女体化上杉君が天涯孤独になって中野家に預けられる話   作:悠魔

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四葉よかったな出番だぞ。


六話

ブランコの鎖が軋んだ。

夜の公園へ、風が冷たい空気を運んできていた。

漕ぐ度に、心が締め付けられるような錯覚に陥ってーーそして、気付けば動けなくなっていた。

 

「上杉ちゃん」

 

それは私が彼女ーー上杉風波に対して使っていた言葉だった。

あの日以来、彼女は彼女でなくなった。

今まで自分を形成してきたモノーー自分がここにいるための錘。それを失った彼女はどうすればいいか分からなくなって、ただただその場を漂っている。

私の立場に置き換えれば、その気持ちはよく分かる。今まで作り上げてきたモノが何の意味もないと否定された絶望。そしていつしか、人に嘘はつけないので自分に嘘をつくようになり、偽りの自分を演じるようになって。

あのままでは欺瞞と怠惰に満ちた、悲しみに暮れた女性になってしまう。自分と同類になってしまう……それは嫌だった。

だから彼女に対して、色々なことをした。

声をかけたし、慰めもした。

だけれど彼女の顔は変わらない。

 

『ありがとう、四葉。気持ちは嬉しいよ』

 

私では、あの仮面を引っぺがす事は出来なかった。いずれ本来の上杉ちゃんの顔は、偽りの仮面と同化してーーそして剥がれなくなってしまう。

あの笑顔をもう一度見たい。

このブランコで一緒に笑いあった、あの子供のような、無邪気な、満面の笑顔を。

上杉ちゃんは闇に呑まれてしまう。

誰しもが抱えているソレは、生きていく内に心を蝕んでいく。きっとそれが多いか少ないかだけなのだ。

確実にーー彼女にはそれが巣食っていた。

どうしようもないほどにーー、それは彼女の一部と化していた。

いずれは彼女自身にーー。

 

(私じゃ救えない)

 

私は、彼女にいらない世話を焼くばかりで何の支えにもなれていなかった。寄りかかってもらっていなかったのだ。

人が人を頼る理由は一つだけ。その人が頼れる人物であるかどうかだ。

私は違うーー。

そもそもの前提として、人は人を助ける事ができない。誰かに頼って、初めて人は救われる。

私は助ける側に立ちたかった。

救われたから、救いたかったのに。

だけど……上杉ちゃんは、心を閉ざしたままなのだ。今までの人生の中に、彼女を救うための答えは存在しなかった。

 

私はーー何なんだろう。

あの人にとって、どんな存在なんだろう。

頼ってくれない。その事実が、言い知れぬ無力感となって私の胸を締め付けた。

自分には何もできないーー。

彼女のためにできる事は、何一つ。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「自分の大切な人が、我慢してるのを見るのは、辛いよ」

 

重い足取りで家に帰って、万が一誰かを起こしてはまずい、とーー音を立てずに動いていたからか。その二人は、私に気付いていなかった。

 

「一花、私、どうすればいいの……?」

 

上杉ちゃんは、弱り切ったーーそれでいて、年相応の、いやそれ以上に幼い………子供のような泣き顔をしていた。

ーー鼓動が早くなった。

それ以上はやめて、と口は動いていた。

言わないで、と。

 

「何もしなくていい。辛いことがあったら全部話してくれれば、それでいい。

ーーーお姉ちゃんが守ってあげる」

 

その言葉が口火となり、彼女は、一花の胸の中に飛び込んでわんわん泣いた。

一花が優しく背中を叩いてるのを見て、強烈なほどの焦燥感が襲った。

私がーーそこに座っていたかったーー

ーーいや、違う。

そう思うべきではないのだ。

私は喜ぶべきだ。上杉風波が、自らの殻を破ったことに。悲しみをきちんと認識出来たことに。

上杉風波の辛さを分かち合うのは、誰だっていいーーそうして、自分の気持ちに蓋をして、何も感じないようにした。

 

(ーー『風波ちゃん』が救われるならーーそれで良いーーそれでーー…)

「……私が悪いの」

「うん?」

「あの二人が死んだのは、私のせいなの」

 

ぇ、と小さく息が漏れた。

彼女が吐露した感情に、動けなくなってしまっていた。

 

「どっかの誰かに教えて貰ったんだけど…あの日……二人は、私へのプレゼントを買いに行ってたんだ。少し遅いけれど、勤労感謝の日の贈り物を……。私の家、貧乏だから、ここのお給金は家計の足しになってたんだ。だけど……二人は買い物の帰りに、二人が車に撥ねられて。私が、あの日、何も要らないって言っていれば未来は変わってた」

 

懺悔をするかの如くだった。

自責の念に駆られてーー、抜け出せなくなってしまっていた。

「……カゼハちゃんは悪くないよ。悪いのは車を運転してた人だよ」

そう言うのは簡単だ。

実際に彼女は悪くない。法律上も、倫理上も彼女は決して罪を犯していない。

だがーー違うのだ。

 

「………そうかな?本当に悪くないって言えるのかな。……血のついた紙袋を見てからさ、ずっと二人に責められてるような感覚に陥るんだ。そんな人達じゃないのに、私は直接関係ないのに、なのに……罪悪感だけが心を満たしてる」

 

くだらない悩みと一笑に付す事ができないでいる。悪くないと分かっていても、割り切れないものは必ず存在する。

私がそうだったようにーー。

私も一花も分かっていなかった。

彼女は悲しみから逃れようとして、空虚でいようとしていたのではない。

考えたくなかったのだ。

自分のせいだ、と。

二人の死と対面して、自分の責任に耐えられなかったからだ。

向き合いたくなかったーー。

 

「私が悪くないなら、なんで罪悪感が湧くのかな?なんで私は二人が怖いのかなぁ?どうして……どうして、悲しいだけじゃないの?辛いだけじゃないの?どうしてこんなに後悔しているの?一花、わたし、わたし。どうすればいいのかなぁ。こわいよ……くるしいよ……」

 

駄々っ子のように彼女は問うた。

震えていた。

そこで漸くーー押し潰されそうな彼女の心理の一端を掬い取った。

だけど、それだけだ。その苦しみは、受け止めきれはしなかった。

手の隙間から溢れていく。消えていく。

だけど、一花は、違った。

 

「……………貴方がどれだけの苦しみを抱えていたとしても、私なら、きっと分かち合う事ができる」

「…………………」

「貴方は……大切な人、だから」

「………………ぇ?」

「一生一緒にいよう?何があっても……どんな辛い目にあっても、私が守るよ。お金も払う。貴方が欲しいものは何でも買ってあげる。いっそのこと、二人だけの家を買って、そこで一緒に暮らそう?

ーーーこの世の凡ゆる苦しみから、貴方を解放してあげたい」

「どういうこと……?」

「私はーーーカゼハちゃんがーーー」

 

わざとらしく音を立てた。

それ以上は、言って欲しくなかった。

聞きたくなかった。

いずれはーー私じゃない誰かと、そうなるのかもしれないのに。

その度胸はなかった。

 

「四葉、帰って来てたんだ」

「うん。ごめんね、遅くまで出歩いて。二人で何を話してたの?」

「あはは、ちょっとねー。カゼハちゃん、さっきのは……『皆んなにとって』それくらい貴方が大きな存在ってことだから」

「?うん……」

「さ、二人とも。今日はもう寝よう?」

 

泣き疲れたのかーー上杉風波は、その日は泥のように眠った。

私は、ただ思考の渦に逃避しているだけだった。

考えたく、なかった。




風波「どうすればいいの?」
作者「どうしたらええんやろなぁ」
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