ブラック企業。
明確な定義は定まっていないが、社員や従業員に過酷な労働を強いて、さらに改善の意思を見せないどころか隠蔽を図る企業全般を指す事が多い。
今なおあちこちで問題となっているブラック企業だが、それはこの世界……“艦これ”世界で異形の侵略者・深海棲艦と戦う艦娘達の所属する鎮守府にも存在する。
……そして……それは深海側にも……。
空から降り注ぐ大量の砲弾、そして海中を進むこれまた大量の魚雷。
僚艦が次々にその毒牙にかかり、断末魔を上げながら海中へ沈んでいく。
「モチコタエロッ! マモリヲカタメテ、タエレバイイ! ムリニシンゲキスルナ!」
レインコートのような物を纏い、ネックウォーマーを着けた少女が叫んでいる。
そのレインコートの裾からは長い尾のような物が伸び、先端の主砲が轟音と共に火を噴いた。
「クソッ、南方ノヤロウ、ハヤクシヤガレ……! オレタチガゼンメツシチマウゾ……!」
彼女の名は戦艦レ級。半年ほど前に目覚めたばかりの深海棲艦である。
他の同級よりも高い戦闘力を持ち、今回の侵攻作戦では前線指揮官である南方棲鬼から一個艦隊を任されている。
この作戦はレ級の艦隊による陽動を行い、迎撃のため出撃した艦娘を南方棲鬼の本隊が奇襲し、レ級艦隊と共に撃滅する手筈……の、はずだった。
「オイッ! マダアイズハナイノカヨ!」
レ級は苛立ちを隠す事無く、脇で共に砲撃を行う軽巡ツ級に叫ぶ。
「マダ……カクニン……デキマセン……」
「クソガッ……!」
もう艦娘と交戦を始めてから1時間が経過した。
あくまで陽動を目的とするレ級の艦隊は、機動力を重視した駆逐艦・軽巡洋艦を中心に構成されており、重火力はレ級の他は2隻の重巡リ級のみ……それもすでに海の藻屑と化している。
にもかかわらず、いまだ艦娘側に奇襲の混乱は見られず、包囲網が徐々に狭まっている。
「……マサカ、南方ノヤロウ……! ハカリヤガッタカ!?」
レ級を嫌な予感が襲い、一瞬判断が鈍った事で接近する魚雷に気付くのが遅れてしまう。
「ッ!?」
爆発。
レ級の前に飛び出したツ級が、装甲の軋む音と共に海中へと沈んでいく。
「……ニゲテ…………モウ……ココハ……」
ツ級がそれ以上の言葉を紡ぐ事は無く、海面に虚しく泡だけが残った。
「……クソッ……クソッ! クソッ! クソォォォーーーーッッッ!! ……テッタイダ! ゼンカンテッタイ!」
レ級の悲痛な叫びと共に、残存戦力が退却していく。
気が付けばレ級の艦隊は、その戦力の70%を喪失していた……。
「……レ級ガ戻ッタ?」
その報告に、長い真っ白なツインテールをなびかせ、少女が振り向いた。
右目は前髪に隠れて見えないが、その左目は冷ややかな視線を向けている。
「……南方ォッ! テメェ、ドウイウツモリダ!」
「アラ、レ級ゴクロウサマ。オカゲデ敵ノ防衛戦力ヲ把握デキタワ。前哨戦ハコレデ十分ネ」
レ級の怒号なぞどこ吹く風とばかりに、南方棲鬼はしれっと言い放つ。
「ゼ……ゼンショウセン……ダト……?」
「エエ、今度ハアナタニモモット大規模ナ艦隊ヲ率イテモラウカラヨロシク。サア、ワタシハ今回ノ情報ヲ元ニ作戦ヲ練ルワ。出テイッテチョウダイ」
それだけ言うと、南方棲鬼はレ級に目もくれず、薄ら笑いを浮かべながらデータの確認を始めた。
「……ダ……ダマシタノカ……テメェ……! オレタチヲダマシテリヨウシヤガッタノカ!?」
「出テイッテト言ッタノガ聞コエナカッタ?」
振り向きもしない南方棲鬼の態度に、レ級は怒りがこみ上げるのを抑えられなかった。
他の艦艇を守るために前へ出て沈められたリ級達、壁を失い、次々に消えていった駆逐艦達、そして自身を庇って眼前で轟沈したツ級。
それら犠牲全てがただ情報収集をするための捨て石だったと言うのか。
「テメェ……ヨクモオレタチヲ……ツカイステノコマミテェニッ!! ユルサッ!?」
怒りを言葉に乗せるレ級の顔面に、武装と一体になった南方棲鬼の右腕による裏拳が叩き付けられ、細腕からは想像もできない力に、レ級は吹っ飛ばされてしまった。
「……ミタイ、ジャナクテ、使イ捨テノコマナノヨ、アナタ達下級艦艇クラスナンテ。消耗品、ワカル?」
食ってかかるレ級に苛立ったのか、南方棲鬼が立ち上がり、倒れたレ級の髪を掴んで引きずり起こす。
「アナタ達クライ、イクラデモ代ワリガイルノヨ? アナタハ少シ優秀ダッタカラ部隊長ニシテアゲタンダケド……」
「……フザ……ケン……ナ……!」
「……コウモ不安定ジャ、使イ物ニナラナイワネェ……マタ別ノ子ヲ使ワナキャ」
南方棲鬼はレ級を引きずりながら部屋を出ると、赤い霧の立ち込める空を目掛けてレ級を放り投げた。
「アナタハ廃棄処分ヨ。ジャアネ、消耗品サン」
そして、両腕の砲塔が空中のレ級に狙いを定め、爆音を轟かす。
砲弾が炸裂し、レ級は大爆発に巻き込まれて、煙を引きながら着水し、力無く海中へ沈んだ。
「レ級ハドウニモ感情ガ不安定ネェ……少シ性能ハ落チルケド、ル級カタ級ヲ使ッタ方ガ良イカシラネ」
南方棲鬼はぶつぶつと呟きながら部屋へと戻っていく。
その頭からは、もう粛清したレ級の事など綺麗さっぱり消えていた。
「(……チク……ショウ…………オレタチハ……ショウモウヒン……ツカイステ…………クソッ……)」
ボロボロになり、もはや力などまったく出ないレ級は、海流に浚われて海の中を漂う。
目覚めてから今日まで、深海棲艦の覇権のため、戦場に身を投じてきた。
仲間のためならばと、気に入らない南方棲鬼の指図にも従ってきた。
その報いがこれか。
「(セメテ……南方ノ……ヤロウヲ……ブンナグッテ……)」
捨て石にされ、散っていった仲間の無念を少しでも南方棲鬼に……その願いすら叶わず、このまま海の藻屑となるのか。
「(……アア……クソッ………………ク……ソ……)」
レ級の意識はそこで途切れ……身体はただただ海の気分ひとつであちらこちらを漂うばかりだった……。
【キャラクター紹介】
■戦艦レ級
目覚めて1年と経っていない新参深海棲艦。
他のレ級よりも生まれながらの戦闘能力が高く、肉体も頑強。
仲間想いであり、これまでの戦闘でも多くの同胞を救い、軽巡ツ級の内の1個体から慕われている。
一方でどこかに甘さも持ち併せており、敵艦娘にトドメをさせる場面で引き金を引けなかった事もある。
深海棲艦の未来のために奮戦するが、自身の所属拠点を任されている南方棲鬼とはソリが合わない。
■南方棲鬼
レ級の所属する拠点を守る前線指揮官。
冷徹な性格をしており、個体数の少ない自分達『鬼』や『姫』以外の深海棲艦を見下し、立案する作戦もそれらの被害を鑑みない物が多い。
だが、優れた部分を持つ者であれば、そんな下級深海棲艦でも取り立てる公平さを持ち、少なくとも人事に私情は差し挟まない。
■軽巡ツ級
レ級の脇に控える軽巡洋艦クラス深海棲艦。
かつて撤退戦において取り残され、あわや轟沈というところをレ級に救われた過去を持つ。
それ以来、常にレ級の側近くに控えて共に戦い、相棒と呼べる間柄になった。
南方棲鬼による敵領海への侵攻作戦(実際には本番前に敵情報を得るための前哨戦)で、魚雷からレ級を庇い轟沈した。
レ級ちゃんの性格が俺のイメージと違う?
……気にすんな!