らせたのはRoseliaの存在。私はあのバンドにどこか期待をしている。いや、期待と言うよりも確信に近いと思う。

 Roseliaとでも、フェスに出ることは出来る……

 

「いえ、もう迷ってる時間はないわね……」

 

 言われた期限は一週間。既に六日が経っていて明日には答えないといけない。

 ……いや、迷うことなんてない。Roseliaとでもフェスには出れるかもしれない(・・・・・・)。確信めいてはいても確実ではない。

 長い間の目標がやっと達成できるのだ、それも確実に。ならばどちらを取るのかなんて明白で。

 

「私は……」

 

 お父さんの音楽を、世間に認めさせてやる。だから……私は絶対にフェスに出なければならない。

 

 部屋の電気を消す。もう決めた、早く日が過ぎてしまえばいい。そしてあの手を取ってすべてを早く決めてしまいたい。

 無理矢理に時間を潰すために眠ってしまおうと思っているというのに全く眠れる気配がない。何故か、それは音が頭の中で響いているせい。でもそれは騒がしいわけではなくて、寧ろ心地のよいもの。

 ならばなぜ眠れないのか。確かに睡眠導入に向いたものではないけれど、それは私がその音に聴き入ってしまっているからで。

 

 それが何かはわからない。もしかしたら変な病気にでもかかってしまったのか。

 音の流れていないヘッドホンを付けてみても全く消える気配がない。まるで私が眠ることを、私の決定を許さないかのようにその音は休むことなく響いている。

 

「……外にでも出ようかしら」

 

 どうせ眠れないのなら外の風にでも当たって少しでも落ち着こう。そうすればこの音も消えてくれると信じて。

 まだ着っぱなしだった制服から着替え外に出た。まだ夜遅くはないけれど暗くはなっていて、空には月が浮かんでいる。

 

 行く宛もなく歩く。そういえば今日は帰ってから何も食べていない。ほんの少し思えばだんだんと思考を空腹に支配されてきた。

 そんな事を考えていたらやがて歩くのさえめんどくさくなり、偶々辿り着いた川岸の手すりに手をかけ空に浮かぶ月を眺める。

 

 この時間、周りには誰もいなくて私一人。川の流れる音、頭に響く何かだけが聞こえてくる。

 ああ、残ってしまっているこの思考も、頭に鳴り響く音も、川のように流れてしまえばいいのに。そんなことを考えていると一つ、新しい音がやって来た。

 

「お前、なにしてんだ?」

 

 その声の主は私の隣に移動して、だけど私と真逆に手すりに背中からもたれ掛かる。

 

「……バイト終わりかしら?」

「いや、散歩」

 

 何でもないかのようにそう言ってくる。それもそのはず、彼は知らないのだから。ではなぜこんな風に隣にいるのだろう。いつもの彼なら会話がないならどこかに行ってしまいそうなものなのだが。

 

 風が吹いた。ざわざわと葉が揺れて、髪の毛が視界に映り込んで見上げていた月を隠す。手でそれを払うと彼が声をかけてきた。

 

「お前ら、今大変なんだってな」

 

 なぜそれを、どこからそれを。ああ、この事には構ってほしくない。決めたから、揺らいでほしくないから。頭の中で未だに響く音、それを強くしてほしくなかったから。

 顔も合わせず、だというのにその言葉は真っ直ぐ私に刺さってしまった。

 

「……あなたには関係ないわ」

「ああ、俺には関係ない」

「それなら」

 

 私に構わないで、そう言おうとしたところで彼は手に持っていた袋をこちらに見せてくる。

 変哲の無いただの紙袋。中身も見えなければ予想もつかない。その中から彼が取り出したのはクッキー。それを一つ食べてから私に言う。

 

「リサから頼まれたからな」

 

 また、またリサなのか。リサがいると音楽にちゃんと向き合えない。揺らいで、悩んで、迷ってしまう。

 だけどこれは彼には関係の無いことだ。だから彼になんと言われようと、彼がリサになんと言われていようと揺らぐこともないし、迷わされることもない。その筈なのに……

 

「……あなたは、どうしたいの?」

「どうしたいって、何がだよ」

「わかってるでしょ。私にどうさせたいの?」

「俺がどうこうすることじゃないだろ」

 

 リサのように優しくはしてくれない。冷たい、だけどそれは正しくて。私自身そうして欲しい筈なのに、不思議な感覚に襲われる。

 今回だってそう。私が全部悪いのに、私の自分勝手でこう悩んでいるのに。だから構ってもらわなくたっていいのに、一人でいいのに、その筈なのに……

 

 ──私は、誰かの助けを求めてる。

 

「お前はどうしたいんだ?」

「……気持ちだけじゃ、音楽は出来ないわ」

 

 お父さんの音楽を認めさせる。それだけを思っていた私が漏らすにはなんとも滑稽な言葉。

 リサにも同じように返した、だけどあの時とは意味が違う。あの時は単純にリサの気持ちに対して、だけど今回は……私の気持ちに向けて。

 息ができなくなってしまうくらいに胸の奥が締め付けられた。

 

「それはわかるけど……なんというか、あれだろ」

 

 そこで彼の言葉は止まる。言いづらいことなのか、空に視線を移し、見えないはずの彼の顔が少し険しく見えた。

 突然、強い風が吹いた。先程よりも強いそれによって髪が再び視界を隠し、手でそれを払う前に彼は言った。

 

「好きな事を我慢するのは……違うだろ」

 

 手で髪を払った頃には彼は真っ直ぐ、どこでもないところを向いていた。その言葉は誰に向けたものなのか。私に対して、それはあるのだろうが……まるで、自分に言い聞かせるかのよう。私の勝手だけど、そう思わされた。

 

「別に、好きなんかじゃ……!」

 

 つい怒鳴ってしまいそうになったが、それはスマホを急に私の目の前に突きだしてきた彼によって止められる。

 それはリサとのメッセージ欄らしく。そこには一つの動画が貼られていた。そしてそこに映っていたのは……私と、Roseliaのみんな。

 

「本当に好きじゃないなら、こうはならないだろ」

 

 再生されていくその動画。ヘッドホン等は付けていないが周りが静かだからよく聴こえる。

 聴こえてからではない、画面を見た瞬間にわからされた。頭に響いていた音の正体はこれだと、私はこれに悩まされたのだと。

 

「私は……いつから……」

 

 こんな風に、楽しそうに音楽をしていたのだろう。自分では気づかないようなことなのに、見せつけられることで無理矢理にでもわからされる。

 

 私はRoseliaで奏でる音楽が、Roseliaが、好きなのだと。

 

 胸にストンと落ちるようにそれは自然に、まるで最初からあったかのように理解できた。

 でもそれだけ、それだけだ。Roseliaのことが好き、でもそれこそ気持ちだけ。好きというだけで結果を出せるとは限らない。

 

「……好きなだけでは、フェスに出れるとは限らないわ」

「お前がフェスに出るために集めたメンバーなんだろ? なら、いけるだろ」

「根拠もなくそんなこと言わないで!」

「ああ、根拠なんかない」

 

 ならこんな、惑わせるような事を言わないで。言葉にならないそれを叫んでしまいそうになる。私は、私は……

 

 どう、したいのだろう。

 

「お前はどうしたいんだ?」

「私……は……」

 

 フェスに出場する。それより先に浮かんできたものは、Roseliaと音楽をしたいという感情だった。

 でも、でも、でも、それでも私はフェスに出なければいけない。それが確実に、目の前に頑強な階段のようにあって、それに対抗するかのように細い蜘蛛の糸がある。

 そのどちらを取るのか。そんなもの明白な筈で……

 

「俺は、お前らならフェスに出れるって思ってるぞ」

 

 そんなこと、私の方が思っている。また風、少し冷えてきた。背中を押すかのようなそれは、私の選択を決めさせてきた。

 スマホが震える。何事かと思い見てみると相手は事務所の人。ああ、悩みはもうない、既に消えた。私が(・・)どうしたいか、それをわかれたから。

 

「はい……お願いします」

「ま、後悔しないようにしな」

 

 後悔は……するかもしれない、しないとは言いきれない。でも、少なくとも今は、これでいいと思えてる。

 

「あなたには私の誘いを断ったこと、後悔させてあげるわ」

「……期待しないで待っといてやるよ」

 

 そう言って彼はリサのクッキーを一つ渡して何処かに行ってしまった。

 いつもと変わらないリサのクッキーの筈なのに、空腹からか、はたまた別のものかわからないがいつもより美味しく感じられる。

 

 風は強い、それは未だにそう。夜ということもあり少しは肌寒いが……何か暖かかった。

 三日後に会って話がしたいとメンバーに送る。紗夜、あこ、燐子と送り、最後にリサに送ろうとしたところで指が止まる。

 

 ──新庄君とリサは、どういう関係なのだろうか。

 

 ……いや、それは私には関係の無いことだ。それにどのようであれ、二人が関係を持てていたから今回のことはこうなれたのだ、二人には感謝をしなければならなくて。

 

「……風邪でもひいてしまったかしら」

 

 自らの額に手を当てる。確かに少し暖かいが、普段と対して変わらない。ため息がこぼれ、それは風に乗って舞い上がる。

 

 靴で軽く地面を叩く、小さく歌を歌ってみせる。私はこの上なく上機嫌で、だけれどメンバーと会う三日後が今から酷く憂鬱だ。

 上手く言葉にできる自信はない。謝ったら許してくれるのか、三日後と言わずに今すぐの方がいいのではないか、ぐるぐると、ぐるぐると思考は溶けるかのように頭の中を染め尽くす。

 

 

 

 悪いことはないはずなのに、自分で決めた筈なのに。上機嫌な心の裏で私は何かに苛立っている。何に、何故、そんなことすらわからなくて。

 不思議な苛立ちは、結局その日に取れることはなかった。

 


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