「お〜い葛葉〜!」
事務所のソファーで眠っていた純也は誰かの大きな声で目が覚める。
目を擦りながら事務所のドアを開けるとマリーがそこには立っていた。どうやら彼女がその声の主らしい。
「どうしたんですか?」
「あんたにお仕事だよ」
仕事と聞いた純也は寝起きで働かない頭で考える。
探偵の仕事といえば不倫調査か何かだろうか?
「異界が出たのさ」
【異界】その言葉に純也は固まる。
「まだ早朝に発生したばかりみたいだし、雑魚ばっかりだと思うからあんたでも武器さえあれば解決できると思うよ」
簡単に言ってのけるマリーに純也は反論する。
「昨日言いましたけど、俺は葛葉キョウジじゃないんです」
「あの人がどんなに強かったのかは知りませんが、俺は「あんたがキョウジだろうがなかろうが解決しないのならば、異界の被害者が増えるだけだよ」
純也の言葉をマリーが遮る。
「それでもいいんだったら何処へでも行きな」
そう言うとマリーは占いの館へと帰って行った。
「あんな言い方されたら、行かないなんてできないじゃないか」
純也は事務所内の隠し部屋に入り、準備を始める。
そこにある装備一式を身に纏うとおいていた銃のような変わった形をしているコンピュータへと手を伸ばす。
悪魔召喚プログラムがインストールされたコンピュータを総じて『COMP』と言い、それの派生形態のひとつ『GUMP』というものがこれに当たるらしい。
トリガーに当たる部分を引くと、銃先が展開し、画面と操作ボタンが露わになる。
悪魔召喚プログラム。科学的なのかそうでないのか分からないこの代物は、その名の通り悪魔を召喚する。
契約した悪魔を電子へと変換、実体として出力するという方法でそれを可能としているらしい。
その他にもGUMPには様々なシステムが搭載されている。
悪魔との戦闘や交渉を補助するシステム。悪魔の発生と現在地からの距離を表示するエネミーソナー。出会った悪魔を戦闘後解析し、その弱点などを表示するデビルアナライズ。悪魔を電子化する要領で物体を電子変換、保存するアイテムセーブシステム。通ったところを自動的にマップ化するオートマッピングシステムと至れり尽くせりの内容だ。
「凄え、本当に出来ちゃったよ」
【potion×10】
【dessert eagle】←
【katana】
銃器や刀が粒子のようになりGUMPの画面へと吸い込まれ、画面内の【ITEM】の欄に文字が追加される。ヴィクトルの選別なのか傷薬も何個か入っていたようだ。
まだ現代社会でも至っていない技術に驚きながら純也は懐にGUMPを仕舞う。
朝日区の図書館。偶然にも自分が最後に久美子と来ていたこの場所に異界が発生したらしい。
純也は拳を握りしめながら中へと入っていった。
中で武器を出力させ身に着けると純也は図書館内へと足を踏み進めていく。この異界の元凶となった悪魔を退治すれば異界化は解除されるはずだ。
窓の外は不自然な黒色に染まっており、ここが人間界と隔離されてしまっている事実を嫌なくらいに強調してくる。
GUMPに表示された【Enemy sonar】と言う文字の下では、黄緑色のゲージが上下に忙しなく動いている。
純也がゲージを気にしながら建物内を捜索していると、不意にそのゲージが赤に変わる。
空間が裂け、そこから何かが飛び出す。
人の顔が浮かび上がった鳥のような悪魔の群れだ。
純也は刀を構えるとそれと戦闘を開始する。
悪魔に一心不乱に斬りかかるが悪魔には斬撃があまり効かないようで大した反応はない。
【Enemy】
【ATTACK】
そうGUMPに表示が出た途端、純也への攻撃が始まる。
悪魔の攻撃を避けようとするが、完全には避けきれず、純也の肉体は確実に傷ついて行く。
このままでは殺されてしまう。銃をとりだした純也は、悪魔が攻撃の為に近寄ったところに発砲する。慣れない衝撃に手が痺れる。
「やった!」
悪魔の一体が地に伏せ消失する。
その様子を見て、銃が脅威だと思ったのか、周りの悪魔が距離をとった。
そのタイミングを見計らって純也は逃げだす。
悪魔は深追いしてこなかった。
逃げ出したその先で純也は体を休める。
「何が雑魚ばっかりだ…化け物だらけじゃないか…」
傷ついた体を癒やすために傷薬を取り出す。傷薬を体に塗るとみるみるうちに傷が塞がっていく。
こんなものまで非現実的なのか。
ソナーに注目しながら純也は悪魔のいない方へと進んでいく。こんなところからはすぐに立ち去ってしまいたいが、異界化して出口がなくなってしまい、引き返すこともできない。
宛もなく建物の中を進んでいく。
「こんなに広かったか?」
確かにこの図書館は市が経営しているのもあって普通のと比べると大きい、しかしいくら歩いても突き当りが見当たらない。
異界化した建物は内装も変化するのだろうか?
暫く歩くと、やっと突き当りらしき部屋に着く。
純也はその部屋へと足を踏み入れる。そこには女性が一人身を隠すように蹲っていた。
純也は急いで女性へと駆け寄り、声を掛ける。
「だっ大丈夫ですか?」
「人…?」
「出入り口が無くなってて…化け物も出てくるし…」
啜り泣きながら女性が言う。
「同僚は、化け物に捕まって…」
それ以上女性は言わなかったが、同僚がどのような事をされたのかは安易に想像できる。
「私一体どうすればいいの…?」
おそらく、異界化を絶たない限り、悪魔は無尽蔵に湧いて出てくるだろう。そうしたら範囲はどんどん広がっていく。
そうしたらこの人の同僚のような被害者も増えていくはずだ。
しかも、この場で悪魔と戦えるのは自分しかいない。
『「あんたがキョウジだろうがなかろうが解決しないのならば、異界の被害者が増えるだけだよ」』
『「お主も悪魔と戦うのならば、いずれかは奴のようになれるかもしれん」』
マリーやヴィクトルの言葉が頭の中を横切る。全く本当に軽く言ってくれる人達だ。
「ここに隠れてて下さい」
「あなたはどうするんですか?」
「俺が、なんとかします」
震える声でそう言い残すと純也は部屋から立ち去る。
自分は葛葉キョウジじゃない。
でも今は葛葉キョウジのようにならなければいけないらしい。
さっきの道をオートマッピングで見ながら遡っていく。
おそらく上へ続く階段はここにあるはずだ。
一階を殆ど回った純也は、元凶は二階にいると見て調査を続ける。
さっきの悪魔の群れと遭遇する。アナライズシステムの解析により、その悪魔が銃撃に弱いことが分かり、有利に戦いが進んでいく。
遠距離からの攻撃手段を持っていないのか、悪魔は必ず近接して攻撃する。攻撃を受けながらも着実に近づいたものから数を減らしていき、純也は最後の一匹を倒し終える。
「かっ勝てた…」
痺れが酷い腕を休ませながら傷を癒すと、純也は二階へと上がっていった。
目の前に帽子を被った尖り耳の悪魔が現れる。
純也が戦闘を開始しようとするが悪魔は一向に戦闘をする気配がない。
【Enemy】
【talk】
【お前、もしかしてサマナーか?】
不意にGUMPから声が聞こえ、【talk】のコマンドが表示される。悪魔との会話は基本、プログラムを介して行われることを思い出し、純也はGUMP越しに声を掛ける。
「そうだ」
純也にとっては初めての悪魔交渉で、内心緊張しながらも表面上は堂々と構える。
【なんだよその態度。偉そうな奴】
悪魔は苛立った様子だったので、純也はすぐに返事を返す。
「気を悪くしたなら済まない」
【ケッ】【やけに素直だな、調子が狂うぜ】
【まあいいや、本題に入ろう】
悪魔は改まった様子で話を続ける。
【お前、業魔殿って知ってるか?】
「知っている」
【俺はな、強くなりたいんだ】
【お前に付いていけばよ、業魔殿へ連れてってくれるか?】
「もちろんだ」
【契約、破るんじゃあねえぞ!】
そう言うと、GUMPの中に悪魔が粒子化し、入っていく。
【俺は妖鬼ボーグルってんだ!よろしくな!】
妖鬼ボーグルが仲魔になった。そこまで気難しい奴じゃなくてよかった。純也はほっと息を吐き出すとGUMPを仕舞う。
異界化するとやはり内装も変化するようで、以前とは比べ物にならないくらいに複雑になった構造に驚きながら、純也は少しずつ足を進めていく。
とある光景を見た純也は足を止める。
原型を留めていない肉片がそこら中に散らばっている。おそらく人であったであろうそれは、おそらくはあの女性の同僚だろう。
吐き気をなんとか抑えながら、その道を通る。
酷い殺され方をしたのだろう。
自分がもう少し早くここに来ていれば、この人は死ななかったのだろうか。言いようのない罪悪感に襲われた純也は、それを振り払うかのように走り去る。
道中でボーグルのように話しかけてきた、まるで物語に出てきた妖精そのまんまの見た目をした悪魔、妖精ピクシーと、帽子を被った小さな子供のような悪魔、地霊ノッカーを仲魔にすることに成功し、純也はついに最深部であろう扉の前に着く。
扉の奥からは女の金切り声がせわしなく響き渡っている。
【Devil summon system】
【Name】 【State】
【fairy:pixy】 【summoned】
【yoki:boogle】【summoned】
【earth spirit:knocker】【summoned】
悪魔を全員召喚する。GUMPの画面から何重もの魔法陣が出現し、画面を飛び出し空中で一つの光となると、そこから悪魔が現れた。
【おうおう早速出番か!】
【サマナー、出番〜?】
【ぼくを出すとはなかなか見る目あるじゃん】
「よろしく頼むぜ、お前ら」
呼び出した悪魔たちと扉の中へ入っていく。
【シド様に頼まれた書物…ここにもない!】
半透明の、人間の女性のような上半身が馬車のようなものから伸びてきている。エネミーソナーが異常な反応を示しているのを見るに、恐らくは奴がこの異界の元凶だろう。
その悪魔はヒステリックに叫ぶと、怒りに任せて本棚をその車体でなぎ倒す。
周りにはそれと同じように倒された本棚が何個も、収めていた本共々床に散乱している。
「おい!」
純也はその悪魔へと武器を構え、声を掛ける。
こいつを倒せば、異界化は解除される。
【その格好…貴様サマナーか!】
【お前と話すことなど何もない!】
その悪魔は純也達へと向かってくる。
「喰らえ!」
純也は悪魔に向けて発砲するとそれを皮切りに仲魔達も攻撃を仕掛けていく。
【Party】
【Offence_MAGIC】【GIO】
【Offence_MAGIC】【PSY】
【Offence】【ATTACK】
それぞれに好きなように攻撃するよう指示をすると、画面に仲魔の行動が表示される。
ボーグルの手から電撃が走り悪魔へと命中すると、悪魔は怯む。それを好機に純也達は猛攻を仕掛けていく。
斬りつけ、殴りつけ、魔法を何度もぶつける
戦闘は、完全に数的有利の純也に分があった。
不意に、悪魔の放った一撃が純也の体に直撃する。
ゴムボールのように弾き飛ばされた純也は本棚に叩きつけられる。
まずい、体が動かない。
GUMPから仲魔に指示を出す。
「こっちに来てくれ!」
【サマナーさんよ、俺はしたいことをさせてもらうぜ】
【ぼくもそうする〜】
【Party】
【Boycott】
見慣れない表記が画面に表示される。
仲魔は命令を無視して、各自好きなように悪魔に向けて攻撃をしていく。
それを意に介さず悪魔は此方へと向かってくる。
「なんで言うことを聞いてくれないんだ!?」
悪魔の手のひらから炎が発生していく。
【Enemy】
【Offence_MAGIC】【AGIRAO】
死刑宣告にも等しい表示に純也は死を想起する。
嫌だ、まだ自分は何もできていない
【なんかかわいそうだし回復してあげる】
ピクシーのその言葉と共に純也の体が少し軽くなる。
純也がそこから飛び退くと同時に火球となった炎が悪魔から発射された。
避けられると思っていなかったのか、悪魔は純也に大きな隙を晒している。
純也は雄叫びを上げながら悪魔に刃を突き刺す。
先程までの攻撃が堪えたのか、それとも今の攻撃が急所に当たったのか分からないが、悪魔は大きな叫び声を上げながら体を膨大なマグネタイトへと還していった。
「勝った…!」
戦闘の高揚感が抜けないまま、純也は周りを見渡す。
窓の外からは日の光が差してきており、異界化が解けた事を純也に実感させる。
先程の場所には、床が熱で融解し、巨大な穴が空いていた。
そこに自分が居たらと思うとゾッとする。
【それじゃあ俺は返るぜ】
【僕も〜】
【死んじゃわなくてよかった〜】
悪魔達はそれぞれそう言うとGUMPへと返っていった。
純也は一息つく。
そうだ、あの女性は無事だろうか。純也は一階へと降りていった。
女性はなんとか無事だったらしく、純也は彼女を念の為出口まで送ると、銀座へと帰っていった。
依頼達成の報告をマリーにしに行く。
「ど〜も、ご苦労さま。はい、これギャラの五万円」
マリーは五万円を純也に手渡す。
色々言いたいことはあるが、そのうちの一つをまずは聞く。
「毎回、キョウジさんはこんなことしてたんですか?」
「多い日には1日3回ぐらいやってたわよ」
1日3回も?冗談だろ?そんなことを思いながら純也は次の質問をする。
「このあと図書館はどうなるんです?」
「暫く閉鎖だろうね。まあ、後始末は専門の奴らがやるさ」
館を出た純也は報酬の五万円を見つめる
命を掛けて戦って、たったこれだけなのか。
「
そう自嘲気味に言うと、純也はアーケードを歩いていった。