女体化上杉君が天涯孤独になって中野家に預けられる話   作:悠魔

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十話

金髪のウィッグを着けて、二乃が指定したホテルに向かう。

ホテルの中で着替えようかとも思ったが、彼女に見られる可能性があるので除外。不確定要素は全て潰しておかなければ。

私は、今日、二乃を騙す。

架空の人物ーー金波として二乃と接して、この子の蟠りを解く。そして風波に協力してもらうよう働きかける。

杜撰な計画だが、私には勝算があった。

それはーー二乃が金波に対して、恋心を抱いているということ。

二乃のその熱くときめく心をーーもしも利用できたなら、これ以上ない必殺の切り札になり得る。

私はしくじる訳にはいかない。

私が私であるために。

変わらずにいるために。

そのためなら、私は不思議とーー何だってできるような気になるんだ。

なのに、どうして。

あなたは気付いてしまうの。

一緒にシュークリームを食べようとした辺りで、二乃がはたと手を止めて私に覆い被さった。柔らかいソファの上に倒される。

二乃の凛々しい顔がすくそばにあった。

直視できない。

見れない。

 

「………やっぱりあんただったのね」

「……………いつ、から?」

「ついさっき、よ」

 

するすると滑り落ちるウィッグの感触を肌に感じながら、こみ上げる怒りを抑えているであろう二乃の視線を浴びる。

あるのはーーひとえに焦りと恐怖。

どうして。

どこで気付いた?私が時を巻き戻せるのならすぐにでも。そう願わざるを得ないほどの後悔が、ドッと汗と一緒に流れ出る。

そうだーー私はこの部屋に入って、そしてお菓子を作って、そして食べるってなってそしてーーああ、そこまではよかった。

 

『金波ちゃんさえいればいいから』

『私も二乃だけがいればそれでいい』

 

「金波ちゃんはそういう事を言うタイプの人間じゃないように思えた、それだけ」

「……それだけ?」

「それに、いつもの辛気臭い顔を見せられたら嫌でも気付くわ。……それで?」

「………ッ」

「私、怒ってるんだけど。とても」

 

二乃の射抜くような瞳が私を差した。

苛立ち。

怒鳴るだとか、取り乱すだとかではない。淡々と事実を押し付けられている。

私のやった事の重さを見せつけられる。

罪悪感となって降りかかる、がーーもう遅いのだ。何と愚かで、考えなしの行動だったのだろうか。

鳩尾から脳天まで、焦燥が駆け抜けていく。

私が口から言葉を発せないでいると、二乃がきつい口調で言った。

 

「何でこんな事したのよ?」

「…………ごめんなさい………」

「私が欲しいのは謝罪じゃないわ。何でこんな事をしたのか、って聞いてるの」

「……わ、私……二乃と………仲直りしておかなきゃと………思って…………」

「それだけじゃないでしょ?」

「…………に、二乃に……勉強会に……参加してもらいたくって………その」

「はぁ?勉強会?それとどう繋がるのよ」

「か、金波で……二乃を………あー、説得できるかもしれないって思ったから……」

 

辿々しい私の口調は、知らず知らずの内に二乃の怒りに火を注いでいた。

彼女は物事はハッキリするタイプだ。

ウジウジうだうだとしている私に、彼女は決して良い顔をしなかった。

 

「説得?そこまでして私を勉強会に引き入れたかったって訳?随分とまあ姑息な手段を使ってくれたじゃない。人の恋心につけ込んで」

「……………ぁ、」

「私をいくらでも利用できる安い女だとでも思ったの?それとも甘い言葉をかければホイホイ言う事を聞く都合の良い人間だとでも?ふざけないでよ」

「…………ごめん」

「ーーだからごめんじゃないってば!」

 

肩が跳ねた。

彼女の叫びに震えた。

しかし直後には、二乃に対しての申し訳ない気持ちが溢れんばかりだった。

私は。

人の心を利用した。

もしもここに呼んだのが二乃だったり、正体に気付いた二乃がさっさとこの場から去っていたりすれば、話は変わっていただろう。

だけどこのホテルには私が呼んだ。つまり二乃は期待して裏切られたし、そして今後も裏切った私と一緒に生活していかなくてはならないのだ。

そして何より私は女ーー。

思春期のこの時期に、同性愛に目覚め、そして失恋どころか恋を利用された彼女の心境はいかなるものであろうか。

 

「それで?あんたはそうやってまで家庭教師の仕事をしたかったってわけ?そういえばそろそろ試験だもんね。またパパに何か言われたのかしら」

「私の成績が落ちたから……私がもう一回学年一位になって……全員の赤点回避しないと認めないって………」

「それはまた随分ときつい条件出されたわね。でも生活費諸々はパパが出しているんだし、家庭教師のバイトも辞めていいんじゃない?少なくとも私は、あんたに続けて欲しいなんて思ってないわ」

「……だって……私は皆んなが好きで……もう二度と………この環境を崩したくなかったから……………」

「…………あんたにとってはそれで良いかもしれないけれど。あんたは人の気持ちを考えなかったわけ?私達五つ子のためとかならともかく、完全に自分のエゴで動いてたのよ、あんた」

「……………うん」

「おかけで私は好きな人もなくすし、あんたに対しての信用もなくしたわ。ーー残念だったわね!」

 

半ば叫びつつ、二乃は立ち上がる。

私との茶番に付き合うのが馬鹿らしくなったのか、荷物を纏めている。

「………もういい、私帰る」

このまま帰してはいけない、のだがーー。

しかし私にはーーそれを追う資格も、度胸もなかった。

ああ。

こんな時まで、保身だなんて。

絞り出して、煮詰めて、ようやく私は言葉が出てきた。

 

「二乃ーー、」

「二乃って呼ぶな」

 

振りむかずに出て行った。

おかげで顔は見れなかったがーー彼女が軽蔑と失望を抱えていたのは、間違いないだろう。

呆然としたまま、一夜を過ごした。

カラカラになった身体でも、涙は出るらしい。激しい後悔と自責の念に押し潰されながら、ぼろぼろと、泣いた。

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

ーー時刻は少し巻き戻る。

三玖が父に相談する、ほんの少し前。

 

「それでねーー、風波にはしばらくの間お休みしてもらおうと思って」

「彼女がそんなに思い詰めていたなんて…分かりました、私もそれに賛成です」

「……………うん、それがいい……よね」

「?四葉?」

「………ううん、何でもない、大丈夫。きっと上杉ちゃんもすぐ元気になってまた家庭教師を再開してくれるよね!」

「では、お父さんには私から……」

「駄目だよ」

「…………え?一花?」

「カゼハちゃんが家庭教師から外れる、だなんて。駄目だよ。だってーーあの子には私がーーー、私達が必要だもん」

 

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