フランの異世界召喚記 作:松雨
「っ! 吸血鬼、シェール様から離れやがれぇ!」
「店主の方まで人質に取られてます。迂闊に突撃すれば殺されるでしょうが、早くしないと吸血されてしまいます……」
その兵士たちはこの場に入って来るなり、ヴァーミラに対してそう言いつつ剣や杖を構える。
状況も見ずに殺されるとか吸血されてしまうとか言わないで欲しいと私は一瞬思ったけど、良く見てみたらそう思うのは仕方ないかもしれない。何故なら、飛び付いたシェールの首筋に運悪くヴァーミラの顔があった上に体勢までが吸血鬼の吸血する光景に非常に似ていたからだ。
当然、そんなつもりなど微塵もない彼女はゆっくりとシェールを下ろして、兵士たちにこちら側から敵対の意思が全く無いことをアピールする。しかし、さっきの光景が余程彼らに取って強烈だったのか、未だに警戒を解くことは無かった。まあ、この国の皇帝の息子が吸血鬼に殺されそうになったと思っているからしょうがないか。
「よし、今だ! 『
「「「はっ!」」」
すると、ここに来た魔導師全員が何やら力を合わせて魔法を唱え始めた。この店の店主の方にシェールが行き、攻撃が彼に当たらない事を確認したが故の行動だろうけど、どう考えても店内で放って良いような魔法には見えない。
私が出ていってもこの状況を変えられる所か悪化するのは明白なので、さてどうしようかと悩む。すると、店主の男の人の側に居たシェールが兵士たちとヴァーミラの間に両手を広げ、立ちはだかる。
「兵士さん! 僕はミラお姉ちゃんに悪い事はされてないから、今すぐ止めて! 後、まだお城に戻るつもりはないよ!」
シェールがそう言うと、兵士や魔導師の人たちは魔法の詠唱を止めた。流石皇帝の息子、子供と言えど凄い権力だ。
「それなら良かったですが……お城から勝手に抜け出して来るのはいけませんね。早く戻って下さい」
「嫌だね! あんなのやるより、ミラお姉ちゃん達と一緒にいる方が楽しいから……そんなに戻れって言うならさ、水の猫さん出してよ」
「えぇ……そんなの無理です」
「ふ~ん。ならいいや、ミラお姉ちゃん達行こ!」
シェールがそう言い、ヴァーミラの腕を掴むとそのまま走り出して店の外に出ていってしまった。私とミアは唖然としている兵士さんや魔導師さんたちに一礼した後、出ていった2人を追いかけて店の外に出ていった。
すると、人の往来の邪魔にならない一角で水の小鳥や猫と遊んでいたシェールに、何人か知らない子供が集まって仲良さそうに話をしていたのを見かけた。その周りの親らしき大人たちが遠巻きに心配そうに見ていたので、知らない子供たちが無邪気に話しかけでもしたのだろう。
「フランお姉ちゃんにミアお姉ちゃん、待ってたよ~! ねえねえ、ミラお姉ちゃんって凄いんだよ! 沢山の小鳥さんに猫さん、しかもそれのお陰で友達まで出来ちゃったんだ~」
「そうなんだ。良かったね!」
「やっぱり、お城に居るとお友達が出来なかったりするのでしょうか?」
「うん」
ミアがそう聞くとシェールは頷いた。彼によるとやはりお城の中では作法の練習等で自由がほぼ無く、娯楽が全くと言って良いほど楽しめない上に友達も全くと言って良い程出来ないらしい。それで度々お城から抜け出して楽しむついでに友達も作る為にあっちこっちと出歩いているとの事。
でも、いくら皇帝の息子とは言え1人で出歩いたら悪意ある者に危害を加えられる可能性が、全く無いとは言い切れないと思った私はその事を聞いてみた。すると、シェールは理解しているらしく誇らしげにこう言った。
「確かにそうかもしれないけど、全く無策と言う訳じゃないんだよ。防御魔法に迷彩魔法、逃げる為の術はお父さんにこれでもかと叩き込まれたから」
「なるほど。でもやっぱり危ないんじゃ……」
「じゃあさ、お姉ちゃん達が僕を守ってよ!」
「「「え」」」
そう来たかと、私は思った。これが普通の子供であれば何かと理由をつけて断る事も可能だったけど、相手は皇帝の息子であるシェール。断って泣かせようものなら、周りに騒がれてしまって何が起こるか分かったものではない。
「でもねシェール。私たちは約1ヶ月後にここを依頼の為に出ていくから、ずっとは無理なんだよ」
「そうなんだ……じゃあ、ここに居る間だけでも良いから僕と遊んでよ!」
「う~ん……分かった。でも、私たちも他にやりたいこともあったりするから、無理な日もあるけどいい?」
「うん!」
「よし、じゃあ契約は成立だね! ちなみに今日は予定ないから遊べるよ」
こうして、皇都に滞在している間の大半がシェールの遊び相手兼護衛と言う予定で埋まる事となった。
「じゃあ、僕の大好きな料理を出すお店に行こう! 量が多くてすっごく美味しいんだ~」
「そうなの? お城の料理より?」
「ううん、お城のコックさんの作る料理も美味しいよ。でも、量が少ないし毎日似たようなの出されるから飽きちゃったんだよね」
「飽きちゃったって……まあ、毎日同じ味に少ない量じゃそうなるのも当たり前だよね、フランちゃん」
「うん。確かに、お気に入りの物でもなければそうなるかな」
早速、シェールがとある料理を出す店に行きたいと言ってきた。毎日食べている、高いであろう食材を使った料理よりもお気に入りみたいだからきっと、感激するほど美味しいのだろう。
そんな事を考えていると、唐突にシェールの歳が気になった。身長が私より僅かだけど小さく、見た目だけならどれだけ盛っても10歳以下にしか見えない。まあ、この世界では実年齢が当てにならない長命の種族が存在したりするのでもしかしたら私のような見た目でも500年近く生きてたりするかもしれない。
頭の片隅で考えながら聞いてみたら、本当に見た目通りの7歳と言う年齢だった。お城で訓練している賜物なのか、感じる魔力も歳にしてはかなり高い方だし、彼の一挙一動も基本はその辺に居る子供だけど、時折貴族を彷彿とさせる立ち振舞いを見せる事がある。流石、皇帝の息子だなぁと思った。
そして店に到着しても店の人たちは特に驚きを見せる事もなかったが、私たちが一緒に居るのを見つけると非常に驚き、辺りが一瞬静まった。けど、シェールが『お姉ちゃん達が僕と遊んでくれてるんだ~』と無邪気に笑いながら言うと、『また冒険者を捕まえて遊んでいるのか、ハハハ!』と言った賑やかな感じに戻った。どうやら、これはいつもの事らしい。
「シェール! いつもの"飛竜肉入りの野菜炒め"かい?」
「うん。このお姉ちゃん達にもお願いね、おじさん!」
「あいよ! ただ、在庫が少ねぇからおかわりは無しな」
そうしてシェールがいつもこの店に来て食べるらしい飛竜肉入り野菜炒めと言う料理を頼んでから1時間程待つ。すると、目当ての料理が出てきたけど……野菜炒めの筈なのに明らかにお肉の量がおかしい。これではまるで"野菜入り飛竜肉炒め"である。まあ、量が多くて美味しいのでそんなのはどうでも良い事だけど。
「ん~! やっぱり美味しいなぁ~」
「て言うかシェール君、凄い食べるね」
「やっぱり? 初めて会う人に良く言われるんだよね~。て言う事はやっぱりそう言う事なのかな……」
明らかに大盛りになっているお肉を小さな男の子が、あり得ない速さで平らげていくその様はまるで白玉楼の主、確か"幽々子"って名前の亡霊さんみたいだった。
そうして私を含めた全員が出された料理を全て食べ終わり、店を出て次は何処に遊びに行くのか考えていると、脇道から現れた咲夜のような格好をしたメイドさんが現れ、シェールを見つけると声をかけてきた。
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