とある男が葛葉キョウジになるまで   作:マック野郎

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非日常の始まり

遠くに微かに見える山々。その周りを囲むように流れる大きな川。黄金色に淡く輝く空。それには見渡す限り、白く輝くものが無数に漂っている。まるでキャンパスに描いた仮想の風景がそのまま出てきたようなそんな光景を純也は川の傍らに立ち尽くし、ぼんやりとした意識で見渡していた。

 

ここは何処なのか。

自分はどうなってしまったのか。

そんなことを考えていると、川から何かが此方へと向かってくるのが見える。

それは白く、貧しげな格好をした老人であった。

 

「死せる魂よ…三途の川にようこそ…」

 

そう言うとその老人は純也の前へと立つ。

 

「三途の…川」

 

突如として伝えられた事に動揺を隠せない純也に目もくれず、老人は話を続ける。

 

「私はカロン。三途の川の渡し守。そなた依智純也であった魂はこれより川を渡るものなり…」

 

そう言うとカロンは此方へと歩み寄ってきた。

 

静止の言葉を言おうとした純也の身体に異変が起きる。

 

「なんと…!汝はまだ死せる定めにあらず。川を渡ることまかりならん」

 

純也の意識がまた少しづつ途切れていく。

 

「どうし…のか、そなたの…は…に戻れ…」

 

カロンの言葉がうまく聞き取れない。

 

「死せ…定…川を…らす…代…りの…体を…」

 

そう言うとカロンは背を向け離れていく。

純也は何かに引っ張られるような感覚を感じ、気を失った。

 

 

 

 

眩い光が目の前に広がる。

鼻につく匂いが純也の意識を少しづつ覚醒させていった。

 

「死体が!死人が生き返った!」

 

「先生!置いてかないで下さい!」

 

「大変だ!死体が動きだしたぞー!」

 

慌ただしい音が遠ざかっていく…純也が起き上がると其処は小さな部屋だった。

 

「此処は…」

 

自分の周りを見渡すと。其処には数々の手術道具が散乱しており、先程の人物が医者だったことに気がつく。

 

その時。開けっ放しだった扉から一人の人物が入ってきた。レイと呼ばれていた女性だ。

 

「【キョウジ!】」

 

キョウジ?

 

「生きていたのね…良かった…」

 

そう言うとレイは純也に肩を貸す。

 

「こうしちゃいられないわ。病院の中は大騒ぎだし、さっさとズラかるほうが利口よ」

 

状況が理解できないまま、レイに引きずられるように進みながら純也は窓に写った自分の姿を見る。

其処にはあの【葛葉キョウジ】の姿があった。

 

 

 

「ほら、着いたわ。貴方のオフィスよ」

 

葛葉探偵事務所というところにレイに連れてこられた純也はぐったりとそこに有ったソファーに座り込む。

レイは純也を事務所に連れて行くと、「占い屋のババアに挨拶をしておくこと」と告げ、用事があると言ってそのまま何処かへ行ってしまった。

 

終始状況が理解出来ず呆然としていたので弁解もできぬまま、キョウジの事務所まで連れてこられた純也はやっと口を開く。

 

「俺にいったい何があったんだ…?」

 

 

 

 

そのまま考えていても仕方がないので、力があまり入らない身体をなんとか動かしながら、純也はいかにも胡散臭そうな【占いの館】へと入っていった。

 

「あ〜ら元気?レイから聞いたわよ。なんでも死にかけたみたいじゃない」

 

店に入るなり水晶を持った中年ぐらいの女性が純也に声を掛ける。

 

「まあ、そうですね」

 

「本当にあなた葛葉?」

 

その言葉にドキッとする。

 

そうすると突如として建物全体が揺れ始める

 

『俺の身体を返せ…』『俺の身体を返せ…』

 

「何?この声?」

 

『聞こえるかマリー…そこに居る俺は俺であって俺でない…』

 

『そこに居るのは俺の身体を借りた俺の偽物だ…』

 

純也達の目の前に半透明のキョウジが映る

 

『いいか…その内に俺は自分の身体を取り返しに行く…それまで俺の身体を傷つけるなよ…さもなくば…無限地獄に落としてやる…』

 

『最後に言うことを聞け…俺の使っていたハンディコンピューターを手に入れろ…業魔殿というところのヴィクトルという男が持っている…いいか…俺の言うとおりにしろ…』

 

『あばよ…』

そう言い終えるとキョウジは消え去り、揺れも収まった。

 

純也はそのマリーと言われた女性にこれまでの経緯を話していく。

 

「俺…気がついたらこの身体になっていて…」

 

「まぁそんなもんだとは思ったわ。葛葉が私に敬語なんて使うわけがないし」

 

心なしか人相も良くなったしと付け加えながらマリーは純也に言う。

 

「俺、これからどうしたらいいか…」

 

項垂れる純也にマリーは声を掛ける

 

「まぁ今日のところは帰って、明日またここに来な」

 

純也はその言葉に頷き、入り口へと足を進める。

 

事務所に着くとそれまでの疲れか、純也はすぐにソファーに横になり、このことが夢であることを祈ってから眠りについた。

 

 

 

 

翌日目を覚ました純也は、昨日のことが夢ではないこと思い知らされながら洗面台へと向かう。

自分でない顔を鏡で見ながら顔を洗う不思議な体験に困惑もしたが、なんとか身支度を終える。

支度途中で見つけた秘密部屋には、銃器や刀などが入っており、自分が非日常の住民となってしまったことを痛いほどに実感させられた。

 

昨日言われたとおり占いの館へと足を踏み入れた純也に更に追い打ちを掛けるような出来事が起きる。

 

「悪魔退治!?」

 

「そう、悪魔退治」

 

マリーの放った言葉に純也は驚きを隠せなかった。

 

「そんな、無理ですよ」

 

「でももう本物の葛葉はいないし、できそうなのは葛葉の体を持った、あんたしかいないんだよね」

 

何も今日いきなりってわけじゃ無いしとマリーは言う。

 

「でも、俺は葛葉キョウジじゃない!」

 

「あんたも男ならさ、一つここで腹を括って元の体に戻れるまで悪魔退治に励んでおくれよ」

 

 

 

 

「じゃあそのときはよろしくね〜」

 

マリーが館の入り口から言う。

半ば強引に占いの館を追い出された純也は、納得できない気持ちを抱えたまま昨日キョウジに言われた業魔殿へと向かう。

しばらく歩いてみると、昨日は気が付かなかったことに気づく。ここは、まだ元の体だった頃に訪れた矢来区の銀座という通りだ

アーケード街には、キョウジの探偵事務所、金玉屋と王に点が落書きされた骨董品屋や、薬屋、ディスコ、不動産屋など様々な建物が並んでいる。

 

業魔殿を探しながらアーケード街を歩いていく純也に不意に声を掛ける男がいた。

 

「おまえ…キョウジかっ!生きていたのかこの野郎!」

 

その男は純也に嬉しそうに駆け寄る。

 

「死んじまったって聞いたけどよぉ、元気そうで良かったぜ」

 

「まぁ怪我でもしたらうちに来いよ!治してやっからな!」

 

そう言うと男は立ち去っていく。

 

キョウジという男にも自分のように友人や家族が居るのだと

そんな当たり前な事実をも再確認させられる。

父や母は、友人達はどうしてるのだろうか。

純也は少し胸が傷んだ。

 

 

 

 

 

ちょうどアーケード街の角に当たるところにあった業魔殿に純也は入っていく。

 

業魔殿内部は、巨大な階段が二階へと伸びており、まるで映画に出てくる屋敷のような造りとなっている。

 

「業魔殿へようこそ…」

 

二階へと伸びる巨大な階段の前へ立っている白髪の初老の男性らしき人物が純也へと声を掛ける。

彼の肌色はとても血の気がなく、吸血鬼を純也に連想させた。

 

「お主が依智純也か」

 

「俺のことを知ってるんですか?」

 

「本物の葛葉からは話を聞いている。奴の魂は何処かの結界に囚われているらしい」

 

じゃああなたがヴィクトルさんか、と一人納得する純也に、ヴィクトルは銃型のものを手渡す。

「葛葉が使っていたのと同じハンディコンピューターだ」

 

「お主は葛葉からはどれくらい聞いている?」

 

純也はキョウジから話されたことを伝える。

 

「奴め…殆ど伝えてないではないか…」

 

 

 

ヴィクトルは純也に悪魔の説明を始めた。

 

「【悪魔】とは、人間とは違う世界に棲む存在のことであり、人間の間で語られる神話の中に出てくる神々や民謡で語られる妖怪、人の霊魂が死後、恨み辛みを抱き悪霊化したもの、すべてをまとめて【悪魔】という。」

 

「【悪魔】が人間界へと存在するためには【生体マグネタイト】という人間を含めた生物の持つエネルギーが必要なのだ」

 

「そして、人間界には所々に悪魔や人などが創り出す【異界】と呼ばれるマグネタイトが密集し、悪魔が大量に発生する地点がある」

 

「葛葉の使命はその【異界】を破壊し、人々に平和をもたらす事だ」

 

純也がヴィクトルに疑問をぶつける。

「なんで、キョウジさんはそんな使命を?」

 

ヴィクトルは「それが葛葉という一族の決まりだからだ」と昔を懐かしむように言う。

 

「俺にそんな人の代わりができますかね?」

 

「お主は確かに弱い、しかし強くはなれる」

 

「人間という存在は悪魔と比べるとあまりにも脆弱だ。しかし、人間には成長という悪魔には無い大きな武器があるのだ」

 

「人は肉体、精神、そして魂をも成長させてゆく」

 

「悪魔という格上の存在に打ち勝つことにより、魂は成長していく」

 

そして、魂の強さに比例して肉体、精神もまた悪魔に劣らないほど強靭なものとなっていくとヴィクトルは続けた。

 

「葛葉があそこまでの強さとなれたのは戦いを続け、それに打ち勝ち続けたからだ」

 

「お主も悪魔と戦うのならば、いずれかは奴のようになれるかもしれん」

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

その後も、ヴィクトルから様々な説明をしてもらった純也は礼を言うと、帰って行った。

走り去っていく純也をヴィクトルは見送り終える。

 

 

 

「他人の肉体に他人の魂が乗り移る…そんなことは通常では絶対にありえないことだ…」

 

「葛葉よお主は一体…」

 

 

 

 

 

 

その後、病院へと純也は向かった。事務所にあったテレビで見ていたニュース番組で、自分が意識不明で倒れていたことを知ったのだ。

 

朝日区の病院へ向かうと自分がベッドへ寝かされており、酸素マスクでかろうじて呼吸をしている。

なんとか自分の体に戻ることができないだろうか。純也は淡い期待を抱きながら自分の体に触れるが、特に何の変化も起きてはくれない。

 

部屋の外から足音がする。

部屋の中に父親と母親が入ってきた。

 

「どちらさまですか?」

父親が純也に尋ねる。

真実を話して、自分が純也だと言ってしまいたい。

しかし、いくら自分が純也だと言っても信じてもらえないだろうと思い、とっさに考えた出まかせを純也は言う。

 

「探偵の葛葉と言います」

 

「探偵だって?」

 

「今起きてる事件に息子さんが関係してるらしくて…」

 

「うちの息子は今重体なんだ!」

 

「調査なんてのはやめてもらえないか」

 

激怒した父親にそう言われ、部屋から追い出される。

 

純也が追い出され、純也が部屋の前に立ち尽くしていると、通りかかった医者が不思議そうな顔で純也を見たあと病室へと入っていく。

 

 

「純也の状態はどうなんですか?先生」

 

「一命は取り留めているようですが、意識が一向に回復しません。こちらも、色々試してるんですが…」

 

中から母親の泣き声が聞こえる。

 

 

「もう面会時間は終了していますよ。帰らないんですか?」

 

その後いたたまれなくなり、病室から離れた純也がロビーに座っていると、医者らしい男から声を掛けられる。

 

「ああ、すいません…」

 

「患者さんを思う気持ちも分かりますが、最近物騒ですから…今日も犯人不明の殺人事件が起こりましたし…」

 

「そうなんですか?」

 

「うちにも被害者さんが来て…酷い有様でしたよ…」

 

すみません、こんな話してしまって…と付け加える男に労りの言葉を掛けると、純也は病院を立ち去った。

 

 

気がつくともう夜になっている。

 

事務所へ戻り、食事、入浴を済ますと、純也はソファーへ倒れ込み今日の出来事を振り返る。

 

もしも自分が戻れなかったら親はどうするのだろう。

一生目を覚まさない自分のことを世話し続けるのか?

 

そして戻れなければ自分は葛葉キョウジの代わりとなって『使命』とやらの為に戦い続けるはめになるのだろうか。

 

またあの日々に帰りたい。

 

そんな事を考えながら純也は眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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