神の気まぐれ(ヒカルの碁逆行コメディ)     作:さびる

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49.4冠、汗(かん)、勘、第六感

白川が棋聖位を奪取したのを緒方は横目で見ていました。

確かにタイトルを取ったのは白川が先だったが、それは棋戦のシュケジュールの違いにすぎん。

ということで、恒例の?緒方の本因坊挑戦が始まろうとしていました。

メインイベントとは、白川の棋聖戦ではなく、俺の本因坊戦のことだ。

とは言ったものの、緒方には白川の快挙は、間違いなく追い風になっていました。

 

「また緒方君とかね。ちょっとは違った相手とも当たりたいものよの。飽きてきた。」

俺にはもう盤外戦は効かない。しかし、効いている振りもいいものかもな。

これで3回目だ。俺もだいぶ学習したんだ。

「そうですね。俺もお手伝いしましょう。来年は攻守変えてお相手というのも、気分が変わっていいかもしれませんよ。」

 

桑原は、心でちっと舌打ちしながら、それでもシレっと次の手を放ってきました。

「ところで、今回は必勝祈願のお守りはないのかね。」

来たぞ。言うと思った。

「はあ。あれは落とすと不吉なんだそうで、今年は家の神棚にまつっておきました。きっとご利益は抜群でしょう。」

ふむ。こやつ、今回はあまり面白うないわい。

 

「緒方先生?お守りっていうのは何ですか?」

傍にいた記者が聞きました。

「いや、大したことじゃないんだ。前回、前夜祭の時にね。ファンがくれたお守りをね、落っことしたんだ。それを桑原先生が見てたんだよ。」

「そうですか。桑原先生にお守りを渡すなんてファンは、いそうもありませんからね。きっとひがまれたんですね。」

桑原は背中でそれを聞いて少し歯ぎしりです。

 

というわけで、緒方の本因坊戦は、まずは舌戦から、順調な始まりを見せていました。

 

白川は、一局目を緒方が制したのを見ながら、思いました。

私は進藤君の前哨戦に助けられた形で、タイトルを取れた気がするけれど、緒方さんも随分、調子が良さそうだな。

 

 

さて、一局目を自分のペースで勝てた緒方は気分をよくして、今日は友人宅でくつろいでいました。

友人?知り合い。どんな知り合い?

ま。緒方も大人です。大人な私生活があっても良しとしましょう。

師匠の行洋の大人な私生活は今は順調でした。白川は気の合った相手と落ち着いた結婚生活を送っています。緒方にも、あってもいいでしょう。

 

「あら。もう帰るの?」

「うん。来週は、二局目があるしな。」

「精次君って、いつも碁のことばっかりね。でもせっかく来たんだから、もうちょっと楽しそうな顔をしたら。」

「おれは、いつもこういう顔なんだ。でも飯、うまかったよ。」

「そうでしょう。これ精次君のお母さんが送ってくれたのよ。精次の好物だから作って食べさせてくれって。」

 

緒方は顔をしかめました。

勘弁してほしい。まったく。

「ま、大切な対局控えてるんですものね。頑張ってね。」

「ふん。碁のことなんて知らないくせに。」

「ええ、知らないわよ。でも精次君のことは分かってるわよ。碁が一番だってことはね。」

 

緒方はぼそっと言いました。

「碁より面白いものはないよ。」

「まっ、つまらない男。でも碁が一番てのは分かる気もする。私も仕事は大切にしてるしね。それじゃあ、精次君の二番目に大切なものは何?」

「二番目?それは熱帯魚だ。」

 

緒方のお相手は、ふうっとため息をつきました。

まあ、これが精次君よね。ほんと、変わってないわ。とにかく、お母さんが二番目でなくて良かったわ。

 

緒方ファンの皆さんはこの後の展開をお知りになりたいでしょうが、それは今のところ不明ということで。

 

 

さてさて、棋聖のタイトルにまつわる諸々のイベントが一段落したある日でした。ヒカルの家で、あかりの身に起きた異変を聞かされて、白川は驚きました。

決して幽霊の話は作り事とは思ってはいなかったのですが、本当なのだろうか。

本当だとしたら、その幽霊は、何ともの悲しいほど碁に執着した霊なのだろう。人間の業をすべて背負っている気がするじゃないか。

 

「先生、幽霊と一局、打ってみて頂けませんか。」

あかりと向かい合い、自分の置いた石をあかりが読み上げるという、不思議な形で始まった碁でしたが、白川もまたその深い世界に引き寄せられていきました。ヒカルも一緒の幽霊との検討も興味深いものでした。

 

不思議だ。進藤君と出会って、いろいろなことが変わってきたが、これほどの経験は初めてのことだ。それにしてもなぜなのだろう。なぜ幽霊は塔矢先生の奥さんにだけ見え、藤崎君だけが話せるのだろう。しかも藤崎君にくっついているというのはどんなわけがあるのだろう。

 

 

その日、ヒカルの家から帰る時、白川は、あかりに言いました。

「ちょっとそこまで歩こうか。」

白川とあかりの公園デートは初めてのことですが。

「で、藤崎君は、幽霊がくっついてきたことに、何かわけを感じているの?」

あかりは頷きました。

平八から碁盤の話を聞いたことを話しました。

 

進藤君が幽霊に絡んでいる。何となくすとんと胸に落ちる気がする。

先ほどの対局を思い浮かべながら白川は思いました。

 

「進藤君はそのことを覚えてるのかな?」

「ヒカルは、小二の時に、歩道橋の事故にあって、それ以前の記憶をなくしたみたいなんです。今、私、幽霊さんにいろいろ話しかけてるんですけど。たまに答えてくれたり呟いたりしていることはあるんですけど。」

 

白川は、その話を聞いて、幽霊がここにいる理由に、ヒカルが関連しているという確信を抱きました。

それを解き明かすことに意味はあるのかわからないけれど。でも私は何かを任されているかもしれない。そんな気がするんだよね。

 

「藤崎君。ご苦労だけれど、幽霊が話す言葉を書きだして、教えてくれるとありがたいのだけれど。やってくれるかな。これは進藤君にも言わないで、私と藤崎君だけの間の話にしておきたいのだけれど、いいかな。」

 

あかりは頷きました。

私も感じてるのだけれど、先生も感じてるのだわ。幽霊さん、ヒカルと関わりがあるのよ。昔遊んだ事が影響してるのかも。でもヒカルがプロになるまで、ヒカルにはいろいろ話さない方がいいのよね。きっと。だから内緒なのね。

 

それから白川は、話を別の方向へ持っていきました。

「この話は塔矢先生か誰かに話したの?」

「ううん。誰にも。」

「塔矢先生の奥さんには伝えたほうがいいね。きっと心が軽くなるだろうから。」

 

 

あかりは、白川にそう言われて明子に連絡を入れました。

「まあ、あかりちゃん、ご無沙汰ね。あの時はどうもありがとう。えっ、ええ、いいわ。あのケーキ屋さんね。内緒の話って何かしら。楽しみにしてるわね。」

 

その電話は、運悪く行洋の耳に入りました。行洋にとっては運よくかもしれません。こういうことは逃さずに、キャッチするところはさすがといえましょう。

「今の電話は?」

「あかりちゃんからですの。あのケーキ屋さんで又デートのお約束をしましたの。」

 

 

さて約束の日です。

ケーキ屋では、ヒカルとあかりと白川が待っていました。

明子が席に着くと、4人は微笑を交わしました。秘密結社の仲間というところでしょうか。

「白川さんまでいらっしゃるとは、どんなお話なのかしら。」

「藤崎君から話すかい?」

 

そこで、あかりは頷くと、かくかくしかじかと、話をしました。

「まあ、そうだったの。じゃあ、あかりちゃんは。」

明子は、その話を聞いて、驚いた後、少し声を詰まらせました。

 

その時です。その場に呼ばれていない二人が、ケーキ屋に現れたのです。

白川は心の中で舌打ちをしました。

この人たちは本当にどこにでもしゃしゃり出てくる人たちだ。

 

緒方は、ん?と思いました。

今日棋院で会った師匠の様子がおかしかった。俺にも第六感はある。付いてきて正解だった。

次の本因坊戦は十日以上先だからな。

 

「まあ、あなた。緒方さんまでなんですの?」

明子はさすがにむっとしました。

本当に二人とも、白川さんや進藤君の爪の垢でも飲ませたいわ。私の交友関係に口を突っ込むなんて、まったく。

 

緒方は、お構いなしに言いました。

「白川。何の話をしているんだ?俺にも聞かせろ。」

 

彼もアキラと同じ、自分の興味の赴くままに突っ走る傾向があるのです。

行洋が師匠だと、弟子がそうなるというわけではないでしょうが。いえ、たぶんに行洋が影響しているのかもしれません。類は友を呼ぶです。アキラの場合はDNAが影響しているかもしれませんが。

 

白川はため息混じりに言いました。

まあ、これもしかたがないことかもしれない。

「あなた方もまったく関わりがないとはいえませんからね。まあ、お座りください。お話しましょう。」

 

何? あの幽霊がこのあかりという子に取りついた? しかも声だけの存在になって?

「それで碁を打っているのか?」

「私が塔矢先生の奥様においで願ったのは、碁を打つことについてではありませんよ。」

白川は憮然として言いました。

 

「そうですわ。緒方さんもですが、あなたもよ。今あかりちゃんはとても負担になることを背負っているのよ。私もそうだったから良く分かるのよ。だから白川さんは私にお話くださったのよ。」

 

「今幽霊は、姿を失っています、ですから目も見えないのです。対局するには相手の打った手を読み上げてもらわねばならないのですよ。藤崎君はそこまで幽霊にしてやる義理はないでしょうが、奥様から受け継いだと感じているから。幽霊の碁に対する熱い思いに応えることにしたのです。だから今は、進藤君を相手にして対局をさせています。奥様がこの話を聞いたら、幽霊がまだ存在することを知ったら、少しは心が軽くなるのではないかと存じまして、ご連絡をしたのです。」

 

それから白川はヒカルとあかりに声をかけました。

「君たちはこれから用事があるのだろう。帰りなさい。」

そう言って二人を帰しました。

 

二人の後姿を見送りながら、緒方は聞きました。

「まだ、何か話があるのか?」

「本題はこれからですよ。」

白川は声の調子を少し落としました。

 

「藤崎君は幽霊は遠くない先に声も失うと言っています。彼女は今、日々それを感じて過ごしているのですよ。幽霊自身は今しばらく打たせてくれといっているそうです。声が消えるまでの間。

私は藤崎君が幽霊を失った時に、奥様に藤崎君を支えて欲しいとお願いしたかったのです。

幽霊の手を聞きそれを置き、さらに相手の手を幽霊に読み上げる、それは藤崎君には大変な負担だと思うのです。でも何もしないで、幽霊が消えてしまったら、それはもっと辛いでしょう。彼女の性格ならずっと苦しむことになるでしょう。」

 

明子は言いました。

「分かりましたわ。私にどれだけのことができるか分かりませんけど、私にできる限りのことはさせて頂きますわ。」

 

「でもなぜ彼女なんだ?」

「さあ、でも彼女はその意味をつかもうと頑張っていますから、いずれ。なぜそうなのかが分かるのじゃないですか。奥様の時のように。」

 

「白川君はこれをいつ知ったのだね。」

「数日前ですよ。わたしが棋聖戦を終えて、一段落するのを待っていたのでしょう。彼女は気を遣う子なのです。それと、」

白川はやや躊躇いがちに言いました。

「進藤君に言うのもずいぶん悩んだようですよ。塔矢君がプロになるまで、知らされていなかったことを知ってましたからね。でも誰にも言わないうちに、幽霊が消えてしまうことのほうが心配だったのでしょう。

私は今年は絶対に進藤君にプロ試験を受けさせますよ。藤崎君の心から、少しでも負担や重荷になるものを除かなくてはなりませんから。」

 

「あかりちゃんは本当に心配りできるお子さんですわ。わたしがあの時、幽霊さんと一局打って頂けたのもあかりちゃんのおかげですもの。あれで、私本当に気持ちが楽になったのよ。

幽霊のことを知っている私たちは、あかりちゃんも、今打ち合っているという進藤君も守る必要がありますわね。」

 

 

白川君はタイトルホルダーになったからというわけではないが、本当に師匠の貫禄が備わってきたな。

行洋はそう思いました。

それに白川君は何か幽霊のことに考えを持っているようだ。一度それを聞いてみたいものだが。

それは、名人のシックスセンスでした。


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