「「あのさ…………っ」」
言葉が、重なった。
これから告白しようってのに、マツリはなにか気を使って話そうとしたんだろうか。
このむず痒い静寂は確かにお互いの体温的にも良くないと思ってたが、何を言うつもりだったのか。
「マツリ、先にいいぞ」
「いいよ……トモヤが先言って」
告白するんだから後手に回りたいのに、譲り合った結果また静寂が訪れる。
小鳥もいなければ風邪も吹いていない、完璧な無音が続いた。
どうしよう。一向に進まない雰囲気に俺が内心焦っていると、大太鼓の振動を繰り広げていた手のひらの脈の上に、そっと柔らかいもみじが重なった。
あったかくて小太鼓の振動を波打つそれがマツリの手のひらであることは、勘の鈍い俺にも直ぐに理解することが出来る。
「あのさ……」
と、立ち上がって、マツリが二度目の導入句を口にする。
木陰が涼しい季節に小刻みに震える唇が妙に初々しくて、なんだか目の前の幼なじみが初対面のお姫様かなにかに見えてきた。
今日のお礼か、日頃のお礼か。
それともマツリも俺のことを好きだって告白してくれるのか。
マツリの次の言葉を想像すると、自然と身体が重力にさえ勝てるような不思議な感覚に陥った。
だが幼なじみとはいえ、人とのコミュニケーションなんて予測できない自体が頻発するのが常である。
このときだって例に漏れず、俺はマツリの考えていることをすっかり間違えて推測しているらしかった。
だってマツリは。
「……私、トモヤに怒ってることがあるの」
なんて、甘さとは全く無縁の感情を口にしたのだから。
とりあえず意味がわからない。
俺の行動のどこにマツリを怒らせてしまう要素があったのか。
……いやまあ思いつくことなんて窒素の数より多いわけだけど。
「……えっ、それって……なんで……」
「トモヤ、悪びれもせず私の初めて、奪ったんだもん」
「……………………はぁっ!?」
全く、身に覚えがなかった。
いやだって俺だってしたことないし!
クリーンですからクリーン!
マツリのお気に入りのパンツくらい真っ白だから!
なんて動揺する俺だったが、マツリが年頃の女子高生にしては珍しくピュアだったことを忘れてた。
彼女が言っていたのはーーファーストキスの、ことだった。
「……この間トモヤ、初めてだったのに、私におしっこ飲ませようとして……無理やりキスした」
「そ、それは……」
「雰囲気もなんにもないのに、私の初めて……台無しにした」
女の子にとってのファーストキスは、男が思っているよりもよっぽど大事なものなんだろう。そうとは知らずに俺はそれを、台無しにしてしまったらしかった。
「だから……」と、マツリが俯いたまま続ける。心なしか頬が赤らんできて、モジモジしているようにも見えてきた。
それで……言い放った言葉がこちらなんだけど……。
「だから……私に、もう一度ちゃんとキスしてくださいっ」
「……お前かわいいな」
かわいいなこの幼なじみ!
なにもう一回キスして欲しいっていうのにこんな恥ずかしがっちゃってさ!
いやもうこの流れで告白とか一気にハードル下がりましたわ!
ありがとうございます神様!
ありがとうございます姫路城!
ありがとうございますマツリ様!
「……あのさ、マツリ」
爆発的に上がったテンションを無理やり隠しながら、マツリに話しかける。
「俺がさっき言おうとしてたことだけどさ……」
「……う、うん……?」
キョトンとしながら未だモジモジしてるマツリの手をぎゅっと握って、俺は彼女に正面を向ける。
そして喜びと緊張に震える唇をゆっくりと動かして……。
「……マツリ、好きだ! お前のおしっこだけじゃない、優しいところ、無邪気な笑顔、献身的なところ、引っ張っていってくれるところ、かっこいいところ、なにかに打ちこんでる姿、声……! 全部が好きだ! 俺と……付き合ってください!」
「……ふぇぇっ!」
胸の内に秘めた想いを、精一杯にぶち撒けた!
そんな告白を受けて、マツリは涙を流している。九割が地球の反対側に沈んだ太陽の、残り一割が溢れ出る熱い涙を輝かせている。
それからマツリは声を上げて泣いて。
辱めを受けたときなんか目じゃないほど、大きい声を上げて泣いて。
そして、目を閉じて唇を突き出すように斜め四十五度を向いて背伸びした。
人気のない公園。陽の沈んだ公園。
告白のあとの幻想的な、青春の甘酸っぱさたっぷりの、それでいて大人の時間。
俺はマツリの前に一歩足を踏み出すと……。
しゃがんでマツリのスカートを捲り、太ももに滴るおしっこを舐めた。
「…………ふぇ……?」
「……お前、嬉ション出てるぞ」
「……ば、ばかぁ!」
俺のムードもへったくれもない暴挙に涙目になったマツリが、これまた同じくしゃがんで抗議してくる。
と、それを待ち構えていた俺は、こっちに近寄ってきたマツリの唇めがけて自分の顔をぐっと近付けた。
「……んっ……ちょ…………ぷはぁ……」
「…………これで、満足出来たか……?」
「……ふ、ふんっ……今回は……その……許してあげなくもない……わよ」
言葉とは裏腹に、口角が吊り上がって最高潮に嬉し気なマツリ。
そんなマツリを見ていると、もっと幸せにしてあげたいって想いになってくる。
「じゃあさ、もう一個だけ、言いたいことがあるんだけどいいか……?」
「な、なによ。言ってみなさいっ」
声を弾ませたマツリだが、俺がこれを指摘するとどうなるのか、ちょっと楽しみだ。
「あのさ……」
「……? なぁに」
「……マツリの唇、お前のおしっこついてたみたいだぞ」
「……………………ぁっ」
最初に立ち寄った広場で湯呑みが濡れてた違和感が、キスをしたことで確信になったんだが、この幼なじみ。
あろうことか、あんなにも俺のことを気持ち悪いと言っていたにも関わらず、自分も自らのおしっこを飲んでいたのだ!
「だ、だって……しょうがないじゃないっ!」
「んー? なにがしょうがないんだー?」
面白くなって、俺は詰め寄る。
するとマツリは観念したのか、照れ笑いしながらこんなことを嬉しそうに口にする。
「この間トモヤが口移しで私のおしっこを飲ませてきたとき……我慢してたけど、本当はびっくりするほど美味しくって、ほっぺたが落ちそうなほど、脳が蕩けそうなほど、美味しくって……。だから、しょうがないじゃないっ!」
「だって……」と、俺の大好きな満面の笑みでマツリは続けた。
「だって、トモヤの大好きな私のおしっこが、最高に美味しかったんだもんっ!」