佐為の望みは果たされていましたが、佐為には不満でした。
でも、それより最悪なのは明子でした。自分の楽しみで打ったときは楽しかったのに。
私は何でこんなに疲れるのかしら。
もしかして幽霊さんに、体力を吸い取られてるのかしら???
4月も半ば、小学校の用事の帰りに、明子は、久しぶりにヒカルの家を訪ねました。
「今日はPTAの集まりがあって、その帰りなんですけど、ちょっとお寄りしたの。ご無沙汰してましたでしょ。今日はすぐ帰らなくてはならなくて、お玄関先で失礼させて頂きますわ。」
明子は、時間を見計らいながら、公園に向かいました。
公園の前で、明子はヒカルに会いました。時間を合わせたと言うべきでしょうが。
ピッタリね。
明子は憂さ晴らしに幽霊の話をしたかったのです。
その話が出来るのは、ヒカルしかいませんでした。
「あれ、おばさん。偶然だね。」
「そうね。今、お宅に伺ってきたのよ。その帰りなのよ。ちょっと歩きましょうか。」
いつもに似ず、寡黙に歩く明子を見て、ヒカルは思いました。
「おばさん。もしかしてネット碁、上手くいってないの?」
明子は目を見張りました。
「なぜわかるの?」
「えっ、だっておばさん元気ないし。よくわかんないけど、おばさんがそうなるわけで俺が考え付くのは幽霊のことだからさ。」
そこで明子は幽霊のためにネット碁を打つことが、なぜかとてつもなくストレスになっていることを話しました。
「ネット碁自体は楽しかったのよ。ネットカフェで自分のために打ったときはね。でもねえ、幽霊さんの顔を見るのが負担なのよね。幽霊さんは満足していない気がするの。
私にはもう、これ以上何もしてあげられないわ。
つくづく思うのよ。何で、私にだけ見えるのかしらね。」
明子はため息をついて、続けました。
「もっと碁を打てる人だったら、幽霊さんに何かしてあげられるのかもね。でも私は主人と緒方さん二人との対局と、たまにお昼時のネット碁におつきあいする以外に何もできないわ。家事やらなにやらいろいろあるし、一応母親業もあるのよね。今日みたいに学校の用事も。なんだかもう疲れちゃって。」
「塔矢は、幽霊のこと本当に全然気が付いてないの?」
ヒカルには、それが疑問でした。
「もし気が付いていたら何か言うかするかするでしょうから。」
うーん。どうなんだろう。子どもって気にしていて言わないってこともあるんだよな。
俺のお母さんもそうだけど、やっぱおばさんもそこのところは分かってないかもなあ。
「俺、思うんだけど。塔矢に隠しているから余計に疲れるんだと思う。
塔矢のお父さんだって、話せばわかるんじゃないの?塔矢に言うべきだよ。
そうしたら、少しは軽くなるんじゃないかなあ。おばさんの気持。」
明子はふっと笑いました。
そうかもしれない。家族が隠し事をしてるっていうのは。
もちろん、大人の事情は言わないことはいろいろあるけど、幽霊さんはそういうのとは違うわよね。
「そうね。でも私からはやっぱり話せないわ。今更だけど。誰かに話してもらえれば。幽霊のことを知ってるのはあと、緒方さんだから、彼に頼もうかしら。」
それから、ヒカルの方を見て言いました。
「進藤君に話したら、少し楽になったわ。いつもありがとう。お話聞いてくれて。」
ヒカルはそこで話を切り替えました。
「今度、俺、ネット碁をやるんだ。」
「パソコン、解禁?」
「うん。それも、もう少ししたらあるかも。でもしばらくはそうじゃなくて。」
そう言ってヒカルは高野の話をしました。
明子は驚きました。
「まあ、進藤君。歩道橋で事故を?二年生の時?本当に良かったわね。その子も進藤君もどちらも大したことなくて。」
「その子、拓っていうんだけど、この間一緒に公園で遊んだんだ。やんちゃでちょこまかしててさ、何か小さい時の俺に似てる気がしたよ。」
大人びた様子でそういうヒカルに、明子はクスリと笑いました。
進藤君もまだまだ子どもなのにねえ。
「そうだわ。進藤君は登録名は何にするの?」
「俺?考えてないけど、ヒカルでいいかなと思って。」
「ヒカルは、結構ありそうかもよ。同じ名前でもいいみたいだけど。そうだわ。」
明子はバッグからメモ用紙を取りだし、書きつけてヒカルに渡そうとしました。
「閃いたのよ。はい。これ。」
その時でした。
「ヒカル?まだ帰ってなかったの?あら、おばさん。」
あかりでした。
「あら、あかりちゃん。ちょうどさっき、進藤さんのところへお寄りしたのよ。頂き物の御裾分けで。その帰りに進藤君に出会ったの。ネット碁のお話をしてたのよ。高野さんのお話を伺って。あかりちゃんもネット碁されるの?」
あかりは頷きました。了解は取っていませんでしたが。
「私もネット碁やってみたいし。お姉ちゃんが高校生になったら、パソコン買いたいって言ってたし。いろいろ教えてもらうの。」
明子はにこやかに頷きました。
「私もね、どんなかと思って一度ネットカフェに入ってやってみたのよ。面白くてはまるかもね。あなたたちは若いから。それで、さっきの続きだけれど。」
明子は改めてメモを差し出しました。
「はい。これ。差し上げるわ。」
ヒカルはメモを受け取ってみました。あかりも覗き込みました。
「英語?読めないよ。」
「それはね、twinkleよ。二人とも知らないかしら?きらきら星って歌。
きらきら光る、お空の星よっていうの。英語の歌詞で、きらきら光るがtwinkleなのよ。
進藤君には、お世話になってるから、何かして差し上げたいと思ったの。
それで、ネット碁の登録名、どんな名前がふさわしいかしらって。
どうかしら。お名前のヒカルにもかかるでしょ。
もちろん、自分の登録名ですものね。好きなのを考えればいいのよ。でも、もし気に入ったら使ってみてね。」
ヒカルは少し胸が詰まりました。少女趣味ではありますが、明子の気持が分かりました。
悪い名前じゃないよね。
「ありがとう、おばさん。少し難しい気もするけれど。」
「あら、パソコンやるなら、英語も大切よ。それに、すぐに中学生になるんですものね。」
明子が帰って行くのを見ながら、あかりが言いました。
「おばさん、いい人ね。本当に、そのアキラ君って子は、おばさんがいろいろやっていること、何も知らないのかなあ。」
「うん。どうなんだろう。気づいてるかもしれないな。」