神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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34.叶うかもしれない

白川とは途中で別れヒカルは二人を送って駅に向かいました。

「この道が一番近いんだけど、大通りからまっすぐ来た方が、迷わないかもしれない。どれも同じような家だからさ。ここらの家。」

和谷は言いました。

「進藤ってさ。」

それから黙りました。

「何?」

「いや、お前って強いじゃないか。俺たちと打ってって、本当に楽しいのか?俺たちをプロにしたいって、それ白川先生に頼まれたんじゃないのか。」

ヒカルは少し黙りました。

 

 

「ちょっとどっかで話できる?俺は急いで帰らなくても大丈夫だけど。和谷や伊角さんはここから帰ると遅くなるでしょ。」

「俺たちは小学生じゃないからな。大丈夫だよ。じゃ、あそこにしようぜ。」

和谷が駅前のマックを指しました。

「俺、お金持ってないよ。」

「今日の対局のお礼っていうことでいいんじゃないか。」

伊角がそう言いました。

トレイを置いて、三人でテ-ブルを囲むと、和谷は言いました。

「俺、昼はおにぎり一個だったから、腹が減ってさ。」

ハンバーガにかぶりついて一息つくと、和谷が言いました。

「で、さっきの話の続き。」

 

 

「うん。その前に。和谷も伊角さんもいつごろから碁を始めたの、何で院生になったの?まずはそこから。」

「俺は家族が碁を打つんだよ。おじいさんも父も。それで俺も子どもの頃から碁を打っていた。小学校の時、大会があって優勝したんだよ。それで九星会に誘われて、院生試験受けて、プロになりたいと思ってるよ。碁をずっと打ちたいもの。」

「俺は幼稚園の時、碁を打つ友達がいてさ。伊角さんの家みたいなの。一緒に遊んでいるうちにのめりこんで、そいつはもう引っ越しちゃったんだけどな。俺も伊角さんみたいに小学校の大会に出てさ、その時、大会の手伝いに来てた森下先生に目をつけられて、弟子にしてもらったんだ。」

 

ヒカルはじっと話を聞いていました。

この二人と話していると何か思い出せそうな気がする。大切なことを。顔を合わせて打っていれば、何かが起きるんじゃないかって、そんな気がする。zeldaだけじゃなくて、伊角さんが一緒に付いてきたのも偶然じゃない気がするんだ。俺には。

 

「進藤はいつから碁を打っているの?」

「俺?五年生になる前の春休みから。まだ二年経たないよ。」

伊角も和谷もあんぐり口を開けました。

 

「それ言うと嘘だって言われるんだよね。でも嘘じゃないよ。春休みに白川先生の囲碁教室に通ったのが初め。すぐそこの保健センターでやってる。理由はいろいろあるけれど、一番はお母さんが敬老の日のプレゼントでおじいちゃんと碁を打ってあげたらって言ったから。ゼロから教わって、でも二、三ヶ月で様になってきたから、試しにじいちゃんの家に行って打ったんだよ。そうしたらすっごく喜んでもらえてね、毎日打ちにこいって言われて毎日行ったよ。で、九子置きから始めて半年で置き石無になった。言っとくけど、じいちゃんて、アマの全国大会に関東代表とかで出たことあるんだよ。

じいちゃんより強い人と打ちたくて。その時、白川先生が森下先生に紹介しようとしたら忙しいからって断られたんだ。そこで白川先生が俺の面倒を引き受けてくれたわけ。」

 

伊角が恐る恐る聞きました。

「進藤は今も白川先生とだけ打ってるのか?それだけでそれだけ強くなれるのか。」

「ネット碁を始めるまではそれだけだよ。でも、ネット碁を始めてからいろいろな人と打つ機会が増えた。和谷もその一人。だけどね。」

ヒカルは考えました。白川は話すなと言いませんでした。ヒカルの好きにさせたのです。

こいつらに嘘はつきたくないし、でも今は名前は今は言えないよな。

 

「俺パソコン借りてるって言ったけど。知り合いの知り合いなんだ。その人。IT 関連の仕事をしながら、ネット碁も楽しんでいる人。この近くにオフィスがあってね、そこで初めは放課後打たせてもらってた。和谷が朝打ちたいっていうのを見て、お母さんに掛け合ってくれて、パソコン、リビングに置いて半年だけ打たせてもらえることになったんだ。

その人が教えてくれた有料サイトがあって、そこにすごく強い人がいる。

たぶん中国か韓国のプロ。その人とも時間を決めて打ってもらえるようになったんだ。ずっと打ってるよ。

それとは別の伝手が、ネット以外でたまたまあって、二人のプロ棋士の人と打てるようにもなった。ネットじゃないよ。碁盤を囲んで。その人たちも白川先生みたいに凄く強いし、俺はもちろん、一度も勝てないけどね。鍛えてもらっている。それで毎日、忙しいんだ。

あと、そのパソコンを貸してくれてる人と毎回対局してるし。それは指導碁なんだけど、学生名人とか本因坊だったこともある人で強いんだよ。結構ためになってるよ。」

 

伊角も和谷もしばらく何も言わず、それからため息をつきました。

こいつって運がいいのかな。いや元々才能があるから、それだから人が集まってくるんだろうな。こいつが打ってて楽しい、プロになってほしいって言ってるんだから、俺たち見込みあるのかな。

 

「進藤。よろしくな。」

「うん。よろしく。みんなで頑張ろうね。プロになったら、仲間でライバルだからね。」

「お前は来年のプロ試験受けるの?」

「来年は受けない。再来年からかな。来年、もしかして中国棋院に連れてってもらえるかもしれないんだ。一週間ぐらいだよ。俺行ってみたいって頼んだんだ。観光はなし、あっちの院生と碁を打つだけの武者修行だよ。」

 

和谷は飛びつきました。

「俺も連れていってくれ。金かかるのかな?」

「出世払いでいいんじゃないの。そんなに高くないと思う。」

伊角は躊躇いました。中国って強いんだろ、そんなところで打てるんだろうか、みっともない無様な碁を打ちたくないという気持が頭をもたげてきたのです。

「本当に連れて行ってもらえるかは、分からないよ。でも頼んでみるね。泉さんに。本当だったら、後二人一緒に行きたいって言ってるって。その前に二人とも、冬休み、俺と合宿して打つ気ある?朝から晩までだよ。ずっと。」

 

伊角と和谷はホームのベンチに腰かけていました。

「和谷。今日はありがとうな。来てよかった。」

「うん。俺も。あいつに会えてよかったよ。あんな奴がいるんだな。来年は試験受けないって言ってたから、俺たち頑張んないといけないのかな。あいつ、この次どんなことするのかな。」

「お前のところの冴木さんにしたみたいなの。ああいうのじゃないか。ってか、普通に打って検討するんだろ。」

二人はしばらく黙りました。和谷がぼそっと言いました。

「正直、俺、ついて行けるか心配だよ。でもあいつは俺と打っていて楽しかった。そういってくれたし、俺をプロにしたいって言ってた。信じて付いて行くしかないよね。」

 

「和谷。あいつは飛びぬけているよ。だからって、あいつに追いつかないからって、俺たちが、プロになれないわけじゃないと思う。それより、俺は自分の弱さを痛感したよ。今日、初めて会ったのに、話もしないのに、あいつは俺のこと見抜いていた。でもあいつは、俺のそういうとこを叩くわけじゃなく、かといって、手を抜くわけでもなくてさ。俺は今はただもっとあいつと打ちたい。打ってもらいたい。ただ、そう思っているよ。」

 

「うん。伊角さんが、あがってるから心配したんだけどね。すごいよな。あいつ。」

それから和谷はまた言いました。

「あいつさ。白川先生以外に、二人のプロの人に打ってもらっているって言ってたよな。一体誰なんだろう。あいつ勝ったことがないって言ってたよな。白川先生みたいに強い人だって。」

伊角が考えるように言いました。

「確かにあいつ、強いし、読みもすごいけど。当たり前だけど、白川先生には勝ててないんだろ。最近、白川効果って言われているけど、白川世代の棋士が何人もリーグ入りとかしてるだろ。俺はそのうちの誰かじゃないかって思う。白川先生の親しい知り合いとか。弟子取ってるのを知ってて、鍛えるのを手伝って打ってくれてるとか。」

 

「うん。そうかもな。」

そう相槌を打ちながら、何となく違う気もしました。

勿論進藤が誰と打っているか、当然白川先生は知ってるんだよな。でも教えてくれないのはなぜだろう。秘密?

まだ、森下先生に紹介してないからか。大体何で、いまだに森下先生に会わせないんだ?よくわかんねえよ。でもさ、あいつ、隠し事得意じゃなさそうだし、何たって、小学生だしな。そのうち、一体誰と打ってるのか絶対、聞き出してやる。

そう思った和谷でした。


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