悪を排したクランは輝かしい成長をとげるはずだったが……?
去年短編の練習になろうで書いたやつです。
「ローランド、あんたは追放だ!」
パーティーの仲間を従えてそう息巻いたのは、このクラン『小銀の剣』の若き三代目頭首である人族の美男子ウィンザー。
対するちびで鬚もじゃで禿頭で太っている中年ハーフドワーフ男のローランドは慌てて聞いた。
「なんでだよ」
「言わなきゃわからないか?勤務中にもかかわらず、酒飲んで煙草吸ってメアリーさんの尻を触って……勤務態度が悪すぎるんだよ!!」
メアリーとはローランドの秘書だ。
「でも仕事はしてるだろ?」
「仕事はして当たり前だ!お前以外は全員命をかけて仕事しているんだ!そしてそれは決してお前を不当に儲けさせるためじゃない!!」
「命かけるのは冒険者なら当たり前だろ?俺は冒険者じゃないし、不当にも儲けてない。酒も煙草も仕事中も初代が認めたし、姉ちゃんのケツ触るったって、そんなもんちょっとしたスキンシップだろ」
「この期に及んで開き直るのか!じゃあこの使途不明金はなんだ?こんな不透明な経理が何十年もまかり通ってたのがおかしいんだよ」
「そりゃ書けないようなことだからそうしてんだよ」
「ともかく!これ以上話は聞かん!!お前は追放だ!!」
「退職金は?」
「身ぐるみ剥がさんだけありがたいと思え!!」
かくして、急死した二代目に変わって電撃的に頭首となったウィンザーの振るう『抜本的な改革』という大鉈によって、老練の経理担当ローランドはあえなくクランを追放になったのだった。
そのクラン『小銀の剣』の次の経理の席には、ウィンザーの幼馴染のボネットが座った。
給料はローランドのニ分の一だ。
クランとは雑に纏めてしまえば大規模なパーティの事を言う、ギルドにいちいちクエストを受けに行ったり完了報告をしに行かなくて済むようにそれらの処理を纏めてやる組織なのだ。
というわけで毎朝代表者がギルドへとクエストを斡旋してもらいに行くのだが、その日の斡旋クエストは渋かった。
次の日も、その次の日もだ。
完了報告の処理も後回しにされることがあり、困った担当者はウィンザーへと相談した。
「どういうことだ!!」
即断即決公正明大純真無垢な単純バカであるウィンザーは、その日のうちに冒険者ギルドへと乗り込んだ。
「どういうことったって、ねぇ」
クラン向けのクエスト担当者は目を逸らして服の袖をちょいちょいと引っ張った。
「ローランドさんはちゃんとしてたんですけどねぇ」
「賄賂を渡さないと仕事しないっていうのか!?」
「人聞きが悪い事言わないでくださいよ」
その後ものらりくらりと身をかわされたウィンザーは、業を煮やしてギルド長の部屋へと乗り込んだ。
もちろんアポなしである。
酒を飲んでいたギルド長に、職員が賄賂無しでは仕事をしないという旨を声高に語ったウィンザーであったが。
返ってきた言葉は、うるせぇ、どこのどいつだ、職員の事など俺が知るか、とつれないものだった。
賄賂は悪いものだ。
ウィンザーの正義とは相容れないものだった。
大口の仕事が欲しいやつは直接ギルドへ取りに行くという方針がまとまった頃、またクランには問題が噴出していた。
クランで大量購入していた矢の質が落ちたというのだ。
「前の矢と比べて曲がるし、刺さったあと折れやすくなった」
と言う弓使いの話を聞いて購買担当者を問い詰めると、なんと以前の取引先が売ってくれなくなったという。
これには熱血男気硬派冒険者番長であるウィンザーも激おこである、彼はまたもやその足で以前の取引先へと向かったのだった。
「俺はあんたんとこのクランじゃなくてローランドに売ってたんだよ」
ドワーフ以外には売らない、とにべもなく注文書を突っ返されたウィンザーは「この人種差別主義者め!!」と店の外で悪態をついてその場を後にしたのだった。
人種差別は悪いものだ。
ウィンザーの正義とは相容れないものだった。
往来でドワーフの職人を人種差別主義者呼ばわりしたウィンザーの噂は瞬く間に広がった。
『小銀の剣』では矢の購入どころか武器防具の修理にも、安く品質の良いドワーフの店は使えなくなってしまったのだった。
武器道具は個々人で用意するという方針がまとまった頃、またクランには問題が噴出していた。
去年まで来ていなかった多額の税金の督促が届いたというのだ。
これはおかしい!とバカのウィンザーは怒りに燃えた、彼はまたまたその足で急ぎ政庁へと乗り込んだのだった。
「去年まではクラン『小銀の剣』はクランとして認められていなかったという事ですね」
「どういうことですか!?うちは歴史あるクランですよ!」
「つまり申請はされていたので仮の営業許可が出て、それでこれまで運営されていたというわけです。たまたま担当者が忙しくて『小銀の剣』のクランの申請を先送りにせざるを得なかったので、これまでは税金がかからなかったのです。今年正式に認可が降りたということでしょうね、おめでとうございます」
「何十年も認可が降りてなかったのに突然今年降りただなんておかしいでしょう!?」
「大きな声では言えませんが、仮の許可状態で運営されているクランは沢山ありますよ」
担当者は目を逸らして服の袖をちょいちょいと引いた。
賄賂は悪いものだ。
ウィンザーの正義とは相容れないものだった。
これで良かったのだ。
だが、彼本人も心からそれで良いのだとは思えなくなっていた。
財政を緊縮する案として、クランで雇っていた荷物持ちを減員するという方針が纏まった頃、またクランには問題が噴出していた。
他のクランに勧誘を受けたあるパーティが『小銀の剣』を抜けると言いだしたのだ。
ウィンザーは激怒した。
この苦難の時を一緒に乗り越えられないで何が仲間かと、パーティを説得した。
が、駄目だった。
『小銀の剣』全体の収入が、以前の半分ほどにまで落ち込んでいたのだ。
金の切れ目は縁の切れ目、絆で縁を繋ぐには減った手取りが大きすぎたのだった。
『小銀の剣』は次の年を迎えることができなかった。
パーティの離脱が相次ぎ、多数の人間がいることの、クランであることの強みを活かせなくなったのだ。
経理担当のボネットから翌年分の税金が残っているうちに畳んだほうがいいと言われ、意気消沈していたウィンザーはその言葉に従ってクランを解散したのだった。
どこか遠くの町の、どこかの酒場で。
「へぇ、兄ちゃんクランはじめんのか。なら経理がいるよなぁ?俺はベテランだぜ、よその町だけど1つのクランで70年は金庫番やってたからよ。酒とハッパさえ放っといてくれりゃ、しっかり儲けさせてやる。ハーフドワーフだからよ、あんたのガキまで面倒見てやるよ。へへ……」