春休みの家族旅行から帰ってきたあかりはビックリしました。
「ヒカル君、囲碁、習ってるんですか?」
ヒカルといると、驚くことが多いよね。
お習字の時も驚いたよね。もっとも、おかげでお茶とお習字は、私も得意になったわ。
それでも囲碁でしょ。ヒカルのおじいちゃんがやってるあれでしょ。それって面白いの?
でもおばさん、何か張り切ってない?
美津子はあかりの母親に話していました。
「碁をやると集中力がついて、学習能力が増すらしいのよ。それにヒカルもやり始めたら、嵌ってるみたいなの。」
あかりはヒカルの部屋を覗きました。
「ヒカル。碁やってるの?あれ、それって碁盤?」
「うん、折り畳みの碁盤。貰ったんだよ。」
ヒカルは少し古びたそれに、石をペたっと押し付けました。
「今何してるの?」
「うん。石ってさ、こうやって、この指とこの指でもってこうおくと、かっこいいんだよ。」
あかりにはあまり格好良く見えませんでした。
「ちょっと私にもやらせて。」
あかりは石をつまみあげました。なかなかいい感触でした。
「こう?」
ピシッと、あかりは碁石を打ちつけました。
「うん。すげえ。あかり。そうだよ。」
「私、ピアノやってるし、指動くからかな。ねえ、ヒカルは何で碁をやることになったの?おばさん、張り切ってるよね。」
「じいちゃんにできないって言われてるからな。今にじいちゃんをコテンパンにやっつけて、あっと言わせてみせるよ。」
そうなんだ。
あかりはあっさりと納得しました。
ヒカルって負けず嫌いのところあるもんね。
ヒカルはとりあえず、あかりと石取りゲームを始めました。
「何だか、単純なゲームじゃない?これって。」
「うん。そうなのかな。これはまだ碁じゃないけれど、こうやって石や盤に慣れていくといいんだってさ。」
そのうち、あかりは毎日ヒカルの家に通って、碁盤で遊ぶようになっていました。
今日は、囲碁教室の日です。
白川は、機嫌よく家を出ました。
囲碁教室を引き継いでから、一年半経ちました。
「君は、結婚しているし、きちんと時間の決まった仕事はいいんじゃないか。」
先輩はそういう、何かよくわからない理由で、この仕事を譲ってくれたのですが。
要するに阿古田さんを扱い兼ねて、僕に押し付けたんだ。
僕はこの仕事は好きだ。楽しいよ。
二点を除いてね。
阿古田さんを何とかして下さい。
若い人も教えたい。もちろん中年熟年も悪くないけれど…。
白川が講師になって初めて若い子が入会してきたのです。
三か月前のことです。
よくよく話を聞いてみると、親が押し込んだのでした。
あの時はがっくりきたけれど、でも違った。僕は運が良いんだ。
白川は、大人と対局しているヒカルを眺めました。
進藤君のおじいさんは、一体どんなやり方で碁を教えようとしたのかな。
さじを投げられた子どもと聞いて、心配していたけれど、とんでもない。
呑み込みは早いし、恐ろしく勘のいい子じゃないか。碁に対する相性がこんなにいい子は滅多にいないんじゃないか。
たった三ヶ月で、もう結構様になる碁を打てるようになっているし。
そうなのです。ヒカルの進歩の速さは、教室の中で際立っていて、中年のおじさんおばさんのやる気を増幅させていました。
「進藤君は、もう、おじいさんと打ってみたのかい?」
「ううん。まだ。」
「きっとびっくりするよ。打ってみたら。おじいさんは強いの?」
「分からないけど、老人会とかいろんなところの優勝カップ持ってるよ。」
「おじいさんと打つと、もっと強くなるよ。その結果を教えてくれないかな。」
じいちゃんと打つ。もう打てるのかな?
何となくヒカルは楽しくなってきました。
そんなヒカルに白川は聞きました。
「おじいさんは、君にどうなふうに教えてくれたのかな。碁を。」
「うん、実は俺その時のこと覚えてないんだ。」
ヒカルはあっさりと、小学校に入りたての時、落ち着きのある子になるように碁を教えてもらった話をしました。
そうなのか、正座しろとか言われたのかな?それで碁がやになったとか?
ヒカルは、“昔の未来で”プロ試験に受かった頃の力をまだ覚醒できてはいませんでしたが、もともと持っていた素質を素直に伸ばし始めていました。
その上、囲碁をとても面白いと思い始めていました。
碁は俺が探していることとは違うと思う。
でもそれとは別に、楽しいよ。これって。