デート・ア・ライブ 士織リリィデイズ   作:ラリストテレス

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宣言通り、今週中に投稿できました。

それではどうぞ


地獄の果てに、少女たちは再び

『ちょっと士織! 何やってるのよ。もう少しで落とせたじゃない』

 

 インカムから琴里の叱責が聞こえてくる。

 が、恋愛初心者である士織にいきなりのキスはハードルが高かったようで、琴里の言葉を歯牙にもかけず、廊下を全力疾走で駆け抜けていた。

 と、

 

「わっ・・・・・・!?」

 

「・・・・・・!」

 

 注意が散漫になっていたため、士織は曲がり角の先から歩いてきた生徒に倒れ込むように転んでしまった。

 

「いってて・・・・・・す、すいません! 大丈夫ですか?」

 

 言いながら身を起こす。と・・・・・・

 

「ぃ・・・・・・!?」

 

 士織は心臓が引き絞られるのを感じた。何しろそこにいたのは、あの鳶一折紙嬢だったからだ。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 一瞬その場で硬直する士織。他から見れば、士織が折紙を押し倒しているような構図に見えなくもない。

 

「ご、ごごごごめんなさい!」

 

 慌てて跳び起きる士織。

 

「平気」

 

 折紙はさして慌てた様子もなく、いつも通りの無表情を携えながら立ち上がる。

 なぜこんなことに──

 

「どうしたの」

 

 折紙が、士織に訪ねてきた。

 恐らく、廊下を全力で走っていたことについてだろう。

 だが流石に、キスするのが恥ずかしくて逃げ出してきた、なんて言えるはずもない。

 士織はどう説明しようかと考えていると・・・・・・

 

『──ちょうどいいじゃない士織。彼女でも訓練しておきましょう』

 

「え・・・・・・えぇ!?」

 

『やっぱり先生だけじゃなく、同年代のデータも欲しいしね。それに精霊とは言わないまでもAST要員。なかなか参考になりそうじゃない。見る限り、彼女も周りに言いふらすようなタイプとは思えないけれど?」

 

「で、でも・・・・・・!」

 

『精霊と話したいんでしょ?』

 

「・・・・・・っ」

 

 士織は拳を握る。

 意を決して、折紙に声をかけようとする。

 が、

 

「ひぃっ!」

 

 いつの間にか既に、折紙が士織の眼前に迫っていた。

 

「五河士織」

 

「は、はい! 何でしょうか鳶一さん」

 

 緊張で声が上擦る。折紙はさらに顔を近づけくてる。あと少しで、唇がふれそうだ。

 士織は先ほどのことを思い出してか、咄嗟に目を瞑ってしまう。

 2人の距離はさらに近づいていく。

 そして────

 

 コツンッ

 

「ふぇ?」

 

 そんな間抜けな声が響く。

 見れば折紙が、士織のおでこに自らのでこをくっつけていた。

 

「な、何してるんですか?」

 

「様子が変だったから、熱があるか確認していた」

 

 事も無げに言う折紙。

 確かに先ほどからインカム越しに話していたため、周りからしてみれば急に変な独り言を喋り始めたようにしか見えなかっただろう。一見すれば、病人に見えなくもない。おまけに顔は先程のこともあり、真っ赤だ。

 

「そ、そうだったんですか」

 

「ええ。でも、少し熱がある」

 

「え?」

 

「このままでは危険。すぐに処置を」

 

 そう言って、折紙はそそくさと服を脱ぎだした。

 

「と、とととととととと鳶一さん!? 一体何を!?」

 

「私の体を密着させて、あなたの体を温める」

 

「服を脱ぐ意味は!?」

 

 士織が必死に止めようとするも、折紙は止めることなく、次々と服をストリップさせていった。

 

「五河士織。あなたも脱いで」

 

「え、えぇ!? 何で私まで──」

 

「お互い人肌の方が、より体温を伝え安い。だから、脱いで」

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 折紙が士織の制服に手をかけようとした、その時だった。

 

 

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

 

 

 あたりに警報が鳴り響く。

 それとほぼ同時に、折紙が顔を軽く上げる。

 

「──急用ができた。また」

 

 そう言うと、服を着直し、急いで廊下を走っていってしまった。

 

「た、助かったぁー」

 

 士織は盛大にため息を吐く。今回は警報に救われたようだ。

 と、ほどなくして、インカム越しに声が聞こえてくる。

 

『士織、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉で移動するわ。戻りなさい』

 

「や、やっぱり、精霊なの・・・・・・?」

 

 琴里が一拍置いてから続ける。

 

『ええ。出現予測地点は──来禅高校(ここ)よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 時刻は17時20分。

 避難を始めた生徒たちの目を避けながら、街の上空に浮遊している〈フラクシナス〉に移動した3人は、艦橋スクリーンに表示された様々な情報に視線を送っていた。

 

「なるほど、ね」

 

 艦長席に座りながら、クルーたちと言葉を交わしていた琴里は、小さく唇の端を上げた。

 

「──士織」

 

「なに?」

 

「早速働いてもらうわ。準備しなさい」

 

「・・・・・・っ」

 

 とうとうこの時が来たか、と士織は体を硬直させた。

 覚悟も訓練もしてきたが、実際にその時が来てしまうと緊張を隠せそうにはなかった。

 

「──もう彼女を実戦登用するのですか、司令」

 

 と、艦長席の隣に立つ神無月が、不意に声を発した。

 

「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。訓練は十分なのでしょげふッ」

 

 神無月の鳩尾に、拳がめり込んだ。

 

「私の判断にケチをつけるなんて、随分偉くなったものね神無月。罰として今からいいと言うまで豚語で喋りなさい」

 

「ぶ、ブヒィ」

 

 ものすごく慣れた様子で返す神無月。

 前回訪れた際も琴里の罵倒に嬉々として反応してたため、神無月の性格についてはだいたい把握していた。

士織はすかさず目を逸らす。あれに慣れては、大切な何かを失うような気がして。

 と、琴里が徐にキャンディ棒をピンと上向きにし、スクリーンを示す。

 

「士織、あなたかなりラッキーよ」

 

「ラッキー・・・・・・?」

 

 琴里の視線を追うように、スクリーンに目を向ける。

 するとそこには、士織の高校に赤いアイコンが1つ、その周囲に黄色いアイコンが複数表示されていた。

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」

 

「それはいいけど、何がラッキーだったの?」

 

「ASTが装備するCR-ユニットは、狭い屋内での戦闘を目的として作られたものではないのよ。いくら随意領域(テリトリー)があるとはいえ、遮蔽(しゃへい)物が多く、通路も狭い建物の中では確実に機動力が落ちるし、視界も遮られてしまうわ」

 

「つまり、精霊が外に出てくるのを待っているってこと?」

 

「そういうこと」

 

 言いながら、琴里がパチンと指を鳴らす。それに応じるように、スクリーンに表示された画像が、実際の高校の映像に変わる。

 校庭に浅いすり鉢状のくぼみができており、先日士織が見た光景を彷彿とさせるようだった。

 

「校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだみたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。ASTにちょっかいだされずに精霊とコンタクトが取れるんだから」

 

 理屈はわかったが、士織はそこで、台詞に引っかかりを覚えた。

 

「ねぇ、琴里。精霊が普通に外に現れていたら、どうやって私を精霊と接触させるつもりだったの?」

 

「ASTが全滅するのを待つか、ドンパチしている中に放り込むか、ね」

 

「それはなんと言うか・・・・・・ラッキーだったよ」

 

 士織は今の状況がどれだけありがたいか、深ぁーく理解した。

 

「ん、じゃあ早いとこ行きましょうか。──士織、インカムは外してないわね?」

 

「う、うん」

 

 士織は右耳に触れる。そこには、先ほど使用したままのインカムが装着されていた。

 

「よろしい。カメラも一緒に送るから。困ったときはサインとして、インカムを2回小突いてちょうだい」

 

「うん。それはわかったけど・・・・・・」

 

 士織は不安そうな面持ちで、周りを見る。

 直接話したのは令音や神無月くらいだが、それだけでもここにいるメンバーのヤバさは十分に分かる。

 士織の表情からおおよそ察したのだろう、琴里が不敵な笑みを浮かべた。

 

「安心しなさい士織。〈フラクシナス〉のクルーには頼もしい人材がいっぱいよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「ええ、例えば・・・・・・」

 

 士織が疑わしげな目で聞き返すと、琴里が艦橋下段のクルーを指さす。

 

「その巧みなテクニックで、堕とした女は数知れず・〈魔性の女(セクシャルマスター)渡邉(わたなべ)!」

 

「それ何段階も先の話だよね!?」

 

「恋は盲目、意中のあの娘に当たって砕けろ! ・〈玉砕覚悟(ラヴ・クラッシゃー)村松(むらまつ)!」

 

「それ失敗してるよ!」

 

「恋ライバルに次々と不幸が。午前2時の女・〈藁人形 (ネイルノッカー)椎崎 (しいざき)!」

 

「それ絶対呪いかけてる!」

 

「100人の嫁を持つ女・〈次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)〉中津川!」

 

「ちゃんとZ軸のある嫁だよね!?」

 

「その愛の深さゆえに、今や法律で愛する彼女の半径500メートル以内に近づけなくなった女・保護観察処分(ディープラヴ)箕輪(みのわ)!」

 

「なんでそんな人たちばっかりなの!」

 

「・・・・・・皆、クルーとしての腕は確かなんだ」

 

 艦橋下段から、令音の声が聞こえてくる。

 

「まあ心配しなくても大丈夫よ。士織なら1回くらい死んでもすぐニューゲームできるわ」

 

「そんなわけないでしょ・・・・・・」

 

 士織はため息混じりに言いつつ、大人しく艦橋のドアに足を向けた。

 

「グッドラック。お姉ちゃん」

 

「うん」

 

 ビッと親指を立ててくる琴里に、軽く返事をする。

 未だ心臓は高鳴っていたが──ふと、あの少女の顔を思い出す。

 諦め、失望、悲哀・・・・・・そんな感情が入り交じった顔。

 世界を救うとか、恋をさせるとか。

 

 そんな事よりもただ──私はあの子と話がしたい。

 

 士織の頭は、それでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 〈フラクシナス〉の転送機は、直線上に遮蔽物さえなければ、一瞬で物質を転送・回収できるという便利な物らしい。

 最初こそ船酔いのような気分の悪さを感じたが、数回目ともなると多少は慣れが出る。

 一瞬のうちに視界が〈フラクシナス〉から、薄暗い校舎裏に変わったのを確認してから、士織は頭を軽く振った。

 

「えっと、まずは校舎内に──」

 

 言いかけて、言葉を止める。

 士織の目の前にある校舎が冗談のように抉り取られており、内部を覗かせていたからだ。

 

『ちょうどいいわ。そこから中に入りなさい』

 

 右耳のインカムから、琴里の声が聞こえてくる。

 士織は「わかった」と短く返事をすると、校舎内へと入っていった。

 あまりのんびりしていては精霊に逃げられるかもしれないし、なにより、士織がASTに見つかって『保護』されてしまう可能性もある。

 

『さ、急ぎましょう。ナビはこちらでするわ。精霊の反応そこから階段を上がって3階、手前から4番目の教室よ」

 

「わかった」

 

 士織は深呼吸すると、階段を駆け上がっていった。

 そして1分とかからず教室の前までたどり着く。

 扉は開いてないため、中の様子は窺えないが、ここにあの少女がいると思うと自然鼓動が早くなる。

 

「あ──ここ、私のクラスだ」

 

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利とまではいかないけど、まったく知らない場所よりよかったでしょ』

 

 琴里が言ってくる。実際進級してそう日が経ってないので、そこまで知っているというわけでもないのだが。

 とにかく、精霊が気まぐれを起こす前に接触する必要がある。

 最初にかける言葉を何度か反芻(はんすう)し、士織は意を決して、教室の扉を開けた。

 瞬間。

 

「────あ」

 

 夕日で赤く染められた教室の中、前から4番目、窓際から2列目の、ちょうど士織の机の上に、不思議なドレスを身に纏った夜色の髪をした少女が、片膝を立てるようにして座っていた。

 その幻想的な輝きを放つ目を物憂げな半目にし、ぼうっと黒板を眺めている。

 半身を夕日に照らされた少女は、見る者の思考能力を一瞬にして奪ってしまうほどに、神秘的だった。

 だが、そんな神話の一頁のような光景は、すぐに崩れることとなる。

 

「──ぬ?」

 

 少女が士織の侵入に気づき、目を完全に開いてこちらを見てくる。

 

「・・・・・・ッ! え、えっと、こん──」

 

 と、士織がどうにか言葉を発しようとした瞬間。

 ──ひゅん、と。

 少女が無造作に手を振るったかと思うと、士織の頬を掠めて一条の黒い光線が通り抜けていった。

 

 一瞬の後、士織が手に掛けていた教室の扉と、後ろの廊下にある窓ガラスが盛大に砕け散る。

 

「ひぃ・・・・・・ッ!?」

 

 突然のことで、一瞬その場に固まってしまう。頬に触れると、生暖かい感触とともに手に血がついていた。

 

『士織!』

 

 琴里の声が鼓膜を痛いほどに震わせる。

 少女は鬱々とした表情を作りながら、腕を大きく振り上げていた。手のひらの上には、丸く形作られた光の塊のようなものが、黒い輝きを放っている。

 

「ま・・・・・・待って! わ、私は敵じゃない!」

 

 

 まさか、邂逅一番に攻撃されるなど思わず、士織は慌てた様子で声を上げた。

 と、士織の言葉が通じたのか、少女が光の塊を霧散させる。だがその目には、警戒と猜疑が満ちていた。

 士織は敵意がないことを示すため、両手を上げながら恐る恐る教室に足を踏み入れる。

 

「──止まれ」

 

 少女が凛とした声音を響かせると同時に──ばじゅッ、と士織の足元の床を光線が灼く。

 士織は慌てて身体を硬直させる。

 すると少女が、士織の頭頂から爪先まで舐め回すように見つめ、口を開く。

 

「おまえは、何者だ」

 

「っ・・・・・・わ、私は──」

 

『待ちなさい』

 

 答えようとした瞬間、琴里が待ったをかけた。

 そう、ちょうどその頃、〈フラクシナス〉の艦橋では3つの選択肢が現れていた。

 

①私は五河士織。あなたを救いにきた。

②通りすがりの一般人です。やめて殺さないで! 

③人に名を訊ねるときは自分から名乗りなさい

 

「え? ・・・・・・ちょっ、琴里どういこと・・・・・・」

 

 少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止させられた士織は、気まずい空気の中そこに立ち尽くしていた。

 

「・・・・・・もう一度聞く。おまえは、何者だ」

 

 少女が苛立たしげに言い、短く目をさらに尖らせる。

 と、そこでようやく、右耳から琴里の声が届いた。

 

『士織。聞こえる? 私の言うとおりに答えなさい』

 

「う、うん」

 

『──人に名を訊ねるときは自分から名乗りなさい』

 

「──人に名を訊ねるときは自分から名乗りなさい。・・・・・・ってそれは」

 

 言ってしまってから、士織は顔を青ざめる。

 だが時既に遅し。士織の声を聞いた少女は途端不機嫌そうに顔を歪め、今度は両手を振り上げて光の球を作りだした。

 

「キャ・・・・・・ッ!」

 

 慌ててその場から退(しりぞ)く。

 瞬間、士織の立っていた場所に黒い光球が投げつけられた。床に、2階から1階まで貫通するような大穴が開く。

 その衝撃で、士織は椅子と机を巻き込みながら教室の端まで転がった。

 

「・・・・・・っうぅ・・・・・・」

 

『あれ、おかしいな』

 

「おかしいなじゃないでしょ・・・・・・ッ、お姉ちゃん本気で起こるよ」

 

 心底不思議そうに言ってくる琴里に返し、士織はゆっくりと身を起こした。

 と──

 

「これが最後だ。答える気がないのなら、敵と判断する」

 

 士織の机の上から、少女が言ってくる。

 士織はビクッと肩を震わせ、即座に答えた。

 

「わ、私は五河士織! ここの生徒です! 敵対するつもりはありません!」

 

「・・・・・・」

 

 両手を上げながら士織が言うと、少女は訝しげな目を作りながら士織の机から下りた。

 

「──そのままでいろ。おまえは今、私の攻撃可能圏内にいる」

 

 士織は了解の意を示すように、こくこくと頷いた。

 少女がゆっくりとした足取りでこちらに迫る。

 

「・・・・・・ん?」

 

 そして軽く腰を折り、しばしの間士織の顔を凝視してから「ぬ?」と眉を上げた。

 

「おまえ、前に一度会ったことがあるな・・・?」

 

「っ! う、うん、今月の──10日くらいに。街中で」

 

「おお」

 

 少女は得心がいったように小さく手を打つと、姿勢を元に戻した。

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた奴だ」

 

 少女の目から、微かに険しさが消えるのを見て、士織は一瞬緊張が弛む。

 だが、

 

「あぐ・・・・・・ッ!?」

 

 刹那の間の後、士織は前髪を掴まれ顔を上向きにさせられていた。

 少女が、士織の目を覗き込むように顔を斜めにしながら視線を放ってくる。

 

「・・・・・・確か、私を殺すつもりはないと言っていたか? ふん──見え透いた手を。言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから襲うつもりか?」

 

「・・・・・・そんなっ」

 

 士織は、小さく眉を寄せ、歯噛みする。

 少女が士織の言葉────殺しに来たのではない、というその台詞を、微塵も信じることがではない事。

 信じることができないような環境に晒されていた事に。

 士織はどうしても────

 

 

 

 

我慢できなかった

 

 

 

 

「──人間は──っ」

 

 思わず、士織は声を発していた。

 

「あなたを殺そうとする人ばかりじゃないっ!」

 

「・・・・・・」

 

 少女が目を丸くして、士織の髪から手を離す。

 そしてしばしの間、もの問いたげな表情で士織の顔を見つめた後、小さく唇を動かした。

 

「・・・・・・そうなのか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「私が会った人間たちは、皆私は死なねばならないと言っていたぞ」

 

「そんなことないッ!」

 

「・・・・・・」

 

 少女は何も答えず、手を後ろに回した。

 半目を作って口を結び──まだ士織の言うことが信じられないという顔を作る。

 

「・・・・・・では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、おまえは一体何をしに現れたのだ?」

 

「っ・・・・・・」

 

 士織は一瞬、閉口する。自分が今日まで何をし、どうしてここにいるのかを、確認するように。

 そして──

 

「私は・・・・・・あなたとお話するために・・・・・・ここにきたッ!」

 

 思いの丈を、ぶちまける。

 士織が言うと、少女は意味がわからないといった様子で眉をひそめた。

 

「・・・・・・どういう意味だ?」

 

「そのまんまだよ。私は、あなたと、話がしたいの。内容なんてなんでもいい。気に入らないなら無視してくれたっていい。でも、1つだけわかって欲しいの。私は──」

 

『士織、落ち着きなさい』

 

 琴里が諫めるように言ってくるが、士織は止まらない。

 なぜなら、目の前の少女には、今まで手を差し伸べてくれる人間がいなかったのだ。

 士織には、父が、母が、そして琴里がいた。

 けれど彼女には、誰もいない。

 自分と同じように、この少女に手を差し伸べたい。

 そう思うのは、エゴなのかも知れない。

 けど、もしそうだったとしても、士織は躊躇わないだろう。

 だって、この気持ちは、この思いは決して──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偽りなどではないのだから。

 

「私は──あなたを否定しない!」

 

 士織は半ば叫ぶようにそう言った。

 心からの、魂の叫びを。

 

「・・・・・・っ」

 

 少女は眉根を寄せると、士織から目を逸らした。

 そしてしばしの沈黙のあと、小さく唇を開く。

 

「・・・・・・シオリ。シオリといったな」

 

「──うん」

 

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

 

「本当だよ」

 

「本当の本当か?」

 

「本当の本当だよ」

 

「本当の本当の本当か?」

 

「本当の本当の本当にだよ」

 

 士織が間髪入れずに答えると、少女は髪をくしゃくしゃとかき、ずずっと鼻をすするかのような音をたててから、顔を戻してきた。

 

「──ふん」

 

 眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、腕組みをする。

 

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 

「っ、そんな、私は──」

 

「・・・・・・だがまあ、あれだ」

 

 少女は複雑そうな表情を作ったまま、続けた。

 

「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話しようという人間は初めてだからな。・・・・・・この世界の情報を得るために少しだけ利用してやる」

 

 言って、もう一度ふんと息を吐く。

 

「・・・・・・え、えっと」

 

「話くらいしてやらん事もないと言っているのだ。そう、情報を得るためだからな。うむ、大事、情報超大事」

 

 言いながらも、ほんの少しだけ、少女の表情が和らいだ気がする。

 

「・・・・・・そっか」

 

 士織は微笑ましそうに笑いながら、そう返した。

 とりあえずは、ファーストコンタクトに成功したようだった。

 すると、右耳から琴里の声が響いた。

 

『──上出来よ。そのまま続けて』

 

「うん」

 

 と、少女が大股で教室の外周をゆっくり回り始めた。

 

「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に風穴を開けてやるからな」

 

「うん、わかった」

 

 士織の返答を聞きながら、少女がゆっくりと教室に足を響かせてゆく。

 

「シオリ」

 

「どうしたの?」

 

「──早速聞くが。ここは一体何なんだ? 初めて見る場所だ」

 

 言って、歩きながら倒れてない机をペタペタと触り始める。

 

「ああ、えっと──私と同年代くらいの生徒たちが勉強する場所だよ。その席に座って、ね」

 

「なんと」

 

 少女は驚いたように目を丸くした。

 

「これに全ての人間が収まるのか? 冗談を抜かすな。40近くはあるぞ」

 

「残念ながら、本当だよ」

 

 士織は少女の様子に、微笑を携え答える。

 少女が現れるときは、街に避難警報が発令されている。少女が見たことのある人間なんて、ASTくらいのものだろう。

 人数もそこまで多くはあるまい。

 

「ねえ──」

 

 少女の名を呼ぼうとし──士織は声を詰まらせた。

 

「ぬ?」

 

 士織の様子に気づいたのだろう、少女が眉をひそめてくる。

 そしてしばし考えを巡らせるようにあごに手を置いたあと、

 

「・・・・・・そうか、会話を交わす相手がいるのなら、必要なのだな」

 

 そう頷いて、

 

「シオリ。──おまえは、私を何と呼びたい」

 

 手近にあった机に寄りかかりながら、そんなことを言ってきた。

 

「・・・・・・え?」

 

 言っている意味がわからず、問い返す。

 少女はふんと腕組みすると、尊大な調子で続けた。

 

「私に名をつけろ」

 

「・・・・・・」

 

 しばし沈黙ののち。

 

 ──えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!! 

 

 士織は心の中で絶叫した。

 

「わ、私がつけるの!?」

 

「ああ。どうせおまえ以外と会話する予定はない。問題あるまい」

 

「そんな・・・・・・急にそんな事言われても・・・・・・」

 

 士織は首を捻る。

 最初に名前をつけるのは自分の子どもだろうなぁと、思っていたが、こんなに早く訪れる事になろうとは。

 インカムの向こうでも激しい議論が繰り広げられている。

 というか妹よ、いくらこの子が古風な言葉使いするからって流石にトメは無いでしょ!? 

 

「先ほどから何をしているのだシオリ?」

 

 と、士織が1人百面相をしていると、少女が不機嫌そうに眉をひそめる。これ以上待たせてはまずい。

 名前、名前、名前──と考えを巡らせるも、なかなかしっくりくるものが浮かばない。

 そこで士織は、少女と初めて会ったときのことを思い返す。

 あの日は確か──

 

「────十香」

 

 士織は呟いた。

 

「ぬ?」

 

「十香、なんてどう、かな」

 

 士織は恐る恐る、少女の名を口にする。

 かなり安直ではあるが、トメとか麗鐘(くららべる)なんかよりは遥かにましだろう。

 

「トーカ・・・・・・か。シオリ、トーカとはどのように書くのだ?」

 

「え? 、えっと、それはね──」

 

 士織は黒板の方へ歩いていくと、チョークを手に取り『十香』と書いた。

 

「ふむ」

 

 少女が小さく唸ってから、士織の真似をするように指先で黒板をなぞる。

 

「あ、ちゃんとチョーク使わないと文字が・・・」

 

 言いかけて、言葉を止める。少女の指が伝ったあとが綺麗に削れ、下手くそな『十香』という文字が記されていた。

 

「なんだ?」

 

「・・・・・・いや、なんでもない」

 

「そうか」

 

 少女はそう言うと、しばしの間自分の書いた文字をじっと見つめ、頷いた。

 

「シオリ」

 

「どうしたの?」

 

「十香」

 

「え?」

 

「十香。私の名だ。素敵だろう」

 

「う、うん。そうだね・・・・・・」

 

 何というか──恥ずかしかった。いろんな意味で。

 士織は少女から目を逸らすように頬をかいた。

 すると少女──十香は、もう一度同じように唇を動かした。

 

「シオリ」

 

 ・・・・・・流石に士織も、その意図に気づいた。

 

「十香」

 

 士織がその名を呼ぶと、十香は満足そうに唇の端をニッと上げた。

 

「・・・・・・っ」

 

 心臓が跳ねる。

 思えば、十香の笑顔を見るのは、これが初めてだった。

 それだけ士織が、十香にとって信頼に足る人物だと認められたからだろう。

 そう思うと、堪らなく────嬉しかった。

 と、そのとき、

 

「・・・・・・っ!?」

 

 突如、校舎を凄まじい爆音と振動が襲う。

 咄嗟に黒板に手をついて身体を支える。

 

「な、何!?」 

 

『士織、床に伏せなさい!』

 

 琴里の言葉に、半ば反射的に伏せる。

 瞬間、けたたましい銃声とともに、窓ガラスが一斉に割れ、壁に銃痕が刻まれていく。

 さながらマフィアの抗争のようである。

 

「な、何が・・・・・・!」

 

『外からの攻撃みたいね。精霊をあぶり出すためじゃないかしら。──ああ、それとも校舎ごと潰して、精霊が隠れる場所をなくすつもりかしら』

 

 そんな無茶苦茶なっ、と内心悪態を吐く。

 と、そこで士織は眼前で佇む十香へと視線を移す。

 窓へと視線を移した十香は、無論、銃弾やガラス片なんてものは触れてすらいない。しかしその横顔は、ひどく痛ましく、歪んでいた。

 

「──十香ッ!」

 

「──ッ!」

 

 士織が叫ぶと、ハッとした様子でこちらを向く十香。

 すると、悲しげに目を伏せながら、口を開いた。

 

「シオリ、早く逃げろ。私といれば、同胞に討たれることになるぞ」

 

「・・・・・・」

 

 確かに、ここにいればASTの攻撃を受けてしまうだろう。

 だけど──

 

『選択肢は2つよ。逃げるか、とどまるか』

 

 そんなのは言われるまでもない。

 士織は静かに拳を握り、覚悟を決めた。

 

「・・・・・・逃げないよ」

 

『バカね』

 

「・・・・・・ごめんね。琴里」

 

『褒めてるのよ。・・・・・・素敵なアドバイスをあげる。死にたくなければ、できるだけ精霊の近くにいなさい』

 

「・・・・・・うん」

 

 士織は唇を真一文字に結ぶと、十香の足元に座り込んだ。

 その様子に、十香が目を見開く。

 

「何をしているの? 早く──」

 

「今は私とお話する時間なんだから、あんなの気にしなくていい。それに──この世界の情報、欲しいんでしょ? 私に答えられることならなんでも答えてあげる」

 

 十香は一瞬驚いた顔を見せたが、大人しく士織の前に腰を下ろした。

 

 少女たちは銃弾の雨の中、何気ない話を続けるのであった。




安定の折紙さん。 ヤバす。

次回更新は少し遅れるかな?
今月中に十香デッドエンドは終わらせられるようにはしたいです。
では、また次回。
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