抜錨!対ブラック企業連合艦隊!   作:劉翼

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いつものおかしな日常

 その日、浅井(あざい)神通(じんつう)妙高(みょうこう)を伴って岩川基地に出向いていた。

 

「……と、いうわけで、更迭された龍造寺(りゅうぞうじ)に代わり、本日付けでこの岩川基地の管理を任される事になった浅井だ。……まぁ、鹿屋基地司令でもあるから、こちらには代理を立てて、俺は時々報告を聞いて指示を出すくらいだけどね」

 

 会議室に設けられたU字状の机と並べられた椅子。そこで浅井の言葉を聞いているのは、岩川基地の艦娘達。

 現在浅井が進行中の計画は、戦力の集中が目的だ。

 悪徳基地司令を排除しても、新たな司令を着任させて指揮系統を別にしてしまうと効果が薄い。

 なので、浅井が名目上岩川基地の司令を兼任し、実際の運営はその指揮下の者に任せれば色々と融通も利くのだ。

 

「それに伴って岩川基地所属の艦娘も俺の指揮下に入ってもらう事になる。……で、ここからが本題。さっき言った司令代理を……那智(なち)。君にやってもらいたい」

 

「なるほど、私か」

 

 指名された那智は、落ち着きのある声で浅井の指示を反復した。

 

「君はここの基地が長いし責任感も判断力もある。……それと、こう言っちゃ悪いけど……龍造寺の件で羽黒(はぐろ)と並んで兵士や職員から同情されていて、彼らを従わせるのに好都合なんだ。君の言う事なら素直に聞いてくれるんじゃないかと期待してるわけさ」

 

「ふむ……確かに同じ立場でも羽黒にやらせるわけにもいかん仕事だ。……了解した。この那智、謹んでその任を受けさせてもらう」

 

 立ち上がって一礼する那智のその言葉を聞いて、浅井は肩の荷が下りたとばかりに息をひとつ。

 

「助かるよ。では、岩川基地には那智の補佐として羽黒と……」

 

 岩川基地残留メンバーと鹿屋基地への異動メンバーを明かそうとする浅井だったが、那智の手がそれを制した。

 

「いや、羽黒は鹿屋基地へ連れていってくれ」

 

「えっ……那智お姉ちゃん……?」

 

 驚いた表情を見せる羽黒に、那智はそれまでの緊張感ある顔から一転し、柔らかい笑みを向ける。

 

「行ってこい羽黒。妙高姉や足柄とゆっくり過ごせるのをずっと待っていただろう? こちらは私に任せておけ。今まで散々窮屈な目に遭ってきたんだから、それくらいはバチも当たらん。……どうだろうか、司令官」

 

「ふむぅ……まぁ、他ならぬ那智がそう言うなら……羽黒もそれで良いかな?」

 

「はっ……はっ、はいっ! あ、ありがとう……那智お姉ちゃん」

 

 浅井と那智に順に頭を下げる羽黒を、皆が微笑ましく見守る。

 

「うんうん。じゃ、改めて人員の配置を発表する。岩川基地司令代行を那智に一任。その補佐として名取(なとり)時雨(しぐれ)を残し、羽黒、若葉(わかば)白雪(しらゆき)を鹿屋基地所属とする。また、足柄(あしがら)も正式に国分基地から鹿屋基地へ転属となった。……たぶん危険な戦闘などは発生しないと思うけど、戦力不足と感じたら無理せず言ってきてくれ。戦力の集中も重要だが、そのせいで君達を失っては本末転倒だからね」

 

「了解した。哨戒などは通常艦艇も交えて行うので、さほど問題は起こらないだろう」

 

 深海棲艦の出現、そして艦娘の実用化と共に、通常の艦艇は一気に旧時代の遺物と化した。

 人間大のサイズと機動力に艦船の火力を有する深海棲艦相手には、とてもじゃないが対抗できないからだ。

 無論、主砲が当たりさえすればダメージにはなるが、基本的に物量を以て押し潰してくる深海棲艦の戦術の前には焼け石に水なのである。

 それでも相手がせいぜい軽巡洋艦クラスまでなら処理も可能である事から、現在でははぐれ深海棲艦の出没海域での哨戒や、物資輸送などで運用され、深海側との戦闘の最前線に投入される事はほぼ無くなっている。

 重巡洋艦以上の大口径砲搭載艦は、拠点攻撃前の艦砲射撃などで使われる場合もあるが、やはり本格的な戦闘は艦娘任せで、露払いの意味合いが強い。

 

「わかった。無理はしないでくれよ。では、ミーティングはこれにて終了。転属の手続きはこちらで行うので、各々荷物を纏めるところまでは自分で頼む。運送は手配するから、準備完了次第連絡をくれ」

 

「「了解」」

 

 

 

 

――3日後、鹿屋基地

 

「ほ、本日付で当基地所属となりました、妙高型重巡洋艦4番艦、羽黒です! よろしくお願いしますっ!」

 

「同じく初春(はつはる)型駆逐艦3番艦、若葉。よろしく」

 

吹雪(ふぶき)型駆逐艦2番艦、白雪、正式に当基地所属となりました。改めてよろしくお願いいたします」

 

 羽黒、若葉、そして白雪の着任挨拶を受け、(いかずち)らから歓迎の声が上がる。

 1日早く着任していた足柄も、改めての妹との再会を心から喜ぶ。

 

「いやぁ~、それにしてもなんやかんや4姉妹が同じ指揮官の下に付けて良かったわ」

 

「そうですね。軍人なので任務や命令に私情は挟めませんが、やはり嬉しいものは嬉しいですね」

 

 足柄の言に妙高も頷き、筑紫の下での苦難が遥か過去の事のようにしみじみと今の幸せを噛み締める。

 

「ふふっ、向こうの司令代行役はその内交代制にしようと思ってるから、那智もこっちに来て本当に4姉妹肩を並べる事も将来的に可能になる。楽しみに待っててくれ」

 

「さっすが話がわかるわねぇ~!」

 

 浅井からのその言葉に、嬉しくなった足柄がバシバシと背中を叩く。

 

「あ、足柄っ! 失礼でしょう!」

 

「ははは、良いよ良いよ。俺も早くそれを実現できるように頑張るから、君達も力を貸してくれな」

 

 考えてみれば、基地司令相手にも調子が変わらない上、ここまでフレンドリーかつ豪快に接してくる足柄のようなタイプはこれまで鹿屋基地に属していた艦娘達には存在していなかった。

 

「こうしてると本当に昔の鹿屋基地みたいなのです」

 

「いやいや、それ以上よ、(いなづま)。若葉もいるし、那智さん含めた岩川基地の皆も司令の采配1つでこっちに来れるんだから」

 

 雷電コンビもまた、かつての同僚に新たな仲間も加わり、心底楽しそうに話している。

 

「…うん、それじゃ挨拶も終わったところでそろそろ仕事に戻ろうか。白雪」

 

「はい、司令」

 

「羽黒と若葉に基地内の案内を頼めるかな? 羽黒もここは久々らしいからね。ヲーミも一緒に」

 

「ヲッ!」

 

 ヲーミとは、大水上山から取られたヲ級の名前である。

 やはり彼女にもレンのような個体名が必要であろうという事で名付けられ、本人も気に入っているようだ。

 ちなみに彼女が連れてきたヌ級達にも名前が付けられたが、『ぬ』の付いた山というのが思いの外乏しく、空を飛ぶ生き物にも少ない。

 やむなく鵺という架空の生き物からヌエ太、ヌエ二、ヌエ三と付ける事となり、区別のためにヌエ太から順に赤、白、緑のバンダナを右腕に巻いている。

 レンやヲーミと比較するとまだまだ自我の薄い彼らだが、“大量生産されている消耗品のヌ級”の枠から抜け出し、個を確立できた事が嬉しいらしい。とは意思疎通のできるヲーミの談である。

 

「了解しました、司令。行きましょうか、オーミさん、羽黒さん、若葉さん」

 

 頷いた3人を伴って白雪が部屋を出ると、残った面々もそれぞれの仕事のために後に続いた。

 

 

 

「こちらが食堂となります」

 

「へぇ、さすがに広いな」

 

「わ、私がいた時よりも設備が充実してる気がする」

 

 若葉と羽黒は両開きの扉から中を覗き、興味深そうにあっちを見てこっちを見て目を輝かせている。艦娘といえどもやはりご飯は美味しい方が良いのだ。

 

「……おう、羽黒じゃないか」

 

 調理場で昼食の仕込みをしていた男性が、暖簾の隙間から顔見知りに気付いて出てきた。

 

「あっ……深水(ふかみ)さん……お、お久しぶりです……!」

 

 深水陽明(はるあき)

 鹿屋基地において長らく料理長を務めている男性であり、正確には軍属ではないながら、尉官クラスのセキュリティまでをパスできる権限を与えられている。

 その理由は単純で、確かな料理人としての腕前と、食材や予算のやり繰りの巧みさ。それらによる艦娘や職員のメンタルケアや、財政面などに多大な貢献があるためである。

 また、いわゆる鉄人や職人と呼ばれる人間に散見される気難しさなども無く、あまり無駄話をしない寡黙な人物ではあるが、料理の事になると饒舌になったり、親身になって相談に乗ってくれる性格などから、多くの者から慕われている。

 

「大変だったそうだな」

 

 深水は一行を席に着かせると、余った材料で手早く肉野菜炒めとサラダを用意し、お茶と共に持ってきた。

 

「は、はい。で、でも、皆のおかげでまたここに帰ってこられました。……あ、あの……」

 

 深水と話しながらも、羽黒は先ほどから食欲を刺激してくる醤油とだしつゆを混ぜた秘伝調味料の匂いに誘われるようにちらちらと皿に目をやる。

 

「……ああ、構わん。冷めない内に食いな」

 

「……い、いただきます!」

 

「「いただきます!」」

 

 一斉に割り箸を割った3人が、皿に盛られた料理を口に……3人?

 

「あれ……ヲーミさん?」

 

「……またか」

 

 深水は呆れたように踵を返して調理場に入ると、猫を摘まむようにヲーミをぶら下げて戻ってきた。

 当のオーミは鯖味噌の缶詰をもくもくと食べている。

 

「言えば飯は食わせてやるから、黙ってくすねるのはやめろっての」

 

「ングング……ヲッ」

 

 持っていたヲーミを席に着かせ、自身は隣のテーブルの席に座る深水。

 

「……よくあるのか?」

 

 箸を口に運ぶ手を止めた若葉が深水に尋ねる。

 

「ああ。最初は朝っぱらから調理場を漁っててな。どうもそこに食い物があるってのを学習してたらしくて、俺が見つけた時も鯖缶食ってやがった」

 

「ヲーミさん……お行儀悪いって言ってるのに……」

 

 呆れる白雪と深水とは対照的に、羽黒と若葉は驚いた表情だ。

 確かに普通の深海棲艦とは違うとは思っていたが、まさか盗み食いなどという無駄に人間臭い事をしているとは。

 そして、この基地の人間にとっては、深海棲艦がそんな事をするのが当たり前の日常のようになっているとは。

 

「なぁ、ヲーミよ。缶詰ってのは皆の大事な非常食だ。もしものために備えて蓄えてあるもんなんだ。他の飯ならあり合わせのもんで作って食わせてやるから、缶詰はやめてくれ」

 

「……ヲ……大事?」

 

 ヲーミは空になった缶と深水の顔を見比べる。

 

「そうだ。なんかあって普通の食いもん調達できなくなった時に皆が食う大事なもんだ」

 

 諭すように語る深水の顔を、ヲーミの青い瞳がじっと見つめる。

 

「……ゴメンナサイ」

 

 普通ならありえない光景だ。深海棲艦が遥かに弱小な存在である人間に頭を下げるなど。

 

「……わかりゃいい。さっきも言ったが、こんな賄い料理で良けりゃ作ってやる。……え……そ、それとも俺の料理は缶詰以下か?」

 

 だとしたら、それはさすがに料理人としてのプライドが傷付く。

 だが、ヲーミから返ってきた返事はまったく違うものだった。

 

「ヲ……違ウ。好キ、リョーリ。深水ノリョーリ。デモ、忙シイ、深水。皆ノリョーリ作ルノ、大変」

 

「ヲーミさん……」

 

 要約すると、どうもヲーミは、基地職員全員分の食事を作る深水の多忙を理解しており、自分が空腹だからとその手を煩わせる事はしたくないと考え、手軽に食べられる缶詰で腹を満たしていたという事らしい。

 

「……はっははは……! ……確かにな。確かに24時間いつでもってわけにはいかねぇ。だが、俺だって3食全部鍋に張り付きっぱなしってわけじゃない。シンプルにさっさと作れちまうから焦る必要も無いのもありゃ、長い時間煮込んだり漬け込んだりするもんもある。そういう時ならパパッと簡単なもん作ってやれるからよ。そんな遠慮すんじゃねぇや」

 

 深水は愉快そうに笑うと、ヲーミの白い髪をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でる。

 

「……ヲッ♪」

 

 もしもヲーミに尻尾があれば、今は嬉しそうにぶんぶん振っている事だろう。

 時々白雪にもやられているが、頭を撫でられるのがお好きらしい。

 

「(餌付けされた犬……)」

 

「(犬さんみたい……)」

 

 羽黒も若葉も、ついつい箸を止めてその異様な光景を見守ってしまう。

 

「……ん、そろそろ鍋見てくるか。お前らはゆっくり食ってな。食器はそこのカウンターに置いといてくれりゃいい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 深水が立ち去ると、ヲーミも逆手持ちしたフォークで料理に手をつけ始めた。

 

「……ング…………ヲゥ~♪」

 

 幸せそうなリスかハムスターの如く頬を膨らませるその姿からは想像もできないが、そもそもこの空母ヲ級は、深海棲艦の下級艦艇の中でも最も危険視される存在である。

 独特な帽子は多数の航空機を搭載し、発艦させる格納庫にして甲板。

 備えが不十分ならば瞬く間に制空権を奪われ、膨大な物量の航空攻撃で殲滅される。

 しかも、それが大量生産されているというのだから恐ろしい話だ。

 重ねて言うが、この愛くるしいマスコットのように食事を頬張っているのは、その恐ろしい深海棲艦である。

 

「……はぁ……ヲーミさんかわいい……」

 

 そして、この蕩けた顔でヲーミの頬を人差し指でつついているのが、真面目で厳格と謳われたあの白雪である。

 

「……現実っていうのは本当に何が起きるかわからないな」

 

「そ、そうだね……」

 

 理解の範疇を越えた目の前の現実に、羽黒達は半ば逃避気味に料理へ手をつけ、舌鼓を打った。

 

 

 

「ここが私達が生活する艦娘宿舎です。今の浅井司令が着任してから増築されたと聞いています」

 

「みたいだな。元は1階だけだったんだろう」

 

「お、おっきぃ……」

 

 4人の前に建つは、外観こそ簡素ながら、作りは土台からしてしっかりしており、白い壁と青い屋根によって青空のような印象を受ける3階建ての宿舎。

 対深海棲艦の要である艦娘には、可能な限りの事をしたいと考えた浅井のポケットマネーによって改修と増築を施されている。

 1階には大浴場……とまでは行かないが広々とした風呂場が設けられ、卓球台やカラオケルームなどお馴染みの娯楽も用意されており、さながら旅館である。

 なお、同様の施設が一般職員用にも別に作られているため、艦娘だけ依怙贔屓しているわけではなく、不満は上がっていない。

 入口付近には自動販売機や売店もあり、艦娘宿舎は基本男子禁制ながらここだけは例外となっている。

 ……ちなみに、ここまでやってしまった結果、浅井の懐は大層寂しい事になっている。

 

「ここで売っているお弁当やおにぎりは、深水さんと町のお弁当屋さんとの共同開発になっています。きっと浅井司令は、交流によって地域との距離を縮め、軍への忌避感や不信感を払拭するお考えなんだと思います」

 

「なるほど。確かに地元の住民からの支持を得られれば、あわよくば物資援助なども期待できるか。休暇時に町に出た兵士や艦娘のメンタル面への影響も変わるだろう。住民から疎まれていては気が休まらないからな」

 

 たぶん浅井そこまで考えてないよ。

 

「……ヲ……?」

 

「ヲーミさん?」

 

 ヲーミの耳がぴくりと動き、基地出入り用のゲートへ顔を向ける。

 

「何カ聞コエル」

 

 

 

「いや、だから困りますよ、いきなりそんな事を言われても……」

 

「そ、そこをなんとか……!」

 

 駆けつけてみると、困った様子の見張りの兵士と、手を合わせ頭を下げる50代ほどの男性がなにやら問答していた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっ、白雪さん。いや、それが……」

 

 ゲートの内側から話しかけてきた白雪に驚きつつも、兵士は変わらず困り顔。

 対する男性は、まるで救いの手が差し伸べられたかのような明るい顔へ。

 

「も、もしやあなたは艦娘の方ですか!?」

 

「え? えぇ、そうですが……」

 

「お願いします! こちらの基地の司令官さんにお話ししたい事があるのです!」

 

 捲し立てる男性の表情は、真剣そのもの。

 酒に酔っている様子なども無く、ただの迷惑な中年というわけではなさそうだ。

 じっと彼を見つめていた白雪は、兵士に向けて口を開いた。

 

「……身体検査をお願いできますか? 問題が無ければゲート開放を」

 

 

 

 20分後、司令執務室

 

「お忙しい中、わざわざありがとうございます!」

 

「いえいえ。鹿屋基地司令の浅井です。とりあえずまずは座って座って」

 

 何度も頭を下げる男性を宥めた浅井が着席を促すと、彼はおずおずとソファーに座る。

 

「わ、私は串間市で金物屋を営んでいる頴娃守康(えいもりやす)と言います」

 

「串間市ですか。それはまたずいぶんと離れた所から……私に話があるとの事でしたが……」

 

「は、はい。こちらの新しい司令官さんは、人にも艦娘さんにも優しく理解のある若い方という噂を聞き、お力を貸していただきたく……!」

 

 顔を上げた男性……頴娃は、神妙な顔になって語り始めた。

 

「……実は、私の地元にある軍の基地……崎田基地の事で……」

 

 崎田基地。

 その名を聞いた浅井の表情が変わり、隣に控えていた神通にハンドサインを送ると、彼女はぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。

 

「……どうぞ、続けてください」

 

「は、はい……。その、崎田基地にも艦娘さんが何人か勤めてらっしゃるのですが……そのぉ……」

 

 頴娃は口ごもり、頬を指先で掻いた後、意を決したように口を開く。

 

「……街に、ボランティアに来てくださるのです」

 

「ボランティア」

 

「はい。地域の清掃や見回り、時には商店街の店の手伝いや工事なんかまで」

 

 そこだけを聞けば、むしろ微笑ましい話なのだが、本題はここからだ。

 

「私達も初めはそのご厚意を素直に喜んでいたのですが、それがもう半年、ほぼ毎日。夜明けから夕方までなのです」

 

「……ほぼ毎日ボランティア?」

 

「おかしい話とお思いでしょうが、実際に起きているのです。来てくださる艦娘の方々も、日増しに疲れや衰弱が見て取れるようになり、声をかけても「大丈夫」の一点張りで……もしかしたら、基地の偉い人の命令で無理矢理やらされているのではと皆が心配しているのです」

 

 出ていった神通が戻り、何枚かの資料を浅井に手渡した。

 

「(……崎田基地。やはりこのリストにも載っているな)」

 

 それは、今回の一大計画のために浅井に用意された、介入・矯正の必要性が予想される基地のリストだ。

 そこにはしっかりと崎田基地の名が記載されており、要調査対象となっている。

 

「基地司令は尼子和臣(あまごかずおみ)大佐。元は本州の米子基地司令でしたが、先の深海棲艦による攻勢時、上層部からの堅守の命令に反し、通常艦艇を率いて迎撃に出た結果、重巡1、軽巡1、駆逐4を失い、戦死者481名の大敗を喫して失脚。半ば左遷同然に崎田基地司令となったようです」

 

 資料に目を通しながら、神通の小声での耳打ちに頷いた浅井は、頴娃に向き直って口を開いた。

 

「良くわかりました。つまり、その基地司令に地域ボランティアを無理強いされているかもしれない艦娘達を助けてほしい、という話ですね?」

 

「大雑把に言えば、仰る通りです。……若い者が兵隊に行ってる街の皆にとっては、艦娘さん達は娘や孫みたいなもんなのです。どうか、無理な事はさせないよう説得していただければと……」

 

「……そんなにも艦娘達を思っていただき、ありがとうございます。神通、さっそく調査を進めてくれ」

 

「お任せください」

 

 神通が再度部屋を出ると、頴娃はまたも頭を下げる。

 

「あ……ありがとうございますっ!」

 

「いやいや、有益な情報をもたらしていただき、こちらが礼を言いたいくらいです。その話が事実ならば、これは身内の恥以外の何物でもありませんからね」

 

 頴娃と互いに礼を交わした浅井は、遠方より遥々やって来た彼の宿を手配して送り出した。

 

 

 

 そしてその夜、執務室で神通や妙高といった主だった面々との話し合いとなった。

 

「今はある程度沈静化しているとはいえ、深海棲艦との開戦以来、日本はずっと戦時下にある状態です」

 

 妙高がそう言えば、神通も頷き、続く言葉を引き継ぐ。

 

「常に緊張状態が続き、資源も軍事面に優先的に回されている今、国民には厭戦の空気が広まりつつあります」

 

「……つまり、民衆の軍への不信感を拭うために、艦娘を労働力として提供していると?」

 

「可能性はあるかと。艦娘は対深海棲艦戦における顔であるという認識は広く知られており、それらが身近で奉仕活動を行うとなれば、軍へのイメージを回復するための広告塔としては有効ではないでしょうか?」

 

「……やれやれ、それで肝心の民衆から艦娘が心配って声が上がるんじゃ本末転倒だろうに」

 

 浅井が呆れたように頭を掻く。

 

「聞けば尼子大佐は叩き上げの軍人ですが、思想に男尊女卑の傾向があるとの事」

 

「古い常識に囚われた頑固な老害ってわけだ」

 

「……言い方はなんですが、そうなります。叩き上げとなれば恐らくは軍人としてのプライドも高く、男性である自身よりも戦果を上げる艦娘が女性となれば、さぞ面白くないでしょう」

 

 浅井に倣うように妙高も呆れた声を出して頭を抱える。

 

「本人としては、大嫌いな艦娘への嫌がらせと、軍の威信回復をいっぺんにできる妙案、てか? ちっっさい男だねぇ……」

 

「本格的な調査はこれからですので、あくまで予想ではありますが……まぁ、そんなところではないかと思われます」

 

 ついに神通も呆れ顔になり、3人揃って溜め息を吐く。

 

「……しかしま……本人の思惑がいかに矮小でも、それで苦しむ艦娘がいるなら無視はできない。まして今回は一般市民からの嘆願でもある」

 

「では」

 

「あぁ。現時点を以て崎田基地を矯正対象に認定。対象基地の調査が完了次第、全艦娘を召集し、介入計画のためミーティングを行う。気を弛めるなよ」

 

「「了解!」」

 

 神通と妙高の力強い返事と敬礼とは裏腹に、夜は静かに更けていった。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■ヲーミ

 個体識別用に名前を貰った空母ヲ級。

 名前の由来は大水上山で、新潟県と群馬県の境に存在する山。

 レンが金剛(こんごう)型の巫女装束なのに対し、こちらは赤城(あかぎ)型共通の弓道着を纏っている。カラーリングは緑。

 レ級ほど異形ではなく、肌も青白くないため、特徴的な帽子を外せばほぼ完全に擬装可能。

 一方、空母としての機能を司る帽子を外さなければ変装できないため、岩川基地潜入時のレンのように即座に戦闘に移る事はできない。

 本来深海棲艦の下級艦艇は使い捨てであり、大抵は食事が必要になるほどエネルギー消費する前に海の藻屑となるため、せいぜい生魚でも食べていればそれで済んだが、ヲーミは人類側に付いてから『食』の喜びに目覚めた。

 小動物じみたマスコットのような扱いを受けており、今日も鹿屋基地の食堂には、ハムスターのようにご飯を頬張る彼女を見ようとする人々が集まるであろう。

 

深水(ふかみ) 陽明(はるあき)

 鹿屋基地料理長。47歳。

 軍人ではなく、地元では名の知れた料理人。つまり民間人。

 筑紫よりも前の鹿屋基地司令がふらりと立ち寄った料亭でその腕前を奮っていたが、彼の料理を気に入った基地司令からの再三の懇願に折れ、基地へ出入りするようになった。

 筑紫が自称・食通だったため、彼の司令時代にも冷遇はされなかったが、深水自身は彼を嫌っていた。

 料理や食材を語る時には早口になり口数も多くなるが、基本的には無口な聞き役。

 さりげない気配りが光る大人の男性であり、男女問わず慕われている。

 信条は『安く、多く、美味く』で、高級食材などには拘らない。

 町の刀鍛冶に依頼して打たせた一品物の包丁を持っており、特に気合いを入れた料理を作る際に使用される。

 

頴娃(えい) 守康(もりやす)

 串間市のとある商店街の纏め役である金物屋。55歳。

 穏やかで面倒見の良い人柄だが、やや心配性で気が弱い。

 時折街に遊びに来ていた艦娘達を娘のように思っていたが、崎田基地司令が代わってから、彼女達が不自然なほどボランティアのために訪れるようになり、心配と不安から噂に聞いた若い司令官に協力を求めに鹿屋基地を訪ねる。




このペースだと10年経っても終わってなさそう。
終盤の展開なんかは頭にあるけど、そこに辿り着くまでの過程がスッカスカやぞ。
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