応接室に通された
その背後に立つのは、髪を茶色く染め、メイクによって健康的な肌色になったレンだ。ただし、足の異形だけは誤魔化せないため、巫女風装束とはやや不釣り合いなロングブーツを履いて隠す事になったが。
「やぁやぁ、待たせたね中佐」
通されてから10分ほど経った頃、龍造寺大佐がやってきた。
写真で見たよりもやや小太りだが、他の身体的特徴は一致しており、本人で間違いなさそうだ。
浅井は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「こちらこそ、挨拶が遅れました事、そして事前の連絡無しでの来訪というご無礼、どうかお許しください」
「まぁまぁ、座りたまえ。いや、鹿屋基地への着任の裏には様々なゴタゴタがあったと聞いている。忙しかったのだろう?」
龍造寺は、意外なほど大らかな態度を見せている。
恐らくは寛大なところを見せる事で、妙な詮索をされないようにしているのだろう。
「恐れ入ります」
浅井と同時に着席した龍造寺は、後ろ手に組んでその背後に立つレンに目を向ける。
「
「はい。ほら、大佐殿にご挨拶を」
浅井からの催促で、レンは無言で頭を下げた。
「……まったく……申し訳ありません、大佐殿。ご覧の通り無愛想で無口な奴でして……」
とはいえ、これも打ち合わせ通り。深海棲艦特有の訛りが消えないレンは、迂闊に口を開くわけにはいかないのである。
「なに、かまわないとも。それにしても、金剛型には性格に癖のある者が多く、扱い辛いと聞く。よくそんなモノを秘書にしているな。こう言ってはなんだが、物好きだね君は」
さりげなく艦娘をモノと呼んだ龍造寺の発言に浅井の眉がピクリと動いたが、どうにかこらえて話を合わせておく。
「……ははっ……いえいえ、なにしろ性能は十分ですので。……ところで、本日は大佐殿に折り入ってお願いがありまして……」
「ほう、なんだね?」
「……
余裕のある笑みを浮かべていた龍造寺の表情が、わずかに変化する。
「……うむ」
「こちらの基地に所属していると聞きまして……実はこちらの彼女は白雪と顔馴染みで、運良く近場の基地に配属されたため、ぜひとも面会したいと……」
「お……おお、そうか…………いや、しかし間が悪いな。白雪は今、体調を崩して寝込んでおってな……」
龍造寺の顔を一筋の冷や汗が伝うのを、浅井は見逃さなかった。
ここまでの態度からも、彼が白雪を謀殺(未遂)し、その死を利用しているのは間違いない。
「……そうですか、それは残念です。では……」
その時、突然基地内に警報が鳴り響いた。
「むっ……!? 失礼」
龍造寺は立ち上がると、備え付けの電話機を操作し始めた。
「何事だっ!」
「はっ……! 南の海上にてレーダーが不審な影を感知し、無人偵察機を出しましたところ、ヲ級1、ヌ級3から成る深海棲艦の機動艦隊を確認いたしました!」
「き、機動艦隊だと……!? くっ……何故よりにもよって……!」
「(……始まったか)」
焦る龍造寺の背中を見て、浅井がほくそ笑む。
「……どうもこうも無いわ! 迎撃だ!
龍造寺は乱暴に受話器を置くと、浅井へと向き直る。
「すまんが聞いた通りだ。君にはしぱらくここにいてもらう」
「それはかまいませんが……たしか……こちらには他にもう1名重巡洋艦が所属していたと思うのですが、出さないので?」
「あ、ああ……
羽黒の事を指摘されてしどろもどろになった龍造寺は、誤魔化すようにまくし立てて部屋を後にした。
「急げ名取! 基地が火の海になるぞ!」
「ま、待ってください那智さん!」
艤装の装着を完了し、動作を確かめるように主砲塔を可動させた黒髪サイドテールの女性がもう1人のやや小柄な少女に声をかけ、少女も少し遅れて装着完了。
「で、でもいきなり機動艦隊だなんて……どうなっているんでしょう……?」
「私が知るか。だが、羽黒や皆を守るためにも、さっさと敵を殲滅せねばならん! ……あの下衆の指示でというのが癪に触るがな……!」
苛立ちを隠さない那智へ、ガチャガチャと針鼠のような対空火器を装備した2人の少女が走り寄ってくる。
「那智さん、名取さん!」
肩にかかるかどうかという長さの栗色の髪を揺らしてきたのは、初春型駆逐艦の
「待たせてごめん!」
そして、長めの黒髪を三つ編みにして肩から垂らしているのは、白露型駆逐艦の
「2人は基地周辺に展開し、我々の撃ち漏らした敵航空機の迎撃を頼む。……行くぞ! 那智戦隊、出撃!」
姿勢を低くしてカタパルトに乗った那智と名取が勢いよく射出され、海面に着地……もとい着水し、膝で衝撃を吸収すると、そのまま滑るように海の上を往く。
一方、12.7cm単装高角砲を手にして高台に陣取った若葉と時雨は、すでに遠くなっていた那智達の背中を見送った。
「慌ただしくなってきましたね……そろそろ行きましょう」
基地の近くの茂みから顔を出した妙高が、警報と怒声の響く岩川基地を眺め、他の面々にハンドサインを送る。
「皆さんわかってると思いますが……」
「誰も殺さない、死なせない、でしょ? 妙高姉さん」
最後の確認を行おうとした妙高の言葉を遮り、皆の代表として
「ええ。では、行きますよ」
茂みから飛び出した一行は素早く監視カメラの死角に滑り込み、持参したペンチでフェンスを切断して基地敷地内に突入を開始した。
妙高が手にした無線機から、かすかな物音が一定のリズムで聞こえてくる。モールス信号だ。
「……ハ・グ・ロ・ヲ・サ・ガ・セ…………羽黒を探せ、ですか」
「つまり、出撃した中に羽黒はいなかったって事ね」
あえて羽黒を出撃させなかったのには相応に理由があるはず……ならばまずはそれを探るのが先決だ。
「お2人が一緒に行動しているのは見た事が無く、かつどちらかが行動している間、もう片方は決して見かけませんでした。つまり、その間は人目につかない場所にいると考えられます」
白雪の発言を受けて顎に手を当てた妙高がしばし考え込む。
「……白雪さん、そういう場所に心当たりはありますか?」
「……もしかしたら、ですが。基地開設当初は火器の格納庫として使われていたそうなのですが、間も無く火災が発生して現在では閉鎖し、使われていないエリアがあります。まず人が寄り付く事はありません」
広げた見取り図の特定のポイントを指す白雪と、それに頷いた妙高。
「……なるほど。では、足柄と
「任せて!」
両手を握って意気込むイムヤの姿を頼もしげに見つめた妙高は、1度目を閉じてから鋭い視線を妹へと向ける。
「……足柄、雷さん達と……羽黒をお願いします」
「ええ、絶対に見つけて見せるわ! 姉さん達も気を付けてよ? それじゃ、後でね!」
白雪の案内で足柄、雷、電の3人が姿勢を低くして物陰へ消えると、妙高とイムヤも行動を開始する。
深海棲艦が間近に迫っている今の状況ならば、龍造寺は指揮のために司令執務室を離れているはずである。
「後ろめたい物は自分の手元に置いておくのが定石……行きましょう」
コピーした見取り図を確認し、周囲を窺いながら、妙高達も基地内へと侵入していった。
「(ええい、くそっ……! なんなんだあの若造は……! まるで何かを探るように……まさか、何か勘づいてやって来たわけでは……)」
的確に白雪や羽黒の事を尋ねてくる浅井の姿勢に苛立ちながら、龍造寺は廊下を進んで司令部を目指す。
本人の性格が自己中心的の極みなだけに、一旦疑い始めると浅井の行動も言動も自分へ探りを入れているかのように考えてしまう。(実際そうなのだが)
「(あの手の若造は青臭い正義感で何をやらかすかわからん……くっ……! 冗談ではないぞ……そんなちっぽけな自己満足などで私の豊かで幸せな老後計画をぶち壊されてたまるか……! なんとかしなければ……!)」
そんな厚顔無恥甚だしい事を考えていると、技術班の作業する研究室の前を通りかかる。
ここでは深海棲艦や艦娘に関する研究が進められ、新兵器の設計や試作も行われている。
ふと思い立った龍造寺は、身体の向きを変えて研究室へと入っていく。
「あっ……し、司令! お疲れ様です! ……あの……この騒ぎは……?」
入ってきた龍造寺に気付いた研究員の1人が話しかけてきた。
「ああ、ちょっとな。……おい、たしか1週間ほど前、イ級の残骸が漂着してそれを回収したな?」
「えっ……? あ、は、はい……3隻分……」
「……それは動かせるのか?」
「……は?」
藪から棒におかしな事を聞いてくる龍造寺に、思わず素の反応をしてしまう研究員。
「その残骸を動かせるのかと聞いている」
「え、えぇと……まぁ……生命活動は停止していますが、神経系は生きていますので、特定の電気信号で神経に命令を与えれば……」
「そうか……動くのだな? ……お前、家族は大人数だったな。養うのも大変だろう? ちょっとアルバイトをしてみんか?」
ニコニコとした笑みの裏に、保身のための下劣な策略が浮かび上がっていた。
「こ、こちらです」
廊下を歩く浅井とレンを先導するのは先ほどの研究員だが、白衣ではなく基地の兵士と同じ制服に着替えている。
「も、申し訳ありません。いかんせん状況が状況で何が起きるかわかりませんので……」
万一に備えてシェルターへ案内するという名目で浅井達を連れ出した研究員は、龍造寺の指示のままに施設内を進む。
その様子をモニターしている龍造寺は、下卑た笑みを浮かべている。
「(深海棲艦はまだまだ解明されていない事だらけ……まぁ、不幸な事故も起きるというものだ……くくっ……事故ならば上の連中に少しばかり金を握らせれば揉み消せる。奴が私を探りに来たのか否かはわからんが……ま、疑わしきは殺せ……というわけだ、すまんな)」
そして、その視線は先導する研究員に向けられる。
「(……くっくっ……悪く思うなよ。基地の人員にも被害が出た方が事故としてのリアリティが増すのでな……)」
そう、ハナからあの研究員に報酬を支払う気などさらさら無いのである。
龍造寺の狙いは、彼に案内させた先の研究棟で、暴走させたイ級によって浅井達を亡き者にしようというもの。
運悪く敵の襲撃に居合わせた浅井達が、避難の中で運悪く深海棲艦の残骸の暴走に巻き込まれ、運悪く命を落とす……というのが筋書きである。
謎の多い深海棲艦の残骸となれば、基地に接近した深海棲艦に共鳴して再起動云々と言い訳もできるだろう。
いよいよ浅井達は研究棟に入り、その通路を進んでいく。
「ここは?」
「け、研究棟です。鹵獲した深海棲艦の破片や死骸などから研究を行っています……」
その説明通り、普段そこで働いている研究員達が避難して無人となったガラス張りの部屋の中には、目と口の付いた黒い魚雷とでも形容すべき駆逐イ級3隻の残骸が様々な機器に接続された状態で置かれている。
「……ン……」
通りすぎようとしていたレンは、その残骸に何か違和感を感じて視線を向ける。
「どうした?」
「……イヤ……ナンデモナイ」
だが、違和感の正体がわからないレンは浅井に小声で尋ねられ、曖昧な返事をしてその場を離れる。
……しかしその直後、金属の軋む音と共にイ級の残骸が一斉に口を開き、中から砲身が伸びて浅井達の背中に狙いをつけた。
【キャラクター紹介】
■
妙高型重巡洋艦2番艦。
末妹の羽黒と共に鹿屋基地から岩川基地へ転属。
性格は勇敢にして豪快な武人気質だが、姉妹を始め仲間への思いやりは強く面倒見が良い。
特に気弱な羽黒の事は常に気にかけており、異動の際には羽黒が1人きりになる事を避けるため同じ基地への異動を願い出るほど。
酒上戸であり、大の男と飲み比べをして相手が潰れても本人的には水を飲んだようなものであるほどの女傑。
ある事情から従ってはいるが、龍造寺のようなタイプは下衆と侮蔑している。
■
軽巡洋艦として確かな実力はあるのだが、肝心の当人は自信を持てていないタイプ。
戦闘を好まず、他の誰かと一緒にいないと落ち着かない小動物のような愛嬌があり、羽黒と並んで那智が気にかけている艦娘である。
駆逐艦ながら博識で頼りになる白雪とは仲が良く、彼女が消息を絶った際には普段は頭の上がらない龍造寺相手に捜索に出る事を願い出ている。(却下されたが)
気弱仲間の羽黒の事はいつも心配している。
■
口数は多いわけではないクールな性格だが、行動自体は活発で戦闘にも意欲的。
なんだかんだで仲間への気配りもでき、気付くと若葉にフォローされていたという事も少なくない。
那智とはウマが合うのか彼女の補佐を行う事が多く、なんらかの理由で彼女が任務を離れねばならない場合、若葉が後任として引き継がれる事も。
龍造寺の事は当然のように嫌悪しているが、リスペクト対象である那智が(やむなく)従っているため、若葉も我慢している。
■
明るく活発な艦娘が多い白露型の中では珍しい物静かな性格。
言動もボーイッシュだが、どこか儚げな雰囲気も漂わせている。
自分よりも他人を気にかけるタイプで、言動や行動の端々から相手への思いやりが溢れているが、自分を二の次にする傾向があるため那智からは心配されている。
元々龍造寺には苦手意識をもっていたが、友人である白雪の一件があってからはさらに強い疑念を抱くようになっている。
■研究員
岩川基地で働く名も無きモブ研究員。
両親に加えて弟と妹が2人ずつおり、彼らを養うべく奮闘するが、そこを龍造寺につけ込まれ、浅井暗殺に加担させられてしまう事となる。
本作においては海からの脅威へ迅速に対応するため、史実では内陸に存在する基地も沿岸部に建てられている事が多くなっており、艦娘達はドックから直接海へ出撃可能となっています。