本気で心配してる人は誰も居ないとは思います。
この小説で誰が死ぬというのか。
……そーいやそういう原作だった。
「あー…………、死ぬかと思った」
「帰りが遅いと思ったら死にかけてるってどういうことなのよ」
【全くだ、ヒヤヒヤさせおって】
いやぁ、今俺は命があることに非常に感謝している。
そして、今俺を後ろから抱えているタマモにも感謝している。
あの時、今にも俺の眉間を風通し良くしようとしていたハーピーの羽根は、俺の目の前でゴォという音を立てて燃えた。
振り返るとそこには傘を差して右手をこちらに向けているタマモの姿があった。
俺が夜になっても帰ってこないから飯の心配をして事務所に迎えに来るところだったらしい。
正直本当に死んだと思った。本当に運が良かったと思う。
「ちっ、何処までも面倒なガキじゃん!お前さえ居なければもう少し楽にいったんだよ!死ねぇ!!」
再度大量に羽根を放ってくるハーピー。
流石に油断していない今、当たってやるわけにはいかない。
傘を差して俺を後ろから抱っこする形で立っていたタマモを抱えてその場から離れる。
傘が飛んだだの、お姫様抱っこだの、喚くタマモの主張はスルーして、タマモを降ろしてハーピーに向き直る。
「流石に、年貢の納め時のようだね」
「極楽に行かせてあげるわ」
西条さんがジャスティスを構えて、美神さんが神通根を構える。
それを見て数歩下がるハーピー。
「ハーピー」
「アンタはまだ懲りてないのか!」
今度は少し離れた位置からハーピーに語りかけた俺に、目線もくれずに怒鳴る美神さん。
【奴は魔族で、更に組織ぐるみで時間能力者を消そうとしているんだ、ハーピーを説得するのは諦めろ】
うっ、と声に詰まる。
流石にわがままが過ぎたみたいだ。これ以上はみんなの危険に繋がる。
【最初からだ】
……ぐぅの音も出ません。すみませんでした。
一歩下がる。
俺が黙ったのを見てため息一つついてハーピーに向けて破魔札を構え直す美神さん。
「そっちの、アンタGメンじゃん?」
「……あぁ、それがどうした」
「Gメンってのは一般人を見捨てるのか試してみるじゃん?」
「何を言って……!!」
「もう間に合わないさ、無能!!」
ハーピーの視線を辿ると、道の曲がり角を曲がってこちらに向かってきている女性を見つける。
西条さんも気付くが、既にハーピーは羽根を右手で放っている。
あの距離からだと絶対に間に合わない。それでも西条さんは振り返って走る。
そんな西条さんの背後からハーピーが羽根を放つ、が、それは近くで警戒を解かなかった美神さんの神通根で弾かれた。
そしてそのまま右翼を神通根で切り裂かれる。左右の翼にダメージを受けて叫ぶハーピー、これで完全に飛べなくなったはずだ。
【シュウ!】
解ってるって!!
身体に霊力を回して身体能力を上げる。
時間はかけない。かけられない。
一瞬で曲がり角にいた女性の目の前に飛び、迫ってきた羽根を光る両手で挟む。
と同時に身体から力が抜ける。
「「「「「な?!」」」」」
ハーピーを含む全員の驚く声が響く。美神さんは「いつの間に霊力を?!」と驚いている。あれ?そういや誰にも言ってなかったっけ。
まぁとにかく、2秒キッカリ、なんとか間に合った。
守ったジーンズの女性も突然の出来事に驚いたのか、傘を落としたものの無事のようだ。早く逃げて欲しい。
さて、ここからはお荷物になったわけだけど、まぁ美神さん達がなんとかしてく……、おいおいおいおい、何でハーピーは美神さんと西条さんをそっちのけでこっちに向かってきてるの?!
怪我してる左翼も右翼も必死に動かしてこちらに向かって低空飛行でスピンしながら向かってきてるのはなんでなん?!
「お前だけは!絶対殺してやるじゃん!!」
こっわ、凄まじい形相でこちらに向けて迫るハーピー。そこまでヘイト上げた覚えないんだけど?!
何で?!さっき死にかけたばっかなのにすぐピンチに陥るのなんで?!
タマモの位置からでは恐らく間に合わない。西条さんと美神さん、横島の位置からでも無理だ。
あれ、待って待って、これまた本当にヤバいやつじゃん。
俺は霊力使い果たして動けない。
何とかして迎撃か回避しようと身体に力を入れるが、ピクリとも動かない。
【くっ!】
心眼も必死に残り滓みたいな俺の霊力をかき集めて迎撃しようとしてくれているが、使い切ったばかりで足りない様だ。
いやジーンズのお姉さん、顔見えないけどなんでまだ突っ立ってるの?!しかも俺の前で!
俺を抱えて逃げるか、最悪置いていっていいから逃げてくれないかな!せめて後ろに回って!
「邪魔だ!!」
そこまで考えた時点で、ハーピーの爪は女性の目の前に迫っていた。
「こんな偶然あるもんだねぇ」
え?
「ギャアァー!!」
ジーンズのお姉さんが腕をふるった瞬間、ハーピーが顔面を押さえながら、錐揉みして俺の横を通って地面に墜落した。
ズザザザ、と音を立てて滑っていくハーピーの方を見るために振り返った女性の顔を見て俺の思考は固まった。
女性は長く伸びて血がついた爪を立てた状態で言った。
「久しぶりだね、アタイを覚えてるかい?」
「ね、猫又……?」
振り返って傘を拾って差した女性は、耳と尻尾こそ術で隠しているのか見えないが、俺と雪之丞で以前助けた猫又だった。
「状況は良く解ってないけど、また助けられたみたいだねぇ、いつもそんなお人好しだと死んじまうよ」
ハッと笑って言う猫又に何も返せない。
実際死にかけたばかりだ。むしろ今は助け返されたし。
「くそっ!くそっ!!何なんだ!!一人の魔族相手に何人用意してるじゃん?!もう纏めて死にな!!」
やけくそになったのか、今まで以上に大量の羽根をやたらめったら放ってくるハーピー。
ボロボロの腕でよくこんな早い攻撃を続けられるな。やっぱり魔族ってデタラメに強いんだな。
それぞれがそれぞれの方法で羽根を弾いたり避けたりする中、猫又は俺の目の前に立って爪で弾いてくれている。
そして、いくつかの羽根が何処からともなく飛んできた破魔札に包まれて消えた。
「何?!ま、まだ増えるじゃん?!」
「ハーピーが舞い戻ってくるなんて、完全に私のミスだわ。…………どうやら満身創痍のようだけど、今度こそ退治してあげる……!」
「ま、ママ!!」
美神美智恵さん登場である。
ここまで来たら本当にハーピーが可哀想に思えてきた。
【同情はするなよ、どれだけ殺されかけたと思っているのだお前は】
【二回】
【回数を聞いたわけではない、黙っておれ】
【いや黙ってるって】
【…………】
心眼に無視されて凹む。
ハーピーも流石に諦めたのか、一応立ち上がって構えるものの、ため息を付きながら言った。
「あたいたち魔族は組織的にアンタ達を狙ってるんだ、次の刺客が来るのも時間の問題だよ……!」
「それがどうしたってのよ、私の娘はそこまでヤワじゃないわ」
言いながら素早い動きで札をハーピーに叩きつける美智恵さん。
あれを避けるのは難しそうだ。確かにこの人美神さんより強いかもしれない。
「ギャアァァァ!!く、くそ、クソガキィ!!シュウ!貴様だけは覚えておくじゃん!!」
「ねぇ何で?!何で俺そんなにお前に嫌われてるの?!あと俺ガキじゃないんだけど!!」
「貴様のせいでどれだけ……!!」
あ、消えた。
いや、気になるから話の途中で消えないでほしかった。
あれかな、最初の狙撃から美神さんを守ったことかな。それなら成功してたとしても美神さんはボディアーマー着てたから殺せてないんだけど。そうか、それアイツ知らないから俺のせいで任務失敗したと思ってるのか。変な恨み買っちゃったな……。
そういえばあれって死んだの?封印されたの?魔族だから魔界に帰っただけとか?
え、それ次第では俺アイツに命狙われるんだけど……。
そんなことを考えていたら身体が持ち上げられた。
「はぁ、どんだけ無茶するのよあんたは」
言いながら俺を背中に背負うタマモ。
そこに近付いてくる猫又。
美神さん、西条さん、横島は美智恵さんのところで話し中だ。
「とりあえず解決したってことでいいのかね」
「あぁ、助かったよ猫又」
「……そういえば名前を言ってなかったね。美毛(ミケ)だ、アンタはシュウだったか。それにしてもまさか二回も助けられることになるとはね。また借りができちまった」
「いや、どちらかと言うと今回は俺が助けられたよ。これで貸し借りなしだ」
「フン、まぁ一応はそういうことにしておいてやるよ。とにかくアタイはアンタを気に入った。覚えておくんだね」
鼻を鳴らして言うミケ。
?
覚えておけってどういうことだ?
でもまぁまさかミケが助けてくれるとは思わなかったな。
「……ん?あんた、まさか九尾の狐かい?」
「…………」
言われて警戒するように目を細めるタマモ。
狐火をすぐにでも放てる体制だ。
「そう警戒しないでおくれよ。特に敵対するつもりもバラすつもりもないさ。ただつい最近暴れまわった場所で手に入れた情報がちょうど九尾の狐に関する情報だったからね、ちょっと気になったのさ」
いやこの人何してんの?
あ、人じゃないや。
『暴れまわった場所、だと?』
「あぁ、以前アタイを攫った阿呆共の足取りを辿ってた時にな、ある施設を壊滅させてやった」
いや本当になにしてん。って、それって南部グループか。西条さんが言ってた施設を潰したのってミケだったのか。
「その時に、九尾の狐が復活した可能性と実験として使える可能性がどうこうって資料を見かけたのさ」
「ま、まじかよ」
「と言っても可能性レベルだって研究結果だったみたいだし、アタイが燃やしておいたけど。まぁ、アンタを見る限りあながちアイツらも間違ってなかったんだな。一応気をつけることだね」
「フン……」
「ありがとうって意味だから気にしないでくれ」
痛い痛い痛い、タマモさん、俺の足つねるのやめてください。
虐待で訴えるぞ、そして勝つぞこのやろう。
ミケも苦笑して背中を向ける。するとちょうど西条さんが走ってきた。
「いやぁ、まさか妖狐に猫又まで協力してくれるとは思わなかったよ。協力に感謝する」
「勘違いしなさんな、アタイはシュウに借りを返しただけだよ」
「まぁ、私はシュウが帰ってこないから迎えに来ただけだし」
二人の返答に苦笑して頬を掻く西条さん。
もう少しこの二人ってコミュニケーション能力上げられないのだろうか。
「そうかい、それでもありがとう。実は君達の能力の高さを考えると、今後もGメンに協力をお願いしたいと思ったんだけど、まぁその様子じゃあ難しそうだね」
「悪いね」
そう答えて傘を回しながら去っていったミケ。
本当に上手く人間に擬態して暮らしてるみたいだ。あれなら心配なさそうかな。
「そうねぇ、私もメリットが無いわね。それに、多分シュウが許してくれないんじゃないかしら」
「はい、駄目です」
「シュウは姉離れが出来ないんだから、仕方ないわね」
「違うっつうの、誰が姉だ全く」
毎回毎回なぜかタマモは姉としてふるまう。
「そうかい、それは残念だ。また機会があれば誘わせてもらうよ」
流石西条さん、本当に残念そうだけど、すぐに引き下がってくれた。
それにしても疲れた。まさか二回も死にかけるとは。
【お主はもう少し油断をしないようにだな】
あー、また始まってしまった……。
疲れてるから勘弁して欲しいという俺の気持ちとは裏腹に、帰り道ずっと家に帰るまでタマモにおぶられたままの俺は心眼からのお説教を聞く羽目になってしまったのだった。
前回の引きは何だったんだ、といわれるであろう出落ちの一行目……。
そしてシュウが聞いたゴォという音は風ではなくタマモの狐火だった模様。