「ちょっと座ろうぜ。」
公園のベンチに三人で座りました。
そこで、ヒカルはアキラに聞きました。
「お前、何で自分のお母さんに聞かないんだ。俺たちじゃなくて。」
アキラは黙りました。痛いところを突かれたからです。
ヒカルはふと思いました。
塔矢の奴、もしかして幽霊について知らなくても、何か感じてるんじゃねえか。
「お前さ。もしかして、お母さんが元気がないとか、そういうこと気にしてんのか?」
アキラは、はっとして言いました。
「君はそう思ったの?」
「お前、結局お母さんから何も聞いてねえのか?じゃあ、緒方さんていう人にも聞いてないのか?」
「緒方さん?何を?」
ヒカルの口から緒方の名前が出て、アキラは緊張しました。
この役目は俺がするのか?ちょっと違うよな。
でもヒカルは決めました。
決めたからには、早速、行動に移しました。
それでも前置きは、しっかり話しました。
「あのな。俺はお前の家のことは何も知らない。お前の家に行ったこともない。
これはお前のお母さんが言ったことなんだぞ。
おばさんは、俺以外の誰にも言ってない筈だ。そして俺に話した理由は、たぶん。お前の代わりだったんだろうな。年が一緒だから。」
アキラはヒカルを見つめました。
「お前のうちに幽霊が取りついてる碁盤があるんだそうだ。
その幽霊を見ることができるのはお前のお母さんだけなんだって。その幽霊は碁盤に取りついているだけあって、碁を打ちたがるんだって。
お前のお父さんはそれを信じなかったんで、おばさんは緒方さんていう人を相手に、幽霊の言うとおり、石を置いて、碁を打ったんだって。そしたらその幽霊がすごく強くて。
その対局をたまたま見たお前のお父さんも対局をしたいって言ったんだ。
そうやって、時々、緒方さんとお前のお父さんの碁の相手をしていたんで、おばさんは、自分で打ちたくなったんだってさ。」
その話を聞いて、アキラは嘘つくなと叫びたくなりました。
あかりは逆に、納得したのです。
そうなんだ。おばさんの話に何か足りないものがあったのよね。でもこれで、すっきり繋がったわ。
「おばさんは、お前のお父さんにそう言ったんだって。そうしたら、お前のお父さんは、おばさんに石を置くだけでいい。碁を打つ必要はないって言ったんだ。その上、幽霊のことをお前に言ってはいけないって言ったんだよ。お前に隠し事をする羽目になって、お前のお母さんは、悩んだんだと思うぜ。」
そこまででした。
アキラにしてみれば、幽霊を見れる母親だけでも異常なのに、さらに尊敬する父が狭量な人物だと言われている気がしたのです。
アキラは、すくっと立ち上がって叫びました。
「そんなウソを話すのか。君は。幽霊なんて。」
やっぱ、そうなるよな。
ヒカルはため息をつきつつ、続けました。
「だから、俺はおばさんが言ったことをそのまま言っただけだ。俺は幽霊を見ていない。お前の家に行ったこともない。碁盤があるかも知らない。
お前のお父さんにも緒方さんていう人にも会ったことはない。でも信じてるぜ。お前のお母さんは、嘘をつく人じゃないって。」
アキラは真っ赤になって怒った口調で言いました。
「もちろん、僕の母は嘘をつかないよ。僕の父だって、そんな君のいうような人じゃないよ。だから、それは君のくだらない作り話だ。」
ヒカルは、やっぱなと、憮然としましたが、言いました。
「俺が言ったわけじゃないぞ。俺は伝えただけだ。だけど、そう思うんなら勝手に思えよな。
それより俺はお前に聞きたいことがあるんだ。お前自身のことで。
だから碁サロンへ行こうと思っていたんだ。どうしても聞きたいんだ。」
しかし、アキラは立ち上がり、冷たく言い放ちました。
「君は嘘つきだ。君たちと話をすることはもうない。口も利きたくない。顔も見たくない。碁サロンにも二度と来てもらいたくない。」
ヒカルはアキラが怒って立ち去るのを、諦め気味に眺めていました。
あかりもその後ろ姿を眺めながら、言いました。
「ヒカル。私、幽霊の話、初めて聞いたよ。私は信じるよ。」
「うん。おばさんに、一番初めに会った時、俺のお母さんが通りかかる前にさ。幽霊って信じる?って聞かれたんだよ。で、俺はおばさんは見たことあるの、俺見てみたいなとか言ったと思う。
そうしたら、碁盤に幽霊がついていて、見えるんだって。でも自分にしか見えなくてって、悩んでいたんだ。だから、俺はおばさんはすごい能力を持ってるんだって、素直に言った。
あの時、おばさんはさ、自分の子どもは信じるかなって、思ってたんだよ。それで、同い年だから、試しに俺にちょっと聞いたんだよ。
だからおばさんは悩みを話したんだ。俺だけに。でも他の人には話せなかったんだよ。幽霊なんているわけないって思うだろうから。」
「そうなんだ。そうだよね。おばさん、信じられないこと人に言ったりする人じゃないよね。そうかあ。おばさんはきっと霊感がすごいんだね。」
「ああ、とにかくこれで、塔矢が家でおばさんに聞けば、おばさんもすっきりするんじゃないか。」
「でもあの塔矢君が信じると思う?」
「さあ、幽霊と一局打てば信じるんじゃねえの。あいつのお父さんだって、それで信じたんだろ。」
そこで、話は別の方へ飛びました。
「ヒカル。さっき、先生に何話しに行ったの?」
「ああ。先生の奥さんが、今留守なんだよ。それで俺が行く時、夕飯の弁当を持っていきますっていう伝言。」
「いいなあ。ヒカルは。私も弟子になりたいな。」
「俺が弟子にしてやるよ。」
「ええっ?ヒカルの弟子。いいよ。私は白川先生の弟子になりたいんだから。
最近ね、阿古田さんが弟子にしてやるってうるさいんだよ。私は、断ってんのよ。もっと強くなったら、考えるっていってね。」
ヒカルの中で、さっき阿古田に持った好印象が消えていきました。
「あかり、教室。やめろ。」
「何言ってるの?ヒカル。私、面白いんだもの。止めないよ。」