神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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9.お茶しませんか

話はほんの少しだけ遡ります。

元々逆行しているのですから、ちょっとぐらい遡ったところで大したことはありませんが。

 

雨の日にこうなるとはなあ。傘を差して、傘を取りに行くなんてさ。やんなっちゃうよな。

先日、眼科に行った時に忘れた傘を、ヒカルは、取りに行かされたのです。

「予備の傘はもうないのよ。」

母親の厳命でした。

 

あれ? あいつ?

 

ランドセルを背負い、パンパンに膨らんだ手提げ袋にペーパーバッグを左右に持ち、軒下にかろうじて、身をすくませている少年がいました。

 

傘ないのか。もっとも、あの様子じゃ、傘があっても差せないだろうけどな。

そう思いながらも、ヒカルはひょいと傘を差しだしました。

 

「貸してやるよ。どこまで行くんだ?」

「あ、ありがとう。駅前まで。」

「丁度良かったぜ。俺もそっちに用があるんだ。それ持ってやるよ。差せないだろ。傘。」

「えっ。悪いよ。」

「いいからさっさと寄こせよ。何だ、軽いじゃん。」

 

少々強引なのが、ヒカルらしいところです。

 

「うん。段ボールの工作だから。」

「お前、何年?」

「僕4年だよ。」

「なら同じじゃん。」

 

道々聞くと、学年末で、いろいろ持ち帰らなければいけないとか。

この前、ちょっと休んでいたら、まとめて持って帰ることになってしまったというのです。

 

「君は傘を持って誰かを迎えに行くのじゃないの?」

「そういうわけじゃないさ。こっちは予備の傘でさ。この前忘れたから取りに行かされただけ。」

 

そうこうしているうちに駅が見えてきました。

 

「あっ、僕は駅じゃなくて、そこのビルに行くんだ。四階。」

「へえ。ついでだから持ってってやるよ。そこまで。」

 

エレベーターに乗って四階に着くと、そこは店でした。

 

「あの、良かったら、お茶飲んでいかないか?」

初対面なのに大胆なお誘いです。

 

「えっ?だってここ店なんだろ。金かかるんじゃないか。」

もっともな、ためらいです。

 

「ここ、僕んちのお店だから。」

「へえ?」

 

ヒカルはその言葉に物珍しそうに、その子について、ドアの中に入りました。

 

「あら、アキラ君。雨大丈夫だった?濡れなかった?」

受付の女性がそう声をかけます。

 

「うん。傘、貸してもらったから。」

そう言ってアキラと呼ばれた子は、ヒカルの方を見ました。

 

「こんにちは。」

ヒカルはぺこんと頭を下げました。

 

「あら、お友達?」

「雨宿りしてたら、通りかかって、貸してくれたんだ。傘。」

「一本余ってたからな。ほら、これ、荷物。」

 

ヒカルは袋をアキラに差し出しました。

 

「ありがとう。」

 

そう言うと、その子は言いました。

「ねえ、市河さん。お茶出してくれる?」

 

「あら。君も碁を打つの?」

 

ヒカルはきょとんとしました。

「碁って?ここってお茶飲むのに碁を打つの?」

 

市河はくすっと笑いました。

「ここは碁会所っていうのよ。」

「ゴカイショ?」

「そう、ほら、テーブルに碁盤と碁石が置いてあるでしょ。」

「そういや。置いてある。」

 

「君は碁は打たないのね。」

「うん。打てない。一度教えてもらったことあるんだ。じいちゃんに。でもさ、次の時にはいつもすっかり忘れちゃうし。俺、物覚え悪いんだ。とうとう、じいちゃんが諦めたんだよ。」

 

それからアキラに言いました。

「お前って、ずっと碁、やってるの?」

「うん。僕は二歳の時からね。」

「すげえんだな。お前って頭よさそうだしな。」

 

それを聞いていた近くの客が言いました。

「アキラ君は、そのうちプロになるんだよ。名人のお父さんみたいにアキラ君も名人になるんだよな。」

 

アキラはそれに堂々と答えました。

「いつか父に追いつき、越える。それが僕の目標ですから。」

 

ヒカルは、アキラのその様子に、目を丸くしました。

変わった奴だな。何というか。碁を打つってことも変わってるけど、その言い方がなんかさ。

 

そこに市川がお茶を持ってきました。

「はい。どうぞ。」

「お茶って、お煎茶なんだ。」

「あら、紅茶だと思った?」

「ううん。俺、お茶っていうとさ、こういうの、思っちゃうから。」

ヒカルは、湯呑みをくいっと回して、両手で支えて飲む真似をしました。

 

「お茶ね!まさか、君お茶なんかやってないわよね。」

ヒカルの姿はどう見ても、今風のカーゴズボンに流行りのスニーカー。前髪は金色で毛先も少し跳ねています。

 

「えっ?やってるよ。そんなに堅苦しくない奴だけどね。俺は作法通り飲むだけ。お点前は俺の友達がやるんだよ。」

 

市河とアキラは驚いてヒカルを眺めました。

「君って変わっているんだね。」

 

お前に言われたくないと、ひそかにヒカルは思いました。

「お前の方が変わってるよ。碁やってる方が。」

 

アキラはテーブルに座ると、ヒカルに言いました。

「碁って難しくはないよ。君のおじいさんがどうやって教えたのかは知らないけれど。」

 

それから黒石を一つつまみ、ピシッと碁盤に置きました。

「こうやってね、次に白をこう置くでしょ。それでこうやって、ほらこうやれば白の勝。」

「へえ、それ面白いな。」

「これは石取りゲーム。初めはこうやって慣れていくといいかもね。」

 

ヒカルはアキラに誘われて、二、三回石取りゲームをしました。

 

「俺、黒と白の色が好きなんだ。碁って茶色のイメージがあったけど、碁も悪くないかもな。」

 

「茶色?」

アキラは不思議そうに言いました。

「僕は、碁って黒と白だと思ってたよ。」

 

「黒と白ぉ。」

ヒカルは頓狂な声を出しました。

 

「だって、こうやって黒の石と白の石を交互に置くんだよ。で、盤の上は黒と白に埋まっていくでしょ。」

「ああ、そうか。考えもしなかった。俺、碁盤は茶色だからって、ずっとそう考えてたよ。」

 

それからあたりを見回して言いました。

 

「ここじゃあ、碁を教えてるわけじゃないんだろ。」

「うん。」

 

市河が言いました。

 

「そうねえ。ここにもプロの先生が来ることは来るけれど、初心者向きってわけじゃないし、毎回料金もかかるしねえ。少し離れたところに保健センターがあるでしょ。あそこで初心者教室をやってるわよ。覗いてみたらどうかしら。」

「うん、考えてみるよ。打てるようになったら、ここに打ちに来るよ。俺、そろそろ行かなきゃ。」

 

そう言ってヒカルは立ち上がりました。

 

「待ってるわね。」

市河はそれから、カウンターで、ノートを差し出しました。

 

「君の名前もまだ聞いてなかったわね。書いてくれる。」

「俺、進藤ヒカル。そうだ、お前は?」

「僕は塔矢アキラ。」

 

ヒカルは出された筆ペンで、個性豊かな筆跡で名前を記しました。

 

「みんな、ここに名前書くの?」

「そう。それで、棋力を聞いて、同じくらいの人を紹介するの。」

「棋力って何?」

「碁の腕前のことね。同じくらいの人と打てば、楽しめるでしょ。」

「そうかあ。」

 

市河はヒカルの字を見て言いました。

「君って達筆なのね。」

「達筆?普通じゃない?」

 

ヒカルが出て行ったあと、市河はつくづくその筆跡を眺めました。

「扇子に書いても面白い字だと思うのよねえ、これって。」

それから思いました。

 

考えてみれば、アキラ君も普通の子とは違うけれど、進藤君て子も変わってるわ。

アキラ君といい友達になれればいいのだけれど。

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