プレハブ分遣隊ZERO 作:Tibetan Brown Bear
長いサイドテールを揺らし、妙高型巡洋艦、那智は司令部の廊下を歩いていた。
突然の呼び出しを受け、上官が待つ部屋へと向かっていた彼女は、何事だろうかと思いを巡らせていた。
日本海を深海棲艦から守る防衛の要――酒田基地の艦娘部隊に身を置いている彼女には、直々に呼び出しを受ける理由に心当たりが幾つかあった。
1週間前、日本海上に現れた深海棲艦の機動部隊と水雷戦隊が交戦した事や、爆装した深海棲艦の艦載機が山形方面に飛来し、爆弾を投擲する前に撃墜された事件も記憶に新しい。大湊の部隊が宗谷海峡突破を試みた深海棲艦部隊と交戦し、戦死――殉職者が出たというニュースもある。
深海棲艦との戦争と、艦娘の登場からかなりの月日が流れているが、最近の深海棲艦の攻勢と勢力拡大は世界に、そして日本に深く暗い影を落としている。開戦以来数年ぶりの大規模本土攻撃を許してから1年、平和な勤務地の代表であった東北沿岸の基地は今や戦争の最前線に近づいていた。長いこと太平洋各地を転戦していた彼女は、この情勢から何らかの辞令が下るのではないか?と勘ぐっていた。
そうこうしているうちに、那智は上官の待つ部屋へとたどり着いた。扉をノックし、反応を待つ。
「入って」
扉の向こうから返事を聞いてから、那智はドアノブを回して中に入った。
簡素な事務机や書類棚があるだけの、殺風景な部屋の中に、彼女――上官の山城がいた。
酒田基地の部隊の艦娘指揮官としては最上位の階級にいる。日本海配備の部隊では珍しい戦艦の艤装を配された彼女であるが、それは欠陥を含むと言われた初期ロットの扶桑型戦艦「山城」の艤装であった。
二線級部隊、そう影で横須賀や呉からあだ名される酒田基地の艦娘を体言するような女であったが、叩き上げの、修羅場をくぐったベテランの艦娘である事は深く刻まれた目の隅と、何事にも動じない不動の表情が物語っていた。
「渡す書類があるわ、これを」
机の上に書類を広げる、那智はそのうちの一枚を拾い上げた。
それを読み終えないうちに、山城は話を始めた。
「分遣隊の話は聞いている?」
「いえ。でも噂話程度は」
那智は自らの隊に流れる“噂”の話を反芻していた。
酒田の部隊から何名かの艦娘を引き抜き、どこかに分遣隊を置くつもりだ、という話は聞いていた。那智の同期にあたる軽空母や、古参の軽巡洋艦はその話をいち早く嗅ぎ付けていたし、本隊の駆逐艦たちは分遣隊への移動を事実上の左遷ではないのか?と勘ぐって噂にしていた。
もちろん、目の前の上官がその噂を知らない事は無いだろう。
「鶴岡の方に分遣隊を設置する事になったわ。司令の言葉を借りるなら『昨今の深海棲艦の脅威上昇に対処するため』というのが理由ね」
「……本当の思惑は?」
那智の問いに、山城は小さなため息を吐いてから答えた。
「恐らく捨て駒よ」
苦々しくはき捨てるような言葉だった。
「分遣隊という事で有事に臨機応変に対処できる、上層部そうは言っているけれど実際には本隊が出動するまでの時間稼ぎよ。去年の横須賀空襲や仙台艦砲射撃のような悲劇を起こさないための、ね」
「あれは……」
と、言いかけた所で那智は言葉を飲み込んだ。
「上はミスを認めたがらない、横須賀や呉の連中は特にそうよ。あれは私たち現場の“落ち度”いいわね?」
念を押すような言葉に、那智は「はい」の言葉と共に頷いた。
「私は彼女たちを消耗品にするつもりは無いわ。司令官も同じ心情でしょうね。そこで――」
「漁港に分遣隊を置くので、そこの隊長になれ、と」
那智は言葉をさえぎる様に呟いた。前置きが長いんだこの人は、と呆れ半分なようだった。
「理解が早くて助かるわ」
山城はどす黒い隅が浮かんだその目を僅かに細めて笑うが、それはほんの一瞬で元の表情へと戻った。
「風の噂で聞いていました」
「なら話は早いわ。そこで水雷戦隊の指揮を取って頂戴、当面の補佐に舞鶴からベテランも呼んであるわ」
書類を纏め始めながら、那智は山城の目を見た。普段なら見せないであろう、鋭く、そして意思の篭った視線が那智へ向けられていた。
「絶対に殉職者は出さない事、それだけは肝に銘じて頂戴」
「ええ。それが水雷戦隊指揮官の務めですから」
那智は気丈に答えた。
水雷戦隊の隊長として長年勤め上げたキャリアが、そう答えさせていた。
辞令の翌日、那智は荷物をまとめて酒田基地を離れ、噂の分遣隊へと向かっていた。
場所は鶴岡にある小さな漁港。美しい海岸があり、東北の江の島とも呼ばれる場所だ。その漁港の名前と同じ軽巡を、昔から那智は知っている。
分遣隊のある場所に降りてみると、そこは何の変哲も無い漁港であった。漁港の管理施設や、停泊する漁船、規模を考えれば地方の、それも田舎の漁港と表現するには適切な大きさだ。背後には、民家が連なる小さな集落と山だけがあった。なるほど、本隊の連中が秘密基地のようと言うのも頷けるか、那智はそう心の中で呟いた。
その漁港の端、恐らくは未舗装の駐車場か、漁具置き場として使われていたであろうスペースに、その分遣隊司令部は設置されていた。
設置したての司令部は、ただのプレハブ小屋だった。2階立て、白い外壁、窓とエアコン。掘っ立て小屋より遥かにマシだが、台風が来たら一発で吹き飛びそうな――そんな印象を那智へ抱かせていた。
「……プレハブ分遣隊だな」
思っていた事が口に出た。なるほど、プレハブ分遣隊か、言いえて妙だと那智は心の中で笑った。
おまけに、艤装の格納庫すらプレハブだった。出撃用のスロープ――元は漁船がそこにあったであろう空間――の前に設置されているそれを見て、あまりの粗末さに「左遷」を噂する駆逐艦の気持ちも手に取るように解った。
輸送トラックが出入りし、職員による荷物の搬入作業で忙しい中、階段を上り、那智は司令部の中に入った。
間取りを確認しながら、自分がこれから過ごすであろう隊長室、ブリーフィングルームなどを見て回る。段ボールが詰まれ、椅子や机などの備品を確認しながら、那智は一階へと戻ろうとした。
そこで、プレハブの外に1人の少女が立っている事に気がついた。
セーラー服に軍帽と艦娘には珍しい銀髪。肩から提げたオリーブドラブのダッフルバッグの大きさが、彼女の小さな体躯を物語っている。
階段を下りる那智の姿に気がついて、少女も那智に向き直った。
「ベテランを1人付けると言っていたな。貴様か?」
こくり、と銀髪の少女は頷いた。
「響だよ」
暁型か、と那智は即座に理解した。
だが、その風貌に那智はどこか既視感を抱いていた。
「……どこかで会ったか?前に見た覚えがあるが」
「横須賀の艦娘養成学校一期生。たぶん沖縄の撤退戦とレイテ湾でも。相変わらず忘れっぽい性格だね」
「ハッ」
那智は思わず笑っていた。
記憶と合致する暁型の「響」と同じだった事に、那智は安堵した。それと同時に、この人選に深く感謝していた。
「相変わらずだな、まだ先任か?」
「同期は空調の効いた部屋でふんぞり返っているか、海の底だよ。そっちこそ、まだ出世もせずにピンピンしているみたいだね」
皮肉げな言い回しに那智は嬉しそうに笑った。
「縁が無くてな。おまけにこのご時勢で退役も先延ばしだ」
那智は手を指し伸ばす、響は口元を僅かに吊って小さな笑みを浮かべ、その手を握り返した。
「また会えて嬉しい」
心の底から出た言葉だった。響は黙って頷いた。
それと同時に、那智には指揮官としての重圧も生まれ始めていた。
波乱の予兆は近い。まだ見ぬ部下たちの姿を思いながら、那智はまた軍人の顔へと戻っていった。
【こぼれ話】
元々これよりも前に「プレハブ分遣隊の前日譚が読みたいなあ」とTwitterで呟いていました。こいつ自分で言って自分で書いてるのかよ自給自足かよマジウケる。
三日坊主で飽き性なので冒頭だけ書いてポイしていたものの、年末の冬コミで概念の物理書籍(第一弾が出る)との事で発起してマッハで書いてPixivに投稿した回。1月1日投稿ならキリがいいだろう、とか思っていたのに2日に投稿とか……
概念の纏めで「那智が前任の隊長だった」「最古参は響」という情報だけを頼りに、本当に分遣隊が設置される事だけを書いたエピソードでしたが反響が多かったのは嬉しい誤算。やはり皆作品に飢えている……皆概念を作品として出力しろ増えろ(切実)
タイトルの最後に「日」を付けたら統一感出るかな、というしょうもない試みを思いついたのはこの回。