神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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36.粛々と合宿

ヒカルは、和谷と伊角と、平八の家に二週間泊まって、ハードな合宿を行う約束を取り付けました。

全員、それまでに宿題を終えておくこと、大掃除を済ませてくること、大晦日と元旦は、家に戻ることが条件でした。

和谷も伊角も20日には、やってきました。

 

 

平八の妻も、美津子もなぜか異様に張り切っていました。

「ヒカルも可愛いけれど、何かとよく気が付く和谷君もいいわ。平八さんの若い頃に似てないかしら。」

 

「私はお義父さんのお若い頃は知りませんから。何とも。」

それに和谷君じゃあ、ヒカルが二人になったみたいじゃないの。

私は絶対伊角君がいいわ。背も高いし、イケメンよね。それに高校生というのは大人よ。でも純真なところもあって、可愛いわ。

お義母さんと趣味が一緒じゃなくて本当に良かったわ。待って。もしかして正夫さんて、お義父さん似じゃないでしょうね。

まあ、それは置いておいて。あの奥座敷に籠りっきりって、お勉強もそれぐらいやれば、海王中ぐらい受かりそうよね。押し入れに布団を三組でしょ。碁盤が二つ。他は何もいらないんですって。洗濯機を貸していただければ、洗濯は自分たちでします。風呂と奥座敷の掃除は自分たちがします。夕食の片づけもしますですって、ヒカルにも、見習わせてやらせなくっちゃ。

 

 

さて、約束の初日、伊角と和谷は荷物の整理もそこそこに、早速、碁盤の前に座ったものです。

「進藤が来る前に一局打っておこうぜ。早碁だ。」

「いいぜ。」

 

「あれ、二人とも早いね。夕方かと思ってたよ。」

夕食前に、平八の家に来たヒカルは、二人の気合の入りようにびっくり、大喜びでした。

 

合宿は極めて順調でした。

 

「そこでなくて、ここ。そこも悪くはないかもしれないけど、上手の相手には効かないと思う。ここの方が先の広がりが大きいから。」

左が薄くならないかと、和谷が躊躇うと言いました。

「和谷の力ならいける筈だ。これに慣れなくちゃ。これからずっと打っていくんだったら。」

 

ヒカルはふと思っていました。

懐かしいな。こんな風に碁のことだけ考えて、朝から晩まで打って。いろいろなこと指摘されて…。今は俺が指摘する側なんだ。

えっ?俺、何を考えてるんだろう。懐かしいような切ないような。胸がキュンとするような。

 

ヒカルは頭をぶるんと振ると言いました。

「おかしいとか、こっちの方がいいとか遠慮なく言ってね。何でも検討してみなくちゃね。」

「ここさ。こっちに置いた方がよくはないか。」

「そうか。こう打つとどうなるんだろう。続けてみようよ。」

 

食事の時も、碁の話ばっかりでした。

 

平八は頭をひねるように言いました。

「伊角君は院生一位っていうのに、なぜ落ちるのかねえ。見たところ、凄く強いじゃないか。ヒカルも、もう追いつかれてるんじゃないか。」

「うん。追いつかれるっていうより、元々強いものね。伊角さんの場合は、気持の持ち方が一番だからって、白川先生が言ってたよ。」

 

「俺は?」

和谷が自分を指して言いました。

「そんなの、和谷がじかに聞けばいいだろ。兄弟子なんでしょ。白川先生は。俺より付き合い長いんでしょ。」

 

伊角が言いました。

「俺、緊張してあがる癖があるんだ。普段はあがったって、問題ないと思うけど、碁を打つ時は致命傷だよ。」

 

「人っていろんな癖があるよね。盤外戦でいきりたったり、上手く打てたとか、まずったとか思って、すぐ顔に表したりとかも。緊張して力が発揮できないっていうのもあるんだね。俺、それって、訓練すれば、乗り越えられると思うんだ。」

 

「性格が訓練で変わると思うのか?進藤は。」

 

「ううん。きっと性格は変わらない。あがるのは慣れで、いつかは克服はできるかもしれないけど。

ただ碁を打つことに限って言えばさ、それって、今打っている碁そのもの以外の何かに気持が行ってるってことだよね。だったら集中するしかないよ。毎回、今打ってる碁のことだけに。

 

これに勝てば合格だとか、もしかしてプロだったら、リーグ入りだとか、タイトルとれるんだとか、そういうことに頭が行くのは当然だと思う。でも打ち始めたら、もうそれはないんだ。碁を打った結果として、それはついてくるんだから。

 

打ち始めたら、ただひとつ、盤の上では自分がいかに相手をしのいで、相手の考えていることの上を行くか、よくなければ今の局面をどうやって追いつくか、そういうことに集中するしかないよ。ヨムことに集中すると、もう他のことは考えられない。

 

少なくとも俺はそれほど器用じゃないからね。

集中することで先につながるんだもの。それは合格したい、上に行きたいと思うよ。おそらく誰もが。でもそれで今打っている碁にそれ持ち込んで、どうするの。

 

俺は。伊角さんも和谷も、切り替えて集中する訓練を積めば、もっともっと強くなれると思う。俺もいつでも集中し切れてるわけじゃないけど。でも頑張ってその力をいつも磨いてるつもりだよ。それでも負けるのは今の自分の実力ってことで、しかたないと思う。

とにかく、反省はしても、後悔しない碁を打とうよ。二人とも。」

 

 

次の日は終業式ということで、ヒカルは夕食を終えると家に戻りました。

 

「伊角さん、さっき進藤が言っていたことどう思う。」

布団を敷きながら、和谷が言いました。

 

「俺、思い当たるよ。よくさ、雑念を払って集中とか、合格とか考えるなとかいわれるんだけどさ。進藤のはちょっと違うんだな。打つ前はいろいろ思うのは当たり前だけれど、打ち始めたら、それを切り替えるっていうんだな。それが訓練しだいって、ひとつの習得できる技術なんだって言ってるんだな。

相手が誰かとかいうのに惑わされてはいけないっていうのも。あれ聞いてて、俺、なんだか力湧いて来て、やれそうな気がしてきた。」

 

「そうだな。俺、さっきの聞いて、進藤がなぜ急いでプロになるって言わないのか、少しわかった気もした。あいつは自分が納得のいく碁を打ちたいっていうのが一番にあるんだな。

それに危なっかしい空中戦みたいなのを俺たちに打たせるだろ。あれもいずれ、ああいう碁を打っていかなければ、この先やっていけないって言ってるんだよな。今それを思いっきり打ってみて、ここで失敗したり、いろいろ経験して、その力を手にするっていうことなんだな。あいつも、今まで、そうやって打ってきて、あそこまで打てるようになったんだって、そういうのが見えてきた気がする。この合宿でさ。」

 

「実際、進藤もしょっちゅうつまずいているよな。ここで打ち続けていて俺気が付いた。あいつは、今のところ俺たちの中では、絶対的に強くもあるけど、でも本当は、いつも強いってわけじゃない。必死で考えて打っているんだって。でも、ただ勝てばいいとは思ってないんだよな。自分が狙うとおりの碁を打ちたいんだな。そのために訓練してる。そうだな。反省はしても後悔はしない碁か。」

 

「まだまだ時間はあるから頑張ろうぜ。あいつ、でもなぜ、そこまでやってくれるんだろう?」

 

「俺は、おまけで来たんだけど、和谷って秀策スキーだろ、進藤もそういうところがあるんじゃないか、前に言ってただろ、和谷の打つ手が嫌いじゃないって。それに、あいつ、ライバルを作りたいんじゃないかっていう気がする。ライバルっていうか、碁を打つ仲間、切磋琢磨する仲間。九星会なんか、そういう仲間意識はあるんだけれど、進藤が望んでいるのは、もっと親密な高め合う仲間なんだろうな。」

 

 

大晦日の夜、家に戻った和谷は翌日師匠の家に挨拶に行き、帰りに一緒になった白川に言いました。

 

「進藤に伊角さんが聞いたんです。白川先生とだけ打って強くなったのかって。そうしたら進藤はネットの中国のプロ棋士の外に日本のプロ棋士二人に打ってもらっているって言ってたんですけど。その二人にまだ一度も勝てたことないって。それって誰なんですか。白川先生は知っているんですか。」

 

白川は少し笑いました。

 

「そうだね。進藤君のことだから、君たちが進藤君の目に叶うとこまで来たら、きっとそのプロ棋士たちと打たせてくれるんじゃないかな。特訓の総仕上げっていうところかな。まずはプロ試験を目指して、頑張ることだよ。謎はいずれ明らかになるさ。それに和谷君がプロになってくれないと、僕も森下先生に進藤君を紹介できなくて困るからねえ。今年は期待しているよ。」

 

合宿の最後に持ち時間三時間で、和谷と伊角は打ち合いました。その日は白川も来て、その碁を見ました。

「前に見た時とは全然違ってるよ。二人とも。よく頑張ったね。」

 

「これだったら、春休みの武者修行も大丈夫じゃないかな。ね、伊角さん。」

ヒカルはそう言いました。

「うん。楽しみにしてるよ。前は、中国棋院なんて、そんなとこへ行って大丈夫かなんて、びびってたんだけど、今は碁に国境なんてないんだって、そう思える。」

 

「今度、泉さんに二人を紹介するんだ。」

「二人とも、武者修行に出る気概が備わったわけだね。」

 

「うん。二人とも、もともとちゃんと打てたんだから、俺のすることはそんなになかったけどね。」

ヒカルは続けました。

「それで、今度から、伊角さんもパソコン導入、和谷と交替で早朝対局するっていうんだよ。俺は二人を竹林に紹介したいと思ってるんだけど、ちょっと料金高いしね。そうそう、お母さんが折れて、俺もパソコン手に入れたんだよ。リビングにある奴はそのまま、買い取って、お母さんとお父さんが使ってる。お母さんなんて、それで家計簿つけ始めちゃって。」

 

ヒカルは、楽しそうに笑いました。

俺がやっていることはあっているんじゃないか。そういう気がしてるよ。

俺探せるんじゃないかな。見つけたいものを。もうすぐそこまできてる気がするよ。

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