この状況をどうするべきか。
幼なじみとはいえ、友達と予定があると言って出掛けたところを尾行されてたとなったら流石に気持ちが悪い。
それに、昨日は友達と会ってなかったから尚更。
……うまい言い訳がなにかあればいいんだが、いつもマツリのおしっこを手に入れるときには正直に堂々と宣言して手に入れているため、言い訳になれていなくて浮かばない。
一緒にお風呂に入ったときがいい例で、実際言い訳を考えても長い付き合いのマツリにはすぐにバレてしまう。
……詰んだ。
この十五年くらい培ってきた友情と信頼の核にヒビが入っていくのをなんとなく察する。
この際、誤魔化すだけでもいい。
なにか考えついてくれと自分に縋るも、返ってくるのは沈黙ばかり。
それに耐えられなくなった俺は、正直に謝ろうと神妙な顔でマツリに一歩近づく。
「あのさ……マツリ……」
「……う、うん」
なかなか、次の言葉を紡ぎ出せない。
俺には女心ってものがよく分からないから、それゆえに推測してしまう、拒絶。
それに、嘘を吐いてまで行った現場をその本人に尾行されてたなんて知ったら、気持ち悪がるのは誰だって同じだし、信頼を損なうのは当たり前だ。
……でも、現状を打破する方法がなにも浮かばない。真実を口にするのが、怖い。
それと同時に、それほどまでにマツリとの関係を大切に思ってたんだなって、決別間際にして認識させられたことに俺は心の中で涙する。そして、それを全て覚悟の上で俺は口を開いて……。
……ぺろっ……んんっ〜♡
真剣に考えていたためにこめかみを伝って頬を流れた汗を、柔らかいものが攫って行った。
……どうして……?
その場にありえないはずの状況に、俺はこれが夢なんじゃないかと感覚を研ぎ澄ます。
も、確かに頬には舌の感触。女の子の匂い。
……視線の先では、私服姿のアキホがウインクしていた。
「ちょっとアキホちゃん! なにしてるのっ!」
「やだなぁマツリ先輩〜、昔から言ってるじゃないですか、トモヤ先輩の汗ほど美味しいものはないって〜」
「なにそれ……っ、全然わかんないよ……」
「あれ〜、マツリ先輩、ほんとは羨ましいんじゃないですか〜? 先輩も、トモヤ先輩のことぺろぺろしたいんでしょ? 正直になっちゃいましょうよ〜!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! そ、そんなことないんだからっ!」
突然現れたアキホは巧みな話術でマツリを翻弄して、話の方向を昨日のショッピングモールの件から遠ざけてくれている。
……まあ、話の内容はいつものこの二人の感じそのままだから素なのかもしれないが、正直とてもありがたい。
と、途中までは思っていたんだが。
「……あ、昨日ショッピングモールにマツリ先輩がいたのをトモヤ先輩が知ってた件なんですけど」
「……あ、ちょっとそれ詳しく」
……いやなんで話を元に戻すかな!
お前助っ人キャラだと思ってたのになんだ、敵味方関係なく攻撃判定あるタイプの助っ人キャラだったのか!
……と思いきや、話は思わぬ方向に転換していく。
「昨日私がショッピングモールのゲームセンターに行こうとしたら、千夏ちゃんとトモヤ先輩が兄妹で水筒を買いに来てたんですよ。それで鉢合わせて一緒に行動することになったんですけど……千夏ちゃんが、マツリ先輩を見たって言い出して」
「……千夏、そんなこと言ってなもごもご」
「それで、私たちは見てなかったんですけど、千夏ちゃんがマツリ先輩が昨日ショッピングモールにいたか聞きたかったみたいなんです」
「……なるほど、そういう言い訳がもごもご」
流暢に言い訳を口にするアキホと、それに反論したり感心したりしてボロが出そうになるポンコツ兄妹。
なんとかアキホに口にマツリのおしっこが入ったボトルを突っ込まれたおかげで、マツリに真実がバレることはなかった。
「なーんだ、そうだったんだ」
「そういうわけなのです!」
でも、その説明を受けたマツリが安堵の息を漏らしたのを見て、俺はまた少し疑念を確信へと近づける。
……だって、俺に見られてなかったって説明で安心するなんて、怪しいとしか思えないから。なにかやましいことがあるとしか、考えられないから。
結局この晴れた空の下で起きた修羅場は、この俺の晴れない気持ちだけを取り残す形で幕を閉じたのだった。