神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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45.盤外戦、前哨戦

前回の棋聖戦は、たまたま二月からだったから、一月の新初段戦に出られたが、今回は、来月からだ。

 

恐らく白川君だな。侮れない相手だ。畑中・緒方・白川・倉田が次世代四天王とか言われているが、僕がその先峰でやられたくはないよねえ。ま、棋界のためにはそろそろ新しいのにも頑張ってもらう方がいいが。

あの時の院生は、今年のプロ試験を通っているね。二人とも。すぐに実力は分かろうってものだけど。そうなると、やっぱり気になるのはtwinkleだねえ。

 

ということで、一柳は、緒方に聞きました。

「緒方君、君はtwinkleにじかに会ったことはあるのかい?」

緒方は余裕で聞き返しました。

「会ったことがあるとしたら、どうなんです?」

「私も会ってみたいのだよ。」

「そうですか。でしたら来年には会えますよ。」

「なぜ?」

「来年はプロ試験を受けると聞いていますからね。」

「ということは君は知っているんだね。何もそう出し惜しみをすることはないだろう。君とは当分リーグ戦でも争そうことはなさそうだし。」

「は?リーグで戦うなら会わなくていいっていうんですか?それくらいなら何も聞かなくたっていいでしょう。」

 

「緒方君は意外と粘着質だねえ。」

「別に、そういうわけじゃないですけどね。あのtwinkleには師匠がいるんですよ。ですから俺がどうとかいうことはないですよ。師匠がいいと言ったら、会えるんじゃないですか?」

「何?師匠は誰なんだい?誰の門下生なんだ?」

一柳は頭を巡らしました。

おそらく九段あたりの棋士か、或いはタイトルホルダーの誰か?まさか。桑原さんじゃないだろうな。一番い怪しい人物だ。

 

「どちらにしても、先生はリーグ戦やらで争う人なら遠慮されると言ったのですから。私は失礼しますよ。」

むむ、ということは。

「それに、私だって先生とどこぞのリーグで当たることもあるかもしれませんよ。これから。棋戦はいろいろありますからね。」

 

そこに具合よく桑原がやってきました。

「おや、一柳さん。緒方君に何かちょっかいを出しているんですかな。本因坊戦は挑戦者は、どなたでも構わないですぞ。緒方君とばかりだと飽きてしまうのでね。ふっふっふっ。」

 

本当に嫌味な爺だな。見ていろ。すぐに、古い奴らを蹴落としてやる。

「ちょうど良かった。桑原先生は小学生のお弟子さんはいられますか?」

「いや。残念ながら今はいないねえ。」

緒方は一言付け加えました。

「一柳先生。彼は昨年は小学生でしたが、今は中学生ですよ。あしからず。」

 

そこへまたまた森下と白川がやってきました。

そうです。今日は高段者の対局がある日なのです。

「皆さん、お揃いでこんなところで何をなさっているのですか?」

奇妙なメンバー構成に森下は少し眉をひそめました。

師匠としては、少しでも白川君を雑音から遠ざけておきたいものだが。何しろタイトルがかかっているのだから。森下門下の悲願だ。

 

緒方はここぞとばかりに、行洋譲りの技を繰り出しました。

「いえ、一柳先生が、タイトル戦を前に、どうしても白川さんのお弟子さんに会いたいと言ってるのですよ。」

それだけいうと、緒方はすたすたと去って行きました。

どうせここにいてもろくなことにならない。食い物にされる前に、消えた方がいい。結果は後で進藤に聞けばいいのだから。どうせ俺が立ち会うことなどできないだろう。あの桑原の爺が興味津々だからな。同席はごめんだ。

 

一柳はぎょっとしました。

だが、考えてみれば、あの斬新さは、若い実力者にこそ合っている。そうだったのか。白川君ねえ。

でもタイトル戦を前に、気になっていることに決着をつけねば、落ち着いて打てないよね。あの手、白川君は知っているのだろうな。当然に。

 

「白川君には、中学生のお弟子さんがいるのかい。」

「はあ。一人いますが。」

用心ししい白川は答えました。

緒方さんや塔矢先生が絡んでいるのだからいずれ、何かとややこしいことが起きると思っていたけれど。

私は全く構わないけれど、進藤君は棋界の星になる子だ。守らねばならない。

 

「是非、紹介してくれないか。腕前のほどを直に見たいのだよ。」

白川は少し考え込みました。森下が横から口を出しました。

「失礼とは思いますが、一柳先生。来月から棋聖戦ですよ。今頃なぜ白川の弟子の話を?」

「いや、私は白川君に何かしてるのではなく、ただお弟子さんに会いたいだけでね。」

「それは今聞きましたよ。でもそいつはまだ中学生になったばかりの子どもですよ。しかもプロじゃない。白川だって、ホイホイと返事はできませんわな。」

 

その時また新たな人物が。

「これはみなさん。先ほどからちょっとお話を聞かせてもらってましたが、白川君。緒方君が君に何とも面倒くさい話を振って申し訳ない。森下。すまん。」

そう行洋が言いました。

 

他の高段の棋士たちは、ややこしいことはごめんだと、彼らをさっさとよけて行ってしまいました。

「それにしても、一柳さん。なぜ白川君のお弟子さんにそんなに執着されているのですか?」

白川はそれを聞いてなんと白々しいと思っていました。

この集団で一番進藤君に執着しているのは、塔矢先生じゃないか。

 

「いや、私はネットで打ったことがあってね。碁盤を囲んで打ちたいと思ったんだ。そもそも緒方君が紹介してくれたんだよ。ネット碁の相手として。」

 

桑原がついいと口を挟みました。

「何か面白い話だねえ。そんな若いのに緒方君はともかく、棋聖とあろうものが関心を持つとは。何かわけがあるんですかな。それとも白川君を揺さぶって棋聖戦を有利に運びたいのかな。いやいや、そんなせこいことを考えていると、勝てませんぞ。」

一柳は思いっきり嫌な顔をしました。

桑原さんの弟子じゃないだけましだが、全く何にでも面白いと口を突っ込んでくるのは、困った癖だ。

 

行洋は言いました。

「一度棋院でさっと打ったらいいのではないか。森下は反対か?棋戦までひと月あるから、できるだけ早くやれば、気にすることもないだろう。白川君なら影響など受けないよ。」

「まあ、そうだな。」

白川には行洋が、ヒカルが大丈夫だと言っているのが分かりました。

「彼もトップ棋士がお相手下さると聞いたら、喜びますね。一柳先生とはすでにネットで何回かお相手頂いているのですから、なおさらでしょう。」

そう白川は言いました。

 

「ではいつにするかね。早速部屋を申し込んでおこう。」

森下が無愛想に言いました。

「彼は孫弟子でもあるんで、俺の研究会に来るんですよ。研究会の前に一局お相手下さればいいんじゃないでしょうか。大げさでもないし。ちょうど明日研究会がありますんで、二時間ほど早く来るように言っておきましょう。白川君、学校の方は大丈夫かな。」

「それは構わないでしょう。連絡しておきますよ。」

 

「森下。私も立ち会ってもいいだろうか。」

「行洋。なんでお前が?進藤に関心があるのか?」

「いや。彼は私の妻と親しいのでね。前から彼を知っているのだが。」

「何?」

森下は目を剥きました。

どういう関係なのか?

 

白川は、あっさり言いました。

「ここにいる方々で、進藤君が打ってないのは、桑原先生だけですよ。いろいろなことはどうでもいいのではありませんか。森下先生。進藤君のお母さんと塔矢先生の奥様はたまたまご友人なのです。それだけなのですよ。」

「ではこれで、手打ち式だね。明日はわしものぞかせてもらうよ。楽しみだねえ。」

そう言うと、桑原は先にエレベーターの方へと行きました。

 

白川は、ヒカルに連絡を入れました。

「お昼過ぎに行きます。学校は大丈夫です。」

そして、その日、森下が研究会のため午後から予約していた部屋には、昼過ぎにはもう名だたるタイトルホルダーが三人も顔を揃えていました。和谷はヒカルに聞いて、その日は早退し、対局を見に来ました。

 

「そうか。君は森下さんの門下生か。ではあの新初段戦を見破ったのは、やはりあの対局を見ていたからだね。」

一柳はそう言いました。

「何かね。一柳さん。新初段戦とは。」桑原が聞きました。

「いやね。塔矢さんがいるのに申し訳ないが。」

「いや。分かっていますよ。私は息子には言っていませんが、あれは逆コミでも一柳さんが勝っていたのですな。一柳さんがご祝儀をくださるとは、あの時は少々驚いたものですよ。」

「いや、私は別にどうしようとも思わなかったんですよ。流れでそうなってしまってね。そもそも新初段戦などもう古い。私はいらない棋戦だと思ってますよ。少なくもこれから来る進藤君というのですか。彼のような若者が、プロの門を叩くのに、逆コミ五目半などは。」

「そうですな。」

 

その時、ヒカルがやってきました。

中学生と聞いていたが、小学生にしか見えないじゃないか。

これは、そこにいた桑原と一柳の感想です。

ヒカルは、そこにいる年配の面々に少し面くらいました。

 

「君が、twinkleという名前で打っているのかい?」

「はい。初めまして。進藤ヒカルです。一柳先生にはネットではご指導いただいてありがたく思っています。」

「時間もあれですから、すぐに始めた方がよろしいと思います。」

というわけで、ヒカルは一柳と向かい合って、打つことになりました。

 

気負いが全くない。しかし、この集中力はすごい。何を言っても聞こえていない。それよりこの手は、新手というわけでもないのかもしれないが、斬新だ。ふむ。

実に、面白そうな小僧だと、桑原は思いました。


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