プレハブ分遣隊ZERO   作:Tibetan Brown Bear

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運命に辿り着く日

 艦娘になりたかった。

 

 遠い海の向こう、白い砂浜がみえる南洋で、人のために戦いたい。

 

 他の子たちと違う生き方を選んでみたい。

 

 広報の詠い文句に誘われるがままに艦娘になって、それから巡洋艦の適正があると伝えられ、あっという間にあたしは重巡洋艦加古になった。

 

 遠い海の向こうで、あたしは色んな人と出会った。

 

 世の中にはいい人ばかりじゃなくて、嫌な奴も変な奴もいっぱいいると、あの狭く小さな町を出てから、初めて知った。

 

 友達も沢山できた。

 

 でも、あたしはまだ本当の戦争を知らなかった。

 

 深海棲艦との戦いはお化け退治や害虫駆除なんかじゃない。

 

 殺し合いだ。

 

 

 

 あの日、たった1日の戦闘は、あたしから全てを奪った。

 あの瞬間から、思い出せる記憶は少なかった。

 気がついたらあたしは砂浜の上にいた。

 全壊した艤装を引っつかみ、勇敢な駆逐艦――名前も所属も知らない他の艦隊の――が引っ張ってきた。砂浜には、救援のヘリがやって来ていた。赤い十字の腕章を付けた艦娘もいた。迷彩服の兵士たちも。

 あたしの身体はボロボロだった。

 でも痛みは感じなかった。頭に巻きつけた包帯の端が、血で真っ赤だった事と、右肩が千切れかかっているかと思うぐらいに傷付いている事だけはわかった。

 艤装をパージし、担架に乗せられ、ヘリに担ぎこまれた私はキャビンに横たえられた。

 横には先客がいた。

 でも、彼女はもう息をしていなかった。

 覚えているのはそれだけだった。

 

 

 

 

 プレハブの指揮所から眺める風景は穏やかだった。平穏な海と潮風、朝の出荷を終えて静まり返った漁港。

 那智は、窓辺からその光景を眺めつつも、哨戒に出撃した艦娘たちが無事に戻ってくる事と、この分遣隊が抱える問題を考えていた。

 那智は部屋の中を見回した。

 彼女の部下である軽空母の隼鷹、駆逐艦の叢雲だけが部屋の中にいた。3人はこのプレハブの留守番――すなわち待機組だ。残りは定期哨戒のため、一昨日戦闘があった海域を重点的に見て回っているし、夜の勤務を終えた艦娘は宿舎に戻り睡眠についている頃だった。

 

「……人手が足りないな」

「……あんたが放任主義だからでしょ」

 那智の独り言に、叢雲の手痛い突っ込みが入った。

 

 分遣隊の戦力は現状でも十分と言えた。

 那智を筆頭に重巡2、軽巡の五十鈴、大井、軽空母の隼鷹、それから駆逐艦は響、長月、磯波、叢雲、霰、綾波と戦力としては“漁港のおまけ”と呼ぶには十分すぎる面子だ。

 しかし、分遣隊の結成から月日が経ち、深海棲艦との戦闘も落ち着いてきたこのタイミングで北方とインド洋での大規模作戦が実施され、大掛かりな異動が増えており、その余波はこの分遣隊にまで及んでいた。

 

「あたしが大湊に左遷になったばっかりに……本当にごめんなー」

 デスクで書類の仕事を続けながら、隼鷹は申し訳なさそうに話した。

「左遷……栄転の間違いじゃなくて?」

 隣でその手伝いをしていた叢雲が呟くが、隼鷹は首を左右に振った。

「あたしにとっては左遷だよ。ここじゃ酒も好きに飲めるし温泉も入れるしメシは美味いし戦闘も本隊ほどは激しくないし最高だと思ったのにさー」

「本音だだ漏れすぎでしょ」

 叢雲が呆れ気味に返すが、その顔はどこか寂しそうだ。

「高雄と大井は来週末には本隊に復帰しなければならん、隼鷹は来月に転属。となると、どうだ?指揮官の数が不十分だろう」

「哨戒が増えるだけでも厄介なのにあんたの放任主義が加速するだけでしょ……」

 那智の言葉に叢雲は頭を抱えた。

「まー、山ちゃんにはあたしからも伝えておくよ。司令官だって分遣隊が手薄になるのを避ける筈でしょ」

「どうだろうな。言ってしまうのは悪いが、これ以上ベテランが減るとこちらが困る。少なくとも駆逐艦の面倒を見れる巡洋艦がもう1人いればな……」

 と、話をさえぎる様に、那智が首からストラップで提げていた仕事用の携帯電話が鳴った。

「すまない。言った傍から本隊から電話だ」

 そう言うと、那智は通話ボタンを押しながら席を外し、電話に出た。

 

「仲原です」

『私よ』

 通話相手の表示と声は、那智がよく知る本隊の戦艦からだった。

『このあいだの人事異動の件だけど、当面の間は他所からの異動は無しよ。補充の人員もね。残念だけど』

 はあ、と相槌を打ちながらも、那智は予想していた最悪の結果が現実になった事に複雑な顔を浮かべた。

『代わりにそこの響の異動は取り消したわ。分遣隊からは動かないから安心しなさい』

「それはいいんですが……人員が少なすぎます。せめて分遣隊の負担を減らして欲しいです」

『無理ね』

 無慈悲な返答だった。

 那智は溜息を吐きたくなるが、ぐっと堪えた。

「……今回はそれだけですか?」

『まだあるわ』

 普段ならこれぐらいで終わる筈の短い電話なのだが、様子が違うようだった。

『説得して欲しい人がいるわ。特別に明日、神奈川まで行って欲しいの。隊長代理には1日だけ日向を付けさせるわ』

「ちょっと待って下さい、話が……」

 那智は混乱気味の頭を整理しようとしていた。単語の並びと理解が追いつかなかった。

『白崎って名前は知ってるわね』

「白崎……」

 と、名前を聞いて那智は不意にある顔を思い出していた。

 

 自分の記憶を手繰り寄せると、その名前に行き着く人間は1人しかいなかった。

 昔、横須賀の部隊にいた時の知り合い。養成学校では同い年だった“後輩”。

 長い黒髪を纏め、そして重巡洋艦加古の艤装を貸与された、あの女だ。最後に会ったのは1年前、南方での作戦へ向かう前に行われた、日本海の演習作戦に参加した時だった。

 

「ええ、知っています。“加古”の――」

『なら話は早いわ。風の便りで彼女が負傷して、前線復帰が無理になって、復帰を諦めて退役したがってるって話を聞いたわ。司令官にも話は付けてあるし、書類も整えてる。後は本人の意向次第って所ね』

「……負傷……まさか横須賀の艦娘リハビリセンターまで?」

 那智の言葉に、山城は「ええ」と返した。

『現状、酒田に呼べる人員で伝手がありそうなのは彼女だけよ。行ってくれるわね?』

 少しの沈黙が続く。那智は意を決したように答えた。

「行きます」

 

 

 

 

 横須賀には艦娘用のリハビリセンターが司令部の近くに設置されていた。リハビリ、とあるが半分は負傷から復帰した艦娘の再訓練施設のようなものだった。練習用艤装を付け、基礎的な動作を訓練するし、もちろん負傷した艦娘の肉体なリハビリも行ったりするし、精神的な重傷を負った艦娘に対するケアも行われたりする。ここが復帰への分かれ道で、もう満足に戦えない事が判明した艦娘は艤装を下ろしての内勤か、さもなくば除隊という選択肢を選ぶ事になる。

 高い壁と木々に囲まれたそのセンターの外周を、彼女――加古はランニングしていた。

 ジャージ姿のまま、一通りランニングを終えた加古は、荒れた息を整えながら、休憩のために屋外のベンチに座った。

 隣の自販機で何か飲み物を買おうか、と思いながら、加古は天を仰ぐように空を見上げた。

 

 ――青い。

 

 関東の春の空は澄み切っていた。しかし、加古は記憶を手繰り寄せ、南方で見たある日の空に比べれば、まだ薄汚れているな、と思い返していた。

 あの頃が何故か懐かしくなった。思い出したくもなかったのに。

 

 しばらくぼーっと空を見上げ続けていた加古の視界に、にゅっ、と顔が現れた。

「あ?」

 突然の来訪者に、加古は素っ頓狂な声を思わず上げる。来訪者用のIDカードを首から提げたその人物――長い髪をサイドテールでまとめた女性――を見て、加古はすぐに誰であるか理解した。

「な、なっちゃん?」

「よっ」

 那智はニッ、と笑った。それを見た加古は、思わず顔をしかめた。

「あんた、何でここに」

「ちょっとした“おつかい”でな」

 そう言うと、那智はそのまま加古の隣に腰を下ろした。

「調子はどうだ」

「……相変わらずだなそういう所」

 そりゃそうだ、と那智は呆れ気味の加古へと返した。

 

 ベンチ横の自販機で買った、黄色と黒のラベルの缶コーヒーを啜りながら、二人は他愛も無い話を始めた。

 リハビリはどうだ、最近はどうか?そんな世間話を一通り交わしてから。加古はすべてを話し始めた。

 南方で起こった事、自分の部隊に何があったか、そして自分に何が起きたか。

 

「……敵の打撃部隊本隊と正面からカチ会ってこの様だ。右肩も随分やられたよ。それから頭にも」

 そう言うと、加古は右袖をまくって見せた。肩から二の腕にかけて、ざっくりと広がった傷が縫い込まれていた。すでに治療は出来ているが、その傷を受けた時は目も当てられない状態だった事は想像に容易かった。

「生きてるのが奇跡だな。良かったじゃないか」

 那智の言葉に加古は頷いた。

「まあ、差し当たり大きな支障の出る傷じゃない」

 加古はそう言うと、くいっと缶コーヒーを煽った。

「ならいい。復帰は早いだろう」

「……でも後遺症が少し残ってる。傷も一生残るだろうって。医者に言われたよ」

 加古は自嘲気味な口調で続けた。

「命は助かったってのに、脳へ受けた傷のせいで、今まで以上に突発的に眠くなる事があるんだと。そればかりじゃない、ここで一通りテストもしてみたけど艤装と身体の反応も鈍くなってる。戦力としては可も無く不可も無く、だ」

 悔しさと、諦めと、失意が入り混じった声だった。

「前線への復帰は無理だ。あたしは艦娘として死んだようなもんだ」

 どうして?まだ望みはあるだろう、と那智は返した。

 加古は僅かに話すのを躊躇った。だが、少しの沈黙を置いてから答える。

 

「――“みんな”死んじまった」

 加古はそう呟いた。

「……それは聞いた。惜しい奴を亡くした」

「うんざりだ。良い奴ばかり先に死んでいく」

 頭を垂れ、アスファルトの地面に視線を落としながら、加古は黙った。

「艦娘になると決めた時から覚悟は出来ていたはずだ」

「……仲間を失うのは初めてだった」

「誰だって辛いさ」

 那智は呻くように呟いた。

「苦楽を共にした仲間を失うのは辛い。忘れるのが楽だと思った事もあったが、一生付き合うしかないさ」

 遠い目で、空を見つめながら那智も記憶を掘り起こしていた。

 忘れたくても忘れられない、そういった記憶を。

 

「……なあ、酒田に来ないか?」

「内地に?」

「ああ。人手が足りない。ニュースは見ただろう?」

 そう言われて、加古は入院中に見ていたニュース番組の事を思い出していた。

 確かに、内地にいた頃と比較して情勢は悪化しているように思えた。開戦時には「一番安全な海」として多くの艦船が避難していた日本海側で、深海棲艦が増え始め問題になっているというのは考えられない事ではあった。

「今は小康状態だが、いつぶり返しがあるか分からん。そうなった時に必要な戦力がいないと困る。まだ艤装が動かせるならウチに来い」

「言ったはずだ。復帰はしないって」

「悠里」

 那智が、彼女の“名前”を呼んだ。

 じっと、その相貌が彼女の目を見つめていた。加古は思わず複雑な気持ちから、顔を背けた。

 

「私の頼みだ」

「こういう時ばっかり……」

「そう言うな、養成学校からの仲だろう」

 加古は拒否しようとするが、那智はそれを抑えるように話を続けた。

「戦闘もそれほど激しくはないし、事務仕事も多い、前に出る事も少ないだろう。それにな」

 那智は口元に笑みを浮かべた。

「飯も美味いし空気は綺麗で、自然豊かでいい場所だ。温泉もある」

「もう退役届は書いた」

 加古は呆れながら答えるが、那智は首を左右に振った。

「破いて捨てろ。書類ならこっちですぐ用意するさ」

 那智は笑いながら言った。

「そろそろ時間だから行かないとな、いい返事を待ってる」

 那智は立ち上がると、空き缶をゴミ箱に入れた。

 

 去り際、那智は振り返ると一言だけ付け加えた。

「そうだ、傷が気になるなら刺青でも入れるといい。きっと似合うぞ」

「本気で言ってる?あたしが刺青?」

「本気?――ああ、まあな」

 那智はそう言うと、その場から去って行った。

 空き缶をゴミ箱に放り投げ、加古はベンチから腰を上げた。

 

 ――刺青、か。

 

 右肩の傷跡をシャツの上からさすりながら、加古は彼女の言葉を反芻した。




【こぼれ話】
 副隊長が分遣隊へと来るまでを描いた話。旧分遣隊の面子として、むか~し書いてたシリーズの名残で隼鷹と叢雲が出演。加古が前線で受けた傷と、シビアな現実に向き合おうとする話。「マッカン」「刺青」「昼寝癖」という分遣隊の加古にまつわる話を総回収する無茶苦茶な回でもある。あとすごいさり気なく那っちゃんの本名と日向の存在に言及してたりと、さらっと情報を盛り込んでみたり。
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