抜錨!対ブラック企業連合艦隊!   作:劉翼

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忌むべき過去、進むべき未来

「あ~……なんとか終わったぁ……」

 

「お疲れ様でした、司令」

 

 鹿屋基地の執務室で、椅子の背もたれに体重を預ける浅井(あざい)と、その傍らに控えて彼を労う神通(じんつう)

 あの後浅井達は、岩川基地で起きた出来事……無論、龍造寺(りゅうぞうじ)の行いや、レン達協力者となった深海棲艦の存在なども含めた一連の騒動の真相を、所属していた全ての兵士、職員に包み隠さず説明した。

 当然の事ながら混乱は起きた。

 ……起きたのだが、収拾がつくのも早かった。

 これまで同時に姿を見せた事のほぼ無かった那智(なち)羽黒(はぐろ)の姉妹、そして失踪して死亡まで囁かれていた白雪(しらゆき)の生還という事実。

 そして何より彼女達の必死かつ真摯な言葉が、決して嘘偽りの無い真実なのだと皆の心に理解を促した。

 もちろん、拘束もされていないのに隣で大人しくしていたレンとヲ級の姿も説得材料の1つとなった。

 

「いやしかし、物分かりの良い者ばかりで助かったよ。本音を言うと、もっと面倒な事になると思ってたからね」

 

「それだけ那智さんや白雪さん達が、皆さんに慕われていたのでしょうね」

 

 やはり自基地に所属する艦娘の言葉はかなり響くのだろうか。

 まぁ、多くの人間は、艦娘という存在に人類の未来を託し、希望を抱いているので、その艦娘が言うならば……という事だろう。

 

「ふふっ……しかし、まさかレン達にサインや握手をねだる者までいるとはね。あの時の皆の顔は面白かったなぁ」

 

「ぷっ……ふふふ……そうですね……ふふっ……」

 

 神通もついつい思い出し笑いをしてしまう珍事件。

 レンは相手を傷付けるわけにもいかないので逃げ回り、ヲ級は白雪の背中に隠れてしまっていた。

 ……と、思い出話に花を咲かせていると、不意に電話が鳴り出した。

 

「おや? ……はい、こちら佐世保鎮守府管轄、鹿屋基地司令・浅井誠貴中佐です」

 

「……この電話に出た、という事は、本当に九州にいるのか……」

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、呆れたような青年の声だ。

 

「ん……その声……もしかして朝倉(あさくら)か? 久しぶりだなぁ!」

 

 浅井の強張っていた表情が弛んだちょうどその時、レンがすでに開いた扉を申し訳程度に軽く叩いて入ってきた。

 口を開きそうになったレンに対し、神通が人差し指を立てて口元に当てる。

 

「電話中カ……」

 

 レンはそれならばと近くにあったソファーにどっかり座ると、浅井の電話が終わるのを待つ事にした。

 

「……だから! お前ほどの奴がそんな辺境で何をしているんだと聞いているんだっ!!」

 

 あまりの大声に、浅井は思わず受話器を耳から遠ざけてしまう。

 

「いや、何してるって言われても命令だからなぁ……」

 

「だったら俺が上層部に掛け合ってやる! お前ほどの人材、そんなところで遊ばせておくなど……!」

 

「いやいや勘弁してくれ。せっかくの休暇みたいなもんなのに。のんびりさせてくれよ朝倉」

 

「っ……! ……わかった。どうやら九州の暑さにやられて完全に堕落しちまったらしいな! もういいっ!!」

 

 一方的に騒ぐだけ騒ぐと、朝倉はプツンと通話を切ってしまった。

 

「……やれやれ、怒られちゃったよ。相変わらず熱くて騒がしい奴だ」

 

「朝倉中……いえ、今は大佐でしたね。お変わり無いようです」

 

 知り合いの変化の無さに苦笑いする浅井と神通。

 

「誰ナンダ?」

 

「ああ、レンすまなかったね。……彼は朝倉忠義(あさくらただよし)。士官学校の同期だよ。聞いての通りやたら声のデカくて暑苦しい奴さ。だが、猪突猛進てわけじゃなく、むしろ優秀な戦術家だ」

 

「現在は石川県の小松基地司令として功績を挙げている方です。まだ艦娘の配備されている基地が今ほど多くなかった頃に深海棲艦の襲撃を受けましたが、機雷と沿岸砲を用いた戦術で撃退に成功し、艦娘を含む救援部隊の到着まで持ちこたえた武勇伝があります」

 

「機雷ニ沿岸砲……? ……アー、ナンカ聞イタ事アンナ。北ノ海域ハ今、北方棲姫ッテノガ統括シテルラシイガ、ソノ前任ノ……ナンツッタカナ………………アァ、泊地棲鬼ダ。ソイツガ指揮スル艦隊ガソンナ戦術デ痛イ目ニアッタラシイゼ。南方ノ野郎ガ楽シソウニ言ッテヤガッタ」

 

 日本南西海域の深海棲艦を統べる南方棲鬼。

 冷徹にして冷酷な策略家であり、レンのかつての主でもある、深海棲艦の上位個体である。

 全深海棲艦は1体の司令塔の意思の下、世界中へ無数に拡散して作戦行動を行っているが、決して一枚岩ではない。

 特にプライドの高い南方棲鬼は日本列島を自身のテリトリーと考えており、北部や東部に展開する深海棲艦を快く思っていないのだ。

 

「人間は派閥争いがあるが、深海側にもあるのか」

 

「特ニ『姫』ヤ『鬼』ノ連中ハナ」

 

 上位の個体達は、それぞれの思想や価値観の違いから反目している者も少なくない。

 無論、協調性のある者もまたいるのだが……。

 

「ふむ……となると、例の大反抗作戦を行う際は、敵の間での相互連携はあまり心配しなくて良いのかな?」

 

 浅井の言う大反抗作戦とは、各鎮守府に結集した戦力を以て日本近海の深海棲艦拠点を一掃し、制海権を完全に取り戻すというもの。

 現在浅井達が進めている、不穏分子逮捕の最終段階とでも言うべき一大作戦だ。

 

「少ナクトモ、南方ガ他ニ救援ヲ求メル事ハ無イダロウナ。ツッテモ、オレガ把握デキテルノハ深海棲艦全体ノホンノ一部ダケダ。オレ達下級艦艇ハ消耗品。オレハタマタマ自我ガアッタカラ、部隊長トシテワズカニ情報ヲ与エラレテイタガ、本来ハソンナモン知ル必要モ考エル必要モ無い」

 

「本当に自分に関連する戦線の事しかわからないわけか」

 

「ソウダ。ソモソモ深海棲艦ノ目的スラ知ラネェ。オレ達ハタダ、前線ノ駒トシテ生マレ、ソシテ死ヌ……ソコニ思考モ感情モ……心モイラネェ。……オレモ……初メカラ心ナンテ無キャ……」

 

 ソファーに座ったレンは、神通の出した紅茶の水面に映る自身を見つめて目を伏せる。

 心さえ無ければ、今頃は苦しむ事も、悲しむ事も無く、ただ役目を果たした駒として死んで……いや、壊れていたのだろう。

 仲間を失って慟哭する事も無かった。

 廃棄されても痛みを感じる事も無かった。

 南方棲鬼への憎しみに心を焦がす事も無かった。

 ……ひょっとしたら、その方が……駒としての生き方の方が幸せだったのかもしれない。

 

「……雷や電の前で言うなよ、それ。あの子達は本当に君を慕っているからさ。……きっと今のを聞いたら悲しむ」

 

「……アァ」

 

 考えてみればおかしな話だ。

 艦娘という、深海棲艦としては本来相容れない敵。殺すか殺されるかしか無かったはずの相手。

 ……自分は今、その艦娘が傷付く事を嫌い、恐れてしまっている。

 

「……本当ニオレ……壊レテンノカモナ」

 

「そうですね。普通の深海棲艦としては壊れているかもしれません」

 

 自虐するレンの発言を、神通が肯定するように言葉を紡ぐ。

 

「……ですが私は、それは嘆くような事だとは思いません。むしろ、生き物として誇るべき進化を遂げたのではないでしょうか? どんな動物でも仲間や家族は大切にし、それを傷付けるものがあれば、団結して戦います。その生き物としての『心』を得たあなたは、決して忌避すべき存在ではないと私は考えます」

 

「ダト良インダケドナ」

 

 紅茶を飲み干したレンは、カップを置くとじっと天井を見上げる。

 

「……ところでレン。何か用があったんじゃ?」

 

「ン……アア、ソウダッタナ」

 

 と、声をかけられて思い出したように浅井の方へと向き直った。

 

「アンマ思イ出シタカネェダロウケドヨ、コナイダノ龍造寺ン時ノ事ダ」

 

「……あー……ははは……ちょっと過激になりすぎたからなぁ……」

 

 危うく龍造寺を殺害する手前まで行ってしまった浅井は苦笑いを浮かべる。

 

「ソレダヨ。アンマリニモオ前ラシクナインデ気ニナッテタンダ。確カニ龍造寺ハムカツク野郎ダッタガ、タダ頭ニ来タダケナラアソコマデハ行カネェダロ」

 

「…………」

 

 なんとも言えない微妙な表情の浅井の横から、神通がレンへ声をかける。

 

「あの、レンさん……その事は……」

 

「いや、良いよ神通。……隠すような事でもない」

 

 神通の肩に手を置いて諭す浅井に、今度は神通が苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「…………茶葉が無くなりましたので、補充してきます。失礼します」

 

 そう言って部屋を後にした神通が気になりつつも、レンは浅井へと顔を向けた。

 

「神通ニモ関係アルノカ」

 

「ああ。……実を言うとね。俺も龍造寺やここの前の司令……筑紫の事をとやかく言えないんだ」

 

 改めて椅子に腰かけ、背もたれに身体を預けた浅井は、先ほどのレンのように天井を見上げる。

 

「こう見えて俺は士官学校を主席で卒業した、いわゆるエリートでね。卒業後、すぐに作戦指揮を任されたんだ。深海棲艦に制圧された軍事基地の奪還作戦をね。そこで出会ったのが神通達だった」

 

 思い出を懐かしむように目を細めた浅井だったが、その表情はすぐに曇る。

 

「……けど、エリートだ主席だと持て囃されたからかな……俺は自分の才能を過信し、ゲームみたいな感覚のまま……実戦てものを理解してなかった。教本通りの事態なんてそうそう起きず、むしろイレギュラーばかり起きるのが実戦だ。案の定、戦術教本には無かった敵の多重伏兵に驚いた俺の指揮は後手に回り続けた。海上から基地へ侵攻していた艦娘達は波状攻撃を受け、近くの孤島に立て籠る事態に陥った」

 

 できる事なら記憶から消したい経験。

 だが、その経験が今の自分を形作っているのもまた事実。

 

「敵の包囲を受けて消耗戦に持ち込まれたが、別行動を取っていた友軍の援護に乗じて、艦娘達は独自の判断で打って出た。そして、上手い事挟撃に成功し、どうにか基地の奪還はできたんだ」

 

 冷めつつあった紅茶を口に含み、辛そうな表情のままに浅井は続け、レンはそれを無言で聞いている。

 

「作戦終了後、俺は戻ってきた艦娘達を出迎えた。……幸い轟沈した者はいなかったが、皆傷だらけであちこちから血が滴っていた。愚かにも俺は、そこでようやく気付いたんだよ。彼女達は0と1の羅列でできたゲームの(ユニット)じゃなく……今そこに生きているんだ、とね」

 

 空になったカップを置き、しばし目を閉じた後、口と共にゆっくりと開いた。

 

「覚悟したよ。無能な指揮官への罵詈雑言、報復の拳。……だけど、そんな物は飛んでこなかった。代わりにもらったのはなんだと思う?」

 

 訊ねるような口振りではあるが、答えを求めているわけではない事を察したレンは、あえて無言を貫いた。

 

「……「期待に応えられなくてごめんなさい」……だとさ。そんな事を言われたらもう無理だ。俺は艦娘達の前で無様に泣き崩れたよ。皆驚いたような表情……だったかはわからない。涙で彼女達の顔なんか見えなかったからね」

 

 浅井はおもむろに立ち上がると、デスクから少し離れたタペストリーの上に置かれた写真を手にしてじっと眺める。

 神通と、彼女に似た服装の2人の艦娘の写真だ。

 

「俺も龍造寺達と同じ、艦娘達を物としか思ってなかったクズだったってわけさ。……でも、だからこそ……幸運にも彼女達の尊さに気付けたからこそ、俺は連中のような下衆は我慢がならないんだ。……同族嫌悪って奴かな、ははは……」

 

 乾いたような笑いと共に写真を戻した浅井は、また椅子に座ると、いつもの笑顔を浮かべてレンの方を向いた。

 

「ま、俺がこないだ熱くなってしまったのは、そういう事なんだ。要は自分を見ているようで気分が悪いってわけだよ」

 

「……ナルホドナ。ナントナクワカッタワ。邪魔シタナ」

 

 レンはそれだけ言うとソファーから立ち上がって扉へと向かうが、途中で立ち止まる。

 

「……ナァ、浅井。……アイツラ……龍造寺ヤ筑紫ハ艦娘ノ近クニイテモ変ワラナカッタ。ダガ、オ前ハ変ワッタ。……ナラ、オ前トアイツラハ別物ダ。少ナクトモ、オレハソウ思ウ」

 

「……ははっ……さっき神通に言われたみたいな事を言うね」

 

「……フンッ……」

 

 鼻を鳴らしたレンは、そのまま扉を開けて執務室を後にした。

 

「……話。終ワッタゼ」

 

 そして、廊下を少し歩くと、曲がり角に佇んでいた神通に声をかけた。

 

「……そうですか」

 

 頷いた神通は、茶葉の入った缶を抱えてレンの横を通りすぎ、レンもそのまま歩き出した。

 

「……私は」

 

 ……と、顔も身体も向きを変えぬまま神通が立ち止まり、レンのその背中に話しかけると、レンも足を止める。

 

「……私は、あの時……浅井中佐が私達のために涙を流してくださった時……初めて私達を兵器ではなく、人間同然に見てくれる士官に出会いました。……出会えました。……だから、私はこの先何があろうとも、あの方についていきます。初めて自分の意思でお仕えしたいと思ったあの方に」

 

 そして、身体ごとレンへ向き直り、改めて声をかける。

 

「レンさん。私は今まで、頭では理解していても、どうしてもあなたを敵と重ねて見てしまっていました。……でも、それはもうやめです。……中佐の暴走を止めてくださり、ありがとうございました。……その場にいたのが私だったら、きっとお止めできませんでした……」

 

 浅井の葛藤が、怒りが理解できるが故に、自分にはその行動を止める事はできなかったであろうと、確信のようなものすらある。

 

「そして、改めてお願いします。……これからも力を貸してください。中佐の願う平和な世界のため、人、艦娘、そして深海棲艦という枠組みを越えて、一緒に戦ってください」

 

「……借リヲ返スマデノ間ダケダ。………………マァ、ソレガイツニナルカハ明言シテネェケド、ナ」

 

 レンは鋭い歯を見せてニヤッと笑うと、手を振って歩き去って行った。

 

「……大切なのは、生まれの形ではなく心の形……ですか。……私も、やっと歩み寄れそうです。姿形の異なる……友人に」

 

 神通からそれまでの張り詰めていた空気が消え、今までに無い柔らかな表情を浮かべると、執務室へ向けて歩き出す。

 心無しかその足取りが軽くなっていたのは、きっと気のせいではないのだろう。




辺境辺境言いすぎて、そろそろ九州の人に怒られそう…。
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