女体化上杉君が天涯孤独になって中野家に預けられる話   作:悠魔

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八話

制服が重たい。

部屋に閉じこもってばかりで、不規則な生活をしていたから、当然といえば当然なのだがーー体力が落ちているようだ。

硬くなった身体を伸ばして、覚束ない足取りで階段を降りる。

 

「おはよう」

「おはようございます、上杉さん」

 

幸い、表情筋はまだ生きていたらしい。口元に僅かな感触を感じると、二乃が作ってくれている朝食に手を伸ばす。

髪が目元まで伸びている。

鬱陶しい。いっそのこと切ってしまおうかとも思ったが、隈を隠してくれるのなら逆にありがたい。

睡眠時間はともかくとして、睡眠の質は確実に落ちている。

 

(どうせいつか老いて皺くちゃになって死ぬとはいえ……せめて人として最低限の身嗜みは整えておかなきゃ……)

 

鏡で見たところ、若干ではあるが肌が荒れていた。二乃に言われて毎日風呂に入っていたし、櫛も入れていたのでそれほど酷くはなっていなかったが、やはりまとまった睡眠を取れていないというのは大きい。

ーーさっさと支度をして学校の準備をしなくては。

そう自分に言い聞かせると、ポケットにハンカチを入れる。その時に硬い紙の感触。取り出してみると単語帳だった。

 

(そういえばーー最近見ないと思ったら、こんなところに入ってたんだーー)

 

そういえば、これを開くのも億劫になっていたのだった。たった数週間しか経っていないというのに懐かしさすら覚える。何となく、何の気なしにそれを開いてみた。

 

「ーーーーッ」

「カゼハ?どうしたの、早くしないと学校始まっちゃうよ」

「ーーーうん。今行くよ、三玖」

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

「上杉さん、ちょっといいかしら」

 

始業式も終わり、さっさと帰ろうとしたところを担任が呼び止めた。

彼女について行き職員室ーーではなく、進路相談室に来ると、お茶を勧められた。俄かに緊張が走り、強張るが、何とか外に出ないよう努める。渡されたのは、葬儀やらでバタバタしていた時期に受けられなかったテストーーその追試の結果だ。結果は聞いていたが、実際に目の当たりにすると少しばかり辟易とした。

国数英理社の五教科。

私はいつも満点だった、けれどーー。

 

「今回のテスト、平均56点。どれも格段に成績が落ちてますね」

「………すいません」

「ああいや、出来ない事を責めているのではありませんよ。それを教えるのが教師ですから。……貴方はとても真面目な子ですから、手を抜いていた訳ではないのは分かります。事実、きちんと最後まで解答していますからね」

「…………」

「ーーやはり、環境が大きく変わった事はーー負担ですか」

「………………」

 

本題はそれか。

勉強が出来なくなった私を心配してくれているのか。

捻くれた捉え方をするなら、自分の教師としての点数稼ぎに奔走しているといったところか。悪いとは思わない。自分も五つ子の点数稼ぎを重視していた。

さらに捻くれた捉え方をするなら、地味で陰鬱な女でも勉強だけは出来たから容認していたものの、ついぞ得意の勉強すら出来なくなってしまったから、周囲に害を与える前にどうぞどこかへ転校なりなんなりしてください……というところか。

まあ、どうでも良いが。

 

「私に、全く負担がないーーといえば、嘘になります」

 

ここは正直に話すことにした。

 

「正直、あの時の事を思い出して辛い時は多いですしーー、医者の知り合いにも、時間をかけて治していくしかない、と言われました」

「ーーそう。これは、選択肢の一つなのだけれどね?」

「はい」

「貴方のーー保護者の方にお話させていただいたのだけれど、転校という選択肢も視野に入れる必要があるかもしれない」

「はあ」

「過去の事例にもあったそうなのだけれどね?転校する事で人間関係を含む生活環境を大きく変える事によって精神的な負担を軽くするというーーー」

(その過去の事例が今の私に効くって、何でそう思うんだろう)

 

そもそも、親と妹が死んで中野家に引き取られて、生活環境が大きく変わって(自分を受け入れてくれたあの家には申し訳ないが)プレッシャーになっているのだから、これ以上変えても悪化するだけでは?

人間関係にしたって、五つ子以外には友達と呼べるような存在もいない。よってこれから変わるという事もないのに、それを分かって言っているのだとしたら……よほど厄介払いしたいか、ズレているのかのどっちかだ。

 

(けど、まあ。良いかもしれない。中野さんには迷惑かけるかもしれないけど、別にこの高校である理由はない。これで何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれないけれど)

 

なら、私がこの高校に固執する理由はーー

 

 

 

 

 

ーーー『私はこの子達のパートナーだよ』

 

何故だか。

あの子達の顔が頭をよぎった。

私が高校を変えたら、あの子達はついて来てくれるだろうか。もう一度あの子達と同じ学校で過ごせるだろうか。

きっと無理だ。

いくら私の成績が落ち目で、あの子達も点数が上がって差が縮まったとはいえ、今までの成績を加味するなら。彼女達とはレベルの違うところに通う事になる。追いかけてきてくれる理由もない。

一緒に卒業ができない。

それにーーそんなことに。ほんの少しの、僅かな寂しさを感じるのは何故だろう。

こんなくだらないことに執着する女だっただろうか、私は。

 

「私はーーまだ、この学校にいたいです」

 

最近気付いたが、私の口はよく動く。よほど良い油が乗っているらしい。

 

「妄執と思われるかもしれませんがーーこれ以上何かを変わるのなら、私はもう世界に着いて行く事ができません」

 

そうまでして何故、私は五つ子に拘る?

友情、というやつか。彼女達との間に絆を感じているという事なのか。

それとも少し違うような気がするが……。

ーー愛?いや、依存?

いや、そんな訳がない。

愛なんて欲しくない。そんな物を持つから失った時の虚脱感が大きいのだ。人はいずれ死ぬのだ。それまでの過程で何をしようが関係ない。

だから、これは、ただ。

置いてけぼりにされたくないだけなのだ。




そういえば書き忘れたんですけど、この小説内での上杉風波の呼び方の法則は私の別小説の『上杉風子の場合』と一緒です。

一花→カゼハちゃん
二乃→上杉
三玖→カゼハ
四葉→上杉ちゃん
五月→上杉さん

これは『上杉風子』をpixivで投稿した際に読者様からいただいたアイデアです。マジで助かりました。
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