プレハブ分遣隊ZERO   作:Tibetan Brown Bear

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そこから旅立った日

 ひどく寒い。

 空調の利きも悪く、暖房器具の類が殆ど無い――火気厳禁のため禁止されている――薄暗い格納庫で、1人の艦娘が工具を片手に、艤装と向き合っていた。

 時折、工具でネジやボルトを外す音や金属音が響き渡り、かじかんだ手をほぐしながら、軽巡洋艦の艦娘、夕張は整備を行っていた。

 

「ああ――もう」

 呆れ果てながら、夕張は艤装の不調原因――パイプの不具合を発見した。

 予備部品はどこにあったか、そんな事を確認しながらふと格納庫の窓の外を眺める。鉛色の空は徐々に暗さを帯び始め、作業をしてからかなりの時間が経ったことを告げていた。

 

 夕張の勤務地――アリューシャン列島に近いこの基地――は現在、日本とアメリカの共用基地になっている。中部太平洋海域がレッドゾーンに指定され、未だに制海権を取り戻せてない以上、アメリカから日本へ向かう航路の中で比較的安全かつ距離の短い航路はここしか無く、海域を護衛する艦娘部隊にとって弾薬と燃料補給、修理用の施設が存在する数少ない中継基地の一つだった。

 

 とは言っても基地は最小限の機能しかない。基地の運営要員も、警備や施設運営、基地司令を含めてわずか百人程度。輸送機用の滑走路、兵舎、司令棟、弾薬庫、補給施設、簡素で小さな港湾施設があるだけの質素な基地で、挙句に常駐している日本側の艦娘はわずか6隻のみ。米軍側は護衛駆逐艦や駆逐艦、護衛空母といった艦娘が12隻ほど詰めているだけだった。

 

 艤装の整備作業を続ける夕張の元へ、1人の艦娘が現れた。

 目立つ金髪と特徴的な制服が、彼女が高雄型重巡の艦娘、愛宕である事を物語っていた。

 その片手には、白い湯気を吐き出すコーヒーのカップが握られていた。

「はい、コーヒー」

「ありがと」

 作業を中断した夕張は紙コップを受け取ると、そのまま息を吹いて冷ましてから一口すする。暖かいコーヒーが身体の芯へと染み渡る。口から吐いた息が、より白くなった。

「修理はどう?」

 愛宕の問いに、小休止中の夕張は顔をしかめながら答える。

「あー、多分燃料系のパイプ故障かなあ。パーツ交換でどうにかなるかも」

「必要な部品は?」

「予備艤装か……このあいだ横須賀の連中が放棄してったヤツから無事なの持ってくればいいでしょ」

 

 夕張は忌々しげに、格納庫の外にある“スクラップヤード”の事を思い出していた。

 北方海域での作戦行動に参加する、エリート部隊――猛烈な訓練をパスした志願者やベテランで構成された横須賀や呉の艦隊――はこの基地を前線基地、もしくは中継地点とする事が多い。大抵、そういった作戦時には戦闘により大破し、修復不能と判断された艤装をパージしてここへ放棄したまま撤収するのはよくある事で、この基地で保管されている補修パーツや消耗部品、果ては予備艤装まで、簡単な命令書一つ、果ては階級と部隊の肩書きを理由に持ち去られる事は多々あった。

 かと言って補充を要求しても、平時には脅威の少ない基地に回される物資など微々たるもので、あえなく艦隊の置いていった用済みのスクラップから使える部品を剥ぎ取って補修するというケースはままあった。本来なら規則違反ではあるが、ここでは例外だ。

 

「ごめんなさい。苦労かけるわね」

「そんな事ないわ」

 愛宕が気まずそうな、罰の当たったような顔を浮かべるので夕張は慌てて弁明した。

「人手が少ないのがそもそもの問題なのよ。本来だったら、この手の仕事は上から回されてきた工作艦か整備員がやる仕事でしょ。そっちには何も非は無いし……」

「……それもそうね」

 不意に、愛宕はすっかり空になった夕張のコップに視線を落とした。

「お代わりいる?」

「はい」

 夕張の返事に笑顔で答えると、愛宕は空の紙コップを受け取って部屋を出て行った。夕張は作業を再開し、艤装のエンジン部分の燃料パイプを取り外す作業を続けた。

 工作艦か整備員のやる仕事。夕張は自分がさっき口にした言葉を反芻していた。

 

 夕張の主な任務は、北方海域における艤装試験任務、言うなれば実験部隊の仕事だ。艤装開発部や民間の艤装製造メーカーの試作品を北方という極地で使用し、不具合や実際の性能に関してレポートを送る。地味だが、必要不可欠な仕事だった。南方海域で似た事をしている同期はすでに夕張よりも階級が上になり、給料も色が付けられ、本土へ栄転していった。

 一方の夕張は、いまだに北方海域でこの仕事を続けている。そればかりか、海上から戻っても人手不足という理由で、艤装の整備までやらされている。それを毎時間、毎日、毎週、毎月。繰り返しだった。

 

 我慢の限界だった。気候は悪く、戦闘以外の危険――濃霧、吹雪、荒波、凍結、自然そのものとの戦いすらある。凍り付いた薬室が原因で暴発した主砲で、あやうく片腕を失いそうになった事もあった。せめて、もっと別の場所で仕事が出来ればとも考えていた。転属願を上官である愛宕へ何度も出していたし、その都度上から許可が下りなかったと答えられていた。

 溜息が自然と漏れた。グリスや油で汚れた掌を見返す。

 

 ――自分は、今なにをやっているんだろう?

 

 

 

 仕事も終わり、ようやく自室に戻ってきた夕張は肩の力を抜いた。

 北方基地という小さな基地ではあったものの、米軍の施設を間借りしているだけあって個室の設備は豪華だった。ふかふかのベッドはあるし、シャワーとトイレも完備している。空調設備も完璧に機能しており、下手をすれば夕張の実家よりも豪勢な自室だと言えた。夕張にとってはこの基地における唯一の褒め所だった。

 艦娘の制服を脱ぎ、部屋着のジャージに着替えてから夕張はベッドの上にとりあえず転がった。

 

 仕事の疲れが、どっと身体から染み出るようだった。気を抜けばまどろみに落ちそうな感覚になり、夕張はごろごろと身体を動かしながら、ベッドの脇に放り投げたラップトップを広げて、起動した。

 夕張が持ち込めた娯楽品と言えば、入隊前から録画していたアニメの録画データが入ったハードディスクと、ゲームの詰まったラップトップ1台だけだった。親しくなった第7艦隊の艦娘から貰った日本公開前の映画DVDもあるが、大抵見終わると基地の休憩室や待機室に送られ、皆の暇つぶし用になった。

 

 ネットサーフィンでもしていると、動画投稿サイトに表示された「艦娘募集」の広告動画がふと夕張の目に入った。晴天の下で、綺麗な海の上を走る艦娘と、併走するイルカ。南洋で撮影したであろうそれを見ながら、夕張はそんな事あるわけないだろうと思いながら小さく笑った。

 

 ふと、艦娘になる前の事を思い出していた。

 親に頼んで旅費を出してもらって、貯めた小遣いで参加した年に2回のオタクの祭典。ネットで知り合った人達とのオフ会、学校の部活での友人との語らい。学校に張られた艦娘募集のポスター。進路について慌しい同級生、決まらない自分の進路。

 艦娘募集パンフレットの応募票に、自分の名前を書き込んだ事を思い出して、夕張は溜息を吐いた。あの時、さりげなく選んだ選択肢の結果が、このザマであった。

 養成学校での訓練はキツかったし、軽巡洋艦の訓練課程では指揮官としての仕事も兼任せねばならず辛かった。その後の大湊の勤務では階級章だけは立派な傲慢で無能な上官に苦労したし、部下の駆逐艦は自分よりも経験豊富で、命令には全く従わなかった。

 挙句に転属を言い渡され、地元の北海道より寒い、地の果てにあるような基地で燻り続けている始末だ。

 

 ため息を吐いてから、腹の虫が鳴いている事に気がついた夕張はラップトップを閉じて重たい腰を上げた。

 そろそろ食事の時間だった。

 

 

 

 

 基地の食堂は人もまばらで、青い迷彩服を着た米海軍の職員か、第7艦隊の艦娘がぼつぼつと食事をしているぐらいだ。共用基地で、設備も共同のため提供される食事はすべてアメリカの食事だ。こればかりは夕張の数少ない楽しみの一つだった。

 健康志向なサラダやチキンをトレーによそい、夕張は目立たない隅の席に座ると、黙々と夕食を摂り始めた。

 

 少しすると、見知った艦娘が現れて、夕張の元へと歩み寄ってきた。

「おーっすバリ」

 こんもりとマッシュポテトやローストビーフを盛ったトレーを両手に持って、夕張の同僚――天龍が隣に座った。

 天龍とはこの基地に来た時からの腐れ縁だ。夕張とタメの年齢だが、鉄火場をくぐった経験は彼女の倍以上だ。低燃費で聊か時代遅れとも言えるロートルの艤装を引っさげながら、この基地で夕張と同じ仕事をしている。暗く陰鬱な気持ちになりがちな夕張に比べて、彼女は毎日が楽しそうな雰囲気だった。

 喋り相手もいなかった2人は退屈凌ぎに世間話を始めた。 

「どうよ今日の装備テストは」

「最悪。私が開発者なら設計図焼き捨てるわ、ゴミよゴミ」

 レンズ豆のサラダを頬張りながら、夕張は呆れ気味に答えた。

「そっちは?」

「こないだ送られてきた試作連装砲の試験初日だ。大高重工製だったかな」

 天龍はマッシュポテトを忙しなく胃にかき込みながら答えた。

「結果は?」

 夕張の問いに、天龍は首を左右に振った。

「全然ダメだな、あそこの会社の兵装は魚雷以外ハズレだ。砲身引っこ抜いて鈍器にした方がまだ使える。凍結対策も万全じゃないし、北方での使用にゃ向いてない。それに電子トリガーがバグって暴発しかけたぞ」

「サイテーね」

 心底同情する夕張の言葉に、天龍はため息を吐いた。

「五体満足でほっとしてるよ。まァ、ケガでもすりゃあ内地に帰れたけどな」

「……そうね」

 夕張はそう言うと、食事の手を止めた。隣の天龍もつられて手を止めた。

「どうしたバリ、元気ないな」

「……国に帰りたい」

 ぼそり、と夕張は呟いた。手に持ったスプーンがトレーに落ちて、金属音が鳴った。

「寒いし、危険だし、仕事はサイテー、毎日同じ事ばかり」

S.S.D.D.(日が変わってもクソはクソ)ってか?バリも2年目だろ、今更ホームシックか?」

 そうかもね、と夕張は天龍の言葉に答えると、溜息を吐いた。

「こないだ横須賀から来た連中、カッコよかった。空母や戦艦も沢山いた……あんな艦娘になるんだ、って思いながら入隊したのに、ここでの仕事は……」

「テスト部隊なんて早々やれる仕事じゃねえだろ。でなきゃ死ぬか任期終えるまで燃料集めや船団護衛だ、軽巡になった時点で無理に決まってんだろ」

 天龍はあっけらかんとした口調で続ける。

「前線でクソみたいな装備を使って戦い死ぬ、そんな連中を減らしてやるのが俺たちの仕事だ。地味で面倒だが、誰かがやらなきゃな」

 天龍はローストビーフをがっつきながら、続けた。

「それにな、好き好んで殺し殺されの現場に行く必要はねえんだよ。前線から帰れば誰だってそう思うさ、俺でもな」

「それもそうね……」

 夕張はすっかり意気消沈しながらも、腹を満たすべく黙って食事を続けた。

 

 

 

 

 それから、いつものように日常は過ぎていった。

 

 1週間後、いつもの通り。

 

 2週間後、北方海域で作戦があった。

 

 3週間後、不祥事を起こした艦娘がこの基地を経由してから後送されていくのを見た。

 

 4週間後、日本海側で大規模な攻勢があったが、これを鎮圧したとニュースがあった。

 

 5週間後、いつもの通り。

 

 6週間後、いつもの通り。

 

 7週間後、

 

 8週間後、

 

 

 

 

 3ヵ月後。格納庫でいつもの仕事をこなしている夕張の前に、愛宕がやってきた。

「ぱんぱかぱーん!」

「は?」

 開口一番、愛宕は大げさな口調と笑顔で一枚の書類を掲げた。

「これ、何だかわかる?」

「えーっと……」

 愛宕が手でひらひらと振っている書類を見て、夕張は目を丸くした。

 何かの書類である事以外答えが見当たらず、夕張は質問で返した。

「それは何?」

「ヒントは、夕張ちゃんが今物凄くほしい物」

 凄く欲しい物、という言葉に思わず夕張は工具を手から落とした。

「へ?えっ?」

 素っ頓狂な声が喉から漏れた。

 欲しい物――それは転属だ。

 

「随分と骨を折ったのよ?司令への説得、空きのある本土の基地を探すのも苦労したし、夕張ちゃんの代わりに来る艦娘の手配もね」

「あ、ああ……」

 命令書だった。それは間違える事のない文面の書類であり、転属先が国内の基地である事も、そしてそれを承認する署名が記入された、本物の書類だった。

「本当に内地?日本よね?」

 まじまじと書類の文面を眺めながら、夕張は何度も愛宕と書類を交互に見た。

 あまりにも挙動不審なそれを見てケラケラ笑いながら、愛宕は説明した。

「本当よ。山形にある基地が部隊の再編中で偶然空きが出来たの。それからちょっとコネを回したりね?むしろ向こうの方から来てほしいってくらいだったけれど……」

 思わず夕張は書類に手を伸ばしかけるが、愛宕はお預けと言わんばかりに手を引っ込めた。

 すぐにでも書類を詳しく見たい気持ちを抑えながら、夕張は不満げな表情を浮かべる。

「た・だ・し、条件がひとつ」

 愛宕は口元に、いかにも悪そうな笑みを浮かべた。

「実家の会社の件、覚えてるわよね?」

「えっ、あ、あの?」

 実家、とは“愛宕”の生家がある神奈川の事だ。彼女の両親が経営している会社があり、人手不足である事が彼女の口からよく語られていた。

「戦争が終わったら、必ずうちの会社に来る事、それが条件。どう?」

「どうって言われても……いつ終わるかも分からないし、満期で辞めるにも当分先だし」

 夕張は困惑しながら答えた。いきなり“実家の会社に来い”と言われたら無理もない話だった。

「私は“辻ちゃん”の事を評価してるわ」

 夕張の本名で語り掛けられ、夕張は思わず姿勢を改めた。

「それはどういう……」

「この状況でも文句は言うけど投げ出したり自棄にならずに仕事をやり遂げれるし、艦娘としても1人の人としても、ちゃーんと評価してるわよ。だからこそ私が欲しい人材なの。私は満期で辞めて会社を継がなきゃいけないから、今後も考えないとね」

 成る程、そういう手で来たか、と夕張は納得した。

 しかし、頭の片隅で愛宕の実家の会社について情報を掘り起こすと、やや躊躇う気持ちも僅かにあった。

「えー……でも、杉ちゃん家の会社ってあの……」

「神奈川での勤務だから首都圏にもすぐに行けるし、盆と年末(コミケ)は確実に休暇を取れるよう手配するわよ。どう?」

 夕張は顔色を変えた。海の上で仕事をしている時のような、筋の通った凛とした顔だった。

「やります。絶対働きます」

「正直でよろしい」

 愛宕は満面の笑みを浮かべると、手に持った書類を夕張へと手渡した。

 

 

 

 

 1週間後。

 夕張にとって、待ちに待ったその時がやってきた。

 仲間たちに別れを告げ、送別会が終わり、わずかな私物を纏めた夕張は基地の飛行場に立っていた。防寒用のジャケットを着込み、わざわざ基地の待機所で温まろうともせず、曇天の空の下でそれを待った。

 

 定刻通り、それは爆音を響かせながらやってきた。

 4発のターボプロップエンジン、灰色に塗装された胴体と翼、赤い丸の国籍マーク。それはC-130H輸送機だった。基地の短距離滑走路でも離着陸が可能で、夕張たちにとっては慣れ親しんだ存在だ。艦娘用の小型港しかないこの基地にとっては貴重な運び屋だ。

 ランディングギアを出し、滑走路へアプローチを開始した機体は徐々に速度を落として着陸した。そのままエプロンへとタキシングする。プロペラの回転数が落ちていき、やがて定位置に止まった。

 

 いつもの補給物資の運搬ついでの便乗。この基地であれば当たり前の、だが自分が体験するには手は届かない光景だった。

 パイロットたちに挨拶を済ませ、夕張は機内を見回した。

 次の勤務地は日本本土――日本海側の防衛を担う東北の最前線、と言うと聞こえはいいが、実際には北方のこの基地と何ら変わりはない小さな基地だろう。それでも、慣れ親しんだ母国である事には変わりは無い。少なくともアリューシャン列島の端にあるような忘れ去られたような基地よりかは、はるかにマシだ。

 夕張は鼻歌を歌いながら、キャビンのシートに深く腰を埋めて、次の任務地に思いを馳せた。




【こぼれ話】
 夕張の過去を描いた回。前話からめちゃくちゃ間が空いた理由としては、前のアレでもう終りでいいだろうと思っていた矢先にふつふつと創作意欲が沸いてきて「あれ最終回って言ってないし続き書いても別にいいじゃん」と思ったのが切欠。まあTwitterで最終回についての構想も呟いてたしここで打ち切るのは勿体ないかなと。
 実は「戦後」に繋がる話が唯一盛り込まれた作品。どん詰まりで、灰色に囲まれた世界に閉じ込められていた夕張が殻を割って外の世界へ向かおうとする話……ですが要するに転勤するだけの回です。
 戦後は杉ちゃん家の会社でエナドリ缶山積みで仕事する羽目になるバリちゃんですが、毎年コミケに行けるので人生楽しそうですね。
 本当は米軍側の艦娘としてオリジナル艦娘の護衛空母や護衛駆逐艦娘を出したら面白いだろうなぁと思いましたが「戦艦少女でやれ」という危惧から削った思い出。ガンビア・ベイ持ってないし、あいつとサミーBだけじゃなあ……艦これに出ませんかねキャノン級護衛駆逐艦とかタコマ級フリゲートとか。
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