プレハブ分遣隊ZERO   作:Tibetan Brown Bear

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彼女と出会った日

 夏らしい天気になってきたな、そう思いながら重巡洋艦・衣笠は自分以外誰も乗っていないバスの車窓から、海沿いの景色を眺めていた。真っ青に晴れ渡った空の下では、細波を寄せる濃紺の海が広がっていた。

 少し開けた窓から入り込む潮風が、彼女の亜麻色の髪をなびかせる。旅行だとすれば、これほど良いロケーションは無いだろうと衣笠は思っていた。実際には、新しい任務地へ移動しているだけなのだが。

 

 つい数ヶ月前、フィリピンのスービック海軍基地で働いていた彼女は日本へと舞い戻っていた。

 大規模作戦による異動が続き、内地で足りなくなった人手を補うために急遽お呼びがかかった彼女は、一路東北の海を守る酒田基地への転属を言い渡された。

 内地に戻れるなら万々歳だと彼女は上機嫌であったが、彼女の前に現れた新しい上官(山城)は開口一番に「申し訳ないけれど」と言い放った。そして「漁港にある分遣隊の指揮官として赴任して貰いたい」と続けたのだった。

 日本海側における深海棲艦の反攻作戦で犠牲者を出した分遣隊は、それが切欠で大規模な部隊再編の対象となっていた。人員不足と、精鋭部隊の日本海展開により事実上の休眠状態であった分遣隊を再始動させるため、退役した前任の代わりに衣笠が隊長として先んじて赴任する事になっていた。

 

 漁港前のバス停で停車し、衣笠は荷物を抱えてバスから降りた。

 エンジン音を上げてバスが走り去ってから、衣笠は周囲を見回してみた。

「なるほどね……」

 思わず声が出た。

 周囲に広がっているのは住宅が立ち並ぶ村落、そして漁船が詰める漁港と管理施設、これから仕事場となり、戦場にもなり得る日本海。上官から言われた通りの「漁港の分遣隊」が設置されるに相応しい環境だ。

 思っていた以上に田舎なんだな、そんな感想が思い浮かんだ。

「さーて、行きますか」

 書類が詰まったブリーフケースや、私物や着替えの詰まったダッフルバッグを手に持つと、衣笠は漁港へと向かった。

 スロープを降りて、周囲を見回す。漁港関係者や漁師の姿もちらほら見かけるが、艦娘らしい人影は見えない。上司から言われた「見れば一発でわかる指揮所」と言うのも見当たらなかったが、衣笠は勘で、一際大きな建物に目を向けた。

「ここかな……?」

 看板らしきものがあるか確認しようとしながら、衣笠は建物の出入り口前で立ち止まった。果たしてここで合っているのだろうか?衣笠は不安げに周囲を確認してしまう。

 

「……何やってんの?」

 後ろから声をかけられた。若い女性の声だった。

 反射的に振り返った衣笠は、近くの自販機から飲み物を買った帰りであろう、セーラー服の少女を見た。黒い髪を結い、気だるげな目を浮かべているその顔と、制服から衣笠はすぐに目の前にいる彼女が艦娘だと見抜いた。

 ――よかった、艦娘か。

 関係者を早々に見つけ、衣笠は声を返した。

「えーっと、分遣隊って何処に?この建物で合ってる?」

 と、衣笠は加古の姿を見て、威圧的に袖から見え隠れする刺青を見て少しだけ表情を強張らせた。

「あっ、えーっと……」

「ここは漁港の建物。分遣隊はあっち」

 加古はそう言うと漁港の近くにあるプレハブ小屋を指差す。

「あー……アレか……」

「毎回本隊から来る奴が皆間違えるんだよ。で、用件は?」

「ここに隊長として赴任する事になったんだけど……」

 その言葉を聞いて、加古は全てを察した。

「着任予定の艦娘?」

「そう!あなたは……“加古”の白崎さん?」

 そうだが、と加古は素っ気無く返した。

「私は“衣笠”、名前は澤渕未樹。よろしくね。分遣隊の指揮所はどこにあるの?」

 

 衣笠は漁港の管理施設とは反対方向へと案内され、ついに探していた指揮所へとたどり着いた。

 見てすぐに「ぼろい」と口に出掛かったが、衣笠は我慢した。

 2階建ての粗末なプレハブ小屋の指揮所だった。指揮所の出入り口近くにはどこからか持って来た、バス停にでも置いてあるような古いベンチが置かれており、階段下には赤色に塗られた煙缶が設置されており、少なくとも喫煙は出来るという希望はあった。

 そこから少し離れた場所に、プレハブの待機所があり、それから艤装格納庫――プレハブより僅かにマシ程度の急ごしらえと思しき施設――があった。出撃用スロープはすぐ近くで、艦娘の基地として最低限の体裁は保っていると感じた。

 

 ガラガラと引き戸を開けて、加古は中に入った。続いて衣笠も入る。

 応接用のソファーに寝転がって休んでいる艦娘と、雑誌を読んでくつろいでる艦娘が見えた。見た所、それは睦月型“長月”と暁型“響”だった。

「お帰り副隊長。後ろの人は本隊の人かい?」

 尋ねる響に、加古は「ああ、漁港の施設に行ってた」と答えながら、指揮所に置かれてる冷蔵庫に買ってきた飲み物をしまいこんだ。

「指揮所を間違えた。私の勝ちだね」

「今度1杯奢るよ」

 響は僅かに口の端を吊り上げて笑い、つれない様子の長月は「またハズレかー」と呟きながら雑誌に視線を戻した。

「えっと……何これ?」

「これからあんたの部下になる艦娘」

 唖然とする衣笠に対する加古の説明に、響と長月が反応した。

「新しく来た隊長かい?」

「那っちゃんの後任?来るのは明日じゃなくて?」

 突然の新任隊長の来訪に、思わず長月は姿勢を正す。響は起き上がると、その澄み切った青い瞳で衣笠をじっと見た。

 

 ――こりゃあ、やばい所に赴任しちゃったな。

 衣笠は苦笑いを思わず浮かべていた。

 

 

 

 

 その日の夜は赴任祝いとして宿舎で衣笠は歓迎を受けた。

 地元の漁港からおすそ分けして貰ったという魚介類を使った料理に、近所の農家からこれまた好意で貰った米や野菜もあり、至れり尽くせり――少なくとも海外派遣時の数億倍は豪華と言える食事に衣笠は舌鼓を打った。

 

 歓迎会も終わり、消灯時間を控えた宿舎の隊長室で、衣笠は情報を纏めていた。

 今回の歓迎会で初合わせとなった顔も多く、部下の顔と名前をすべて覚えていく必要があったからだ。

 寝間着に着替え、ベッドの上に座り、シーツの上に書類――全員分の経歴書を広げた。

「えっと、加古、阿賀野、由良、響、長月、皐月、陽炎、親潮……」

 すでにいる艦娘、明日以降着任する艦娘の経歴書を階級や艦種順に並べていく。

 

 隊長としての仕事第一歩は、この全員分の面子と経歴を覚えて、今後の分遣隊の活動へ生かす必要があったからだ。駆逐艦や軽巡の中には経験の浅い者や、逆に海外派遣など長く活動していたり、果ては前線への派遣で鉄火場を潜ったベテランもいるからだ。彼女たちをどう組み合わせて哨戒活動などのルーチンワークを進めていくか決める、それが隊長の仕事の一つだ。

 特に、明日からは深海棲艦主力艦隊の掃討任務を終えた舞鶴や大湊の艦隊が撤収し、各地の分遣隊が警戒待機から通常の哨戒任務へ戻る事もあり、早急に把握する必要があった。

 

 隊長として赴任するにあたり、全員分の経歴書には目を入れていた。

 多くの隊員は取るに足らないような、それこそ平凡な経歴と言えた。大抵の場合は学校卒業後か中退や休学後に入隊し、どこかの養成学校で訓練を受け、内海や比較的脅威的でない海域で仕事をした後にここへやってきた者が殆どだった。

 異色と言えるのは、響と呼ばれるあの艦娘――経歴の中に機密情報として黒塗りにされた箇所のある、この隊で最も古参の艦娘――と、副隊長の加古だった。

 

 本名は白崎悠里、入隊の時期から見ても古参の艦娘だが、彼女はかなり前線のほう、それこそ精鋭部隊と呼ばれるに相応しい部隊に勤め上げていたベテランだった。重巡・衣笠である澤渕とは同い歳であった。

 だが、その輝かしい経歴は南方海域でぷっつり途絶えていた。書類上は負傷による後送、艤装への反応能力低下により前線部隊から異動、酒田基地転属、そして分遣隊へ。

 

「加古、ね……」

 独り言を呟いてから、うーむ、と衣笠は唸った。

 隊長として赴任したばかりだが、おおよそこの分遣隊の雰囲気は掴めて来た。

 前線の部隊とは比較できないほど緩い。分遣隊をパートタイマーの州兵や田舎町の警察だとすれば、前線で戦っている部隊はさながらデルタフォースやSASと表現してよいぐらいだ。

 最低限、組織として、艦隊としての決まり事は守ってはいるが、どこかだらけた雰囲気がある。部隊の大規模再編で古参の艦娘3人ぐらいしか残っていないというのもあるだろう。

 副隊長に至っては、その古参の1人ながら書類の備考欄――前任の隊長が書き込んだものを見て、勤務態度に若干の問題ありと言えた。仕事終わりに温泉に一直線したり、待機所で昼寝をする事もある、と。フォローとして「指揮能力と艦娘としての実力は優秀である」の一文が添えられているが、普通の上司なら顔をしかめる話だろう。

 古参の艦娘とは距離感は近いが、衣笠に対しては遠慮気味な距離感がある。それでも、基本的に面倒見は良さそうだった。

 今後、もっとも衣笠と付き合いが長くなるであろう艦娘こそ、彼女だった。

「あー、もう。どうしよっか……」

 ベッドの上に倒れこみ、衣笠は仰向けになって天井を見上げた。

 

 思えば、貧乏くじであった。

 入隊して士官としての道を進み、養成学校を卒業し、実際に海外派遣に参加した経験もある。米軍の連絡将校としてサンディエゴで勤務する事も、精鋭部隊の一員としてトラック基地へ着任する事も、出来なくは無かったはずだ。

 しかし、同期に先を越され、言い渡された命令は内地への転勤。栄転かと思いきや、実際は田舎の分遣隊勤務だった。

 分遣隊への異動を同期に話した時は、周りから同情されたのを覚えている。「一体何をすれば分遣隊へ送られるの?」「上官でもぶん殴らない限りあそこへは行かないでしょう」等とも言われていた。

 キャリアは袋小路に入ったと言っても良かった。

 

「まぁ……悩んでも仕方ないよね」

 へへ、と笑ってから衣笠は起き上がって書類を纏めた。

 新しい職場で、それも隊長という職に就いたからにはやるしかないだろう。

 

 

 

 

 翌日、彼女は出撃用スロープに立っていた。

「夜間哨戒、行ってきまーす」

 手を振りながら、2人の艦娘――陽炎と親潮が日が沈みかけた日本海へと出撃していく。

 衣笠は手を振り返して見送りながら、やっと仕事一日目が無事に終わりそうな事にほっと一息ついた。

 

 今日は激務だった。衣笠に次いで、ようやく補充の軽巡洋艦、由良と阿賀野が着任し、残りの駆逐艦も来たからだ。衣笠も含めて、新人はオリエンテーションと称して粗末なプレハブ小屋の指揮所や待機所、格納庫を案内され、業務の説明や引継ぎ、そしてこの漁港とその周辺の事を教わり、それと平行して昼間の哨戒まで指揮しなければならなかった。

 これからは歓迎会と言う名の宴会が宿舎でまた行われる予定で、衣笠は夜間の当直として指揮所に残る手はずになっていた。歓迎会に出られないのは残念だったが、この分遣隊の雰囲気を考えれば、これから幾らでも部下たちと交流を持てるだろう――そう衣笠は考えていた。

「さて」

 出撃スロープ後ろの、指揮所に衣笠は向き直った。あとは副隊長から当直の引継ぎを行うだけだ。

 

 階段を上り、指揮所の二階へと入る。

 副隊長以外誰もいないはずのその部屋は、電気が夕方がついておらず、暗く静まり返っていた。衣笠は壁のスイッチを押し、部屋の電気をつける。蛍光灯が点滅し、暗い部屋が明かりに照らされた。

 副隊長のデスクに、加古がいた。机に突っ伏したまま、寝ていた。

 大方、昼寝をしたまま眠りについたのだろう。衣笠はため息をついてから、加古を起こそうとその肩に手を伸ばす。

 そこで、思わず衣笠の手が止まった。

 両腕に顔を横たえた加古の表情は、苦悶の色を浮かべていた。汗が額に滲み、かすかに瞼が動いている。

 具合でも悪いのか、そう思った衣笠だったが、加古は低く小さな呻き声を口の端から漏らしていた。

 衣笠は、意を決して加古の肩に手を沿え、揺さぶった。

「っ……!」

 がたり、と事務椅子のキャスターが揺れ、加古が飛び起きた。

 目を見開き、乱れた呼吸で肩を上下させながら、加古は思わず周囲を見た。

 見慣れた指揮所の光景、そして目の前には、隊長がいた。

 

「大丈夫?」

 衣笠は彼女の目を見た。

 猛禽類のように鋭い加古の瞳は、またいつもの眠気を纏った瞼に隠れた。

「うなされてた……悪い夢でも見たの?」

 心の底から心配している顔を、衣笠は浮かべていた。

 急に現実へと引き戻された加古は、息を整えようと、必死に呼吸を続けていた。

「あ……あぁ……」

 言葉が出なかった。

 まだ生々しい悪夢の中に、片足を突っ込んだままだった。

 衣笠は、そのまま彼女の肩を優しく掴むと、そのまま抱き寄せ、抱擁した。

「……大丈夫。もう大丈夫だから」

 衣笠に抱かれながら、加古の荒げた呼吸は徐々に収まっていった。

 

 少しの後、落ち着いた加古は衣笠が出したコーヒーを飲んでいた。

 いつもの缶コーヒーではないインスタントだが、加古は口に付ける度に少しずつ平静を取り戻していく気がしていた。

「少しは落ち着いた?何かあったの?」

 近くにあった事務椅子を手繰り寄せ、衣笠は加古の前に座った。

「最近、悪い夢を見る」

 加古は搾り出すように呟いた。

「悪夢だ。前はそうでもなかった、ここに来てからはそれほど多く無かったのに、最近は頻繁に見る」

「前の戦闘から?」

 多分な、と加古は返した。

「悪夢って、南方にいた頃の夢?」

 加古はその問いに、少しの間を置いて答えた。

「ああ、あの時の光景が……。でも、最近見る夢はこの場所が全部無くなって……皆が……」

 声を詰まらせる加古は、吐き出すのもやっという声で続けた。

「あたしの目の前で、皆が」

 手が微かに震える。また、ぶり返すように悪夢が脳裏にちらつき始める。

 だが、それを抑えるように衣笠は加古の手を握り、震えを止めた。

 

「大丈夫」

 衣笠は微笑を口元に浮かべながら答えた。

 人を安心させるような、カーテンの隙間から漏れるような暖かい日差しのような、そんな優しい笑みだった。

「私は指揮官、そうならないように部下を纏めるのが私の勤め。私が来たからには、もう誰も死なせない。あなたも、部下も」

 少しの沈黙が流れる。

 そして、思わず加古は吹き出した。

「ちょっと、何笑ってるの?」

 思わず衣笠が声を上げるが、加古は答えた。

「もう他の部隊がホットスポット潰して“”になってるのに、そんなマジなトーンで言われても」 

「結構本気よ?」

 ははは、と加古が控え気味に笑いながらも、むすっとした顔を浮かべる衣笠だったがすぐに元の柔和な顔に戻った。

 変わった奴が隊長になったもんだ、加古はそう思いながらも、幾分か救われた気持ちで、彼女の目を見て笑った。




【こぼれ話】
 分遣隊に現隊長の衣笠が赴任するまでを描いた回。衣笠と加古という隊長・副隊長コンビの馴れ初め回みたいなもんですねハイ。分遣隊の休眠期間(大規模作戦に伴う部隊再編)を描いた回でもあり、ここから現在の分遣隊につながる面子がようやく合流を始める……という展開になります。
 「スービックの海軍基地」「サンディエゴ(米海軍)への交換艦娘としての派遣」と言った世界観にちょいちょい繋がる雰囲気作りの単語も混じっていますが、今後拾われる事は多分ないでしょう。番外編書く時に使うかも。
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