鎮守府点描   作:Ashlain

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イタリア:地中海急行

 被弾した大鳳のダメージコントロールを、イタリアはじっと見つめている。何をすることもできなかった。

 秋月とリベッチオが既に手を貸していて、これ以上手が増えても意味がないことはイタリアも理解できている。

 

「イタリア、Watch out」

 

 旗艦の金剛が南西側の上空を指して注意を促す。

 深海勢力の基地から飛び立ったのだろう攻撃隊の空襲は既に止んでいたが、それが一時のことでないという保証はないからだった。

 

「大鳳艦戦隊の収容よし、だ。

 だが、あまり長時間は無理だぞ。こちらの艦戦隊の燃料にも限界がある」

 

 グラーフ・ツェッペリンが報告する。

 彼女は、大鳳の被弾で一時的に着艦が不可能になった艦戦隊を着艦させ、必要な補給を行っている。

 着艦と補給のためのスペースは限られているから、その間は自分の艦戦隊を上空待機させねばならないのだった。

 

「解ってマース。

 そもそもあまり時間をかけてはいられませんからネ。大鳳、Are you OK?」

 

「消火完了、飛行甲板の使用に支障なし。

 大鳳、まだいけます」

 

「さすがに無事とはいかんか。小破、といったところかな。

 あちらも必死だ」

 

 ひとつ息をついてグラーフが応じ、制帽を取って顔にかかった髪を払いのけた。

 

「さあ、艦戦隊を戻そう」

 

「はい。

 秋月さん、リベッチオさん、ありがとう。助かりました」

 

「Air watch、3艦分担。真北から120度ごとにイタリア、秋月、金剛が担当。

 リベッチオはSubmarineへの警戒をお願いしマース」

 

 金剛が指示を出し、秋月とリベッチオが了解の意を伝える。

 イタリアも頷いて北へ――故国の方へ、視線を向けた。

 

 シチリアの島影が水平線にぼんやりと浮かんでいる。

 カレー洋からステビア海を渡り、紅海を抜け、たどり着いた故郷の海が、今はイタリアの戦場だ。

 

「金剛さん」

 

「んー?」

 

「……わたし怖い」

 

「ワタシだって怖いですヨ?」

 

「そういうんじゃなくて」

 

「んー?」

 

「もう5回目なのに」

 

「あー」

 

 金剛はなにかを察したようだった。

 

「4回でダメなら5回目、5回でダメなら6回目デース。

 いいですかイタリア、私たちはもう敵の喉に食らいついてます。離しちゃ駄目なんですヨ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 スエズを抜けて地中海へ、さらに大西洋へ。

 鎮守府史上最長の距離を駆け抜ける作戦の中でイタリアたちに与えられた任務は、地中海東部の深海勢力の排除と橋頭堡の確保だった。

 

 ひとつずつ拠点を潰し、制空権と制海権を確保しながら徐々に前線を押し上げる、という形は、作戦予定期間との兼ね合いで認められなかった。

 連合艦隊を押し出してその打撃力にものを言わせるという方法は、兵站の負荷の観点から却下された。

 結果として採用されたのは、打撃力と速力に優れる艦隊をもって東地中海を一挙に通り抜け、サルデーニャ島付近の敵の本拠を叩く、という作戦だった。

 何やら長く仰々しい作戦名が付されてはいたが、艦娘たちは誰もそれを覚えてなどいない。

 その概要と艦隊の編成から、『地中海急行』とあだ名され、鎮守府ではそれが半ば公式の作戦名として知れ渡っている。

 

 作戦の開始以来、艦隊は目標海域へ向けた出撃を反復していた。

 激しい抵抗を受けつつも状況は順調に推移し、あとは敵の総旗艦を落とすのみ、そんな状況にまでは持ちこめている。

 

 だが、その決定的な一撃を与えることができていない。

 

 支援艦隊、陸上攻撃機隊、そして金剛率いる本隊が共同で行う攻撃を、深海の総旗艦は耐え続けている。

 随伴艦も彼女が落とされればこの海域を失うことが解っているのだろう、ありとあらゆる手で――ときには身を挺してまで、総旗艦を守っているのだった。

 

「総旗艦への攻撃はわたしの役目なのに」

 

 既に4回、艦隊は最終攻撃に失敗していた。

 あるいは随伴艦に、あるいは総旗艦の装甲に阻まれている。

 勿論それは総旗艦への攻撃の機会を得られた回数の話で、中途で引き返さざるを得なくなった分は含まれてはいない。

 

「誰も気にしてませんヨ」

 

 金剛の声は優しいが、イタリアは自分たちを最前線へ押し出すために支払われるものを理解できないほど愚かではなかった。

 支援艦隊が消費する燃料と弾薬。

 陸上攻撃機隊が払う犠牲。

 自分たちが行動するための燃料、弾薬、そして流される血。

 そもそもここに――地中海にたどり着くまでに、鎮守府は膨大な物資を消耗している。

 日々の任務の代価を投げ捨てるような消耗の先に本隊はいて――そして自分は、求められた役割を未だ果たせていない。

 

「わたしが気にするんです。

 それに、さっき大鳳さんが、被弾したとき、」

 

 イタリアの声が歪む。

 

「わたし、ちょっとほっとしちゃって。

 これでもう進まなくていいかもって」

 

 俯いてきつく閉じた目から涙があふれ、故郷の海に吸い込まれた。

 

「最低ですわたし」

 

 つい、と後進をかけた金剛が、背中合わせにイタリアに触れた。

 

「艦娘をやってれば、そういうこともあります」

 

 いろいろとPressureもありますからネ、と付け加え、後ろ手にイタリアの手をそっと握る。

 心配そうな視線を向けた秋月に頷いてみせ、目配せで防空の2艦分担を指示した。

 

「うまくいかないときは特にそう。

 自分を責めて責めて、それでもどうにもならないから、Run awayしたくなるんデス」

 

 鎮守府の中でも最古参の部類に入る金剛は知っている。

 真面目な、あるいは心優しい艦娘ほど、己のために払われる犠牲を重く受け止める。

 それに見合った結果を出せるのならばさほどの問題にはならない。

 だが、どれだけ準備を積み重ねようと、最後は運が結果を左右するほどの強敵は確かに存在する。

 そういった強敵に相対したときこそ、それを討ち果たすために鎮守府は犠牲を払うのだ。

 その最前線にいる艦娘には相応の重圧がかかる。そして、誰もがいつも重圧に耐えきれるとは限らない。

 自分や味方の被弾を積極的に願うようになってしまうことすらある。

 そうなってしまった艦娘を前線に置いておくことなどできはしない。

 誰にとっても不幸な結末、そう表現するしかないものが、激戦地には往々にして生じるのだった。

 

「どうしても、なら、帰ったあとで提督に具申しますけど。

 どうでしょうネ」

 

 結果はわかっている、という風情で続ける。

 

「編成を決めるのは提督デスけど、提督、あっさり決めてるように見えてResearchはとーってもしっかりやってマース。

 自信があるからあんまり変えてくれません。

 ――まあ、勘違いもしますけどネ。ワタシを艦隊に入れたりとか」

 

 どういうことですか、と涙顔を上げて振り向いたイタリアに、金剛はにこりと笑った。

 

「ワタシが艦隊に入った理由のひとつに、イギリス生まれだから、っていうのがあるんですヨ。

 地中海も多少は知ってるでしょう、って。でもワタシ、日本に行くときは喜望峰回りデシタ」

 

 そこまで言って、大げさに肩をすくめる。

 

「地中海なんて、通ったこともありマセーン。

 せっかくの出番だから黙ってマシタ。金剛もあまりいい子じゃありませんネ」

 

 思わず泣き笑いの顔になったイタリアに、はい、とレースのついたハンカチを渡す。

 

「聞こえていたぞ。

 舐められたものだな大鳳、ええ?」

 

 艦戦隊の収容を終えたグラーフが近づいてきていた。

 言葉とは裏腹に、表情には棘がない。

 

「はい、大鳳は装甲空母ですから。

 あれしきの攻撃で進撃不能になったりはしません」

 

 一緒に戻ってきた大鳳が、笑いながら断言した。

 

「それに、駄目なときはイタリアさんがどう思ってても駄目になります。

 大鳳、その辺は身に沁みて知ってます」

 

「そういうことですイタリア、誰一人アナタだけの責任なんて思ってマセン。

 4回のChanceで決められなかったなら、5回目を作りマス」

 

「次はもっと決定的なチャンスを作るね。リベ、試してみたいこともあるんだ」

 

 リベッチオも話に加わる。

 

「リベたち、11人までなら強いんだって。提督が言ってたよ」

 

 だから連合艦隊じゃないのかな、と小首を傾げながら付け加える。

 

「提督らしいJokeデース」

 

 やれやれと金剛が肩をすくめた。

 作戦上の制約には、提督も頭を痛めているのだろう。

 使い古されたジョークのひとつも口にしなければやっていられない、ということなのかもしれなかった。

 

「秋月も、まだまだいけます。

 あちらの好きなようにはやらせません」

 

 先ほどの空襲の折の対空射撃で傷めた砲身を手早く交換しながら秋月が言う。

 

 ふう、と大きく息をついたイタリアが、北の空を見上げた。

 故郷の海の匂いと、故郷の空の色がそこにあった。

 

「みなさん、もう一度、わたしをあの総旗艦の前まで送ってください。

 やれるかどうかはわからないけど」

 

 目の端に残った涙を拭って付け加える。

 

「やれるだけ、やってみます。もう一度」

 

 金剛が、ぱん、と手を打ち合わせた。

 

「皆さん、準備はOK?

 それじゃ行きまショー!」

 

 常と変わらない金剛の号令のもと、6隻の艦娘は隊列を組みなおす。

 

「イタリア」

 

 単縦陣の4番目に位置を取ったイタリアの傍らをゆっくりと航過しながら、金剛が声をかけた。

 

「はい?」

 

「敵艦隊の粘りも大したものデス。

 あの粘りがどこから来るのか、あちらがなにを思って戦場に立っているか、そのあたりを考えてみるのもいいかもしれませんネ」

 

 よくわからない、という表情を向けたイタリアに、西日の逆光の中、金剛はにこりと笑いかけた。

 

「なにか見えてくるかもしれませんヨ」

 

 艦隊の先頭に戻った金剛がFollow me、と声を上げ、艦隊はふたたび地中海を進み始めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 艦隊が決戦予想海域に到着したのは、日も暮れ始めた時刻だった。

 

「わが索敵機、敵艦隊を発見」

 

 イタリアの報告が、艦隊の空気に緊張を走らせる。

 

「前衛の護衛艦隊をこちらへ向けて展開しています。計12隻」

 

 これまでの4回と同じ状況だった。深海棲艦側としては凌ぎきれているがため、同じ配置でよしとしているのかもしれない。

 

「艦隊、単縦陣を維持して増速。

 イタリア、基地航空隊の誘導と支援要請をお願いしマース」

 

 了解しましたと答えてイタリアが敵艦隊の座標を打電する。

 

「グラーフ、大鳳、艦載機を上げて」

 

「了解した。――稼働機全機発艦!」

「大鳳、了解しました。

 第一次攻撃隊、全機発艦!」

 

 艦隊の後方で、2隻の空母が次々に艦載機を発艦させる。

 前方からは空戦の音がかすかに響いてきた。基地航空隊が攻撃を始めたらしい。

 

「全艦、左舷砲戦用意。南西から北東にかけて航行しながら砲撃戦デース」

 

 言いながら金剛はすでに転舵している。

 それぞれに了解の意を伝え、5隻の僚艦がそれに続いた。

 

「イタリアの索敵機はそのまま基地航空隊の戦果確認と支援砲撃の観測。

 金剛の索敵機も観測用に移動させます。誘導してネ」

 

「イタリア、了解しました」

 

 敵艦隊を視認できる位置へ占位した索敵機が、情報を伝えてくる。

 

「基地航空隊の戦果、敵護衛艦隊撃沈2、中破2。本隊小破1。

 支援砲撃の観測の準備よし」

 

 無論、基地航空隊も無傷では済まない。

 敵艦隊の上空には、墜落した機が残した黒煙が燻っている。

 イタリアの心臓が、ひとつ大きく脈を打った。

 

「上々ネ。

 艦載機部隊、Ready?」

 

「こちらは用意よし、だ。いつでもいいぞ」

 

「大鳳艦載機部隊、艦隊上空で合流完了。いつでもいけます!」

 

 金剛が頷くと同時に、甲高いエンジン音を残して艦載機部隊が敵艦隊の方角へと飛び去ってゆく。

 

「わが艦戦隊、制空権を確保――艦攻隊、艦爆隊、攻撃開始します!」

 

 ややあって大鳳が告げた。

 敵の艦戦部隊を制圧し、対空砲火の網をかいくぐり、航空攻撃が行われる。

 

 損傷していた敵護衛艦隊の駆逐艦のうち1隻が魚雷を艦の中央部に受け、瞬く間に沈んだ。

 対空砲火に捕らわれた攻撃機が1機、2機と火を吹いて海面に突っ込んでゆく。

 至近弾の水柱と命中弾の火柱が、暮れて彩度の落ち始めた海に、どぎつい彩りを加えてゆく。

 

「護衛部隊に更に命中弾。撃沈1、中破さらに1――合計で撃沈3、中破2。

 本隊の巡洋艦級に命中弾、中破1、小破1」

 

 口の渇きを覚えながら、イタリアは報告を続けた。

 心のどこかで、総旗艦への致命的な命中弾を――ほとんど起こり得ない奇跡を、イタリアは期待している。

 

「第二支援艦隊から入電デース。

 『我これより支援攻撃を開始する』。

 金剛索敵機、支援砲撃観測の準備よし。

 全艦、針路を維持、最大戦速――行きますヨ!」

 

 索敵機がもたらす弾着の情報をもとに、支援艦隊は砲撃の照準修正を行い、更に砲撃を加える。

 支援砲撃によって更に敵艦隊の被害は積み上がり、護衛艦隊で残るのは2隻のみ。

 本隊にも撃沈こそないものの、更に1隻の中破の損害が生じていた。

 

「敵護衛艦隊、速力低下」

 

 イタリアの索敵機が、更なる情報をもたらした。

 激しい攻撃に晒されたためか行き足を落とした護衛艦隊は、戦艦から見れば格好の標的だ。

 

「各艦、敵護衛艦隊と行き足を揃えて。

 主砲砲戦用意!」

 

 金剛の号令に、イタリアははいと答えて速力を一旦落とし、主砲の仰角と方位角を合わせた。

 

「Fire!」

 

 イタリア、次いで金剛の主砲弾が敵の護衛艦隊を襲う。

 大口径の主砲弾の巨大な水柱が敵を包み込むように沸き立ち、だが命中弾は得られていない。

 残された護衛艦隊の旗艦と性能向上型の駆逐艦が、必死の回避行動で飛来する砲弾をかわしている。

 

「30秒くれ、それだけあればこちらの攻撃隊が攻撃点に再度占位できる」

 

「Ok、グラーフ、任せるワ」

 

「大鳳攻撃隊も再攻撃可能です」

 

「軽巡には大鳳の攻撃隊の方がいい位置だな。

 そちらは任せた。私は駆逐艦を貰う」

 

「大鳳了解!」

 

 報告と指示が飛び交い、攻撃の方針が決定された。

 空母たちの攻撃隊は新たな攻撃位置へと移動を始める。

 イタリアは索敵機の視界を確保すべく高度を上げ――そして呻いた。

 同時に金剛もそれに気付いたようだった。

 

「金剛さん、敵本隊が――」

 

「見えマシタ。護衛艦隊の速力低下、罠だったかもしれませんネ」

 

 敵の本隊が速力を上げ、金剛たち主力艦隊の前に出ようとしていた。

 

「このままでは」

 

「ええ、丁字戦デス――全艦、取舵一杯」

 

 一旦落とした速度をもう一度上げるには時間がかかる。

 今から同航戦に持ちこむためには角度の大きな右への変針をしなければならず、それは更なる速度の低下を意味している。

 まかり間違えば行き足の落ちたところを袋叩きにされる可能性すらあった。

 金剛の判断――反航戦への移行は、そのあたりを踏まえたものだ。

 とはいえ、敵の総旗艦を撃沈するという目的に対して不利な状況であることは間違いない。

 

「右舷砲戦用意。

 目標、右舷後方の敵主力艦隊。

 リベッチオと秋月は一旦本隊の艦列から離脱。

 自由航行を許可しマス、好きに暴れてきなさい。

 ただし追撃戦時には艦隊へ復帰すること。いいわネ?」

 

「リベ、いってきます!」

「秋月、了解しました!」

 

 2隻の駆逐艦が口々に応答し、素早く方向を変えて隊列から離れる。

 無理をするな、と金剛は敢えて言わなかった。そもそもの指示自体が相当に無茶な話であるからだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「大鳳艦攻隊、護衛艦隊の旗艦を撃沈しました!」

「こちらの攻撃隊も駆逐艦を撃沈――護衛は片付けたぞ、次は本隊を叩く!」

 

「秋月の雷撃、命中ありません」

「リベもだよ、外しちゃったぁ」

 

 僚艦たちからの報告は止むことがない。

 戦況は、今のところ悪くはない。護衛艦隊は既に壊滅しており、本隊にも僅かながら打撃を与えている。

 

「イタリア、Target、敵本隊!」

 

 了解、と応じてイタリアは砲門を開いた。斉射、弾着観測、そしてまた斉射。

 本隊の後尾に位置する重巡洋艦に対して、最初の斉射で挟叉を、第二斉射で命中弾を得た。

 撃沈にこそ至らないものの、敵艦は黒煙と炎をあげて速力を落としている。

 続く金剛の斉射が、艦列の中ほどにいた空母を捉えた。飛行甲板から炎と煙を噴き上げている。

 どう見ても離着艦不能、おそらくはこのまま沈むであろう損害だった。

 

 速度を上げ、戦艦隊にほぼ並航する態勢でグラーフと大鳳が攻撃隊を指揮している。

 航空戦から引き続いて護衛艦隊への攻撃を行った第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊の発艦準備を進めていた。

 

 無論、敵艦隊もただ黙って撃たれるのみというわけではない。

 飛行甲板を使用不能にされた空母はともかくとして、重巡と戦艦2隻、そして総旗艦たる大型戦艦の火力はいまだ健在だった。

 戦艦の主砲弾が主力艦隊の周囲に水柱を立たせ、巡洋艦の主砲がそれに続く。

 金剛もイタリアも被弾してはいるが、まだ攻撃に支障はない。

 

 そして、敵本隊に肉薄した秋月とリベッチオが攻撃を開始した。

 両艦とも、速度の優位を生かして敵の戦艦たちに攻撃を加えている。

 リベッチオは牽制するかのような砲撃を行い、秋月は大胆にも戦艦を回り込んで総旗艦へ直接攻撃を試みた。

 さすがに警戒していたのだろう、敵の戦艦が移動と砲撃で突破を阻む。

 

「諸元修正、二次攻撃!」

 

 一進一退の戦況の中、金剛の号令が響く。

 まず金剛が発砲した。弾着を観測し、方位と距離を修正しながら更に射撃を続ける。

 

「総旗艦に狭叉――命中弾!」

 

 徹甲弾が総旗艦の装甲を貫き、炎と煙が夕暮れの空に向かって伸び上がってゆく。

 

「被害は――」

 

 言いかけたイタリアが、あ、と小さく引きつった声を上げた。

 総旗艦は反撃に出ようとしている。その主砲は、正確にイタリアの未来位置へ向けられていた。

 

 咄嗟に機関を後進に入れ、同時に精一杯の取舵をかける。

 炎と煙の中から、砲炎が閃いた。16インチ主砲の斉射だった。

 被弾はない。だが、飛来した敵弾はイタリアを挟叉していた。

 

 ――次は当たる。

 

 イタリアは確信した。

 そして、あの主砲弾をまともに受けたなら、どんな幸運に恵まれても中破は免れない。

 背筋を冷たいものが這い上がる。

 

 そしてまた砲炎。2度目の斉射がイタリアを襲い――被弾したのはグラーフだった。

 

「飛行甲板に被弾、艦載機の離着艦不能」

 

 呻くような声でグラーフが報告する。

 

「なんで――」

 

 目を見開いたイタリアの声がかすれた。

 射線に割り込んだグラーフが、総旗艦の主砲弾をイタリアの代わりに浴びたのだった。

 

「夜戦ではどの道空母の出番などない。

 私の航空攻撃では総旗艦を落とせない」

 

 素っ気なく答え、それに貴様との約束もあるからな、と付け加える。

 

「機会は作った。あとは貴様の仕事だ。

 ――こちらはいい。はやく撃て」

 

 飛行甲板に開いた大穴から立ちのぼる黒煙に顔をしかめてグラーフが言う。

 弾かれたように顔を上げたイタリアは、敵情を確認した。

 

 煙が煙幕のように広がり、旗艦と戦艦たちは視認が困難になっている。

 見えているのは巡洋艦2隻と沈みかけた空母のみだ。

 

「大鳳攻撃隊、発艦よし。

 敵5番艦へ攻撃を行います」

 

「イタリア、敵6番艦へ砲撃開始します!」

 

 これから日暮れまでの短い間に、敵艦隊を殲滅することは不可能だった。

 であれば、夜戦に向けて場を整えるべき。大鳳もイタリアも、そう判断していた。

 

 攻撃機隊の魚雷とイタリアの放った主砲弾がともに重巡を捉え、撃沈する。

 

 駆逐艦たちも乱戦を続けていた。

 決して離れずに攻撃を繰り返すリベッチオと秋月の奮闘の甲斐あって、敵主力は離脱しきれていない。

 リベッチオは空母の息の根を止めている。

 秋月は総旗艦への近接攻撃を試みていた。

 先ほどと同じように、大回りで戦艦をかわす――と見せかけて急転舵し、戦艦の逆を突こうとする。

 それも読まれていたか、あるいは戦艦の側に反応するだけの余地があったのか、今回も砲撃で接近を阻止され、有効な打撃を与えることができていない。

 

「艦隊集合、隊列を組みなおしマース」

 

 金剛が呼びかける。

 日が落ちた決戦海域で、艦隊は再び合流した。

 

「グラーフ、損害は?」

 

「飛行甲板使用不能、格納庫と機関にも損傷――大破だ。

 これ以上は無理だな。どの道夜間は戦えないが」

 

「ワタシは小破、イタリアのは……かすり傷ネ。リベッチオ、秋月、大鳳、状況は?」

 

「リベ無傷ー」

 

「秋月も損傷ありません」

 

「攻撃隊収容完了しました。夜戦ではお役に立てませんが――まあ、弾避けくらいには」

 

三者三様の返答に、OK、と金剛が頷く。

「敵艦隊は東へ離脱しマシタ。とはいえ、距離を取っているだけデス――こちらの追撃は想定してますネ。

 注文通りの追撃戦デース。先頭はワタシ、そのあとは順に秋月、リベッチオ、イタリア。グラーフと大鳳は後方待機。

 大鳳、司令部に打電。『我、追撃戦に突入す』」

 

 てきぱきと指示を出し、組み直した艦列の先頭に立った金剛が、東へ向けてゆっくりと増速してゆく。

 3隻の僚艦がそれに続いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「敵主力を視認。東北東、やや東寄り」

 

 夕闇の海上、前方を監視していた秋月が短く伝えた。

 敵艦隊がいる方へと指をさす。

 

 顔を出した満月の下で、黒々とした艦影が3つ、東へ向けて航行している。

 

「戦艦級2、それに総旗艦――間違いないわネ」

 

 金剛が頷いた。

 

「各艦、最大戦速。

 ワタシとイタリアは距離8000で射撃開始。リベッチオと秋月は近接戦」

 

 了解、と返した駆逐艦2隻がさらに速度を増し、敵主力へと迫ってゆく。

 

「最後はやっぱりイタリアになっちゃいますネ。

 ワタシひとりじゃ落とせないし」

 

 駆逐艦たちの背中を見送った金剛がぽつりと言った。

 敢えて見ないようにしていた事実を突きつけられて、心臓がぎゅっと縮むような感覚を覚える。

 

「できるだけ、いい状況に整えますからネ」

 

 はい、と答えたイタリアに頷きかけて金剛が前へ出てゆく。

 

「距離8000、目標視認。

 全砲門、Fire!」

 

 ほとんど仰角のない主砲群が火を噴き、時を置かずに着弾する。

 夜目に鮮やかな閃光と炎。

 同時に撃ち出された総旗艦の主砲弾が金剛を捉えた。

 装甲を食い破った徹甲弾が爆発し、衝撃で後ずさった金剛が辛うじて踏みこたえる。

 

「金剛さん!」

 

 悲鳴のようなイタリアの声に、爆発で飛び散った艤装の破片を腕から引き抜いた金剛が大丈夫、と応じた。

 

「測距儀損傷、水上機格納庫火災、缶損傷、発電機故障」

 

 大破ネ、Shit、と普段けっして見せない表情で呟き、血と煤で汚れた顔をぐいと拭う。

 

「これでFinish?――な訳ないわよネ?

 イタリア、Go Ahead!」

 

 まっすぐに敵艦隊を指し、イタリアの背を叩いた。

 逡巡するイタリアを、ワタシは大丈夫、と励まして送りだす。

 再び増速したイタリアは、その言葉に押されるように敵艦隊を目指した。

 

 前方で駆逐艦たちが戦闘に入っている。

 秋月がみたび、戦艦をかわそうという機動を行っていた。

 最初は大回り、2度目は大回りと見せて最短距離。

 今回は最短距離と見せて大回り――その動きを看破した敵戦艦が、余裕を見せて秋月の予想針路を塞ぎにゆく。

 と、秋月が更に急転舵し、迫ってくる戦艦に主砲の点射を浴びせた。

 

 2回の失敗を布石にして相手を釣ったのだろう。

 もしかしたら、夜戦で確実に敵の随伴艦を減らすために、最初から狙っていたのかもしれなかった。

 

 リベッチオは敵の戦艦をかすめるように移動しながら、対潜用の爆雷をばら撒いている。

 爆雷は着水とほぼ同時に爆発した。どれだけの量を投げ込んだのか、次々に発生した誘爆が高く厚い水の壁を作りだす。

 敵艦に与えた損害は大きくはないだろうが、戦艦の態勢を崩して視界を塞ぎ、イタリアの砲撃の妨害を不可能にするという点では十分だった。

 

 距離を6000ほどまで詰めたイタリアは針路を変え、艦体を敵の総旗艦と平行にする。

 

 随伴艦の妨害はない。総旗艦は月明りの中、その姿を晒している。

 ここまでの場を整えてくれた僚艦たちの努力が有難くもあり、そしてそのために失われたものが重くもあった。

 なおも防御の態勢を取る総旗艦に狙いを定め、イタリアは唐突に理解した。

 

 ――彼女もわたしと同じなのか。

 

 撤退せずに攻撃を凌ごうとするのは、撤退も己の撃沈も、それがすなわち深海側にとってはこの海域の失陥だからだ。

 それはこの海域で払った犠牲を無にすることと同じ。だからこそ、彼女はここでこうして戦っている。

 

 積み上げられた犠牲の重さを、おそらく彼女は認識しているだろう。わたしと同じように。

 仲間たちの奮闘と日々の努力の先にわたしがいるように、この海域で沈んだ深海棲艦たちの上に彼女はいる。

 逃げることも諦めることもできない――わたしと同じように。

 

 であればどうするか。

 自分を援護できる僚艦が今この瞬間に存在しないとしても、可能な限り被害を低減させ、わたしたちを振り切ろうとするはず。

 速度と針路を変化させてわたしの砲撃をかわそうとする。

 彼女はさきの被弾で機関に損傷を受け、ここから増速することはできない。速度の変化は減速しかない。

 減速しながらこちらへ接近する方向に舵を切ることはできない。少しでも離れようとするはず。

 

 減速と取舵、その未来位置へと主砲の方位角を調整して、イタリアは主砲を斉射する。

 

 第1射が喫水線付近に、第2射が砲塔付近に着弾した。

 数瞬遅れて爆発が生じる。間違いなく、撃沈に至る損傷だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「イタリア!」

 

 追いついてきた金剛が声をかける。

 イタリアは総旗艦の姿を見つめていた。

 光の失われた目に、月が写っている。

 艤装にくろぐろと開いた破孔から、海水が流れ込んでいた。

 

「やりましたネ」

 

 はい、と答えて視線を総旗艦に戻す。

 

「ああ彼女も同じなんだって思ったら、どう動くかが読めて」

 

 それだけで金剛には伝わったようだった。ああ、と頷く。

 

「戦艦撃沈1、海域離脱1です」

 

「リベの装備じゃ撃沈は無理だったよ、やっぱり」

 

 寄ってきた秋月とリベッチオが報告する。

 お疲れ様デシタ、と駆逐艦たちを労った金剛が、見送ってあげなさい、と沈みゆく総旗艦を手で示す。

 

 金剛が瞑目して頭を垂れた。

 リベッチオが神妙な顔で十字を切った。

 秋月が静かに合掌した。

 イタリアはそっと呟いた。

 

「Rientro al mare」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「グラーフ、大鳳、こちらは済みマシタ。作戦成功デス」

 

 ややあって、後方待機を命じていた空母たちに、金剛が報告する。

 

「総旗艦と戦艦のうち1隻を撃沈、もう1隻は海域離脱。

 こちらはワタシが大破、ほかは損傷状況変わらず」

 

 一旦通信を切って、そういえば、と金剛はイタリアに視線を向けた。

 

「さっき言ってたあれ、どういう意味デスカ?」

 

 あれはね、とイタリアのかわりにリベッチオが耳打ちする。

 頷いた金剛がふたたび回線を開いた。

 

「大鳳、司令部に打電。

 『地中海急行は終点に到着した。

  護衛艦隊全滅、主力艦隊随伴艦撃沈4、海域離脱1。

  敵総旗艦は海に帰った』」

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