神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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33.夢見る午後

十月も末の研究会の後で、白川は和谷に声をかけました。

「和谷君。君はネット碁でzeldaという名で打っているよね。」

「はい。」

何で知ってるんだろうと戸惑いながら和谷は答えました。

前に白川先生に一度聞かれたな。ネット碁をいつやっているのかって。毎朝、学校に行く前にネットで一局打っていると言ったけど。先生もやるのか?

 

「心当たりがあったんで聞いてみたんだよ。twinkleだけど、君と会いたいと言っていたよ。和谷君はどう?」

「それ、本当ですか。会わせて下さい。お願いします。」

和谷は驚きながらも意気込んで言いました。 

白川先生と、どんな知り合いなんだろう。やっぱプロなんじゃないか。森下先生は知ってるのかな。

和谷の考えを見透かしたように、白川は言いました。

「森下先生には話していないよ。当事者は君だからね。早速だけど君はいつが空いている?」

「いつでもいいです。会ってくれるのなら。」

 

その言い方に白川は苦笑しました。

「院生対局に差し障らない時ならいつでもいいということだね。じゃあ明後日の水曜日で構わないかな。場所を教えておくよ。」

 

白川と別れると、和谷はその場で伊角に電話をしました。興奮して誰かと話したくてたまらなかったのです。

伊角は、その話を聞いて、とても羨みました。

「和谷、頼む。お願いだ。俺も連れてってくれないか。白川先生がダメだって言ったら、諦めるけど。今度、回転ずしおごるから。」

和谷は白川との待ち合わせ場所を教えました。

「そこ、白川先生の教室がある駅なんだってさ。そこで先生に頼んでみればいいよ。」

 

ヒカルの小学校はその日、半日授業だったのです。

約束は12時半でしたが、和谷は約束の時間より30分も早く駅に到着しました。学校は二時間目で早退。駅の傍のコンビニでおにぎりをひとつ買って昼食を済ませました。そこへ伊角がやってきました。

「早いな。学校は?」

「俺は早退。伊角さんは?」

「俺は休んだよ。」

 

その時です。

「和谷、早いな。張り切ってる?ええっと、そっちは誰?」

「和谷君の院生仲間で伊角と言います。」

伊角は頭を下げました。

「ふーん。そうか。君もネット碁仲間か。僕は和谷と同門の冴木、今三段ね。」

「冴木さんも?なんで?」

和谷は不思議に思って聞きました。

「聞いてないんだな。白川さんはね、弟弟子を二人鍛えるって、張り切ってるんだよ。いいだろ。俺も仲間に入れてくれよな。」

 

伊角は居心地悪そうに言いました。

「僕は白川先生に了解を取ってないのですけれど、大丈夫かな?」

冴木は神経質そうにしている伊角に聞きました。

「君は師匠は誰?」

「僕は九星会なんです。」

「そうか。じゃあ、別に支障ないんじゃないの。楽しみだよね。twinkle君に会うのって。」

冴木は気楽に言いました。

「twinkle君?」

「あっ、やっ、和谷は何も聞いてないんだ。いや、そうなんだよ。twinkle君なんだよ。」

「何を知ってるんですか?冴木さん。」

 

冴木が問い詰められる前に、白川が来ました。

「みんな、早いね。おやっ、君は?」

「九星会に所属している院生の伊角と言います。和谷君から今日の話を聞いて、どうしてもtwinkleっていう人と会いたくて。打ってもらいたいんです。」

「伊角さん、今年ダメだったけど、今、院生一位なんです。」

和谷が言い添えた。

「そう。別に構わないよ。あんまり人数が多いと部屋が狭くなるけれど。3人ぐらいならね。さ、行こうか。歩いてもすぐなんだけど、タクシーにしよう。」

 

和谷と伊角が異様に緊張しているのを見て、白川は笑って言いました。

「相手は小学生なんだよ。リラックスして。」

「えっ、小学生なんですか?」

「そっ、僕の弟子だからね。そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。和谷君とは気が合うと思うよ。何しろ僕と気が合うんだからね。彼は。」

白川は、二人の反応を楽しみながら、言いました。

 

白川先生の弟子だって?そういえば、先生が弟子をとったとか前に聞いたことあったっけ。冴木さんは知ってるのかな?

それを見透かして冴木が言いました。

「和谷。森下先生には言うなよ。これは白川さんとtwinkle君の好意なんだからな。言ったら今度こそ破門だぞ。」

「和谷君が破門になっても、僕は引き受けないからね。」

白川はそう言い足しました。

「そのtwinkleさんの家に行くのですか?」

伊角は聞きました。

「いや、別の場所。」

 

タクシーはすぐ平八の家に着きました。

門の外に立って待っていたヒカルは四人が降りてくるのを見て目を丸くしました。

和谷ってどれなんだろう。ちびっこい奴だな。たぶん。

そんなことを考えながら、ヒカルは、気易く声をかけました。

「こんにちは。俺は進藤ヒカル。あっ、挨拶はいいから、まず家に入ってね。」

和谷と伊角はヒカルを穴の開くほど見つめました。

こいつがtwinkleなのか。何か拍子抜けするほど子どもっぽいな。確かに気を遣う相手って感じじゃないな。

冴木は別の思いで見ていました。

この子が白川さんの秘蔵っ子か。やけに可愛い子だな。男の子にしておくのは惜しいな。

 

部屋には脚付き碁盤が一つ置いてありました。その前で人待ち顔だった平八に白川は言いました。

「今日は、三人連れてきました。よろしくお願い致します。」

白川は自己紹介するように冴木を促しました。

「あの、僕は白川先生の弟弟子で冴木光二といいます。現在3段です。」

「同じく弟弟子の和谷義高です。院生です。」

「僕は院生の伊角慎一郎といいます。」

「というわけです。もう聞いただろうけれど、これが進藤ヒカル君で現在六年生。でもって私の弟子。それから、こちらがその進藤君のおじい様で、この家の主。」

平八は楽しそうに言いました。

 

「白川先生。今日はまた若い碁打の皆さんに会えて嬉しいですよ。どうぞ、自由にこの部屋をお使いください。で、私もちょっと見たりしていても、構わんですかな。お邪魔でないですな。」

「もちろんです。さて、進藤君、これからどうするかい。」

「うん。みんなの好きに。良ければ、誰かと打ってもらいたいけれど。zeldaとは打ってるから、ほかの二人のどちらかと、打たせてもらえたらと思うけど。」

「うん。そうだね。じゃあ、君、伊角君て言ったね。君、まず、打ってみたら。僕は冴木君も和谷君も一応わかっているから。どう進藤君?」

「はい。構いません。」

 

伊角は、いきなり打てと言われて、かなり緊張していました。和谷は、やばいと思いました。

伊角さんてさ、ほんとメンタルが弱いよなあ、碁は強いのに。この場で、いきなり言われたら俺も緊張するよな。

「伊角君は九星会に所属しているんだそうだ。前に話したことあったよね。そこ出身のプロ棋士が後輩の面倒を見るシステムの会だよね。それで彼は現在院生一位だそうだよ。」

伊角の緊張は、それを聞いてひどくなりました。和谷は頭が痛くなりました。

白川先生って意外に人が悪いよ。伊角さんの緊張をあおちゃって、弟子に肩入れしてるのかよ。

 

ヒカルは、この場の状況を見るともなく見ながら、どうするか決めました。

伊角さんは、あがりやすいたちなんだ。それで試験に落ちるのか?今は普段の実力を出させて、どういう碁を打つのか見極めてみたいな。

そんなことができるとすれば、元々の素質に行洋や緒方と知り合って磨いたスキルの賜物です。

ヒカルが握り言いました。

「先手は俺だね。伊角さん。俺、院生になってないでしょ。ちょっと院生っていうのに憧れてたんだよ。」

伊角の顔を見てニコニコして続けました。

「だからね、今日は院生対局の雰囲気でお願いします。もちろん真剣勝負は真剣勝負だけど。いい?」

ちょっと上目遣いのヒカルの必殺技です。緒方は、これにやられたのです。

「う、うん。」

伊角は少しドキドキしながら頷きました。

「じゃあ、まず深呼吸ね。一緒に、すうーふうっ。」

ヒカルの横の方で、平八まで深呼吸をしています。場が少し緩みました。

 

それからヒカルは、第一手を置きました。右ウワスミ小目。その時から、時間がすっと変わったみたいでした。

伊角は不思議な感じがしました。すごく緊張してたけど、深呼吸してリラックスしたと思ったら、俺、もう碁盤の中だ。

俺はtwinkleの強さは良く知っている。あの後、和谷がつけていた対局譜のいくつかを二人で随分検討したんだから。

正直かなわないんじゃないかと思った。でも俺も院生一位だ。それだけの強さを示したい。

 

和谷はじっと盤面を見ながら思っていました。

へえ、伊角さん。緊張していたから心配してたけれど、普段通りじゃないか。ちゃんと、やってるよ。

それにしても進藤って、こいつ、すげえな。初めっから、厳しい手を置いてくる。甘いところが全然ない。

でも伊角さんをよく分かっていて、リラックスさせて、強さを引き出してくれてる。そういうところもすごいや。こいつ、やっぱ間違いなく正真正銘のtwinkleだ。

 

対局は、伊角の投了で終わりましたが、伊角は満足感を覚えていました。普段通りの自分の碁が打てたし、何より相手が力を抜くことなく、まっすぐ打ってくれたと感じたのです。

「伊角君はなかなか打てるね。どう思う。冴木君。」

白川が聞きました。

「はい。よく頑張っていたと思います。読みも結構深いですし。でも進藤君がうわてだから、ここまでだったですね。俺、なんだか進藤君には勝てそうにないなあ。」

「冴木君。君を進藤君に会わせたのは勝ってもらうためじゃないんだけどね。まだ時間があるから、検討はあとにして、次は冴木君の番だよ。」

 

次の対局は冴木の先番で始まりました。

白川はそれを見ながら、思っていました。

塔矢先生と、多分緒方さんもだろうが、毎回互角に手を抜くことなく打ってもらっているから、進藤君はそれが身についてきているんだな。手を抜くことなく相手を引き上げる感覚のようなものかな。進藤君の進歩がよく分かる。でもそれはやっぱり相手によりけりだ。冴木君はどうだろうか。

冴木がアッと思った時には、勝負がついていました。

でも冴木が投了しようとした時、ヒカルが言いました。

「まだ道は残ってるから。」

「どこに?分からない。」

冴木がうめくと、ヒカルは白川を見ました。

「進藤君、構わないよ。」

「じゃあ。冴木さん。俺が黒を持つから。」

ヒカルが言いました。ヒカルは、さっき自分自身が置いた白石の下に黒石を置きました。

そこにつけるのか?

冴木もですが、伊角と和谷も驚きました。

そんなので、いけるのだろうか。

 

 

しかしその後の展開に、そこにいた者は深いため息をつきました。

「これが進藤君の碁の真骨頂なんだよ。この碁は前半は白が良かったけど、黒は頑張れば巻き返せたんだよ。まだここにこれだけの広さがあるんだから。」

 

「そうですね。言われるまで気付かなかった。どうやっても駄目な気がしてて。」

 

「時間がせっていると、そうなるけれど、これは早碁というわけではないし。時間がある時は、ヨミきることだよ。」

白川は言いました。

 

 

ヒカルはそれにただ静かに付け足しました。

「冴木さんはプロだから、頑張ってもらいたと思う。まずは白川先生のところまで。」

「君のところまでじゃないのか。」

冴木が言うと、ヒカルは笑って言いました。

「だって俺、プロじゃないもの。プロの対局って、雰囲気が違うんじゃないかって思ってる。」

それを聞いて伊角も和谷もこいつ本当に訳わかんねえ奴だな。変わっていると思いました。

「ずっと、和谷と、あっ、ごめん、和谷君と」

ヒカルが言い直しかけると、和谷はあっさりと言いました。

「和谷でいいよ。」

「うん、じゃあ、俺も進藤でいいからね。伊角さんも、いい?」

二人に確認を取ると、ヒカルは続けました。

 

「俺、パソコン持ってないんだよ。パソコンをしばらく借りてるんだ。今年いっぱいで、返さなくちゃなんないんだ。だから白川先生にzeldaが弟弟子らしいって聞いて、それで会って話したかったんだ。今まで、俺とたくさん打ってくれてありがとうって言いたかったからね。毎日、すごく楽しかったよね。」

ヒカルはニコニコ笑いながら言いました。

「和谷の碁って、俺なんだか、分かるところがあるんだ。ネットだとあまり検討とかできないじゃん。俺チャット苦手だしさ。だから和谷と検討してみたいっていうのがあったんだ。

zeldaには上手く伝わってないんじゃないかっていう、もどかしさがあったんだよ。俺が石をそこに置いた意味をきちんと分かってもらって、もっとお互い磨きあいたいっていうのがあった。」

 

和谷は目を丸くしました。

俺はこいつに全然及ばないじゃないか。こいつってもしかして、白川先生と互角に打ち合ってるんだよな。なのに俺と打ってて楽しいって、お互いに磨くだって。俺が磨いてもらうだけじゃないのか。本心なのだろうか。何を考えてるんだろう。こいつはどうやって強くなっていくのだろう。

 

「和谷君の家はここから遠いんだね。」

「電車で一時間半。」

「伊角君は?」

「僕は和谷よりは近くて、一時間ぐらい。」

「さてどうする。進藤君。今日はともかくこれからどう打つ時間を取るのか考えないとね。」

「冴木さんはプロだからやっぱ、忙しいんだよね。白川先生みたいに。」

「うーん。どうかなあ。」

「冴木君はいいよ。別口だよ。今日は顔合わせできてもらったんだ。伊角君と和谷君のことだけ考えればいいよ。進藤君。和谷君にはプロになってもらいたいって言っていたけれど。」

「うん。伊角さんにも勿論プロになってほしいと思ったよ。今日の碁って、すごっく刺激的だったよ。あんまり同世代の人と打たなかったから、今日はすごく勉強になった。これからもいっぱい打ちたいよ。でも二人とも学校もあるんでしょ。何かいろいろやることも多いんでしょ。」

「いや。俺は院生対局と森下研究会と森下先生のところで打ってもらうのだけ。」

「俺は院生対局と九星会だけだけど。」

「じゃあ、進藤君が一番忙しくないかい?」

白川が可笑しそうに言いました。

「何、ヒカルはそんなに忙しいのか。一体、何をやってるんじゃ?」

平八が言いました。

「ん。それは。いろいろあるでしょ。ほら。」

さすがに平八も、ああそうかと気づきました。

名人と緒方と白川。ネット碁の中国のプロ。泉への指導碁。パソコン取得のためにやっている英語の勉強。習字とお茶は小学校が終わるまではやめてはいけないと美津子に釘を刺されていました。

 

ヒカルは、平八がそれ以上言わないので、ほっとして続けました。

「それに学校もあるよ。来週は連合運動会なんだよ。雨で延びちゃって来週。俺、選手に選ばれちゃったから、居残りで練習させられて。」

「ヒカルは何に出るんだ?走るだけじゃないのか。」

「うん。リレーと走り幅跳びだよ。」

「進藤って体育得意なんだ。」

 

和谷の言葉に、ヒカルは少し渋い顔で言いました。

「というより、体育以外で得意な科目はないんだよ。後は給食の早食いだけだって皆に言われてるんだ。」

冴木も伊角も思わず笑いだしました。

 

「和谷君は、とりあえず2学期中は早朝対局は続けられそうだね。」

「あとは時間かかるけど、どこかで打とう。ここでもいいけど駅からは少し遠いし、俺んちの方がずっと近いよね。後は他にどこか打てる場所があれば。お休みなら俺んちに泊まってもらっても構わないけどさ。二人は無理かな。そんなに大きくないから。俺の部屋。」

「泊まるんなら、うちに泊まってもらっても構わんよ。泊まり賃は気にせんでいいから。わしと一局打ってくれればいい。」

「泉さんみたいだね。じいちゃん。」

ヒカルは笑いました。泉って誰なんだろうと和谷と伊角は思ったのですが聞きませんでした。他にもいろいろ聞きたいことがいっぱいでした。

 

「とりあえず、顔合わせは済んだし、今日はこれでお暇しよう。」

白川が言いました。

「うん。じいちゃんまた来るからな。みんなには帰りに俺の家を教えるから、そうすればこれから来れるでしょ。」

白川は、ヒカルの家で美津子に挨拶して言いました。

「時々この二人が進藤君のところにお邪魔することになると思いますが、よろしくお願いします。」

「嬉しいわ。お二人とも、ヒカルの碁を打つお友達ですのね。どうぞ、いつでも気軽にいらしてくださいね。」


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